『細く長く』


蕎麦ひとつすするにもこの子は可愛い、とスタンはひそかに自慢に思っている。

鉢のなかの麺をおいかけ、いまいち不器用な箸ですくいとる。
いち、に、のリズムでつゆを落とし、ふう、ふう、と息を吹き掛け湯気を散らす。
妙に表情が真剣なのは、猫舌だから。
口もとをとがらせて、懸命に吹く様子がおかしく、いとおしい。
魔王の胸中は茹でられたように熱くなる。

「…!んっ」

つるり、とすすった拍子に出汁が顔に飛び、少年はびくっと目をつぶった。

「…はねたぞ」

すかさず横合いからハンカチをとりだして拭いてやるのは誰にもゆずれない特権だ。
ルカは目をつぶったままおとなしく拭かれ、
「ふぁ、ひがと…」
もごもごしながら礼を言う。
スタンはうむ、と平静をよそおってこたえる。


ところどころ塗料のはげた、年季の入ったカウンターで、
きいきいときしむ丸椅子に窮屈そうに収まる魔王は、早々に平らげた自分の丼を脇に置き、
氷水のコップをかたむけながらルカが食べ終わるのを待っている。

かつて、ぺらぺらの影の体だったころ、
この子のゆっくりとした食事のペースにいらいらし通しで、
いつも「さっさと食え!」とせっついていたものだったが。

今はちっとも退屈しない、見ていて飽きることがない。
じっと観察していると可愛らしいところをいくつでも発見できる。

甘辛い味のしみた大振りの油揚げに、小さな口でぱくりとかぶりつく。
端の赤いかまぼこを嬉しそうにほおばる。
白身の薄衣をふわりとまとった卵は最後まで大事にとっておき、
大きめの鉢をかかえるように持ってつゆと一緒にすする。
湯気につつまれ、ぷはあ、と満足げな息をひとつ。


なあ、いいのか、ここで?
店に入る前にスタンは何度も確認したのだ。
ひさびさの外食だったから、スタンとしてはとびきり美味しいものを食べさせてやるつもりだったのだが。
ルカが足をとめたのは、この古びた蕎麦屋の前だった。

この子は、贅沢なものを求めない。あまりに高級なものだと気後れしてしまうらしい。
そういうものよりも、採れたての野菜だとか、新鮮な魚介だとか。
ありふれていながら、その時々に一番美味しいものを喜ぶ。
それを貧乏臭いとは、もう思わない。
むしろとてもこの子らしい、そういうところも好きなのだと、思う。
だから、風のつめたい季節には、心を体をあたためてくれる、こんな一杯こそが幸せで。

ルカが箸をおき、ゆっくりと冷たい水を口にはこんだ。
食べ終わったな、スタンは横目で少年を見る。
髪の生え際あたりにうっすらと汗がにじんでいるのが目に入った。

「あー…美味かったか?」

動揺をおさえてかけた言葉に、ルカはにっこりして向き直り、

「うん、おいしかった」

と無邪気に笑う。
…あああ。可愛い。
だからといって店員の手前悶絶するわけにもいかず、
スタンは唇をかんで胸のむずがゆさをぐっとこらえ、
ごまかすようにがらがらと氷を口に流し込んだ。



引き戸をからからと明けて外に出ると、
ぴゅうぴゅうと風が巻いている。
ルカがその渦にまきこまれ、うひゃ、と首をすくめた。

「寒いか?」
「ん、だいじょうぶ…」

その返答にもかかわらず、ルカが心配で心配でしょうがない魔王は、
漆黒のコートの胸の中に少年を引き込んだ。
あごを相手の頭にのせるようにし、すっぽりと腕で包み込む。
小さな身体は意外と、

「温かいな…」
「うん。あったかいもの、食べたから」

胸の中からあがってくるのは、安堵しきったような柔らかい声。
その響きと、胸に抱いた身体の心地いい感触にとうとう我慢がきかなくなり、
魔王は少年を風のあたらない場所に連れていって、そっとキスをした。

「ふ、…」

鰹出汁の香りがするな、と思う。まあ、どうせ今は自分もそうだろうが。
唇を通して、相手のぬくもりを確かめながら、しかしこういうのも悪くないな、とスタンは思う。

寒さも何も排除して、ストレスのない状況を望むならばいくらでも叶えてやれるのに。
こんな冷たい場所で抱き合い、身を寄せあって、
だけど互いの体温を貴重に感じられる喜び。
地味で、垢抜けなくて、庶民的そのもので。
けれど、こういう幸せを大事にしていこう、と魔王はひそかに誓う。
この子と続けていくために。

「…ん、あつい、よぅ…」

触れるだけのキスの合間に、ルカがもぞもぞと腕の中で身じろぎした。
確かに体の中から温まっているのだろう。
その身と唇のあたたかさは、いつもよりずっと強く感じられた。
中はもっと熱いのだろうな、と思い。スタンはふいに悪戯心を起こす。
なあ、そんなに熱いのなら…余が少しさましてやろうではないか?

きっとこういう悪戯も刺激として必要なのだろう。
この子と続けていくために。
笑い出したいような気持ちでそう考えながら。
スタンは、口のなかに残っていた氷のかけらを、ルカの方に押し込んだ。

「んぅ!?」


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麺類が食べたいなあ、とふいに思い。
そしたらルカが一生懸命、お蕎麦を食べてるとこが目に浮かんで…
あっという間に仕上がった一品です。
それにしてもスタン様…目線がえろすぎるよ…!

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