『in the train』
がったん。
線路の切り替えポイントを通過でもしたのか、電車が大きく横に揺れた。
休日の午後、少し混雑しはじめた車内で、
つり革につかまって立っていた人々が、大なり小なり差はあれ一様にふらつく。
そして、体重の軽く非力な者にとってはそれはなおのこと大きく感じられて。
「わ!」
会話に夢中になっていて、揺れに対しまったく無防備になっていた少年は、ものの見事に足もとをすくわれた。
そのままうしろにひっくりかえりそうになったところを、
「っ」
素早く黒いコートの腕が伸びてきて、あぶないところで細い腰と背中を支える。
「…び…っくり、した…」
まだ驚きのさめやらぬ表情でぱちぱちとまばたきをしつつ、少年がどうにか姿勢を持ち直すと。
彼を支えた腕の持ち主は、小さく安堵の息をついた。
「あ、ありがと、スタン…」
「…気を付けろ」
一瞬肝を冷やした自称魔王は、そうと見抜かれないためにわざと不機嫌な声を出す。
まったく心臓に悪い。こういうとろくさい相手を好きになるということは本当に厄介だ。
思わぬところで粗相をしないか、怪我をしはしないかと、常にやきもきしていなければならないのだから。
と頭の中でぶつぶつと、ほとんど惚気のような幸せな愚痴をこぼしていると、
「あ、あの…っ」
その厄介な相手である少年が困りきった声をあげたのを聞き、我に帰る。
「どうした、ルカ?」
「も、もう大丈夫だから…その、離して?」
静かな車内に響かないようにとの配慮か、ルカはひそめた声で訴え、恥ずかしそうに身じろぎをする。
そういえば、先程支えた体勢で、腕を少年の背に回したままだ。
細くすんなりした身体は抱き心地がよく、魔王としては手放したくなかったのだが、
ここは不特定多数の人間がいる空間だ。
ルカも他の乗客の目が気になるのか、落ち着かない様子でしきりと周囲を見回している。
このまま無理矢理抱きかかえていれば間違い無く機嫌をそこねてしまうだろう、スタンはそう判断する。
だが、ここで安易に手を離していいものか?とも思う。
なにしろ何もないところでも普通に転ぶような、あぶなっかしい子供なのだ、これは。
「…本当に大丈夫か?おまえのことだ、離したとたん転びかねんしな…」
「え、そ、そんな。ほんとにもうだいじょうぶだか…らっ!?」
がったん!
またひときわ大きな横揺れが、意地の悪いことに時間差でやって来て、
今度は前に飛ばされたルカは、そのまま背の高いスタンのちょうどコートの胸あたりに顔から突っ込んでしまい。
「ん!」
どうやら鼻をひどくぶつけたらしく。
「ひ、ひたー…」
真っ赤になったそこを両手でおさえ、涙目になる子供にスタンはやれやれとため息をつき。
「ふ!」
離そうとしかけていた腕で、さっきより強く抱き寄せた。
「こうでもせんとまともに立っておれんのだろうお前は。ええ?」
「や、やだよ、恥ずかしいよ…!」
「やかましい、大人しくしとれ」
必死で声をおさえながら抗議する少年を、魔王は問答無用、と言わんばかりに腕のなかにすっぽり収めた。
そもそもこんなに揺れるのだ、支えるのが高じて多少ひっついていたところで問題はないだろう、と傲慢な思考で考える。
そう、こういう場面で傲慢にふるまわずしてなにが魔王か。
公共の迷惑?知ったことか。
自分にとっては、ルカが怪我をするかもしれない事のほうが大問題なのだ。
(文句があるか?)
と、魔王はあちこちから飛んでくる乗客の視線を、ぎろりとひとにらみではねのけた。
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12/19
通勤電車で思い付いたネタですよ。横揺れでいつもふっとばされている塔でございます。
しっかし…なにを公共の場でいちゃついているのでしょうね、このバカップルは!(笑)
そりゃみんな見るよ!無理もないよ!
こんな客いたらまじまじと観察しちゃうってばスタン様ー!!(/////)
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