すぺしゃるさんくす3000ひっと!
***歪様へ***
『cooking time!』
ごつごつと厳つかった泥付きじゃがいもたちが、
みるみるうちに愛らしいクリーム色の球になる。
こちらを威嚇するようだったひねこびた人参も、
あっという間に乾いた皮をすべてはぎとられ、
鮮やかな朱をさらして恥ずかしそうに転がっている。
だれにだって特技はあるものだ、
もちろんそんなことはわかっているつもりのエプロスだったが、
目の前で展開される意外な光景に、思わず目を丸くした。
普段着の上にシンプルなエプロンを身にまとって、
ルカは先ほどから、大きな岩の上に置いたまな板に向かい、せっせと野菜の下ごしらえをしていた。
さらに時折、石で組まれた簡易かまどの火を調整したり、
そこにかけられた鍋の中身を確認したりと、ぱたぱたとせわしなく動き回っている。
どうやら、旅の一行の胃袋をまかなっているのは、この一見目立たない、
しかし印象に反して世界を左右しかねない要素を持つ少年であるらしい。
先ほど皮をむかれた野菜たちは、まな板の上に置かれるやいなや、
とんとんと包丁のリズムも小気味良く、一口大に切りそろえられていく。
そのスピードと正確さ、危うさのない慣れた手付きに、
「…随分と手際がいいな」
知らず知らずのうちに声が出ていた。
「えっ?」
まさかじっと観察されていたとは思いもしなかったのだろう、少年は手をとめてぱっと顔を上げた。
「え、エプロスさん?」」
ただでさえ丸い目をさらに丸くして驚いている。小動物じみたその反応に思わず苦笑をもらしながら、
「いや、あまりに手慣れているから、誰かに教わったのかと思ってな」
なるべく優しい声で語りかけ、「ああ、手を止めなくてもいいから」とつけくわえた。
「…あ、はい、おかーさんに…僕、よく手伝いしてましたから…」
「そうか」
照れたのか、すこし頬を染めてうつむきながら作業に戻る少年を見、
そういえば一対一でこういった会話をするのははじめてだな、とエプロスは思った。
何度か、彼と顔をあわせたことはある。
だがその時は、自分は幻影魔王であり世界の謎に相対するものとして、
世界の中のイレギュラーな存在の集合たる影魔王の一行に対し興味を示したにすぎない。
今、こうしてルカと個人対個人として向かい合っていることに、エプロスは何やら新鮮さを覚えたのだ。
(それにしても、)
この少年の料理の腕がなかなかのものだということは分かったが、
すさまじいまでの早さで下ごしらえが進んでいくのにエプロスは内心いぶかった。
何も、そんなに急くことはあるまいに。それに何だか、
(…手付きが焦っている?)
と思った矢先、
「っ」
包丁で指先をかすかに傷つけたようで、少年がかすかに顔をしかめた。
「おい、大丈夫か?血は」
「ふぁ、い、…あの、ちょっとしか、切ってませんから」
ルカは反射的に指先をくわえながらも、あいた手で湯の沸いた鍋に野菜をほうりこむのは止めない。
「なにをそんなに」
焦っている?とたずねようとしたその時、
「くぉーらー子分!!貴様、恐れ多くも勿体無くも余が器に使ってやっとる分際でありながら、
身体に傷をつけおったな!?影が欠けでもしたらどうする、さっさと治せ、さっさと!!」
いったいどこからその虚勢が沸き出してくるのか。
傲慢きわまりない言い回しでわめきちらしながら、少年の背後から影魔王スタンが勢い良く出現した。
「まったくどこぞの主婦のよーにいらんことをそこの濃密圧縮メイク男とぐちゃぐちゃしゃべくりおって。
口を動かすひまがあるならさっさと仕上げてしまえ、まったくこれだから人間というものは面倒なのだ!」
「う、うん、ごめん…」
こんな気障男のぶんは作らんでいいとか。女勇者のにだけ砂を入れてやれだとか。
それこそぐちゃぐちゃと言い立てながら腕をふりまわす魔王を、
ルカが眉尻を下げ、こまりきった顔でどうにかなだめようとしているのをはたから眺めて、
エプロスは苦笑した。
(なるほどな…)
この影魔王の妨害をおそれていたのか、と納得する。
せっかちなスタンが、人間のための食事の用意にいらつくのは理解できた。
さらに言えば、肉体をもたない彼はルカの手料理を口にすることもできないのだ。
もしかしたらそれも気に食わないのかもしれない。
しかし、さらなる疑問が頭に浮かんで、エプロスはふと周辺を見回した。
「ルカ、ほかの者はどうした?手伝ってはくれないのか?
…まさか、皆がお前に押し付けているのではあるまいな…?」
少年の気弱な性格からして、面倒な作業をを押し付けられるというのはありえすぎるほどありえる話で、
心配になったエプロスは無意識に声を低める。
「いえ、あの、そうじゃないです、薪とか水とかはみんな持ってきてくれますし。でも…」
少年があわてて手のひらと首をぶんぶんと横に振りながら、ちらりと視線を飛ばす先には、
「うおおおいいニオイっすよ!今日はシチューですかいルカの兄貴!」
「ねーねーごはんまだなのー?リンダ味見してあ・げ・るっ」
「だからアンタらが邪魔すると余計にややこしくなるのよッ、いいから黙ってテント作り手伝いなさい!!」
暮れかかる空の下、煮炊きをしているこの場から少し離れた木陰で、
まだ立ち上がる気配もないテントそっちのけであじみっあじみっと叫んでいる元魔王ふたりを、
女勇者がやっきになって押さえ付けていた。
ああ、あれは駄目だな、と諦めながら視点を移すと、
テントとも少し離れた岩影で、薄汚れた白衣の学者は、
しきりに本に顔をつっこんだり試験管に正体不明の蛍光色の液体を入れてほくそ笑んだりしていた。
時々何やら含み笑いまで聞こえてきて、かもし出すマッドなオーラは不安をあおるに十分なもので。
危険すぎるな、と判断して、ひととおりメンバーの顔を眺めて戻ってきた目線の先には、
エプロン姿のルカがちょこんとひとりいるだけで。
「…苦労をするな」
「はい…」
ため息混じりにこぼした言葉に、ルカはうなだれて応じた。
それから、魔王は下ごしらえの間黙ってひっこんでいた分(どうやら我慢していたようだ)、
まだしゃべり足りないらしく、やれイモが煮崩れているだの人参がかたいだの、
野菜に大体火が通るまでさんざんルカにちょっかいを出しまくった。
エプロスからしてみれば、この魔王は子分をいじめているというより、
むしろ構いたくてしかたがないように見える。
エプロン着用のルカとの対比もあって、まるで台所に立つ母親にまつわりつく子供のようだ、
などと指摘しようものならプライドばかり高いこの男は怒り狂うだろうが。
「味付けはどーした味付けは、最後の最後に塩入れ忘れたなどと抜かすのではあるまいな!」
「ううん、今日は塩漬け肉入れたから、それは大丈夫だよ。
ちょっと、ひと味足らないような気もするけど…
どうしよっかな、チーズか胡椒か入れてみようかな…どっちがいいと思う?」
「ふふん、ならば黒胡椒を袋ごとぶちこんでやれ、上澄みはお前が食っておけばよいし、
底に溜まったのはあの口の減らん七枚舌勇者にでも処理させるといい、ほどよい刺激になるであろうよ」
「またそんなこと言ってー…」
魔王が子分に一方的に無茶を言って困らせるという内容ながら、
どこか息のあったやりとりを興味深く観察していたエプロスだったが、
「…なにをじろじろと見とるのだそこの厚塗りピエロ、高みの見物とはいい身分だな、ええ?
貴様もすこしは働いたらどうなのだ」
子分に接していた時とは打って変わって、いかにも不愉快そうに横目で影魔王ににらまれ、
あまりにあからさまな態度の違いにこっそり苦笑を噛み殺す。
なるほど、料理の出来上がりを待つこの時間は、
自分が旅に加わるまでは、言わば二人きりの時間だったのだろう。
これは邪魔をしたかな、と少し申し訳なくなりながら、
確かに仲間に加わっておきながら何も手伝わないのも悪い、と思い直し、
「そうだな。…ルカ、何か手伝うことはあるか?」
素直にひとつ頷いて、料理番少年に、軽く腰を落として目線を合わせ尋ねてみる。
「え、え、でも」
しかし、彼はとたんに眉尻を下げた。
「なんか、申し訳ないです、いきなりこんな…」
仲間になったとたんに、それもいかにも頭脳労働担当といった長くて綺麗な指先の持ち主に、
雑用を手伝わせるのはいかがなものか、と、ルカはためらったのだが。
「なに、手分けしてやればそれだけ早く済むだろう」
自分にはものを頼みづらい雰囲気があるかもしれない、
奇抜な外見をしていると自覚のあるエプロスは、少年の気後れをそう受け取った。
ましてやこの子とちゃんと会話をしたのはこれが始めてだ。
だから気安い口調で緊張を解こうとし、さらに論理的な意見を付け加える。
「それに、明日もまた戦闘の連続になりそうだ、おまえをあまり疲れさせるのは得策ではないしな」
旅の一行の戦闘場面を見ていた時にそれは強く感じたことだ、何しろ彼は最前線で剣をふるい、
仲間たちの怪我を癒し、あまつさえ魔王との協力技では自分の生命力を削る。
そのうえで裏方仕事まで引き受けているとなれば、酷使されていると言っても過言ではないだろう。
また、物理的なことだけではなく、小柄な少年がこの世界に背負わされている重さも気掛かりだったから、
負担は少しでも軽くしてやりたい、と至極自然にそう思えた。
「え、あの、でも…ご迷惑じゃ」
「何でもいいから言ってみるといい、遠慮することはないよ、ルカ」
目の前でしきりと恐縮する少年に、なんとなく手をのばして頭を撫でてやりたくなり、
気がつけばそうしていた。やわらかい髪が指先をさらりとくすぐる。
「…!」
途端にルカが目をまるくして硬直したので、エプロスはふと我に帰る。
考えてみればちいさい子供にするようなことで、
一見幼いとはいえ立派な年頃の男子である彼のプライドを傷つけてしまわなかったか心配になった。
少年の背後では魔王が口をあんぐりと開いてこれまた動きを止めていた、
たしかに自分らしくない行動であったかもしれない。
「…すまん、いや、気を悪くしないでくれ」
「い、いやあのびっくりしただけで」
あわてふためいてすこし後ろに下がった少年に、これは余計に警戒されてしまったかなと嘆息しつつ。
「さて、では私は食器の用意でもしようか、この皿でいいのかな?」
さり気なくすっと離れ、荷物からはみだしていた白い陶器の器を手に取る。
すると背後から、聞こえるか聞こえないかの小さな声が耳をかすめた。
「え、えと…エプロスさん、あの、ありがとう、ございます…」
振り向くと、少年はかすかに頬を赤らめ、うつむき加減にはにかんでいる。
春の野花のように素朴で愛らしい微笑みに一瞬目が奪われる、
そういえばこの子の笑ったところは始めて見た気がした。
同じタイミングで、少年の背後から様子をうかがっていた魔王も、目をまるくしてその表情に見入ったが、
すぐにはっと我に帰ってこちらをぎっとにらみ付け、わなわなと震え出した。
(…おやおや)
エプロスは内心肩をすくめる。どうやらこの男の逆鱗に触れてしまったようだ。
「ええい何をグズグズしとるのだこのドーランイカレ気障男!
申し出たとおり余の子分の下働きを馬車馬のようにするがいい!
さっさとせんとその顔さらに肌色ペンキで塗りつぶしてくれるぞ、そら、キリキリ動け!!」
いきなり逆上し、背後で大声でわめき出した魔王に、
「うわあ!?」
飛び上がったルカはおたまを取り落とし、あやうくシチューの中に沈めてしまうところだった。
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大変お待たせいたしましたー!
3000ヒットSS、テーマは『エプロスとルカ君』でございますー。
当初はイラストに少し文章をつけるつもりだったのですが、
文章の方が発展してしまったのでSSに路線変更してしまいました。
それに、エプロスさんとルカ君からませようとしたら、
スタンがどーしても割って入ってきてしまいましたごめんなさい!
嫉妬ぶかいです魔王様ー…それに対してエプロスさん優しいですねーvvvちゃんと大人です。
えーと歪様…こんなのでよろしかったでしょうか…?(汗)