第六話〜出会〜

 

「ひゅるるる〜〜〜」

 

呑気だ。呑気すぎると私は思ってるのよね。胸元のレッケルはすっかり縮こまって、ぽこっと胸元が膨れるぐらいにまぁるく纏まってらっしゃられる。

夜行性の蛇なんだから、私に代わって一夜中監視しておくとかしてくれてもいいっていうのに、それがないと言うのが、この子の主不肖なところなんだけどね。

それさえ直してくれるのなら私はこの子にどれだけ恵んであげてもかまわない。

要するに、アレね、この子は自覚の無い主不肖ってコト。

それじゃあ使い魔侵害と言われようが制裁を加えてやらないわけにはいかないわけなのよ。

レッケル、目ぇ覚ましたらシメる。と言いますか、ご飯抜き。

さてさて、時刻はもぉすっかり朝靄に包まれ始めた青白い空が見え始めた時刻。でも、日の出まではまだまだ時間が残っているって言う、なんとも表現し難い時間帯。

まっ、伊達に早寝早起きしている訳でもないから、こうやって一日いっぱい夜更かしするなんて言うのはもう慣れっこ。

眠くはないけど、やっぱり暇で暇でしょーがない。

動かず、息を殺して一個の物体を見守り続けているって言うのは、なんとはなくっても、やっぱり退屈だし屈託。

そりゃ何度も“私、なーんでこんなコトやってんだろ”って思っちゃうわけよ。

それでも止めたりしないのは私の好奇心の強さと探究力の強さなのわけ。この一点においては私は大見得きって自慢できる自慢の一つ。

師にも何度か誉められた、と言うか誉め言葉にもならないような誉め言葉を頂いた、曰く『ず太い』神経だそうだ。

一顧へ集中すると、その集中力が肉体も精神も習慣さえも屈服させてその一顧に対して執拗とも言えるような執着心を発揮する、とのお話。

ホント、誉めているんだか、そうでないんだかの判断が極めて付けにくい曖昧なお言葉だったのを思い出すと、正直脳天に一発火砲でも叩き込んでくればよかったと思う今日この頃。

 

「ふぁ…」

 

通算十七回目の欠伸を確認。さすがに夜越しでの正体不明物の監視は疲れる。

なまじ日本に来た日から徹夜するなんて、結構小柄ながらも私の体力はあるようでまだまだいけるみたい。尤も、それでぶっ倒れちゃったら元も子もないので休める時はしっかり休むんだけどね。

で、だ。

目前三十メートルに在る四角錐。

一日中月の光を浴びて、と言うか食っていたと言うのに輝き一つ見せないソレは、こーして朝靄に捲かれていても相変わらず。

変わらない威圧感を私の方へ注ぎつつ、けれども朝靄一つ、朝の清々しさ一つ濁さずにそこへ佇み続けてる。

その様相。一夜を共にしたからと言いますか、なんと言うのかはよく分からないけれど、一つだけ理解した事がある。

勿論それが当たっているとは断言しない。私の考えはあくまでも私の考えであって、万人共通の考えには該当しない、勝手な理解と見解を当て嵌めただけに過ぎない。

けれど、まぁ他に聞いている人もいないっていうわけですし、独り言みたいなものだから別に構わないか。

つまりは、アレだ。あれは無害なものだ。

意味不明で魔法界でも見た事のないようなモノだけれど、あれは周辺に何らかの影響を与えるようなものではないと本能的に悟った。

勿論、私が見ているからそういった動きをしないと言う考えもあるけれど、一端それは棄却。アレは周辺環境に対してもなんら影響とか、そういった干渉を加えていない。

風は優しくアレを撫でるし、朝靄の露も、あれを静かに濡らしてるし。

何より、周辺の植物とか、蟲とかがまったくもってアレを気にしていないような雰囲気なのよね。

当たり前すぎて気にもかけないって言うか。つまりは、蜜を吸う為に蜜を出している樹があるとか、土があるからそこに蟲が住んでいるとか、つまりはそう言うのと同じだ。

アレは在るものとして世界に容認されているって言う事。

初めから在るって訳じゃないとは思うけど、あの四角錐は、そう言う意味で存在しているモノ。

意味は解らないし、どういう理由で存在しているのかとかも理解には至れないイカれた物体かもしれないけれど、それは私達人間にとってだけ。

人間以外にはなんら普通の、在って当たり前の存在と言う事だ。

だから私が考えたところでどうなるわけでもない。

あれは樹とか、土とか、草花とかと同じで、そこに在る是非を問うまでもなく存在しているのが自然界にとっては当たり前で、私達人間的な視線から見ると異常と感じるだけの、なんら当たり障りのない物体ということなんだわね。

 

「まーそんならしょうがないわよね」

 

そっ。そういう事ならしょうがない。

私や、人間で理解できるものでは無いと言うのなら、私がこうして監視していたって意味の無い事。

アレは誰かや何かに迷惑をかけるようなものじゃないって言うのをなんとはなく、自分的に理解した、と言うかさせたので、もぉあんまり不義感は持ってない。

迷惑かけないなら、いいじゃんと言う事で、なんだか監視していたこっちが恥かしくなってきてしまった。

さてと、そうと解ったのなら、いつまでもこーしている必要って言うのはあんまりない。

アレが無害なものなら無害なものでそれはそれでいいけど、問題はアレを夜長一夜中見守り続けていた私のみになって考えますと、なんだか報われた気があんまりしない。

ホントに、何の為に無害なものを見守り続けていたんだか、一夜中目を更にしていた私の身にもなっていただきたいって、どーしょもないことを考える。

だって私が好きで監視を始めたんだもん。四角錐は責められる道理の立場には立っていない。人が人の意見を押し付けるのは、良くない。

そゆ訳で、あれが無害で何もしないと言うのなら、私だって同じ様に接すれば良いだけのお話だ。

テントから飛び出して、朝靄に包まれていた四角錐まで駆け寄っていく。

うん、こいつは無害無害。ピラミッドとかと同じの、なんかの遺産みたいな視線で見ればそうそう不気味なものでもないし、実際こう言うのがこの学園を見下ろすような巨木の周辺に立ち並べば、それはそれで何だか良い情景にも思えてしまう。増えないかな、増えないか。

長居は無用となった。

これは無害の、何にも成さない在るだけのもの。

私の視線が外れても、相変わらずの無機質さ、相変わらずの一体感でここの情景に似つかわしくないぐらいで似合ってしまうでしょう。

そういった情景に、私みたいな探究心とか好奇心を持っているような存在がいちゃ、情景の邪魔邪魔になっちゃうってもんよ。

 

「レッケル起きて」

「ひゅみゅっ。朝でふでふ??」

 

胸元からレッケルを頭の上に移動。朝だから流石に低温動物の肌の感触は結構ぶるると来るのですよ。

それにレッケルを体に触れさせていれば自然と水属性の判定は強くなるわけだから、別に胸元じゃなくてもレッケルの魔力は十分に浸透してきてくれる。

……ひょっとして私ってばかなり凄いことやってたりするかも。

蛇を胸元へ忍ばせる少女。窮地になればぶん投げて、鼻を噛み噛みクレオパトラ。一撃必殺の最終奥義だ。

勿論だけど、そんな事はしない。レッケルは私の大事な使い魔である前に、大切な友達なんだから。

友達を武器代わりにするような不義な真似だけは絶対にしないって言うのがモットー。自分で頑張れ、出来ない事は自分で出来るまでやるのですよ。

四角錐を一発小突く。

これがまた結構、って言うか外見からも想像はしてたんだけどかなり硬かったんで、私の手がびりびり痺れてますよ。

外状は黒曜石みたいだけれど、その硬度はかなりあるものと見た。本当に、一体どんな物体何だかますます謎に満ちたモノよね、コレ。

でも、と勢いづいて踵を返す。

もうアレには干渉しない事にする。

向こうだってこっちに構ってはくれなかったんだし、そもそも構ってくれるかもとか言う変な期待を持ったのは他ならない私の方だもんね。

変な期待は持たない方が良いって言いますか、そうそう期待通りの展開って言うのは起こらない。

いや、しょっちゅう起こらない方が寧ろ良いって言うのかな、だって期待通りに物事進むと、面白くないし、何よりその人の為にならない。

状況は想像の斜め上を行くように、物事の展開も然り。うん、自分の道は自分で切り開くべきなのだ。

大分遠ざかった四角錐を顧みる。

もぉ、朝靄に完全に包まれてしまっているソレは、相変わらず私の目には異様なまでの存在感を露にして佇み、でも、巨木の根元からぽっこり生えた春先のつくしんぼみたいで何だか可愛らしい。あ、嘘、可愛らしくないわ、あれ。

どちらかって言うと、そう、春先に芽吹く、長い長い冬を越して新しい生命を謳歌できる喜びに満ちた芽生えって言うべきかもね。

何かの始まりを象徴するには、もってこいの形状のような気がしてならない。

勿論気のせいと思いつつも、それはそれで構わないかなとか考えながら、朝靄に青白い朝日が照り、高高度の山に居て、そこに雲が流れ込んでくるような臨場感に包まれて、霧の街へと踏み出して行った。

 

―――――――

 

「いやー超朝よねー」

「なんですかですですー?その超朝と言うのはー??」

 

呼んで字の如く、ひたすらに朝。どこまでも朝と言う意味よ、レッケル。

もぉ本当に朝丸出し。朝靄はもわもわーんとしてるし、近代的と言いますか時代的な街並が広がっているって言うのに、朝だから人の声も、車の音も何にも聞こえない静寂。

朝、と言う時間帯を何処までも味わう事が出来る貴重な一瞬、と言うのが私の生んだ造語、超朝な訳ね。朝を思いっきり満喫できる最高の時間帯なの。

私は、生まれた時から朝って言う時間が好きだった。

一日の始まりを告げる時間と言うわけじゃない。それだったら人か活動しだす時間の朝でも朝の始まりは十分に挙げられる。

私が好きって言うのはこの時間帯の事。

朝靄に煙り、どこまでも静寂が続き、一切の動くものと言うのが見当たらない世界観が大好きだった。

普通なら孤独感みたいなのを感じる訳なんだけど、どう言う事か私は、世界に一人切りになった見たいの孤独感を感じるより先に、皆が居るって言う事をちゃんと自覚していながら、ここまで世界が静かになっていること事態に感動していた。

その静寂は一体感で完成する静寂だったから、夜と言う時間になって、多くの灯火が消えて、夜の闇の中に身を任せるように眠りに付いていく多くの人達が生み出す、僅かな光があまりにも鮮烈な静寂の朝。

その瞬間は他人も家族も関係なく世界が一つとなって生み出す世界だった。

だからその世界が好きで、先ず村では真っ先に目を覚まして、太陽が完全に昇りきる前の青白い明るさに身を任せて草原とかを突っ走ったりしてもいた。

大きくなってもそれは変わらず、滅多な事では朝の早起きは欠かさないようにもなってしまった。

もぉ目覚ましも要らないぐらいの順応ぶり。完全に体内時計が“太陽が昇りきるか昇りきらないかのギリギリで起床”と言う値に設定されてしまっていると言う事だわね。

私の住んでいたウェールズ山奥の村の朝と、朝靄に煙るこの学園都市の朝も変わりはない。

突っ走っていけるような草原はないけれど、飽きる事がないほどの新らしさに包まれているもんだから全然平気。

今日から暫くは早起きとかも楽しくなれそうと、ほんの僅かだけど足の歩みがスキップに変わる。

心が躍るような事じゃないけれど別にコレぐらいは良いと思う。私だってマギステルである前に、女の子だもの。自分の好きな事に心が踊らないわけないって言うのかな、朝は大好きだから心もテンションも不思議と昂揚するってこと。

 

「はぁーしっかしバカでっかい学園よね」

 

ふらふらしているとこういった発見に気がつけるのも朝の良さ。不思議な余裕が身を助けてくれるから、学園をこうして一望する事が出来る高台を発見したりもする。

 

「私も結構色々なところを回ってみたりもしたですけど、ここまで大きな場所を見るのは久しぶりですですっ」

 

そりゃ凄い。

レッケルはこー見えても精霊で長生きもしてるから、なんでも世界中の各国を回っていた時期もあったそうだ。

そのレッケルも驚嘆するほどの大きさなんだから、まったく、この学園を造った人も、何考えてんだか。

まぁそんな何十年、下手すると百年以上昔のことに首を突っ込むほど酔狂なわけでもないからとりあえずはどうでもいいか。

初日は住まいとかこれからの日程だとか、あの変な四角錐だとかで時間をとられちゃったもんだから、まだあんまりこの学園を深く回れていない。

それに私みたいな部外者が日中生徒さん方に紛れて行動するのも、どうにも目立ってしょうがないもんだし、こりゃネギの諸行状況の査察をやるにも大変だわ。

私が下手に動いてネギに気付かれるって言うのも拙いし、かといって手を抜けば職務怠慢なわけですし。

更に言うならレッケルを常に体から離してレッケルに監視してもらうって言うのも宜しくない。いざと言うとき治癒系統魔力経路に通せる水属性の魔力が少なかったら、いざと言うときに困ってしまう。大変な事態が起きればそっち優先。ネギの修行よりも、今救うべき対象って事。

 

「…考えてみると、結構やる事多くなるかも」

 

こりゃ遊んでいる暇とかはないかもしれない、と言うか認めたくはなかったんだけど、ない。

監視する為に学園内を自由に行動できる使い魔の製作もしなくちゃいけないし、きっとお金も足りなくなるだろうから魔法界の方にも定期連絡並びに資金帳面をつけて貰わなくっちゃジリ損だし、ああ、それに保健とかそっち方面も考えておかなくちゃならないわけだし―――

うわ、こりゃ一筋縄じゃ何とかなりそうにもない仕事振りだわ。過労死するんじゃないかってぐらいのハードワークス。

寝食削る必要はないけど、自由時間の方はどーにもなりそうにない。

根性見せて頑張るしかないってか。頑張れ子供魔法使いアーニャ、きっと明日は私が輝く日――――

 

「きゃぶはーーーーー!?!?」

「ふみみーーーーーー!!!!」

 

なんか飛んでますよ私。

いや、飛んでいるって言うかすっごい勢いで跳ね飛ばされたって表現の方が正しいかな。

車にぶつかったって言うんなら、あ、こりゃダメだわね。魔法使いったって考え事して歩いている最中に車に撥ね飛ばされちゃったら障壁もそりゃ油断で弱まってるだろうし、何より魔力を注ぎ込む時間が零だもの。こりゃ拙いわね。

でも、不思議な事に体の痛みがすっごく軽い。

車みたいな鋼鉄の塊に撥ね飛ばされたって言うよりも、軽量のものが高速で突っ込んできて吹っ飛ばされた、と言う表現の方が正しいと思う。

思うは思うんだけど、どっちにしてもこの状況は拙い。

だって、跳ね飛ばされている方向が学園を臨めるちょっとした高台の上だったモンだから、私はその高台から撥ね落とされたような、と言うか撥ね落ちている状況にある。現在進行形に。

跳ね飛ばされた事で高台よりも更に高いところへ上り詰められたおかげと言いますか、ますます学園の巨大さに舌を巻く思いなんだけどって言うか落ちてるんだけど。これは拙い、落ちたら大変な事になる。

障壁でもきっと軽減ぐらいしか出来ない。

障壁って言うのはあくまで対物。“向かってくる”対象に対しては効果は高いんだけど、“向かっている”対象に対しての効果って言うのは実は格段に落ちちゃうのだ。

“障壁”とは即ち“障害とする壁”“進行を妨げる壁”な訳だから、向かってくる対象の“阻害”は可能だけど、向かっていく対象には“阻害”判定は働かないわけよね。

で、この状況は私が地面へ落ちている。つまり“私イコール障壁”が“地面イコール阻害すべき対象”に“向かっている”。

ここまでいえばご察しの通り。私の障壁は、限りなくその効果を弱めざる得ない。

ああ、こんな事ならネギに倣って風系の防御系を一つでも修得しておくべきだったかも。そうすればなすがままに落下なんて言う惨めな醜態を晒す事もなかったのに。

残念ながら私が得意なのは火系と治癒系。衝撃から身を護るような魔法は―――あ、レッケル居たっけ。

 

「レッケル!水膜展開―――」

「きゅう」

 

気絶してやがれるわよ、コイツ。ザ・役立たず。仏のアーニャは三度まで。肝心なところで役に立たない、私以外の肝心なところで役に立つ使い魔レッケル、ここに極まれり。

きっと跳ね飛ばされた時の衝撃で中空に投げ出されたのがそーと堪えたんでしょうね。完全に白目でイッちゃってる。

高所恐怖症でもないくせにびっくりどっきり程度で目を回すとは情けないぞっ、レッケル。

それは兎も角、これはますます拙い。

このままじゃあはっきり言って私もレッケルも地面とキスって言うか、地面に叩きつけられちゃう。

何しろこんなだだっ広い学園の半分が一望できるような高台だもの。落ちたらただじゃすまないってコトぐらいは、誰だって解る。

きっと私を吹っ飛ばした人だって解ると思う。人は結局高いところから落ちると血の詰まった、ただの破れやすい皮袋に過ぎないんだから。

と言うところで私の思考能力の高さを誉め契りたくなった。

流石私、こんな危機的状況でも冷静に状況を示唆できるなんて、やっぱりマギステルにはなってみるもんだわ。

なまじ魔法なんていう一般社会とは隔絶された技術を扱って色んな事態に対応しているもんだから、こんな状況も、もぉ慣れたものみたいな感じで全然驚いてない。

寧ろまだまだ冷静。うーんでもその面でのマイナスはやっぱりこの後の展開が把握しきれてしまうと言う事なんだけどね。

跳ね飛ばされる、落下する、激突する、死、みたいな展開。

死ぬまでは行かないけど骨は折れるかも。顔の骨は厭だから背中向けとこ、あそれだと背骨が拙いかな。どっちにしても無事じゃすまないんだけど―――

落下時間は一秒にも満たない。あの根城にしている巨木の枝から落ちたときよりも短い距離だから、一秒か一秒半で地面へ到達する。

実際落下速度って言うのはとんでもなく早いから、少々大袈裟に言ってもそれが結構大当たりって言う事もある。

いや、この状況だと当たっても嬉しくはないんだけどね。あ、コンクリート地面痛そ―――

 

「っとぉ!!」

「おお??」

 

ところがどっこい、体が柔らかい感触に包まれる。

昨日のアレだ。委員長さんの上に落ちたときみたいな感触だけど、もっと上手い。

両手で抱え込むみたいな、落ちてきたものがなんなのかをちゃんと自覚してキャッチしたって雰囲気。落下の勢いは殆ど消長されて、カモハシみたいな足のお姉さんの強靭さが窺える。

と言うか、カモハシみたいな脚って言うけど、当のカモハシの脚って太いのよね。どちらかといえばガゼル脚かな。細いし。

あ、それはそうと一緒になって吹っ飛んでいたレッケルキャッチ。役立たずめっ。

視線を上げる。朝だから良くその表情も窺える。

どこか、ネカネおねえちゃんに似たような雰囲気の、でもきっと私とは三、四歳違うだけだろう、まだ子供らしさは抜けない少女から抜け出せないぐらいの顔立ちの女の人。

ツインテールの鈴が、朝の学園には丁度いい感じで智凛(チリン)と響く。

 

「だ、大丈夫!?ゴメンっ!前見て走ってなかったから思いっきり突き飛ばしちゃった!!」

 

ああ、そっか。この人が私をふっ飛ばしてくれた張本人なわけですか。

にしてもとんでもない膂力だ。

子供で小柄とは言え、体当たりで人を崖先へと突き飛ばすなんて、一歩間違えば本当に車に激突された時よりも被害が大きくなるぐらいのパワーだわ。

でも、幸いぶつかったのがどうやら胸元辺りだったから私は無事だったみたい。パチキであったら、きっと卒倒して吹っ飛ばされていたわね、私。

けど、一つ疑問がある。

この人が私を撥ねたって言うのは、別に良い。私だってよそ見してぼーっと歩いていたんだから、私が気付いて障壁に力をこめなおしていれば、お姉さんに余計な気遣いをさせる必要もなかったし、白目向いてるレッケルも仏のアーニャもあと一回は残せた筈だった。

だから喧嘩両成敗と言いますか、どっちもどっちの五十歩百歩でこの場は公平。それはいい。それはいいんだけど。

視線を吹っ飛んで落ちてきた高台先へ向ける。

この人に突き飛ばされた、即ち、私とこの女の人のスタートラインは一緒で、私は落下と言う高速移動で下へと落ちたわけだ。

なら、この女の人はいかなる方法で、落下速度よりも早く、私の下に回りこんでいたんだろう―――

足が速いなんてレベルの問題じゃない。

いや、本当に驚いてるのよ私。

落下速度よりも早く行動できる人間が地球上に存在しているなんて。しかも、その人に抱えられているなんて、こんな事、百年に一度あるかないかの貴重な体験だわね。

もう一度突き飛ばして、けれども私の元まで走って追いついたであろう人を見る。

よく見ると荷物も多いし、筋肉もそんなにはついていなさそうなフツーの女の人で、とてもじゃないけど落下速度よりも早く動けるような外見には見えない。

けれども、はて。どうにも女の人の顔付きが不思議な表情だ。

会うのは初めてだし、あ、違うわね。この人私知っている。あのネギのクラスに居たカモミールを肩に乗せていた、あのツインテールの女の人だわ。それはそれでいいんだけど、でも、何で女の人も私の顔を覗き込んでいるんだろうと思って―――

 

「―――えっと…アーニャちゃん??」

 

なんで私の事知ってるのよ。

 

 

 

えっほえっほと朝のマラソン。これぐらい健康的な事が何処にあるでしょうか。

朝靄の煙る中を程好い速度で駆け回ることぐらい健康的なことはきっと滅多には味わえない体験だわね。

でもまぁ、朝の体操とかは血行を良くも出来るって言いますし、それに散歩だけじゃ得られないような爽快感って言うのも何だか得られる。

太陽が昇りきっていないから陽射しを気にする必要もないし、何より、人目だって気にする必要がないから思う存分自分を表現していける。やっぱり朝は最高よね。

勿論それだけじゃない。

こうしてよくも知らない学園内を全力じみた速度で疾走できるって言うのも、隣を走るツインテールの女の人――神楽坂さんのお蔭なのよね。

朝の新聞配達をかねて学園内の案内なんて始めは悪いかなとも思ったけど、渡りに船でもあったし、何よりも神楽坂さんからは色々聞いておかなくっちゃいけない事がある。

それは、隣を平行して走っている神楽坂さんも同じなようで、もぉ結構な事を話しちゃった。

まず、ネギの魔法が結構色んな人にばれていると言う事。

これは本来なら許されないことで、知られた以上知られた魔法使いがその手で記憶の除去を行うのが常道、と言いますか魔法界における常識なんだけれど、ネギはソレをやっていないと言うのだ。

それはいけないって言うもんなんだけど、神楽坂さん曰く、ネギのクラスの人たちは見た目は兎も角口の堅い人が多いらしい。

それに魔法使いだって言ったとしても信じてくれる人は居ないって事で、記憶の除去は免れているらしいんだけど。それはどうかなって思うのよね。

それは、私がれっきとしたマギステルになりつつあるからそう思うのかもしれないわけで、事実私もこーゆー任務に付く前までは魔法の隠蔽に何の意味があるのかなーなんても思っていたわけだ。

けど、こうしてマギステルとして仕事に就くと結構気を遣う事が解ってきた。とりあえずこの件に関しては様子見。報告とかはしておかなくちゃいけないだろうけど、魔法がばれたって言う状況が状況だものね。保留っと。

次にカモの事なんだけど、まぁそっちに関しては神楽坂さんも結構ー悩んでいらっしゃるみたいだ。

なにしろあのエロオコジョ。カモミールの事だもん。そんなヤツが近場に居て苦労しない筈がない。

本心言うと中間報告者としては即座に報告、即刻逮捕の強制送還と参りたいところだけど、ネギと正式な使い魔契約を結んでいるって言う以上、そういった無理矢理は出来ないのよね。むむっ、とりあえずこっちも保留。ああ、どんどん仕事が先延ばしになっていくわ。

そんでももってもう一つ。

何で神楽坂さんが私の事を知っていたのかって言うのを問うと、また意味深な表情な訳よ。

困った様な、なんとも言えない眉を顰めた苦笑。言うなれば話しにくい、言うなれば見てはいけない中で見てしまったものを語る事を拒むような顔。

それで大体気付いた。神楽坂さんは私の事をネギに聞いて知っていたわけじゃない。聞いて知ったっていうのなら、あんな表情にはならない。

大体聞いて知っていたって言うなら、私の事を姿見ただけで理解できるわけないじゃないの。

つまりは知っていた。写真かなんかは知らないけど、神楽坂さんは、私の姿をどっかで見た事があるから、こうして私と脈絡なく接している事が出来ているってコトね。

そうして最後にお話しした事は。

 

「アーニャちゃん。ネギに会うんでしょ?」

「ううん、ネギには私が来ているってコトは言わないでおいて」

 

走り出していた足も止まりだして、速力が遅くなる中でそうきっぱりはっきり断言する。

神楽坂さんはなんだか驚いている様子なんだけど、別段驚くようなことでもないと思うんだけど、違うかな。

だって理由が何処にも見つからない。

私はマギステル見習いとは言えどマギステルであり、中間報告者と言うマギステルの修行を進めているネギにとって見れば査察人な訳だ。

そんなのがネギに接触してネギに変な緊張感とか、やる気とか抱かせるわけには行かない。

ネギにはあるがまま、この半年間で得られた事を礎とした教師としての、教師からマギステルになるとしての実力を見せてもらわなくっちゃ意味がない。

だから会う事はない。会うと言うのなら私がここを去るときぐらいだと思う。

去るときに“私は今までネギの授業風景を逐一監視していたよー”と名乗り出ればいいわけだ。

ああ、ネギの驚く顔が目に浮かぶ浮かぶ。そう、それがちょっとした楽しみで、ちょっとした悲しみの正体。

会いたいときに会えないって言うのは辛いかもしれないけど、自分で決めた以上はちゃんと自分で遣り通さなくちゃいけないって言うのが私のモットーだもの。だから、今は会う事は出来ない。

 

「え?で、でも」

「いいのっ。時が来ればばばーんって目の前に現れるから、それこそ正義のヒーローみたいにねっ?」

 

いつかネギに話したとおり、魔法少女のように現れても良いかもしれない。

もぉネギは忘れているかもしれないけど、幼い頃を話しながらちょっと再開に酔うのも悪くないかもしれない。

でも、それは今じゃないから、だから今は私は私で、ネギはネギで、今までどおりで良いと思う。

ソレに柄じゃないと思うのよね。

しみったれた再会よりは、馬鹿みたいに幼馴染みっぽくどついて登場って方が、なんだか私らしくていいと思うわけだわ。

ネギには迷惑かもしれないけど、んなこと知ったこっちゃない。

ネギの驚く顔が見れれば、私的にはそれでいいと思うわけなのよね。そう何年も別れていたって訳でもないから、再会はなるべく派手に、騒がしい方が楽しいしね。

 

「気にしないでよっ。ネギって修行中なんだから、余計な気苦労はかけたくないの。口堅いんでしょ?お願いね」

 

慰撫しかんだような表情だけど、神楽坂さんが頷くのを見て一安心。

確かに見た目はペラペラ喋りそうな雰囲気じゃないしね、きっと大丈夫。

まぁ喋られたら喋られたでそれはそれで面白くもなるんだけど、やっぱりお仕事に差し障りが出ると言いますか。

神楽坂さんとは初対面だけどこれはもう、神楽坂さんを信頼するしかない。

まぁ、私を一見しただけで信用してくれるような人の良い性格の女の人だもの。それにネカネお姉ちゃんに似ているって言う所為もあるから、信じるしかないじゃん。

そこまで言ったなら語るような事もないわけで。

 

「う〜ん、解ったけど…気が向いたら会いに来てね?きっとネギの奴も喜ぶだろうし。アイツ結構無茶しがちだから知り合いとかにも会えばちょっとは気も晴れるだろうから」

 

返すのは笑顔だけ。何々ネギ、あんたホームシックにでもかかっているって言うの。

そうれはそれで去り際が楽しみになる。ネギの驚く表情だけでなく、運がよければ泣きっ面も見る事が出来るかも。

そうしたら頬っぺた引っ張って“泣き虫ネギ〜”とか言って、昔のように馬鹿にしちゃる。あぶぶ、とか言ってもがき足掻く様が目に浮かぶわ、本当に。

神楽坂さんとのお話に夢中になっていたからか、学園内をあんまり深く知る事が出来なかったけど、とりあえず何処に何があるのかの把握は付いたから良しとしますか。

いや、寧ろ色んなところに迷わずつれて言ってくれた神楽坂さんに感謝感謝だわね。

去っていく神楽坂さんの後姿。

去り際の挨拶なんて、それじゃあって言う他愛もないものだったけど、ソレぐらいが丁度良いかも知れないわよね。

お互いよく知る仲でもないし、それに、なんて言うのかな。これ以上お話しすると、情が付いちゃうって言うのかもしれないし、ね。

……ああ、でもその前に、一つだけ聞いておいて方が良いかもしれない事がある。

いや、本当は聞かなくったって自分でもう答えは出しちゃっているから別に聞いても聞かなくても言いコトなんだけど、あれだ、念の為。一応。念には念を入れてってヤツかな。

 

「あっ!神楽坂さん、ちょっと」

 

振り返っての小首を傾げる仕草。あそこまでネカネおねえちゃんにそっくりなんて、まさかホントの姉妹じゃないでしょうね―――

 

―――――――

 

神楽坂さんを連れて、ソコへ。

ああ、在った在った。朝靄の中、巨木の根元に佇み続けている黒い物体。

まだ在るって言う事は、やっぱりこれは無害で、至極私達人間には関わる事をしない、私達をどうでも良いと思っていると同じ類に属するものらしいわね。

四角錐の物体。

何に使うのか、何の為に存在しているのかも解らない、植物的なのか、人工的なのか。生き物なのか、そうじゃないのかも判断もつかないまるっきり正体不明のモノ。

けど、意外な事に気付いた。それって私だけかもしれない。

世界は広いし、私が知らない事なんて地球上には腐るぐらいに存在している。

私がこの学園に来たのは今日が始めてなんだから、この学園は私にとってまだ見ぬ土地だったってコト。

なら、その不可知の領域にワケの解らないものがあっても、それは私だけであってこの学園の人たちは知っているかもしれない。

それは有り得ない事じゃない。現に私が知っている事を理解出来ない人だって多いし、私が理解できない事を知っている人だって多い。なら、それは是にだって当て嵌まるんじゃないかな。

つまりは、これは夜になると現れる物体で、学園の人は重々承知の物体なのかもしれない。

私が知らないだけで、本当はちゃんとした要素を含むちゃあんとした意味のある物体なのかもしれない。

そう考えちゃうと知りたくなるのが人の業、と言うか私の悪い癖。神楽坂さんなら何か知っているんじゃないかなーと思って、ここまで連れて来たわけですよ。

が、それが意外とそうでもないらしい。

二メートル台の四角錐を見た時の神楽坂さんの表情といえば、なんと言うか、始めてこれを見た時の私の顔をそっくりに思える。

所謂怪訝な顔立ち。なんじゃこりゃーって言う、まったくもって知らぬ存ぜぬがまる解りの顔立ちってこと。

でもまぁ、ここまで連れて来てそれを悟ってしまったからはいサヨウナラって言うのもなんだか気が悪い。

そもそもひょっとしたらこのわけの解らないものを造ったのが私だと思われちゃっても困るから、一応聞くだけは聞いてみる。

勿論期待なんて、神楽坂さんの顔を見た時点で殆どゼロに戻っちゃってるけどね。

 

「何だか解る?」

「…ううん。何コレ。ここに在ったの?」

 

首を振る。

これで結論が出た。

これはこの学園に住んでいる人にとっても異常な存在であると言う事が確認出来た。

寧ろそれだけ確認できただけでも上等ってものだろう。

本来ならばこのまま訳も解らず、ひょっとすれば大勢の人が活動しだす時間帯になれば消えてしまうかもしれないような物体だったから、出来る事なら目の前にある間に何とかして無理矢理でも、理由を付けておきたかった。

結は出た。

コレはこの学園にとっても異常な存在であり、私達では理解に至る事の出来ないトチ狂った、在っちゃいけないような物体で、でも自然界的には在るのが当たり前の、樹や草みたいなものとまったく相変わらない自然的な機械物ってコトだ。

それだけでも異常だって言うのは充分に解る。でも、他にどうしようもないじゃないのよ、まったく。

手出しして碌な目に合うのは厭だし、勿論手出しもせずに訳も解らないものの近くにだって居たくはない。

だってここ、私が住んでる場所なんだからね。訳の解らないものには本来すぐにでもお引取り願いたいのだけれど、それもこれでやる必要はなくなった。

神楽坂さんはコレを知らない、私もコレを理解する事が出来ない。

二人もの初対面の人間がコレに対して訳が判らないと結論付けた以上は、コレは訳の解らないものと言う扱いで大丈夫でしょ。

 

「コレ、アーニャちゃんが?」

「違うわよ。何時からかそこに在ったの。でももう大丈夫。大体の事は解ったから、ありがと」

 

勿論何かがわかったなんて事、あるわけがない。

こんな物がなんなのか理解するのも厭だけど、実際理解出来ない方が厭に決まっている。

だから必死に答えを出そうとしたけど出なくて、この学園に住んでいる人なら、何か知っているんじゃないかって思っていただけ。

で、結局私の期待は叶えられなくて、神楽坂さんに余計な事をさせてしまったと言うちょっとした罪悪感が残るだけになってしまった。もう、ホントバカだ。

 

「ならいいんだけど…あ、まずっ!!もうこんな時間だ!!私、新聞配達の続きに行かなくっちゃ!アーニャちゃん、気が向いたら、ホント、ネギに会いに来てね!!それじゃ!」

 

ホラ、神楽坂さんだって忙しいんだ。私の我侭でここまで着て来てもらったけれど、余計な手間をかけさせちゃった。

あ、っとでも、神楽坂さんが行ってしまうより先に、神楽坂さんにしておかなくっちゃいけない事があったっけ。

 

「あ、ちょっと待ってもらえます?」

「んん??どしたの」

 

近づいてきた神楽坂さんに手を伸ばして、その額に手をかざす。

紡がれる韻は一節。ドイツ語で紡がれる言葉だから、きっとネギの魔法とかを良く聞いている神楽坂さんでも、解読とかは出来ない筈の一言を以って、その額へと光の珠を埋め込んでいく。

 

「EinenVertragSchliessen」

「??え?え??」

「なんでもないです。おまじないみたいなもんだから、気にしないで。ホラ、もうすぐ日が昇っちゃうわよ?」

 

困惑の表情を見せながらも去っていく神楽坂さんに、四角錐の横に佇みながら、朝靄に消えていく後姿に手を振っていく。

神楽坂さんの姿はものの数秒で視界から消えて、気配も、同時に消えていってしまった。

私といえば、ほんの少しの罪悪感と、ほんの僅かな嫉妬感を抱いたまま、そこに佇み続けている。

神楽坂さんは知っている。いや、神楽坂さんだけじゃないでしょうね。私の知らないネギを、神楽坂さんを始め、ネギが受け持っているクラスのお姉さん方の大半は知っているんだ。

それはいい。それは別に嫉妬するには至らない。

ネギのことだもの、きっと修行を終えてウェールズに帰ってきたあかつきには、耳が腐れるほどのお土産話を語ってくれる筈。そう考えると、考えただけで胃が痛くなってくるわ。

僅かな嫉妬感って言うのは、あの明るさだ。

神楽坂さんの明るさ。それにほんの少しだけ憧れている。

マギステルになった以上、私を始め多くの魔法使いは私情、感慨で動いてはいけなくなる。

常に冷静沈着を保ち、常に冷酷とも思える判断を下して最高にして最も最良の選択肢って言うものをチョイスしていくのが魔法使いなのだ。

刹那的には動く事は出来ない。

物事と言うものの長さを見極め、その長さを計算した上で、最良の選択肢を用意し、それを躊躇なく選択できる判断力も問われるんだ。

だから、明るさとか、怒りとか、悲しみとかの感情は基本として全面へ押し出すことは出来ない。ましてやこういった任務の最中ならそれは尤もなのよね。

故に憧れたんだ、ああやって開けっぴろげで誰かと関わる事が出来る神楽坂さんの明るさに憧れた。

手に入る筈のないもの、遠い昔に置き去りにして、もう一度手に入れるには、あまりに長い時間を過ごしなおさなくっちゃ手に入らないもの。それを見せられて、嫉妬している。

そして罪悪感は、他でもない。

 

「アーニャさん…」

 

目が覚めたのか胸元からレッケルが顔を出す。

勿論、その表情にはいつもの明るさとか、私を励ましてくれるような眼差しはない。

困ったような、なんとも言う事の出来ない、言葉に詰まったような表情と眼のまま、レッケルは私を見上げている。言いたい事なんて知っているし、何でそういった顔つきをされるのかの判断だってついている。

さっき、神楽坂さんに紡いだ韻。

額に触れて、魔力塊を埋め込んだ魔法。あれは『契約接続』を意味する魔法。つまりは擬似神経の埋め込み。

私はこの学園にとっては部外者だ。毎日毎日ネギのクラスまで足を運んで監視していちゃ、疑わしいと言いますか、なんて言うか怪しすぎる。

学園内で自由に動ける体が必要だったわけ。使い魔の作成とか、魔力による情報収集とかも出来ないわけじゃないけれど、どうも精度が悪くてしっかりとした情報が得られない。

と、なると私が動くしか情報収集が確実なのはないんだけれど、そうなるとやっぱり怪しい。

でも、それを解決する方法がある。

自分が自由に動けないのなら、自由に動ける人を代わりに置けばいいだけの話。

この学園の人なら自由に動けるし、ネギのクラスの人ならなおさらで、擬似神経の植え込みにより視覚共有でネギの監視を行う事にしたの。

勿論こんな方法は好きじゃない。

プライバシーとかにも関わるし、プライベートとかにも関わるから決して普段の私なら使うこともしない。

ならどうして今の状況で使ったのか。答えは簡単だ。

私は、マギステルだから使ったんだ。

言い訳にする気はない。ただマギステルになるって言う事は、我侭や私情の通じない現実へ出て行くと言う事には間違えない。

現実は幻想も何もかも磨り潰す巨大な壁。魔法使いは、その現実の中で、現実的な災害を幻想で打ち消していくと言う役割を持った存在なのよね。

だから、使える方法が最善で、最も効率が良いと言うのなら、ソレをいやでも選ばなくっちゃいけない。

これはネギの修行だけじゃない。

私にとっても、この学園でマギステルとしての判断力とかを養っていかなくっちゃいけないのよね。

いつまでも魔法使い見習いじゃ困る。時には冷酷に、時には皆から嫌われるほどの覚悟でなくては、マギステルと言うものは勤まらない。

それは、私の夢である、ちょっとした魔法の力で、皆が前へ進んで行ってくれるようになって欲しいと言う願いであっても変わることはない。

マギステルとして活動する事には代わらないのだから、自分の夢でも、マギステルとしての制約に逆らう事は出来ない。

自由なら構わないかもしれないけど、私がいる世界は集団と言う世界なのだから、一人の拒否者は世界全体からのつまはじきを食らう。

そうなったらもぅ、魔法使いも何もへったくれなく私はドボンだ。自分の夢を叶える前からそんなヘマは出来ない。

しっかりとした夢を叶えるって言うのは、しっかりとした自分のレールを自分の前に紡いでいくと言う事なのだから、その前にそのレールを踏み外しちゃいけない――――

でも、それでも好きになれないものは好きになれない。

勝手に人の視点を通して人の生活を覗き見するようなもんだもん。マギステルで大勢の人の力になるって誓っていながら、やっている事は嫌われたっておかしくないような事ばっかり。

だけれど、それを言い訳の材料にするようなつもりなんてない。私はマギステルなんだから、マギステルとしてのやり方でやっていくだけ。

 

「――――さぁ、お仕事開始よ。レッケル」

 

テントの中へ戻っていく。

ネギの授業があるときに外出したりする必要性はコレでなくなった。

神楽坂さんの視覚を通して、ネギの授業風景は逐一監視が可能だもの。

神楽坂さんと言う人柄から見て、居眠りしたりするような人には見えない。それを信じて、その視線を勝手ながら使わせてもらう事にする。勿論無許可で、ね。

罪悪感は相変わらず。それでも、マギステルと言う役柄故を張り通して、作業の準備を始める。

 

第五話〜異種〜 / 第七話〜魔道〜 


【書架へ戻る】