ロザリー、お前だけには告げておこう。 私が人間と並んで疎ましく思っている存在、八つ裂きにしても飽き足らぬほどの憎悪と怒りを向けている者が他ならぬ私自身であることを。 私がお前を村へ連れていかなければ、お前が死ぬことはなかっただろう。 私がお前を塔に閉じ込めなければ、お前は人間から逃げることが出来ただろう。 私がもっと塔を頑丈に作っていれば。私がもっと強い魔物に見張らせておけば。私がずっとお前の側にいてやれば……お前はあんなにも私との時間を望んでいたというのに。 私の存在がお前を不幸にしたのだ。 この現実。その事実。それを認識する度に、私の心は熱く焼けた鉄の棒で掻き回されるような痛みを覚える。 天罰が下るとはこういうことなのか? 私の魂は生きながらにして煉獄の炎に焼かれているのか? (あなたの心を痛めつけているのは、あなたご自身。どうかそのようにご自分を責めないで。こうなったのはピサロ様のせいではない……誰のせいでもないのです) 遠く近く、私の心に打ち寄せる声。 (あなたの心を哀しみと怒りにいっぱいにしてしまわないで。ご自分を、そして人間を憎まないで) それは出来ない。 私の憎しみは、既に私自身が抑えきれぬほど大きく膨れ上がっている。黒々と逆巻く炎は私の心を焼き尽くした瞬間、凄まじい爆音と共に全てのものを吹き飛ばすだろう。 私は私をいけにえとして絶対なる力を手に入れる。この心、この体、この命、そしてお前への想い……私を司る全てを力の代償としよう。 (ピサロ様、ピサロ様……) 私は復讐するのだ。 お前を殺した人間に。 皮肉な運命を与えた天空の竜神に。 そして、お前を守りきれなかった私自身に。 私は黄金の腕輪を右腕に嵌め、魔法陣の上に立った。 人間の赤ん坊の血で描かれた魔法陣からはおびただしい魔力が紅い筋となって立ち昇っている。魔法陣を取り囲むように悪魔神官が円陣を組み、そこから少し離れたところにはエビルプリーストの姿があった。 私は周囲を見渡し、それから誘われるように天を見上げた。 ここは地底深くに切り開かれた神殿であり、頭上に広がるのは味気ない土色の岩壁だ。どんなに瞳を凝らしてもロザリーが好きだった青い空は見えない。 ロザリー、お前は夢も希望も空から零れ落ちてくると言ったな。あの時は下らないと笑っていたが、今ならそれは本当かもしれないと思う。 何故なら、空のないこの場所に立つ私には夢も希望も……未来さえない。 「準備は宜しいですか、ピサロ様」 「……やれ」 私が右肘でマントを払い退けると、金色の光が矢の如くエビルプリーストの胸を貫いた。エビルプリーストは震え上がって頭を垂れたが、その頬に一筋の嘲笑が浮かんだのを私は見逃さなかった。 せいぜい楽しむがいい、私が全てを破壊するまでの王国を。お前もやがては私の餌食となるのだから。 お前は私を上手くコントロールするつもりなのだろうが、決して思い通りになどならない。私はただ破壊するだけの存在に生まれ変わるのだ。どんな力も魔法も効かぬ。天空の竜神ですら私を止めることは出来ないだろう。 エビルプリーストが右手を掲げたと同時に、周囲の悪魔神官が呪文の詠唱を始めた。呼び寄せられた精霊の力を得て、魔法陣から立ち昇る魔力がより強く、大きくなる。息をするのも辛いような濃厚な魔力が隙間なく私を包み込んだ。 不意に、黄金の腕輪から光が爆発した。 光は一瞬にして無数の触手へと変じ、私の手足を絡め取った。反射的に抗う私を恐るべき力で締め上げた触手の先端が四つに割れ、その亀裂に無数の牙が生じる。鋭い牙は金色の唾液を滴らせながら、何のためらいもなく私の体に食らいついた。 生きたまま食われていくおぞましさは筆舌に尽くしがたい。皮膚が剥かれ、筋肉が千切られ、骨が砕かれた。溢れ出す血は床に零れ落ちる前に、一滴残らず触手が啜り込む。私という存在が黄金の腕輪に食われていく。 発狂せんばかりの痛みの中で私は哄笑した。仰け反らす喉も声を震わせる声帯も既に食い荒らされた状態にもかかわらず、私は確かに哄笑したのだ。 私は私に対する復讐を果たした。 後は……。 激痛が潮のように引いた後、私は闇の中にいた。そこには右も左も、過去も未来も存在しない。私を苦しませていた哀しみも苦しみも……いや、哀しみは苦しみとはどういったものだったのか、既にそれすら分からない。 私は何も分からない。 私は何も感じない。 (ピサロ様……) 囁く声が誰のものであるのか、私にはもう、思い出せない。 |