《ボクと魔王と世界のカタチver.1:early spring,early bird》
空はかすかな灰色をおびた白で、立ち並ぶ裸の木々とともに肌寒さを強調しているかのようだ。
そんな並木道を歩く、もこもこのコートを着込んだ小柄な少年がふいに立ち止まった。
ひ、ひ、と予備動作が出ているうちにミトンのはまった手で口許をぱっとおさえる。
かろうじて間に合った。
「…っくしゅ!」
赤みがかった髪が勢いで乱れる。
思わずぎゅっとつぶった目を開き、
あてた手をそおっと離すと、ふわりと息が白くたちのぼった。
それを眺めながら、少年―ルカは冷えきった鼻をすん、とならす。
(世界が変わったのは、いいんだけど…)
季節、というものがはっきりとしていなかった世界が四季を明確に持ちはじめたのは、ここ最近のこと。
つねに緑ゆたかだったテネルの周囲の木々も、秋には見事に紅葉したあとすべて葉をおとしてしまった。
それから冬が深まるにつれ、寒さはどんどん厳しくなり雪もずいぶんと積もった。
村人たちはこぞって防寒具を買いあさり、雪かきにあけくれたものだ。
また、それはこの地域だけの話ではなく、さらに南に位置するリシェロ湖にもぶあつい氷がはっているそうだ。かつてなかったことである。
“分類”による支配から脱した世界は、より豊かな姿になりつつある。
それは喜ぶべきこと、なのだが。
(こんなに寒いのは、ちょっとなあ…)
誰かが風邪をひかなきゃいいんだけど、
そう考えながら再び歩きだそうとした瞬間。
「へ…へっ、へっくしッ!ぶわっくしょーいッ!ええい、クソっ!」
背後でどハデな(そしてオヤジっぽい)くしゃみが炸裂して、ルカはとびあがった。
「ひゃ!?…だっ、大丈夫、スタン?」
ばくばくとはね回る鼓動をおさえながら、ルカはうしろをふりあおいだ。
そこには威圧的な背の高さと体格をもった黒衣の人影。
自称大魔王スタンの本来の姿だ。
金色の髪と鋭い瞳、浅黒い肌、彫りの深い顔だちは、黙っていればかなり様になる。
しかし、そんなイメージをだいなしにするかのように、
彼は指で鼻をぐしゅぐしゅとこすりながらわめきちらした。
「ええい、全くけしからん、何なのだこの寒さは!」
「うん、まあ…気持ちはわかるけど、でも…」
ルカは魔王の服装を困った顔でみつめる。
「そんなカッコでいるから…」
何せ胸元ががばっと大きくひらいたスーツ姿のままなのだ。
あきれたことに以前と何も変わっていない。
せめてマントをはおるとか、ちょっとは対策をすればいいのに、とルカは思う。
「見てるだけで寒くなるよ…」
「だーっ、やっかましいッ!これが余のトレードマークなのだ!
寒さなんぞに屈しておったら、悪の大魔王はつとまらんわ!
ええい、それにひきかえ何だ貴様ときたら。
雪ダルマのよーに着脹れておって、この軟弱子分め子分め子分め!」
盛大に白い息を吐き散らしながら怒ってる。まるで怪獣だ。
そんなことを考えたものだから、ルカは思わずぷぷっと吹き出してしまう。
魔王は、む、と予想外の反応に怪訝な表情をしたあと、剣呑な目つきになった。
「コラ子分!何がおかしい!?」
いきなり大きな手が少年の肩を乱暴にひっつかみ、強引に引き寄せる。
とがった爪がコート越しにもわかるほどに食い込んだ。
「い、いたっ!?」
あせって顔をあげると、ぎろりと正面から、金色に光る瞳に見据えられる。
まるで蛇ににらまれたカエルのように、ルカはてきめんに大きく目を見開いて、ひっ、と身をすくませた。
「あ、あの、ごめんっ、なさい…その…」
語尾が震えて消えてしまうことに、情けなさを感じる。
最近、ちょっとずつだけど、人に言いたいことが言えるようになってきたはずなのに。
ことスタンに関しては、彼が本来の姿をとりもどしてから、どうも勝手がちがうのだ。
魔王が影の姿だったときは、怒られても表情があまり怖くなかったり、
ぺらぺらの紙人形みたいな体がコミカルすぎて、
本人は格好つけたつもりの動きが逆に笑いをさそったりしたものだったけれど。
今のようにりっぱな体格の男に怖い顔ですごまれると、
その迫力に反射的に体がすくんでしまうのだ。
中身はかわらずあの何だかんだ言いつつ結構お人好しのスタンだと、
分かってはいるのだけれど…。
そのまま固まってしまったルカに、
魔王は気付かれないほど小さくため息をつくと、うってかわって静かな口調でたずねてくる。
「返事はどうした?」
「…あ、う、え、ええとね…
そ、そんだけ怒ったら少しあったかくなったんじゃないかなあっ?
とか…思って…」
とても本当に考えたことは言えず、ルカは視線を微妙にそらして、ごまかした。
「…馬鹿者、そんなわけがあるかッ。ええい、寒い寒い寒すぎてやっておれんわ!
誰だ、もうすぐ春が来るなどとデタラメを抜かした奴は!」
どうやらうまくスルーできたようだ。魔王の腕から解放されて、ほっと体から力が抜ける。
幸いなことに、このひとはあまり細かいことを気にしない性格だ。
(なんか、妙なところで抜けてるんだよなあ…)
でも、それをどこかで微笑ましく感じながら、ルカは答える。
「ああ、おばあちゃんだね…暦のうえではそうだって。雪ももう、だいぶ解けてきたし…」
「むう、あのおとぼけ魚類顔老婆の言う事ではな…あまり期待せずに待つとするか」
木々のあいだにちらほらと残る白さに目をやりながら、二人はまた歩き出した。
「あったかくなったら、餌やり当番も終わりだね」
突然厳冬となった今年、森に野鳥のエサ台を設置しよう、という運動が村ではじまった。
それまでかしましいほど鳴いていた野鳥たちが、急激に数をへらしてしまったためだ。
さっそくテネルの森のなかに台が設置され、家ごとに当番制で早朝にエサを置きにくることになった。
そして、ルカの家では皆寒さで外に出たがらず、それは当然のようにルカの役割ということになってしまっているのだが。
片手に下げた小さな袋をのぞきこみながら、しかしルカは楽しそうだ。
「早起きして出かけるのって、けっこう面白かったから…すこし残念なんだけどね」
そんな様子に、魔王は少々あきれた表情で、
「ふん、物好きだな、お前は。朝っぱらから寒い思いをする面倒な役目がなくなるのだから、
普通はせいせいしそうなもんだろうに。ほれ、さっさと案内しろ」
ぶつぶつ文句を言い、スーツの前をかきあわせながらもルカのあとをついてくる。
そんなに寒いなら、留守番しててもいいのに。なんでついてきたがるんだろ?
ルカは不思議に思う。
そもそも、このひとがなぜ自分のところに戻ってきたのか、それも良く分からない。
あのとき、分類世界の主を打ち倒した後…
魔力と肉体をとりもどして、さわやかに別れを告げて去っていったはずの魔王だが、
一週間もたたないうちに家の玄関ドアを壊れんばかりに叩きまくり、
あげくピンポンダッシュを繰り返してマルレインとバトルになったところで締まらない再会となった。
それからずっと彼は自分の傍らにいる。
もうそんな必要もないはずなのに、気がつくとあのぺらぺらな姿で自分の影に入り込んでいたり、
いつの間にか人の姿で背後に忍び寄っていて、びっくりさせられたりする。
ただ、そんな毎日をすっかり日常として受け入れ、どこか楽しんでいる自分がいることは確かだった。
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スタンは、ひょこひょこと動くルカのつむじを見下ろしながら歩く。
コートを着込んでまるく着膨れているぶん、その歩みが不安定に見える。
残雪がちらほら見える街道は、日陰になった部分が凍ってすべりやすい。
それに、この注意力のたらない子分が足をとられてしりもちをつかないか、
などと、まるで心配性の母親のように気を配っている自分に気付き、
何をやっているんだか、と内心舌打ちをする。
全くもって魔王らしくない。
先程のように怒鳴りちらしたり、憎まれ口をたたきながら、
魔王はじつのところこんな感情に日々悩まされている。
肉体を取り戻してからというもの、自分に対するルカの態度が変わってしまったことに、
どうにもイライラしているのだ。
ルカがびくついた表情をするたび、そんなに露骨に恐れることもなかろうが…と不満に思いながらも、
自分もこう頭ごなしにではなく、もうちょっと気のきいた言いかたができないものだろうかと軽い自己嫌悪に陥る。
しかし、ふとわれに返ると、どうして大魔王たる余が子分の顔色をうかがい、いちいち反応を気にせねばならんのだ!
とセルフつっこみを入れたくなり、またもイライラがぶりかえしてくる。
この波のくりかえしだ。
自分で自分の心がよく分からない。
「…スタン?着いたよ?」
くいくいと袖をひっぱられて我にかえる。
考え込んでいるうちに、いつのまにか森の奥深くまで進んでいたようだ。
「…ええい、気安くひっぱるな、分かっとるわ!
さっさとエサでもなんでもまくがいい!!」
ぼんやりとしていたことを誤魔化そうとして、またも条件反射的に乱暴にまくしたててしまう。
ほんとうは、子分の甘えるような仕草がちょっと、嬉しかったくせに、だ。
「あっ、ごめんね、つい…」
ルカはびくっ、として手をはなした。
一瞬見せた悲しげな表情に、一気に胸が重くなる。
「…」
何かフォローになることを言わなければ、と慌てながらもとっさに思いつかない魔王は、
苦い表情で沈黙した。
けれど、もとから険しい顔つきの彼がそうしていると、はたからは怒っているようにしか見えない。
ルカは、あわててスタンから離れ、走りよったエサ台にちっちゃな木の実をぱらぱらと置く。
「…終わったか?さっさと戻るぞ!」
「あ、ち、ちょっと待って……くれる?」
またもせっつくような口調になってしまった、と渋い顔をする魔王に、
ルカが言葉尻を気弱にゆるがせながら、懇願する。
「あの、さ…ちょっとやってみたいことがあるんだ」
「…何だ?」
怒鳴ってしまったあとなので、ちょっと寛容になってやろうかという気分になる。
そんなスタンの険のない口調に安堵したのか、肩の緊張をといたルカは、
えーとね、とつぶやき、きょろきょろと周囲を見渡した。
そして、エサ台からすこし離れた、すっかり枯れてからからになったしげみに近づく。
「…ここならいいかな?」
そしてそのまま、ごそごそとしげみに身をかくした。
「…何を、しとるんだ?子分?」
行動の意図がさっぱりわからない。スタンは首をひねる。
「いや、あのね…こうして待ってると鳥が食べにくるんじゃないかなあ、って」
と、しげみの上からひょこ、と顔だけを出して返事をするルカ。
(…)
うっかり可愛いとか思ってしまった自分を強引にねじ伏せた魔王は、
眉をしかめて聞き返す。
「…そんなところででえんえんと鳥なんぞを待つというのか?」
何とも悠長なことだ。
自分なら3分で飽きてあばれだす自信がある、が。
「バードウォッチングみたいで、さ…面白そうじゃない?」
頬を紅潮させて、ほんの少しはにかんで話す。
その笑顔にやられてしまう。
…何たる弱さだ。
「…少しだけだぞ」
ひどくぶっきらぼうに許可を出したにもかかわらず、
ルカは、素直に喜んだ。
* * *
しげみの中、膝をかかえて座るルカのとなりにどっかりとあぐらをかいた魔王は、
はじめこそ静かにしていたものの、思った通り3分もしないうちにそわそわしはじめた。
もともと一つところにじっとしているのは性にあわないのだ。
退屈しきってちらちらと視線を横にやる。
まったく、この子供は寒いのになぜそんなに鳥が見たいのか。
すぐ隣にいるのに自分には目もくれず、一心に空ばかり見上げている。
木立をうつしとる緑の瞳。口許をふわりとただよう、白い息。
…その目を、顔を。
こちらに向けてくれないものだろうか?
あどけない横顔に、ふいに焦げ付くような感情をおぼえる。
この気持ちをなんと呼べばよいのか。スタンにはわからなかったが、
それが火種になったかのように、だんだんと、イライラとしたものが胸のうちを渦巻きはじめた。
…ええいくそ、何を黙って二人してボーッと座っているのだ。全くもって時間の無駄だ。
うむ、きっと自分はそのばかばかしさにイラついているのだ。そうだそうだ、そうに違いない。
と、いつものように自分の感情を無理矢理に片付ける。
「…ルカよ。そろそろ戻らんか?」
「うーん、もうちょっとだけ…」
「余は退屈だぞ。まったくこんなクソ寒い場所で地味なことに余を付き合わせおって…」
ぶつぶつとこぼしはじめるスタンに、
「あ、そんなに寒いなら…」
ルカはふと思いついたように、ほわほわとした毛でできたかわいらしいミトンを片手からはずして、
はい、と自然に差し出した。
「かたっぽ使う?あったかいよ、これ」
「ぬ、な…っ…!?」
思ってもみなかった反撃に、魔王は絶句する。
(いや。だからそれでは、お前が寒いだろうに?)
(そりゃあ…その心遣いはものすごく嬉しい、けれど、…うん)
(だ、だからといってそんなかわいらしい代物を渡されても!?)
そういったもろもろの感情がごたまぜになって。
素直じゃないほうに吹き出した。
「そっ…そんなもの、付けられるかっ!!」
ああ。魔王としてのプライドが体面が矜持が。
こうして、なんの含みもなく差し出された優しさを拒絶してしまう。
ばしんと、乱暴に振り払われたミトンが地面に落ちた。
「あ…っ」
ルカの表情が暗転した。
さっきよりもさらに切実な悲しみのこもった、声。
それが鮮やかなまでに痛切に胸へと突き刺さり、スタンは今さらながらはっとする。
だが、もはや手遅れ。
「ご、ごめ…っ、スタン…」
震えた唇。うるんだ瞳。それらを残像のように残し、ルカはぱっとうつむいてしまった。
「僕、…おせっかいだったよね。ごめんなさい…」
泣き出しそうな声をむりやり絞り出して、この後に及んで健気にあやまろうとする。
(な、あ、しまっ…!!)
スタンは自分が引き起こしてしまった事態にパニック寸前で、
「こ、こら、泣くな…!」
ついあせって大きな声を出しそうになる。
その時。
パササ…
かるい羽音が二人の耳をかすめた。
2羽の小鳥が仲睦まじく鳴き交わしながら、木の実をまいた台に舞い降りてくる。
「お、…」
「しいっ…!」
思わず声をあげそうになったスタンは、次の瞬間息をのんで硬直した。
唇に。押し当てられた細い指。
ミトンをはずしたばかりの指はまだあたたかくしっとりとした触感で、
冷えきった自分の肌にじんわりと温もりが染みこんでくる。
(…!)
あっけなく混乱する脳内。
しかも、少年は自分の動きを封じようとして、しがみついているのだが。
(…!!!)
まるでこちらに抱きついているようなかっこうになってしまっている。
腕をまわせばかんたんに閉じこめてしまえるだろう、小さな体。
触れた部分から鼓動と呼吸が伝わるほどの、至近距離。
やわらかそうな髪が、きれいなうなじが目の前に、ある。
(…っ!!!!)
ばくばくと早鐘をうつ心臓をもてあましながら、
魔王はそうっと、後ろからルカの横顔をのぞきこんで、
はっとした。
無心に木の実をついばむ小鳥たちを眺めながら。
笑っている。
とても、嬉しそうに。
頬を上気させて、
涙をほんのりにじませた瞳を、冬の日差しにきらきらと輝かせながら。
(…)
さっきまでのイラつきが、うそのように。
ちくちくして仕方がなかった心が一気にうるおされるのを感じる。
奥底で求めていたものが満たされる、充足感。
(そうか、…。)
認識が、すとん、と胸のなかに落ちた。
そうか。
自分は…笑ってほしいのか、この子に。
静かになった心に、かすかに鳥のさえずりが聞こえてくる。
そうだ。
きっとこの少年は、あの小さな鳥のようなもので。
乱暴にしていては恐れられ、怖がられ、逃げられてしまうだけだろう。
この子に、そうしてほしくないというのなら。
そのためには、必要なことがある。
寒空の下でも、じっと耐えて、待ってやれるような。
そんな寛い心を持てたら。
そのときは--------------
一瞬のうちに思考が頭をかけめぐった。
そして、その中にふくまれた真実に、今さらながら愕然とする。
…自分は、自分はまさか、この子のことが…
「…あ」
ふいにルカの口から名残惜しそうな声がもれた。
おそらく、つがいであろう2羽の鳥が、
ひとしきり実をついばんで満足したらしく、
羽音を残し、冬空にとびたっていったのだ。
ハーモニーのようにきれいに響きあうさえずりが、
閑散とした木立の中をこだまし、次第に高く高く昇ってゆく。
ふたりは密着したまま、しばらくそれを見上げていた。
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寒々しい灰色の雲の隙間から、薄い色の空がのぞいている。
「あーあ、いっちゃった…」
ため息をつく少年に、一瞬誰のものか、と疑うほどのおだやかな低い声が、耳もとでささやいた。
「…そう嘆くな。春になれば、また見られるではないか」
「!?」
目を大きく見開いて、ルカは背後を振り返る。
その人は、そっぽを向いて、照れくさそうに指先で頬をかいていた。
そしてちらり、と横目で視線を飛ばす。
それは意地っ張りな彼の、精一杯の態度だった。
「…、…うん」
思いがけない優しさに、ルカは心底驚き、そして…
嬉しさと照れくささで、うつむいた。
さっき、振り払われた時に感じた胸のつめたい塊が、ゆるゆるとほどけていくのを感じる。
まるで、雪解けのように。
「ほれ、いつまでひっついておるのだ?」
ぽん、と頭に軽く触れられて、我にかえった。
魔王の肩にしっかりとつかまって、しがみついてしまっている自分の姿に。
「ひゃ、ご、ごめんっ…!!」
あわてふためいて立ち上がろうとするが、足がもつれてしまってうまく立てない。
そのまま前のめりに転びそうな身体を、すかさず魔王の両のてのひらが支えた。
「立てるか?」
「う、うん…ありが、と…」
ルカの足がしっかりと地面を踏むと、
支えていた手の片方が離れ、落ちてしまったミトンをひろいあげる。
そしてもう片方の手のひらは、そっと冷たい頬を軽く撫でてから、少年のもとを去って行った。
「…いいかげん戻るぞ。こんなに冷えてしまっては…風邪をひくだろうが」
「…え?」
ルカはしばらくぽかん、とした後、もしかして、と小さくつぶやく。
あれだけ寒い寒いと連呼し、早く戻るぞと自分をせっついていたのは、もしかして。
…僕のこと、心配してくれてたん、だ?
ふわっと、今度は体じゅうが暖かくなるのを感じた。
冷えきった耳もほっぺたにも、ぱっと血が通るのを感じる。
「…スタン、ありがとう」
笑いかけられて彼は一瞬だけ赤面したが、すぐにぱっと顔をそらして、
ルカから表情がうかがえないようにしてしまう。
「…ふ、ふん、倒れでもされたら、お前をこき使ってやれなくなるから、余も困るからな!」
言葉づかいが、少々よたついているにもかかわらず。
あくまでも、動揺をかくそうとして、素直じゃない反応が返ってくる。
「…うん」
しかし、声に照れがあるのがわかるから、ルカは素直にうなずき、また、笑った。
ち、と広い背中越しに小さな舌打ちがきこえるが、彼は先ほどのように怒り出しはしなかった。
「笑っとらんと、行くぞ」
「あ、うん」
微笑みをうかべたまま、スタンに従おうとしたルカだが。
「わ、と」
がさがさと音。今度はしげみに足をとられそうになる。
「…。ええい、まどろっこしい!」
しびれをきらしたのか魔王がくるりとふりかえり、ずかずかと大股で近づいてくる。
「あ、ご、ごめ…」
一瞬すくんだ指先を、大きなあたたかい手でぎゅっと握られて、びっくりした。
「…スタン?」
「このほうが早いわ。あのちんけな村に戻る道ぐらいなら心得とる」
ほれ、歩け。と口では横柄に促しながら。
ごつごつした凶悪そうな手で、やわらかいルカの指を痛めない程度に握りしめて、
ぐいぐいと力強く、でもけして、転んでしまうほど乱暴にではなく。スタンはルカをひっぱって歩いてゆく。
それに、何だかくすぐったいような感じを覚えながら、ルカは小さな子供がそうするように、つないだ手をきゅっと握りかえして。
ほんのすこしずつ、しかし確実に春に向かっているであろう、木立の中を、歩き出した。
[end]
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実にこれが初書きの萌え小説でした。いきなり長いし。よく書いたなあ。
そのぶん何回も何回も訂正しましたけどねー。
しかし、当時はこれでもこっ恥ずかしかったというのに。
…慣れっつーのはおそろしいもんですねえ…(遠い目)
いらすと+てきすとにもどる
めにゅーにもどる