《ボクと魔王と世界のカタチver.2:spring sleeping beauty》
03 in case of “Former princess”
わたしは強くない。
王女として存在していた、あの長いのだか短いのだかわからないあいまいな時間の中で、
やたらと強気でいられたのはきっと、自分に危害をくわえるものがこの世界には存在しない、
ということを無意識に分かっていたからだと思う。
本当の…ただの女の子のわたしは、そんなに強くない。
だから、ホウキ一本であの魔王と渡り合うのは正直言って恐い。
だけど、ルカが酷い目にあっているなら何とかしてあげたい、と思う。わたしにできることなら。
寒い朝に暖かいものを用意したり、魔王を牽制したり、ちょっとした言葉をかけたり。
そんな、小さなことしかできないけれど。
だって、わたしがひとりになったときに、支えてくれたのはルカだもの。
幻のようなかすかな記憶が、あのメロディだけが、わたしを繋ぎ止めてくれたんだもの。
あなたには返しきれないほどの恩があるのよ。
そんなこと言ったら、あなたはきっと困った顔をするんでしょうね。
だから言わない、言わないで、傍にいる。そう決めたから。
何なのかは知ってる、もうずっと前から。わたしがあなたにこだわった理由。
あの場所から解放されて、わたしの足をまっ先にあなたの家に運ばせたもの。
知ってるけど、言わない。いま言っても、困った顔をさせてしまうとわかっているから。
わたしはあなたに喜んでほしいから、あなたの笑った顔が見たいから…だから、まだ、言えない。
「ルカ…ルカー?」
草の上に、茶色のスカートをふわりと広げて座り。
マルレインは、隣に横たわった少年に繰り返し声をかけてみるけれど、返事がちっとも返ってこない。
彼はまぶたをしっかりと閉じていて、この季節の森のように新緑の色をした瞳を窺うことはできなかった。
いつもは、この男の子はそう寝起きの悪いほうではないのだけれど。
「よっぽど眠いのね…」
眠る少年と同じ年頃の少女は、さらりと金髪を揺らして首をかたむけ、苦笑しながらつぶやいた。
なにしろ昨夜ほとんど寝ていないに等しいのだから、力つきて眠ってしまうのも無理もない。
そう思う彼女自身も食事のあと、ルカの母のすすめで少し昼寝をさせてもらったおかげで、
今なんとか動けているようなものだ。
「まったくもう、あの魔王、どういうつもりかしら…」
くったりとした少年を眺めながら昨夜のやりとりを思い出し、思わず悪態が彼女の口をついて出た。
そりゃ自分は魔物だから寝なくてもいいかもしれないけれど、こっちは生身なんだから。
と、唇を尖らせながら、自分とルカを寝不足にした張本人の不遜な笑みを思い浮かべると、
それだけでむかむかとしてくる。
あまりにも理不尽な契約でもって、いつもルカを独占している、腹立たしいやつ。
そんな、ただでさえ嫌な男なのに。
マルレインがさらに苛立ちを覚える点が、日頃のルカに対しての態度だ。
あれほど子分子分とこだわって何かとちょっかいを出し、少年に影のようにつきまとっている割には、
彼に対してあいかわらずぞんざいな口のききかた、配慮のない扱いばかりしている気がする。
そういうところが全くもって彼女の気にくわないところだ。
(…そんなに一緒にいたいなら、もっと大切にしてあげなさいよ)
いつもそう言ってやりたくなって、だけど寸前で口をつぐんでいる。
あんな奴に助言めいたことなんてしたくないから。まあどうせ、聞き入れやしないんだろうけど。
「…むにゃ」
間の抜けた声がきこえて、少女は我に返った。
(あんな奴のせいで、これ以上嫌な気分になることもない、か)
そう気を取りなおし、文字どおり黒い影のことを頭から振り払うと、
マルレインは未だ夢の中にいる少年を見つめた。
「あーあ…平和な顔しちゃって」
「…ん」
目を閉じたまま、時折寝ぼけたようにと小さく声をあげる彼を見ていると、
胸の中でいがいがと逆立っていた気持ちがきれいに洗い流されていくのを感じる。
(もうすこし、寝かせてあげてもいいかな…)
ほんわりと優しい気分になりながら、
彼の鼻筋にかかってしまっていた髪を指先ですくって流してやると、
「んん…」
なんだか子供みたいな、可愛らしい声が返ってきてくすっと笑ってしまう。
そういえば、彼の寝ているところををこんなにじっくり眺めるのは初めてかもしれない。
(あ…)
こうして見るとまつげが結構長いんだなあ、とか思ったりしていると。
『…ぐぬぬぬぬぬ』
なにやら地鳴りのような不気味な音が聞こえた。
「なっ!?なに?」
すっかり和んでいたマルレインだったが、瞬間、猫のように機敏に跳ね起き、辺りを警戒した。
何しろ彼女の敵は影に潜む神出鬼没きわまりない相手、こういった反応がすっかり板についてしまったのだ。
(まさか、アレ!?)
真紅の鋭い瞳が、最も危険なポイントであるルカの影を射抜く。
「……」
妙な動きをしていないかどうか、まずはまじまじと凝視。反応は、なし。
続いて影のおちる地面をばしばし叩いてみるが、やはり動きはない。
では、最後のとどめに。
「…えいっ!」
ざくり。
ハーブ採りに使うスコップが深々と地面に突き立った。
意外と臆病なあの魔王がひそんでいるなら、きっとわめきたてながら飛び出してくるはず。
との歴戦の少女の読みではあったが、それでも何も反応がない。
「ふう…いないみたいね…」
気を緩めてかるく一息つき、マルレインはようやく臨戦態勢を解除した。
すとん、と物騒なスコップの隣に腰をおとし、伸びをする。
(やれやれ、)
こういうのが日常になってしまっている段階で、年頃の女の子として我ながらどうかとも思うのだけれど。
ルカを守るためなら強くなれる、そう思えるなら悪くない。
彼女は胸のうちで呟いた。
* * * * * * * * * * *
スタンの意識は闇の底で、全身冷や汗でぐっしょり濡れたような、
なんともいえない嫌な感覚を味わっていた。
(こ、殺す気かあの小娘!?)
もちろん影の身体だし、スコップが突き刺さったところでどうってことはないのだけれど、
死ぬ程びっくりしたし、娘らしからぬすさまじい殺気だけでも脅威に感じてしまうのは致し方ないところ。
とっさに叫び声を出さずにすんだのは、今自分の存在がばれたら、
なおさらさまずいことになるという確信がかろうじて抑止力を保ったからだ。
ばくばくと踊り狂う心臓をなんとかなだめすかして、
スタンはいまいましい天敵が早くどこかに行くことだけを願いながら、息を殺す。
(ええい、くそっ!)
さっきからむかむかと腹が立ってしかたがない、
それは魔王たる自分がどうしてこうもこそこそ逃げ隠れしなければならないのかという屈辱と共に、
(…なぜだ、なんなのだ、この空気は…!)
さきほどから漏れきこえるやりとりに漂う妙に甘い雰囲気が許しがたいのだ。
自分が子分に近づくと、「何かよからぬことをたくらんでいる」とみなされ、
何かと邪魔を入れられるというのに。それがなんだ、相手が小娘になったとたんこの平和そうな光景は。
同じ年頃の少年と少女が寄り添っているさまは、「絵に描いたようなカップル」そのもので。
理由はわからない、ただその様子は、自分にとって恐ろしく苛立たしいものであるらしい。
スタンはぎりぎりと、己の中で荒れ狂う感情と闘うほかなかった。
* * * * * * * * * * *
「くう」
すぐそばで殺気が放たれたのにも関わらず、マルレインの庇護対象はのんきに熟睡を続けていた。
(ある意味大物ね…。まあ、慣れただけかもしれないけれど)
くすりと笑いをこぼし、再びそっと手をのばし、ルカの髪に触れ。
少年のすこしくせのある赤毛の感触を楽しみながら、少女は考えをめぐらせる。
(でも、ルカはどうしてあの魔王にも優しいのかしら?)
よく考えてみればふしぎな話だった。
昨夜の喧嘩の最中でだって、彼は魔王にも自分に対してと同じくらいの配慮をしていた。
もちろん、もともとの気のやさしい性格がそうさせている部分もあるのだろうけれど。
でも、前は…王女の自分が一緒に旅をしていたころは、もっとアレに対して怯えがあった気がするのに。
今も、あの魔王はちっともルカにやさしくない、なのに、当のルカははにかみながらこう言うのだ。
『え、でも…スタンにもいいところあるし、そばにいると退屈しないし…』
(あんなに毎日迷惑をかけられてるし、意地悪もされているのに?よくわからないなあ…)
マルレインは首をひねりながらも、ふと、思い付く。
(もしかすると、男同士だから、なのかな…)
ルカには深く付き合いのある男友達がいない。
存在の希薄さ、という彼の特徴からすれば無理もない話だけれど、ルカがずっとそれで寂しさを抱いてきたのは知っている。
だから、それを満たしてくれる存在として、魔王の存在は大きいのかもしれない。
どれほど仲がよくても、あくまで女の子である自分にはしにくい話とか、あるのかもしれないし。
でも、それはどうにもできないことで、少女はすこし寂しくなり、うつむいた。
契約とか子分とか下僕だとかはとりあえず問題外だとしても。
あの男の存在を、ルカの友達としてなら、自分も認めなければいけないのかもしれない。
…でも。だけど。
しおらしくうつむいた心の中で、疑問と負けん気がむくむくと頭をもたげる。
(あの男のほうは、本当にルカのことを、友達だって思ってるのかしら?)
なにしろ、あれほどこだわっていた世界征服をほうりだして、半年もの間テネルに居座っているのだ。
時々思い出したかのように「こんなことをしている場合では!」とわめきだしたりもするのだが、
行きたいのならば勝手に1人で出て行けばいいものを、何が何でもルカを連れ出そうとして、その度に自分が阻止している。
(ただの子分とか、友達とか…そういう相手にそこまでするかしら?)
考え過ぎかもしれない、理性はそう自分自身に言い聞かせようとするのだが、
あの執着っぷりはもう、何か別の領域に入っているような気がしてならない、と、
マルレインの中の感覚が、何かとあるごとにざわざわと揺れ、ささやくのだ。
かつて、横柄でわがままで邪悪で、支配欲だけが暴走した視線をルカに向けていた男。
それが今、奇妙な熱さを持ちはじめているような…
(…まさか?)
ピューイ!
(!)
いきなり鳥がすぐ近くでさえずった。
少女がはっと我に返り、驚いて身じろぎすると、腰をおろした柔らかい下草がこすれ、かすかに音をたてる。
パササッ。
鳥はその物音で、樹の下にいる人の存在に気付いた様子で、すぐに飛び去っっていった。
「…、いや、そんな、まさかねえ…」
気を取り直して、マルレインは首を振り、先ほどのあまりに飛躍した発想に失笑をもらした。
あの魔王に限ってそれだけは有り得ないだろう。
(だって、あれだけ人間を小馬鹿にしてるんだし…)
妙な妄想は頭から振払うことにして、さて、と気分を切り替えるために一息つく。
空を見上げると、太陽は先程よりもだいぶ西に傾き、
ぽかぽかとあたたかい日ざしも徐々に弱まりはじめていくのが肌に感じられた。
いくら春とはいえ、夕方はまだまだ冷たい風が吹く季節だ。
「ルカ、疲れたならお家に帰りましょう…?ここで寝てたら風邪ひくわよ?」
肩に手をのせて、こころもち耳もとで少年を呼び、やさしく揺する。
ゆさゆさ、揺らされたルカのまつげがかすかに動くが、目を覚ます気配は感じられない。
よっぽど眠りが深いようだ。
マルレインはすこし思案して、
「ごめん」
とひとこと断ってからきゅっと少年の鼻をつまんでみた。
「んー…?」
息が苦しくなったのか、さすがに眉をしかめて薄目をひらき、頭をもちあげて小さく声を出す。
その様子に、眠いところを起こしてしまって申し訳ない気持ちと、
心の奥がうずくような快い感情をおぼえながら、
「ルカ?」
マルレインは名前を呼ぶ。
「…ん」
返事のようなかすかな鼻声を漏らした少年だったが、また、頭を重そうにこてんとおとして眠りはじめてしまった。
「もう、」
となかば呆れながらも笑ってしまう、ほんとにもう、男の子なのに、かわいいんだから。
と、その時、ぎりぎりと石を摺り合わせているような軋む音が地の底から響き。
「!?」
マルレインはふたたび臨戦体勢に突入、警戒したきつい眼差しであたりを見回す。
揺れている木かげ、茂みのつくる少し色の濃い影、縦に伸びた自分の影、横たわるルカの影。
しばらく息を殺して動きを窺うが、やっぱり何の動きもないようで。
「おかしいわね…」
しかしマルレインは警戒を解かず、これは早く誰か家族のいるところに戻った方がいいと判断する。
「ルカ、起きて、ルカー?」
思いきって耳もとにかがみこみ、大きな声を出してみた、すると、そのとたん。
「ん」
ぱたん、寝返りを打たれて、息がかかるほどすぐ近くに眠る少年の顔があって。
は、と。動きが止まる。
…ルカ。
やさしくて、穏やかで、はかなげな笑みの似合う男の子。
何かとすぐに困惑顔になってしまう彼を、自分は困らせたくない、笑ってほしい、だから…と、
これまでずっと奥底に折りたたんできた気持ちが、ふいにふくれあがった。
いま、少し、ちょっとだけ、触れるだけなら…
切ないような思いに頭が一気に塗りつぶされて、自然とまぶたが閉じていき。
…ルカの体温をすぐ近くで感じた。
* * * * * * * * * * *
ぶちん、と頭の中で何かが切れた音がした。
先程まったく同じことをしようとしたことも、
自分がいま隠れていることすらもすっかり忘れ、
スタンはあらん限りの力で伸び上がり、叫んだ。
* * * * * * * * * * *
「ちょおぉっと待てえぇーい!」
[続く]
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1/8 ふー。やっとこさ形になってまいりました。まだオチが決まってないですが!(爆)
しかし、マルちゃん…なんて男前なんでしょうか!!(笑)
まあ、うちのルカの性格だと、普通の優しいだけの女の子じゃだめでしょう、ってことで。
力的には弱いけど、スタンに対抗できるくらい芯のつよい娘さんにしてみました。
本質的にへたれな魔王とはちょうどイーブンで戦えそうです。
最強対抗馬登場!頑張らないと持ってかれるぞ魔王〜!
いらすと+てきすとにもどる
めにゅーにもどる