『ソイネ』
田舎の中の田舎、キングオブローカルと言い切ってもいいようなテネル村の暖房器具は主に暖炉である。
これが隣町のマドリルであれば、遠い過去の遺物である機械たちの放つ熱を利用して、
家の中のみならず町全体が暖められ、冬でも凍てつく事はないという。
「都会はいいよなあ…」
村の多くの住民がため息とともにこぼす愚痴の回数は、この年の秋からすでに飛躍的に増加していた。
なにしろ、今年は異常なのだ。
ルカはそろーっと布地のすきまから顔を出してみた。
とたんに、ひやりと鋭い冷気が鼻の奥をつんと刺激する。
「!」
あわてて布団の中へと顔をひっこませる。
するとやわらかい暖気に取り囲まれ、瞬間的にこわばってしまった顔がふにゃんと緩む、
さっきからそんなことの繰り返し。
手だの足だの顔だのを布団の外へと伸ばそうとしてはひっこみ、ひっこんではまた伸ばし。
その様はまるで甲羅をしょった亀のようだ。
「うーっ、さむっ…」
あがいているうちに布地の中に入り込んでしまった冷気に、
身体が勝手にぶるりと震え、ルカは思わずきゅっと手足を縮こまらせた。
テネル村役場の予想によれば、今年は間違いなく厳冬になりそうだ。
木々の紅葉、というかつてない事態にはじまって、
例年であればまだのんびりと冬支度にとりかかるであろう時期に、
いきなり木枯らしが吹きはじめたのである。
従って、まだおおかたの家が暖炉の掃除も薪の用意も済んでいない状態で、
村人たちは朝夕の強烈な冷え込みにさらされることとなった。
だから、今、暖を取るとするとこれしかないんだよね。
「…」
もぞもぞと布団に潜りながらルカは考えた。
もちろん、彼の家でも暖炉の準備は急ピッチで進んでいる。
しかし、それは家の中心にでんと据え付けられた大きな暖炉と、それに通じる煙突の掃除だけでは終わらないのだ。
二階に配された各寝室に、くまなく暖気をめぐらせるパイプ、それの煤落としに時間がかかっているのである。
これさえ終われば、どうにか人が布団をかぶらずまっとうに暮らせる室度になるのだが。
冬用のぶあつい布団は温かいけれど、結構重みがあるうえに、
中と外との温度のギャップゆえに、一度入ってしまうとなかなか外に出られなくなってしまう。
実のところ、さっきから出よう出ようとルカがあがいているのは風呂に向かうためなのだが、
あたたかい風呂に行くまでには、この寒い部屋を通過し、冷たい廊下を横切り、
凍てつくような階段を降りて行かねばならない。
そう思うとなかなかこの温かい空間から出ることができないのだ。
(でも、もうちょっとの辛抱だから…)
ルカはそっとため息を吐いた。
と。
「ええいコラ子分!!さっきから見ておればいつまでも雪まんじゅうみたくなりおって!!
若いくせにじじむさいにもほどがあるぞ!!!」
「!!さ、寒ーいっ!!」
突然の怒声とともにがばあっと思いきり布団を剥がれて、ルカは文字どおり震え上がった。
「風呂に行くなら行くでさっさとせんか!待っておる余の身にもなってみろ、このグズ!のろまっ」
いきなり実体を持ってルカの部屋に出現した魔王は、こめかみに青筋をたてて少年を怒鳴りつけた。
上背と怒りのテンションが高すぎて、天井に頭をぶつけそうな勢いだ。
かつてのペラペラボディとは迫力が違い過ぎる、
この肉体での怒れる魔王を初めて目の当たりにしてルカはすくみあがったが、ふと、
「…へ?スタン、待ってって…」
怯えも寒さも忘れて首をかしげた。
「あの、お風呂、先にいいよ?もう君、僕と一緒じゃなくても自由に動けるんだし…」
不思議そうな視線に勢いをそがれたスタンは、腕組をして考え込み、
「む、?………………。あ。そうか。そういえばそうだったな」
しばらくたってから間の抜けた声でつぶやいた。
忘れていたんだろうか?ルカは目をしばたく。
姿のみを取ればすっかり邪悪な迫力を得た魔王だが、
こういうところが抜けているのは相変わらずのようだ。
「…ゴホン。で、では先に風呂に行ってくるとしよう。
おまえ、出るまでに余の寝台を用意しておけよ」
誤魔化すように咳払いをした魔王は、
相変わらず尊大に命令を下してからルカの部屋のドアをくぐろうとする。
「え、…っと」
ルカは一拍、その意味を考えて、理解できたとたん慌てて声をあげた。
「え、え?でも、でもだって、スタン、前はそのまま影の中で休んでたじゃないか」
それじゃ駄目なの?とおそるおそる問うと、
「なにぃ?」
出際に呼び止められて胡乱な目つきになった魔王はとたんに不機嫌になり、こう切り返す。
「まったく、もそっと主たる余を気遣ったらどうだ子分。
余とて好き好んで影の中で休んでいたわけではないのだぞ?
ようやく実体がもてるようになったのだから、ちゃんとしたところで寝たいではないか!」
「ええっ、えー?…どうしよう…」
ルカは困り果てた。
今、この家には予備のベッドがないのである。
それはなぜかというと。
「こんな遅くになって何を言い出すのじゃ、この押し掛け魔王め!!」
寝巻きのまま仁王立ちになった金髪の少女が、憤懣もあらわにそう言い放った。
きれいに整えられたベッドに潜り、さあ眠りにつこうとした矢先に自室に怒鳴り込まれて、
当然のことながら相当に気が立っている。
「母上の好意で泊めてもらっておいて、よくもまあそこまで自分本位に振る舞えるものじゃな!!」
マルレインはこの言いたい放題やりたい放題の不遜な男に言いたいことが山ほどあった。
魔王が今日突然ルカ家に現れたのはそもそも夕方だったのに、
この男ときたら自分のぶんの夕飯をルカの母に要求し、
彼女が急遽用意したものを悪びれず平らげたあげく(しかもおかわりまでした)、
その上でこんな我侭を言うのだ。
それも、無神経さが産んだ言動であればまだしも、
いかにも魔王らしく邪悪に、相手に無理を言ってわざと困らせて、それを喜んでいるのだ。
少なくともマルレインにはそうとしか思えない。
「そちなぞ影になればよいではないか!それが嫌なら床にでも寝っころがっているがよい!」
身長差をもろともせずに正面きってつっかかる少女に対し、
魔王は犬でも追い払うようにしっしっと手を振りながら、
「おお、偉そうにほざきおるわ居候の分際で。
こ〜んな無礼千万小娘なぞに寝台を与えるのはもったいないわ、物置にでも放り込んでおけばよい!」
見下しきった口調で言いつのる。これでは元王女の目尻がさらにつりあがるのも無理はなかった。
「…ッ!それは貴様とて同じ話であろうが!!これ以上タカリ魔王をつけあがらせてなるものかっ!!!」
「ぬわにぃ〜!?」
「うーん、家具屋さん、今日はもう閉まっちゃってるのよ。買いにいくとしても、明日よね〜」
いまにも実力行使に発展しそうなやりとりのかたわらにも関わらず、
いつもと変わらずおっとりとした口調で、小柄なルカの母は小首をかしげる。
「そ、それじゃあ…どうしよう、今夜?」
ルカは、おろおろとのんびり屋の母と一触即発の二人を見比べる。
この家にはひとつ空き部屋があり、そこに予備の寝具が置いてあったのだが、
魔王より2日前に居候となったマルレインが使ってしまっているのだ。
いくらなんでもそれを取り上げることなどできる筈もなかったし、
新しいものをすぐ入手できるわけでもない。
となると、取るべき方法はひとつしかなかった。
「まあ、しかたないわよね。お部屋にはソファとベッドがあるわけだし、なんとかなるでしょ。
ルカ、今日はちょっとスタンちゃんと話し合って決めてちょうだい」
母はぽん、と手を打ちながらあっさりと決定をくだした。
「そ、そんなあ…」
なんとか…って言ったって。
相手がスタンじゃ、話し合ったって目に見えてるよ…とルカは内心でつぶやく。
「母上、それじゃルカがかわいそうよ!」
気色ばんで声をあげるマルレインを制するように、まあまあ、とのどかな声がかかる。
「でも、だからといってあなたをこんな寒い日にソファでなんて寝かせられないでしょう?
女の子が体を冷やしちゃダメなのよ?」
どうやら母にとって、他の家族の寝具を譲ってもらう方向については選択肢に入っていないらしい。
皆、既に就寝しているから、起こすのも気が引けるということなのだろう。
ルカは何となくこの後どういう展開になるか読めてきて、だまって肩をおとした。
「ね、ルカ、あなたなら一晩くらい大丈夫よね〜?男の子だもんね?」
そうウインクしながら母に言われてしまえば、ルカとしてもうなずくしかなく。
なおも心配げなマルレインをとりあえず安心させるために、
「気にしないで、大丈夫だから…」と気弱に笑いかけた。
「そーよー、真冬なわけじゃないんだから。毛布かぶれば寝られるわよ〜。
寒かったらちゃんとおかーさんが湯たんぽ作ってあげるから。ね?」
母は最後に優しくそう言って、息子の肩をぽんと叩いた。
「うむ。おまえはソファだな!」
部屋に戻ったとたん、魔王はやはりというか、一方的な決定をルカに下した。
「え、で、でも…」
「でももストもないわ、考えてもみろ、余にとってはこのベッドですらちんけ過ぎて狭いくらいなのだ。
ソファなんぞで横になれるか、おまえならともかく」
「それはそうなんだけど…」
ルカはかたわらのソファを見てため息をつく。
たしかに、小柄な自分ならどうにか横になれる、そんなサイズなのだ。
言葉こそ居丈高だったが、魔王の言い分はもっともだった。
しかたない、とルカはいつものようにあきらめた。だが、それでもひとつだけ譲りがたいことがあり、
おずおずと切り出してみる。
「う…ん、わかった。あの、でも、せめて…お布団、僕のほうにもらっちゃダメかな…?」
毛布ひとつきりでは間違いなく風邪をひいてしまう、せめて暖かい布団をかぶれないだろうか、と、
最後の望みを託して魔王を見上げたのだが。
「なんだとう!?キサマどういう了見だ、子分が主より温かい布団でぬくぬくと眠る気か!?」
無情にも降ってきたのはまたも怒声で、少年はびくんと身をすくませ、
「ご、ごめんなさい…やっぱり、いい…」
条件反射的に謝ってしまう。
とたんにうむっ、とふんぞり返る魔王を後目に、
ルカはまたひとつ深い深いため息を吐いた。
(さ、寒い…、やっぱり…)
ルカはぎゅうっと身を縮めた。
できるかぎり熱が逃げないように毛布をしっかり身にからませているにもかかわらず、
湯たんぽをしっかり抱えているお腹はアダッシュ砂漠の砂のように熱いのに、背中はポスポス雪原だ。
母に約束通り作ってもらったそれを受け取って、
湯冷めをしないように超特急で部屋にもどり毛布にくるまったのだが、
やはり夜が更けていくに従ってしんしんと冷えて行くこの部屋では、大した効力を発揮してはくれなかった。
身体が勝手にかたかた震えるし、眠るためにリラックスするどころか全身がこわばってしかたない。
(だけど…)
ちらりと恨めしげな視線をベッドのほうに送ってみたものの、
今さらどうこう言ったところで魔王が譲ってくれるわけもないのはよく分かっていて。
(…はあ…)
すっかり諦めため息をついたルカは、
ただただ眠ってやりすごすことだけを考え、必死で目をつぶって羊を数えはじめた。
しかし、イメージの中の羊たちも、黒い魔の山から吹き下ろす寒風にがたがた震え上がっていて、
なんだか頼りになりそうもなかった。
先ほどから時折、部屋の片隅からくしゅんと小さなくしゃみが聞こえる。
スタンはしばらく無視を決め込んでいたが、ふっと眠気に身をゆだねようとする度に、
「…ぅくしゅっ」
思い出したように響くそれに起こされて結局寝付けずにいた。
よっぽど「やかましい!」と怒鳴ってやろうかと思ったのだが、
そうしたところで、情けない声での謝罪は聞けても、
子分のくしゃみが止まるわけではないだろうと考えなおした。それに、
「…っ、ひくしっ」
今宵8回目のくしゃみ、それも先ほどからだんだん鼻にかかった、しめった響きになってきているようで。
魔王は暗闇の中で顔をしかめた。
(…なにも、別に)
言い訳がましく胸中でつぶやく。
子分に風邪を引かせたいわけではない、ルカを、苦しめたいわけではない。
無理だと、根をあげてくれれば。少しでもいいから、自分にすがってくれれば。
暖かいここに迎えてやるのもやぶさかではないのに、などど殊勝なことを考えたりしてみたり。
しかし、自分から「入れてやろうか」などど申し出るのは、
まるで子分にへりくだるようで、自分が悪かったと認めるようなもので、主としては到底許しがたい。
しかし。このままで明日熱を出されでもしようものなら困る。
あの小娘がやかましいだろうし、余が自由に出歩けなくなってしまうではないか!
…っていやもう余はこの子供の影に依存しているわけではないからして、
これが寝込もうがどうしようが知ったことではない、
それでいいはずだ、はずなの、だが、しかし…
「…」
しばらくもんもんと考え込んでいた魔王だったが、
「ひ…っ、ぐしゅっ」
ソファがきしむほどの勢いで揺れた毛布のかたまりにとうとう、
「…ええい!」
苛立った声とともにがばと起き上がる。
その勢いのままベッドを降りてずかずかとソファに向かい、
そこで冬眠中のいもむしのように丸まっていた身体を、やにわに毛布ごとすくいあげる。
こごえながらもどうにかして眠りにつこうと、そればかりに集中していたルカは、
当然のことながら突然のできごとに仰天し、大事に抱えていた湯たんぽを取り落とした。
「え、え、え!?なに?なにっ!?」
「うるさい、騒ぐな」
吐き捨て、暗闇で目を見張って叫ぶ少年の身体を、もがくいとまもなく乱暴にベッドに放り込み、
「!」
衝撃で息をつまらせ目を白黒させる彼の横に、続いて魔王自身も勢い良く乗り上がったものだから、
古びたベッドのスプリングがたまらずぎいいと金切り声をあげた。勢いを殺し切れずマットまで波のように揺れ、
いっそ壊れてしまうのではと不安になるほどで。
「…」
魔王とその子分は息を殺して身を寄せあった。
どうにか揺れが収まり、ふと我に帰ったとき、
スタンはすっぽりと腕の中にルカを収めているのに気がついた。
少なからず動揺したが、この狭いベッドに2人おさまるにはそれしかない、
仕方がないのだまったく、文句があるかこの軟弱子分め、と胸中で悪態をつくにとどめる。
ルカは、驚きのあまりしばらく声も出せず硬直していたが、
「あ…ったかー、い…」と、思わず声を漏らした。
さっきのソファが極寒地獄なら、体温であたためられた布団のなかは天国だったのだ。
自然と温度の高いほうへと身を寄せていき、無意識のうちに、すり、と。
少年は猫のようなしぐさで魔王の胸へと身を擦り寄せていた。
「…っ!」
触れてきたルカの指先のつめたさに驚き、無防備にひっつかれたことに驚き。
魔王の頭は一瞬まっしろになり、全身がかちんと硬直した。
一方、温かさにとろけそうになっていたルカは、
背中にまわされた腕のきしみとこわばりを感じ取り、はっと我に帰った。
今、自分が湯たんぽがわりにしているこの人はだれだろう?
ていうかこの部屋には僕とスタンしかいないはずだし、
…て、ことは?
「…!っ、スタン!ご、ごめん!」
あわを食って魔王から身をもぎはなし、どうにか距離をとろうとする少年だったが、
大きな手のひらに有無を言わさず捕まえられて、
「わ…っ!?」
強引にもとの場所へと引き戻されてしまった。
魔王にとっても、ルカの冷えた身体をぎゅっと抱き締めてしまったのは完全に反射的な行動で、
自分でやっておいて目を剥くほどだ。
腕の中から子分の鼓動がとくとくと響いてきて、ひどく落ちつかない気分になる。
このままでは触れあったところから体温がうばわれるだけだというのに、
いったい何をやっているのか、自分は?
「…ええい、狭いのだからじたばたするな!落ちても知らんぞ」
とりあえず何も考えずに口に怒鳴らせておいた、
こと悪態をつくことにおいては右に出る者のないこの舌だ。
太い腕にしっかりと抱え込まれてしまったルカは、ひどく動揺し弱々しくもがきながらも、
「え、で、でもっ、…スタン、窮屈じゃ…?」
おどおどと、気弱に魔王を見上げて問う。
「…ふん、別にこの程度、あの忌々しいツボに比べれば何ということはないわ。いいからさっさと寝ろ!」
子分の顔をなぜか正視できず、そっぽを向いたままのスタンは、
無造作に手をのばして腕の中の赤茶色の頭をぐしゃぐしゃにかきまわした。
そうやって乱暴にでも扱わないと、なにやら妙なものが胸の奥から勝手にこぼれ出てしまいそうだったのだ。
「…いいの?」
「くどい。もうこのままさっさと寝てしまえ、何度も言わせるな!」
「ご、ごめん、…うん」
反論を許さない口調と、脱出を許さない力に、ルカは困惑した。
(ほんとに、いいのかな…)
ちょっと試してみるくらいの気持ちで、頑張って浮かせていた頭を、おそるおそる魔王の筋張った腕に乗せてみる。
重い、と振り払われるのを覚悟していたのに、驚いたことに一言の叱責もなかった。
すこし固く、ちょうどいい高さの枕、それに、
(あったかい…、)
冷たい空気にさらされて、痛くてちぎれそうだった耳にもじわりとぬくもりが染み込んで、
ルカはため息とともに言葉に出さずつぶやいた。
(…ありがとう…)
魔王のふところは、冷えた身体には熱いほどに感じられて、ルカはふるりと震える。
身体のこわばりが勝手にゆるんでいくのを感じて、とても気持ちが良かった。
まぶたがするすると降りてきて、あ、と思ったときには、少年はすでに眠りにおちていた。
「…」
すう、すう、と規則正しい寝息があごの下から聞こえる。
ちらりと見下ろすと、くしゃくしゃになった髪を透かして、
伏せられたまつげとすっと通った鼻筋が視界に入り、あわてて目をそらす。
本当に、何をやっているのだか、自分は?魔王は本気でいぶかしんだ。
「んん」
しかし、かすかな鼻声に誘われるように、腕に力をこめて密着させた身体はすっかり温まっていて、
その体温とくったりとした重さに、どうしてかひどく安堵してしまっていた。
「…まあ、よい…」
いま腕の中にあるものはただの湯たんぽか、抱き枕のようなものだ、と、
妙に浮かれ気味の自分自身に言い聞かせて。
魔王はぐっと目をつぶり、もやもやと渦巻く得体の知れない感情に無視を決め込んだ。
翌朝。
少年の身を心配して早目に起こしにきた女性ふたりは、
ひとつのベッドで身を寄せあう男と少年を目撃することとなり。
「…!」
細くからまりやすい金髪に櫛も入れず駆け付けたマルレインは、その光景を前にわなわな震え。
「まあ!仲良しさんねえ〜」
こんな時にさえ穏やかな表情を崩さないルカの母は、微笑ましそうに眠る魔王と息子をのぞき込み、
「あったかそうだし、これなら新しいベッドはいらないかしら?」
やっぱりちょっと食費がたいへんなのよね、と主婦らしく計算を働かせたあげく、
うんうんとひとり納得してしまった。
マルレインはというと、となりで無責任に放たれた言葉も耳に入らないほど逆上しているらしく。
「貴様!ルカから離れろー!!」
怒声とともにぶあつい布団を枕元からロールケーキのごとくめくり上げたので、
魔王は不機嫌そうに細目をあけ、その子分は震え上がって飛び起きることになってしまった。
そして、それから夜が来るたびに。
「あの、今日も…?いい?」
必ずかけられる気弱な声に、魔王は、ちっと舌打ちしつつ、
こんなくそ寒い気候では身を寄せあうしかないだろう、悪いか!?と、
誰に対してかよく分からない言い訳をしながら。
「…。ほれ」
くるりと布団のかたっぽをめくって少年をベッドに迎え入れる。
遠慮がちにおずおずと入ってきたパジャマ姿の子供をすこし強引に抱き寄せると、
その身体からシャンプーと石鹸のにおいがふわりと立ち、スタンの鼻先をあえかにくすぐり。
「…」
ぎゅっと腕をまわして、少年が苦しがるほどに抱き締めたくなるのは、
これが湯たんぽ代わりだからなのだと、魔王は夜毎呪文のように唱え続けなければならなかった。
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ふひー。ブランクをはさみまして復活第一段、同衾ものですー。
なんだか暑い時期になると寒いネタが書きたくなるようです。(逆もまた然り…)
去年の今頃も早春書いてたしなあ…。
時間的には『旅が終わる』直後のエピソードとなります。
しかしスタンさん、素直じゃないくせにカラダは正直なようで…(爆弾発言^^;)
いらすと+てきすとにもどる
めにゅーにもどる