《ボクと魔王と世界のカタチver.2:spring sleeping beauty》


04 in case of “sleeping beauty and two wooers”



ねむい時って、なんだかとっても身体が重くなるもので。
とにかくまぶたを開くことすらおっくうで、
「起きなきゃ」と思う意識と「もうちょっと…」とぐずる無意識、
ふたつがずっと天秤のうえでゆらゆらと揺れ。

そのあいだ、髪に触れてくるだれかの気配とか、急な悪寒とか、
妙に息苦しい感じとか、ざわざわとまわりが騒がしいのとか。
なんとなく感じ取ってはいたんだけど、
どうしても、深いところから呼ばれているような、
うとうとと心地いい眠りの中から抜けだせずに。

もうちょっと。
もうちょっとだけ、眠らせて…。
ただそれだけを、呪文のように繰り返し呟いていた。

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黒い影が、勢い良くにょにょっと伸びたかと思うと、
次の瞬間煙とともに筋骨逞しい魔王の姿があらわれた。
「くぉの小娘があー!!!」
それもこめかみに青筋たてて怒り狂った姿でだ。
並みの人間ならその形相におじけづいても無理はなかったが、
影魔王慣れしている気丈な赤い目の反応は元王女は違っていた。
「!」
あいかわらず地面にくったりよこたわる少年の頭を、抱き着くようにしてかばいながら、
肩ごしにきっと迫り来る大男をにらみすえたのだ。
「ぬぐっ、ま、またしても…!!さっさと子分から離れんか、こらあっ!」
魔王の心を逆撫でするのは、子分を腕にかばう娘の姿が、また絵に書いたようにさまになっているからだ。
はた目に見ればどちらが悪者に見えるかは言うまでもなく、
わかっていたはずなのに、魔王のはらわたはぐらぐらと煮えくりかえった。

しかし、口撃のネタは先ほどばっちり目撃したのだ、と魔王は息巻く。
自分がひそんでいるかもしれない状況で、子分の寝込みを襲うという暴挙に出たのが
このちんくしゃ娘の最大の失策だ、と己自身をしっかり棚の上に上げながら、
「きっさま、余の子分に何をしよーとしとったのだ、何を!
うら若い娘がまっ昼間からいかがわしいことをしおって!」
糾弾とともにびしりと指をつきつけた。
うぐっと一瞬言葉につまったマルレインだが、次の瞬間まなじりを上げて猛烈に反撃を開始する。
「そっちこそ、わらわが探したときにはこそこそと隠れおって!
何かやましいことでもあるのではないのか?!
貴様とて、無防備なルカのすぐ近くに居たはずじゃぞ!」
「むぐっ…!!」
棚にあげたはずの金だらいに直撃されたような面持ちで、今度は魔王が言葉につまる番だ。
「…!」
「…!!」
双方言葉が出ないまま、娘と男は額をぶつけあうようにしてにらみ合った。
体格的には圧倒的に少女に不利なはずだったが、ばちばちと火花を散らすその迫力は互角。
さながらコブラとマングース、天敵どうしのにらみ合いといったところである。
しかし、均衡は長くは続かなかった。
スタンが眼力で押せば押すほど、少女は子を守ろうとする母親のように、
少年の頭をしっかりと腕に抱き込んでしまうのだ。
彼の頬が、いまだ幼さを残した胸に押し当てられるのにもお構いなしで。
「…っ!」
それを目にして、魔王の逆上していた頭がさらにひっくりかえった。
「だーかーら、ルカを離せ!べたべた触るな、気安く寄るな、ひっつくな!!」
その反応はさながら油をぶっかけられた炎、ことさらに燃え上がったスタンを目にして、
マルレインははっと息をのんだ。
「貴様、やはり…!」
「やはりもクソもないわやはりここで一度死んでみるかこのまな板胸小娘が!!」
「ま、っ…!!??」
こちらの弱みをついた痛烈なひとことにとっさに反応しそうになったが、
今日と言う今日は誤魔化されてなるものかと、マルレインは驚異的な自制心でそれを押さえ込み。
ついに、決定的なひとことを言い放った。
「…やはり貴様っ、小汚い魔物の分際で、ただならぬ思いをルカに抱いているようじゃな…!?」

瞬間、魔王の背後で燃え盛っていた火がぷしゅんと消えた。

「…、…!!!!ぬわ、な、ななな、な、なに、を言っとるかっ!」
先ほどまでの饒舌さがうそのように、思いきり裏返った声で今にも舌をかみそうな、その動揺だけで答えたようなものだ。
いまだこんこんと眠り続けるルカをそっと地面に横たえ、マルレインはすくりと立ち上がり、腰に手をあて、
斜下から思いきり魔王を睨みあげた。
動揺が胸から頭を経由し目にまでまわってしまっているスタンでは、その強い眼力に適うべくもなく、一歩、思わずあとじさる。
すっかり形勢逆転された魔王は、まるで小犬に吠えつかれてしっぽを丸める大型犬のようで、
はたから見れば相当に滑稽な光景だったであろう。
「おぬしなぞの汚れた手に、ルカを触れさせはせぬぞ…!」
「な、なにを言うかっ、きさま、なんの権利があってだなあっ」
「なぜこんなにも邪魔をするのか、か?教えてやるわこの変態魔王」
身長2mに届こうかという大柄な男をも圧倒し、気迫を小柄な身体にみなぎらせ、
マルレインは先ほどのお返しのように指をつきつけながら、
「貴様の器量では、ルカを幸せにはできんからじゃ!!」
これまでずっと思ってきたことをはっきりと言葉にして、全力で及び腰魔王に叩き付けた。
「な、なにを、貴様なにを根拠に!」
どん、と背中を樹の幹にぶつけるところまで追い込まれ、あとがなくなったスタンは反射的にわめいたが、
その程度の反撃で、腹をくくって言いたいことを全てぶちまけてやろうという元王女の勢いを殺せるわけもなく。
「わらわからすれば、お主はルカに甘えているだけにしか見えぬ!」
容赦なく繰り出される言葉の刃がスタンの耳に突き刺さった。
「これは、…ルカは優しいから、いつだって自分が折れる事で貴様なぞを許してやっているというのに…
だというのに何じゃ貴様は!いつもいつも我侭を押し付けるばかりで、困らせてばかりで。
これが何を好きなのか知っているのか?何に歓び、悲しむのか知っているのか?
一回でもルカを喜ばせてやろうとしたことがあるのか。ルカのことを思いやったことがあるのか!?」
「…ッ」
スタンは言葉に詰まった。

知るか、と吐き捨ててしまいたかった。たかが子分のことではないか、と。
だが、何故か言葉が喉に引っ掛かって出てこない。
旅の終わりに、この村に舞い戻ってからというもの、
魔王の実体に慣れぬ子分に対して、自分としては随分譲歩し、優遇してきたつもりだ。
それに対してルカは時々、ほんの時々だが笑ってくれるようになった、それだけでも進歩だと思っていた。
だが、それでは足らないと、頭のどこかから叫ぶ声がするのだ。
自分だけを見てほしい。常に自分の傍らにいてほしい、それを幸せに思ってほしい。
もっともっと笑ってほしい、自分の気持ちをを分かってほしい、自分に心を開いて…裸になってほしい。
膨れ上がる一方の欲求を叶えるためには、今のままでは駄目なのだ、とどこかで分かってはいた。
分かってはいるがしかし、この小娘の言うようにぐちゃぐちゃと細かいことを気にしたり、
いちいち機嫌を取るのはスタンにとって難しいことだったし、取ってたまるかとも思う、
どうしても、魔王としてのプライドが先立ってしまう。
長年身にしみついたそれを崩すのは容易なことではなかった。
「そちのような輩にルカを渡すわけにはいかぬ!
そちの振り回すような押しつけや暴力で、ひとの心が縛れると思うな!!」
とどめのように突きつけられたの敵愾心むきだしの声にも、スタンは反応できない。
…そうか、忘れていた。
いちいち懐柔しなくても、先ほどのように隙を伺わなくても、いざとなれば力づくで何だってできてしまう、
無理矢理ではあろうがそれで欲求を満たすことはできるのだ、と場違いに冷静な思考が沸き上がった。
唇を奪うことも、…それ以上の行為に及ぶことも思いのままのはずだ。
偉大なる大魔王スタンリーハイハットリニダード十四世としてならば、そうするのがふさわしいと思う。
だが、無理矢理奪えばルカは泣くだろうか。
かつてのように、自分に対しておびえるばかりになってしまうだろうか。
その様を想像するだけで、胸が締め付けられるようで。
小娘に言われっぱなしなど流儀に反すると思いながらも、
千々に乱れる心の波に翻弄されて、魔王は元王女に返す言葉が見つけられずにいた。


「…」
珍しく何も言い返してこないスタンを前に、ひととおり感情を吐き出し切ったマルレインは、
大きくひとつ息をついた。
この傲岸不遜な男も、ルカの心を引き合いに出されてはさすがに堪えたようだ。
「…ふん、思い知ったか」
「…ッ」
ぎりぎりと歯を食いしばるばかりで動きのない魔王に対し、
真紅の強い目線はそのままに、先ほどよりも声のテンションは落として、
だが感情は強く言葉ひとつひとつに込めながら。
少女は正々堂々とスタンに宣戦布告した。
「…ここではっきり言っておくが、わらわは、ルカが好きじゃ、愛している。
誰よりもそばにいたいと思うし、守ってやりたいと思っておる。だからルカは、絶対に渡さない。わらわは負けぬ。
…まあ、お主のようなろくでもない我侭勝手ばかりの幼稚魔王には負けるとは到底思えんが、な」
「…くそ…ッ」
ただ小さく毒づくことしかできない魔王を前に、これは恋敵だ、と彼女は確信していた。
この男は無闇やたらに自分の邪魔をしているのではない、自分と同じようにルカを手に入れたがっているのだ。
自覚はないかもしれないが、恐らくは恋人として。
迷いなく、目の前の男をライバルとして見据え、マルレインはよりきつい言葉を言い放った。
「ふん、言葉も出んか。貴様の気持ちなどその程度のものということじゃな!」
…プライドも捨てられないようではこれ以上ついて来れまい、さっさと脱落してしまえ、とひそかに願って。
「…ッ、!!」
その挑発とも取れる言葉に魔王の全身は逆立った。
瞬間、沸騰する激情が津波のように押し寄せ、自意識の高い壁に追い付きぶち壊し、
何度か口をぱくぱくさせた後ようやく喉からほとばしった声はほとんど絶叫で、
「余が、余のほうが貴様よりも、これが、ルカが…!」
我を忘れて叫ぼうとしたその時。

「…あれぇ…どーしたの…?…また、ケンカ…?」
舌のまわりきっていない、ひどく眠そうな声が背後からかかって、
『!!』
魔王と元王女はふいをつかれて飛び上がった。
「ん、…ふ、…」
ようやく睡魔から解放された少年は、
いかにもだるそうに、草地の上にゆっくりと身を起こし、こしこしと目をこすった後。
ぼうっと焦点のあわないまなざしを、無遠慮にスタンとマルレインのほうに向けたものだから。
ついさっき『ルカが好きだ』だの『愛している』などと大声で連呼していたマルレインは真っ赤になって絶句し、
もう少しで肝心なひとことが出てくるところだったスタンはぐっと腹に力を入れた状態のまま固まってしまった。
「…?」
ふたりにまじまじと穴が開くほど凝視され、意識がはっきりしないながらもさすがにいぶかしく思ったのか、
ルカはとろんとした目のままで小さく首をかしげる。
「なに…?」
いつもなら愛らしい、と心なごませてくれるはずの声が、今は異様なほどの緊張を二人に強いる。

「る、ルカ…、あの、ね?さっきの…」
「あー、…、聞いていた、か?」
震える声をどうにか絞り出した元王女と魔王は、
「うぅん…」
ルカの否定とも肯定とも取れる声にびしりと背を硬直させた。
が、しかし。
「んー…ん?なに、を?僕、なんかさっきからうるさいなーと思って、いま、は、ふぁ…、あ」
少年は呑気に、言葉を途中で割るようにして大あくび。
ふらふら頭を揺らしながら、流れ出した涙をのっそりと拭き、
「ふ…。で、えー…っと?なんか、僕の事、はなしてた、の?」
また、首をかしげる。その表情には、思わぬ告白を耳にしたような動揺らしきものは微塵も感じられなかった。
『…………!』
はーっとユニゾンで大きなため息がこぼれ、魔王と元王女はめいめい、ルカから表情を隠すように背を向け、
へたりと地面にしゃがみこんだ。
極度の緊張から一転、ふかく安堵するあまり、脚に力が入らなくなったのだ。
((よ、よかった…!!))
こんな形で発覚しなくてほんとうに良かった、と、まだ当人に思いを告げる覚悟のできていない二人は、
ルカに取り付いていた睡魔の強烈さにどちらともなく感謝する。
「…?ふたりとも、どうかした?」
さすがに様子がおかしいと思ったのか、怪訝そうな、だいぶ正気を取り戻したルカの声が座り込む魔王と元王女にかけられる。
((!))
同じ相手に恋する二人は、思い人の声にぴくりと敏感に反応した。
これ以上訝しまれるわけには、そして心配をかけるわけにはいかない、と、
これまた同時にしゃっきり立ち上がり、くるりとルカに向き直って。
「う、ううん、な、なんでもないの。なんでもないのよ?」
「そ、そうだ、そうだともルカ、この程度で余がどうかするはずもあるまい、ぐわはは!」
どこか上ずった調子で乾いた笑みを顔に張り付ける、その様子はいかにもわざとらしい。
(へんなの)
とルカは正直に思った。いったい、自分が眠りに引きずり込まれているうちになにが起こったんだろうか?
無邪気に不思議がる、
いささか鈍いところのあるな少年は、自分の言動がふたりを振り回しているなどとは、それこそ夢にも思わない。

「さ、こんなのは置いといて、わたしと帰りましょ、ルカ」
「なにを言う、余が連れていけばあのあばら家までひとっ飛びだぞルカ!凱旋といこうではないか!」
「っ、貴様はまた、ルカを荷物のように肩にかついで行くつもりじゃな!?あんな扱いをさせてなるものか!!」
「なにい!ならば抱いていけばよいのだろうが、それなら文句あるまい!」
「!!!」
今度は肘鉄で互いを制しながら、少しでも前に出ようとし相手を弾き飛ばそうとし。
先ほどまでのシンクロっぷりとうって変わって、対抗意識をむき出しにしてぎゃんぎゃんとやりあい始めた金髪の男と少女に挟まれ、
ルカはいつものようにあわあわとうろたえたが、諍いが結局またしても自分を飛び越えていってしまったことに気付くと、
ため息まじりに、
戦いの余波に巻き込まれないよう、ハーブの籠を拾ってまわった。

(なんだか、マルレインとスタンって…もしかしたら似たものどうしなのかも…?)
けっこう息があってるんじゃないのかな、などど、
だれのキスも待たず自力で目覚めた眠り姫は、ふたりの求愛者を前に、
当人たちが聞いたらそれこそ烈火のごとく怒り出しそうなことをのどかに考えていたのだった。



[完]
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7/9 どーにか終わりました、春。な、長かった…!!(へたり)
物理的にはたいしたことは起こってないのにやたら長くなってしまいましたー。
ルカが寝て起きるだけなのに(苦笑)まあ、魔王&元王女内面的には大きな節目なのですが。
だんだんスタン様、言い訳が立たなくなって参りますですよ。うふふ。
それにしても3書いてから、半年たってるー!?ひいい。私の遅筆も言い訳できなくなりそうです。はい(反省)


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