『セナカ』
〈1〉



「ふう」

すとん、とルカはフローリングに腰をおろして。
湯上がりの肌に、かすかに風を感じてひと息つく。
なんだか今日はひどく蒸し暑かった。
あまりにべたべたする体に耐え切れずに、まだ日のあるうちに風呂を済ませてしまったのだ。
西日の差すリビングには、まだ日中の暑気の残滓が漂っている。
だから、風呂あがりにすぐシャツを着る気には到底なれなくて。
濡れた髪で、上半身は裸のまま、下だけ薄いコットンのズボンを履いた状態でぼーっとしてしまう。







(ちょっとだらしないけど、まあいいよね。家のなかだし)
ひととおりは拭いたけれど、まだしっとりと湿った髪からはぽたり、ぽたりと、時折しずくが落ちる。
身体が湿っているとわずかな夕方の風を敏感に感じられて、気持ち良くて目をほそめる。
おろしたてのタオルを押し当てて水分を吸わせながら、そのやわらかな感触も楽しんでいると、
ふと。背後に視線を感じた。


(?)

ルカは一瞬怪訝に思ったが、こんなふうに自分にまじまじと視線をそそぐのは一人しかいないな、と思い直す。
まあそもそも、この家に住んでいるのはルカともう一人だけなのだが。

「スタン?」
気配のするほうに振り向かず、声だけで呼び掛けると、

「…ああ」
すこし離れたところから返事が帰ってきた。キッチンのほうからだ。

(お腹すいたのかな?)
いつもより早いように感じるが、それは多分、季節が夏に向かっていて日が長くなっているからだろう。
ルカ自身も軽い空腹を感じていることだし。
風呂に入る前に調理自体はすませておいたから、食事のしたくには時間はかからない。
鍋のカレーを皿に盛り付けて食べるだけだ。

ごはん、食べようか?とルカが声をかけようとした時。

「…舐めさせろ」
「…は?」







妙な単語が聞こえてきて思わず振り向いた。
舐めるって、なにを。カレー?
声のほうに目線をむけると、スタンは確かにキッチンから出てきて、こちらに歩いてくる。
その表情は真剣そのものだ。となると、さっきのは冗談というわけでもなさそうだし。

「???」
「…あいかわらず鈍いやつめ…」

ルカの頭のうえに疑問符がいくつも浮かんでいるのが見えたかのように、彼は顔をしかめた。
みなまで言わんとわからんかお前は、といったん唸って。改めて、珍しくまじめな口調ではっきりと口にする。

「おまえの背中に欲情した。舐めたい」
「…」

ルカはとっさに返す言葉に困った。
正直言うと、ちょっと、呆れた。あと、かなり、恥ずかしい。
(…ああもう、どうしてこうなんだろ。このひと)
普段はものすごく素直じゃないくせに、こういうときに限って考えたことそのまんま口にするんだから。
青年が思わずはぁーっと深くため息をつくと、魔王はなんだ、と不機嫌そうに眉をあげる。

「ええと、そのー…もうすこしさあ。…言い方ってものがさー…」
「…遠回しに言ってもお前が気付かんからだろうが!」
「…。さっきの、遠回しだったの…?」
「…。もういい、黙れ」

反論に失敗した魔王は、憮然とした表情をうかべながらもじりじりとルカに迫ってきた。
もはやまどろっこしい言葉を捨てて実力行使に出るかまえのようだ。
ああ、これは逃がしてもらえそうにないなあ、とルカは諦め、不埒な行為をされる覚悟をきめる。
しかし、このまま押し倒されてしまうのも何だか癪にさわる。
それに、リビングのフローリングはいつも綺麗に掃除しているとはいえ、床の上だし。
ここには西日の差し込む大きな窓があるから、もしだれかが訪ねてきたら見られてしまうだろうし。
やっぱり落ち着ける場所がいいだろう、どうせ勘弁してもらえないんだから。
そう考えたルカは、すっと立ち上がって歩き出す。

「逃げる気か?」
即座にスタンの手が裸の腕をつかみとる。
いつのまにかだいぶ冷えていた肌に、大きなてのひらの熱がじわり、としみ通るようだ。
「逃げないよ。逃がしてくれないでしょ?」
苦笑しながら重ねて、大丈夫だよ、と告げると、彼はしぶしぶ手を離す。
「…ではどこへ行くつもりだ?」
「手間、はぶいてあげようと思って」
あん?怪訝そうに顔をしかめた魔王を尻目に、ルカはすたすたと歩いて、リビングの奥に向かう。
ドアを通り抜けたそこには、大きな大きな、キングサイズのベッドがひとつ。
寝室だ。


続く

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7/24 文章掲載+ページを分割。
しかしまだ文章は最後まで書けてません(汗)
おっかしーなー、なんでこんなに長引いたのか…

スタン様の煩悩ゆえか!?(セキニンテンカ^^;)


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