『ヒトハダ。』


月の光に包まれ、寝台の上、魔王の傍らで毛布にくるまれて、
少年は静かな寝息をたてて眠っている。
夢ひとつも見ない深い眠りに落ちているのだろう、
下ろされたまつげはぴくりともせず、目もとにかすかな影をおとしていた。


ふと、不安になる。


意図せず手が伸びていた。少年の眠りをやぶってしまわないように、慎重に毛布をめくる。
あえかな光のなかに、つるりとした肩、すっと二の腕、喉と胸元のくぼみとふくらみが織り成す、
何とも言えぬなまめかしさを含んだ、恋人の肉体の輪郭。
目の前に、
色白くなめらかな肌の質感があらわになって、魔王はまぶしいものを見るように目をほそめた。
それから、細く小振りな体つきであっても、きちんと「男」のラインを描く平らな胸に、ゆっくりと大きな手のひらを重ねる。
若くきめ細かな肌がよこす、しっとりとした感触に思わず唇がほころび、つい指先がちいさな乳首へと滑っていきそうになって、
いやちがうそうじゃない、ここでなだれ込んでどうする、とあわてて踏み止まる。

「…」
触れたまますこしの間、息を殺していると。
ほんのりとした体温と、ゆるやかに上下する胸の動き、そして、とくんとくんと一定のリズムを打つ鼓動が、
たしかに手のひらを通じて伝わってきて、スタンはほっと息をついた。


時々、不安になるのだ。
この小さな相手がいとおしくていとおしくて、恐らくその思いがあまりにも強すぎる故に。
いま、無防備な裸の少年が眠りに身をゆだね、自分の腕の中で息づいているのが、信じ難い事のようにも奇跡のようにも思えて。
これが、今この夜が、触れた肌が、体温が。
夢でも幻でもないということを証明する確固たるものが欲しくなるのだ。
我ながらなんと女々しい感傷だ、とも思うのだが。

「…ん」

その奇跡の具現であるはずの少年が、かるく首を振って小さく
鼻声を漏らしたのに気付き、スタンははっと我に帰った。
左胸だけはすっぽりとスタンの手のひらに覆われているものの、ルカの裸の上半身は夜の空気にさらされている。
寒いと感じたのか、それとも暑いと感じたのか、すこし眉を詰める恋人に、
あわててスタンは毛布を喉元までしっかりとかけ直したが、なんとなくその胸に触れた手のひらだけは離しがたかった。
もう少しだけでいい、触れていたい。
ちゃんとお前を起こさないようにするから。余計な気は起こさないように気をつけるから。
そう掻き口説きたいところだったが、眠る相手に許可を求めるわけにもいかず。
どうしたらいいのかわからなくなって、困惑の眼差しでルカの寝顔を見つめていると。


ふ、とルカのまつげが震え、わずかに細く目が開いた。
「…?」
一瞬虚空をさまよった目線がスタンをとらえ、ふわりとゆるむ。
すたん、と唇が音をともなわず動いた。そして、
「…あったかい…」
毛布の下にある、ちょうど心臓のあたりの肌に乗ったままの、スタンの手のひらに自分の指を重ね、
ぼんやりとした目つき、とろんとした口調のままでそんなことを言う。
恐らく、ほとんど意識はないだろう、しかし、だからこそそれは本心からの言葉であろうと思い、
スタンの胸もふわりと暖かくなった。

「触っていても…いいか?」
「…ん」
できる限りおだやかに要望を舌にのせると、ルカはそれに応えるようにほほえんで。
そのままわずかもしないうちに、またすうすうと寝息をたてはじめる。
明日になれば覚えていないだろうな、と苦笑したいような気持ちになりつつ、スタンも目を閉じた。
夜明けまでの間、この感触を味わっていられることに、改めて喜びを噛み締めながら。



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チャット中にできた品に、少し手を加えましたー。
そのときのお題が「肌の質感」だったので描写にこだわってみましたよ。
あと、「心臓の音を聞く」ってシチュが大好物なんですよね!!(力説・求む同志)
なんか、相手のからだやこころだけじゃなく、いのちまでいとおしんでる気がするのですよー。


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