第七話〜魔道〜

 

取り出す水晶球は、ロンドンで修行中に身につけた遠距離視覚効果を発揮するためのもの。

遠くの映像をここに映し出して、それで状況の把握をするって言うのが、私がロンドンで多く学んだ占い師としての技能。

占い師って言うのは、単に訪ねてきた人を闇雲に導いてあげるだけじゃいけない。

本当にその占いを礎として訪ねてくる人も居るんだから、その人の記憶の中や、周囲の環境からその人にとっての進むべき道って言うのを指し示してあげなきゃダメなのよね。

その内で得た才の一つがコレ。遠距離視覚投影。遠くのものを見るって言う、まぁ、魔法使いとしては初歩も初歩であるテレパティアに手をちょちょいと加えてアレンジした、Clairvoyance(クレアヴヤンス)。

霊視とか、透視とかの最上級に属する技法の一環。

尤も、私のコレは魔術品の力とか、レッケルの水鏡とかの性質も重ね合わせて強化に強化を塗り重ねて遠距離映像投影に特化させたひじょーに偏った魔法な訳なのよね。

水晶に魔力を注ぎ込んでいく。

神楽坂さんに擬似視覚神経を直結させた時点で、既に呪文そのものは完結しているようなもんだから魔力を注ぎ込むだけで水晶は神楽坂さんの視覚を通して、その光景を見る事が出来る。

出来るんだけど――――なんか、感度が悪い。壊れたビデオカメラみたいに映像が時々飛ぶし、たまに声だけしか聞こえないんて状況にもなっちゃう。

 

「ミスったかな」

 

そんなはずはない。

うん、魔力はちゃんと神楽坂さんの視覚神経に融合して、神楽坂さんの身体へは一切影響を及ぼさないように繋がった筈。

私の内の魔力系だって確かな実感で、魔力の繋がりによる視覚効果の発揮を示しているんだけれど、どうにも映像があんまり良くない。

まぁ、身体的にこうやって魔力系を受け入れない人って言うのは、実はあんまり珍しい事じゃないから大して驚くことじゃない。

監視が不必要な時はちゃんと回線は切るし、あくまでも使用するのはネギが居る時だけだ。

それ以外の時にチャンネルを開く事はない、と言うか、神楽坂さんに植え込んだ擬似視覚神経はネギの魔力にだけ反応するようになっているから極端に言って私からチャンネルを開く事は出来ないようにしている。

又ネギがいたとしてもプライベート的な事だったらチャンネルはすぐさま切るつもりだから、良くはないけど、必ずしも悪くはないと思いたい。

そう、チャンネルが開かれるのは、ネギが神楽坂さんのクラスで授業を行う時のみ。

一つのクラス――それも担任となっているクラスの授業ならネギの修行に対する本質が一番出る。

なら、そこを確実に捉えるには、やっぱりあのクラスの人の誰かにはこの方法を実施するつもりでいた。

でも、あのクラスにははっきり言って魔力系の扱いに長けている人間が多すぎるから、監視適任者って言うののチョイスも中々に難しかったんだけど、一先ずはOK。暫くの間は神楽坂さんの目を借りて、ネギの監視を行う事にしましょうか。

朝靄が晴れていくのが、テントの外から感じられる。

靄を貫く日の光。雲海の合間から差し込む光は、なんだか神様か、いや、神様なんて居て無い様なもんなんだけど、ともかく、そういった超越的な何かが雲の上から光を差し込んでるみたいにも見えなくはないかな。

どちらにせよもうすぐ日が昇りきっての登校時間。今日からはますます忙しくなるであろうこと請け合いのだからか、どーにも空の調子もあんまり良くない。

どうやら今日の天気は、私と共に浮き沈みしてくれそうだわね。

視線を外へ。

テントの外の朝靄は完全に晴れきって、オレンジ色の陽光がまるで夕暮れのように世界を淡く染めていく。

その中で、相変わらずあの四角錐は、昨夜の様に朝日の光を黒曜石じみた淀んだ黒い外状に浴び、思う存分、朝日と言う名の食事を貪っていた―――

 

 

四角錐は暫く消えそうに無い。それにはもう気を払わず、私のマギステルとしての一日が始まった―――

 

 

「みぃぃい〜〜〜〜」

 

蛇のジタバタする光景を観るなんて、私はなんて恵まれているんだろう。

世にも奇妙な蛇の悶絶姿。と言っても、蛇って言うのは上下があってないようなもんだから、筒がクルクル回っているようにしか見えないのはご愛嬌。つか五月蝿いレッケル。

幾ら構ってあげていないとは言っても、ただいま私はお仕事中。遊んであげたくても遊んではあげられない。

なら独り遊びでもしていなさいとは言ったんだけど、蛇の独り遊びと言うのが思い浮かぶべくもなくて、とりあえず放置。

その結果、暇になった白蛇がこうして悶絶しているわけですか。それは無視させてもらう、そもそも、関わっているような時間はないのよ、私にゃ。

手元の水晶に映る光景は、酷く見慣れたようであんまり見慣れない光景にも見えた。

なんっていうか、アレだわ。魔法学校に居たときとは違う雰囲気が漂っている。

魔法学校での授業といったら、もっぱら実施授業の方が多かったんだ。

習うよりは慣れなさい。頭に浸透させるんじゃなくて体に滲みこませると言う技術修得術。

いざと言うとき、頭で考えて行動するんじゃなくて、体の方が俊敏に反応できるような状況作りって言うのが、魔法学校でのもっぱら授業風景だった。

…実はあんまり知られていない事で、私やネカネおねえちゃんぐらいしか知らないことだったんだけど、ネギはくしゃみするとその体に染み付いた魔法が強制解放に近い容で発現してしまうと言うやや致命傷的な癖を持っていたりする。

どーやらこっちの方でも神楽坂さんから聞いた感じ、暴走に継ぐ暴走で何かと迷惑をかけているみたいだわね。はい、報告書に加筆。暴走アリっと。

授業風景は退屈と言いますか、まぁ、日長日常的な良心的な授業と言う事で及第点。

まだまだ注意するところとかは多そうだけど、私自身は先生の授業とかをやった事もないので、と言いますか、私自身人に何かを教えたり、説いたりする事自体が苦手なわけよね。

いやいや、苦手って言いますか、不得意って言うのかしらね。

兎に角、解りやすく説明してあげるって言うのが出来ない性質なのです。なまじ体に染み付いた習うより慣れろの精神って言うのかな。

他人に対してもそう言う精神で応じてしまうのがいけないんでしょうね。要するに、他人に対して、習うより慣れろ精神を身につけさせようとしてしまうって事。

そういう事では、同じ授業を受けて同じ様に魔法勉強を学んだネギが、ああやって普通の学校授業を行えているって言うのは正直言うとびっくりするような事なのかもしれない。

日本で教師をやるって事が決まってから旅立つまでの間の大半は日本語の勉強とか、教師としての心構えの確立とかで何かと慌ただしかったけれど、今こうしてちゃんとやっているって言うんなら、ま、一応は大丈夫でしょ。

水晶の中の映像に変化を確認する。

ああ、そっか、もうお昼前だから午前の授業はここまでって言う事だわね。

水晶に注いでいた魔力系を切って、映像を終了させる。

見て良いのはあくまでも授業中のネギの様子観察をする時だけ。それ以外の時は、できるだけ回線は切っておいておくのが好ましい。と言うか人道的に当たり前なんだけれどね。

さて、午前の授業が終わったからと言っても、私のお仕事も休憩、とは行かないのがマギステルの辛いところだわ。

魔法使いは出来ることは平行に進めていく。一局単に集中するだけじゃなく、幾つも仕事があるときは、その幾つもにまったく平等の集中力を割きつつ頑張っていかなくっちゃいけないんだ。

でも、やっぱり疲れたものは疲れた。何しろ授業ノートをとるわけでもない、ネギの行動や言動の逐一観察だけなんだから、当然疲れも溜まっちゃう。

そう愚痴は言いつつも鞄から色々引っ張り出して準備を進めるって言うのはマギステルの業よね。

お仕事優先と言いますか、出来る事は出来るうちにやっておくって言うのが一番だもの。

後回しや、先送りにはしてはいけない。物事は、出来ると思ったときから始めなければ、時に間に合わない事だってあるんだから。

引っ張り出した布袋から大量のガラス片を床へぶちまける。

今からやるのは簡単な監視使い魔の作成方法、無機物に自分の一部…簡潔で良いのなら髪の毛や爪先、より深く意識を通わせたいのなら骨や肉の一部とかを刷り込むことで作り出す“自身の一部”たる使い魔の作成。

今回は五感の一つを直結させるような内容の使い魔作成だから、あまり深くなくても良いけどあんまり軽すぎるのもダメだ。

 

「レッケル、指噛んで」

「ふみゅ、血を使うんですか??」

 

暇に暇を持て余していたレッケルが、しゅるしゅると胡坐を組んで座り込んでた私の膝にまで昇って、差し出した指に噛み付く。

これがまた痛い。半端なく痛い。血が出るくらい強く牙をねじ込むんだから痛くない筈ない。でも、私がこれからやることは結構、あんまり良くないことだもの。

一歩間違えれば犯罪行為。魔法使いで、人の法には引っ掛からない方法で実施するに過ぎないだけで、やってる事はあんまり変わらないのだ。

夢見の魔法って言うのがある。それだって、本人の承諾も無しに夢の中を覗けばプライバシーの侵害になる。

だから、今からこの学園に放つ簡易の使い魔はそういった事をやる事には違いない。だから、指の一本程度、我慢しなくっちゃ―――

水滴ならぬ血滴をテントの床に散らばっている透明のガラス片へ満遍なく振りかけていく。

透明なガラスに振りかけていけばガラス片は真っ赤に染まらずとも、血には濡れていく筈なのに、ガラス片には一滴の血雫も残ってない。

まるで、なす統べなく沼に沈む生き物の様に。血雫は、あっけないぐらいの滑らかさでガラス片の中へ満遍なく飲み込まれていく。

故に、ガラス片の表面は赤く染まっていない。

その代わりに内部が真紅に染まる。氷の中に赤い水を湛えたような怪しさを持った、おかしなガラス片の出来上がり。

ルビーの様な赤い紅い輝き。人を惑わす、狂気じみた真紅の瞬きを下に、手を翳す。

 

「Ali・lisMa・lilisAmalilis.DasVersprechenErDerselbeSieEigen<誓う。汝らは我なり>」

 

紡ぐは一節。その韻に応じるように、無数のガラス片が集って無数の形を成していく。

容は様々で、小鳥っぽい形状やトカゲっぽい形状など様々。

うん、見ているこっちとしてはちょっと好きになり難い構築光景だけど、いやいやは言えない。だって、これでも私の手となり脚となってくれる子達だ。無碍には出来ないし、ちゃんと接する事でより良い情報を得る事が出来たりもするわけ。

完成したのは丁度五体。

鳥型三、蜥蜴型二と空中からの監視に重点を置くように構築したけど、うん、中々悪くない。

久しぶりにしては良く出来ましたと自分で自分に自画自賛を送ってあげたいぐらいの良い出来。

ちょっと形や接続面が歪なことを抜かせば、マギステルになっても十分前線へ投入する事が出来る出来であると自負は出来るんだけどね。

ともあれ脚や手は揃ったわけだから、こっからが本格的なお仕事だ。試験管の中から髪の毛を数本取り出す。

赤と茶色の混ざった頭髪、それは何を隠そうあのネギの髪の毛だ。ネカネおねえちゃんがネギの代わりにと持っていたものなんだけど、この度ネギの中間報告者として貸していただいた。

しかし、ネギも結構不注意だわね。魔法使いにとっては髪の毛一本奪われるだけでも致命傷になりえる状況って言うのがあるんだから、魔法使いは抜け毛のチェックとは欠かさないのだ。

現に、私だって自然的な抜け毛以外ではあんまり髪の毛を人には触らせない。女の子だからって事も勿論あるんだけど、一番の理由はやっぱり自己の一部を誰かに奪われることは危機的状況を自分で作り出すようなものだから。

そういう事で、髪の毛って言うのは意外と魔法使いにとって見ても重要な物体で、こう言う簡易の使い魔に割るには絶好の目印って言う事なの。

 

「いい?その髪の毛の主の行動をしっかり記憶して頂戴。一日、一、二体で出していくからしっかりね」

 

髪の毛を埋め込んでいく。これで、この子達はネギと言う対象外の人間への記録行動は一切とらない。

授業中は神楽坂さんの視覚を通しての監視で、授業外ではこの子達による監視を執り行うって方向で問題なさそう。

まったく、こんな手間を取るって言うのならここに来る前に準備はもっと周到にしておけばよかった。あ、でも日本に来るって急遽決まったから、無理か。後悔先立たず、後悔するなら後にしろって事かもね。

ここで終わらせておきたいところだけど、まだまだ仕事は終わりじゃない。

まださっきのネギの授業についての纏めが終わっていないから、それを羊皮紙に纏め上げて、魔法界の方へ送るように手配もしなくっちゃいけない。

ああ、そうだ。体質的に日本の空気ってなんだか合わないかもしれないから、なんだか薬とかもいっぱい作っておいたほうがいいかもしれない。

思い経ったが吉日だと、今日の私の朝占いにはそう出ていたのでさっそく行動開始。

そういう事で、私の休憩までにはまだまだかかる。こりゃお昼は一時過ぎだわね――――

 

―――――――

 

「んぁあ…」

 

ボキボキっと背骨が盛大に鳴る。折れたんじゃない勝手ぐらいの音が出たから、正直かなりの勢いで不安なんだけど、まぁ、二、三度目に伸びた時は音も鳴んなかったからただこっていただけみたい。

でもこの歳で背骨がこるなんて。ふっ、私、もう若くないのね。

それは兎も角、お仕事は何とか終了。無事に簡易の使い魔も製作したし、報告書も本日の分は挙がったし、薬の作成もとりあえずは大丈夫だ。

実に経過時間四時間半。

そう、まるまるお昼返上でお仕事に集中していたせいで、すっかりお腹が空いてしまっている。

まだうら若き乙女で、これからの成長によっては美人になるかもしれないって言う時期にお昼を抜くと言う行為は愚行だ。

そりゃ私だって女の子なんだから、身体的に成長して欲しいところとかしてほしくないところとかは諸々あるのですよ。

レッケルは盛大に睡眠中だ。今日気付いた事として、お仕事中に傍らですぴすぴ言われるとかなり機嫌が悪くなる。と言うか、私以外でも十分機嫌は悪くなると思う。

だって、横で“もう食べられないですです〜”だとか“アーニャさぁん、そこはダメですですぅ”と言われれば、そりゃ温和な私といえどもどっかーんって大爆発しちゃいたくもなるわけなのよ。実際はしていないんだけどね。

そこは穏和なこの私、蛇の寝ぼけに付き合ってやる義理はないのですよ。

さて、時は夕暮れ。

学園とその内の都市が茜色に染まっていく時間で、のそのそっと外へ出る。

漸く職務から解放された事も相成ってか、夕日は綺麗に見えて、同時にその風景に変な違和感を感じ―――

あ、そっか、四角錐がない。あれだけ異様な威圧感をぶっつけていた、あの四角錐が綺麗さっぱり風景から切り取ったかのように抜け落ちているんだ。

目の前に広がるのは、夕暮れに沈む学園が在るだけで、あの四角錐の姿は存在していない。日常的な、いつも人が見るだろう普通の景色。

それなのに、あの四角錐が欠けただけで風景に妙な物足りなさを感じている私がいた。

いや、それがおかしいって事は重々承知しているんだけど、どうにも何かが足りないような気がしてならない。

あの四角錐がある風景って言うのは、見るからに怪しさ全開、見るからに違和感ありまくりの異様光景だったって言うのに、その四角錐がいざ外れた風景が広がると、かえって在った方が周辺の雰囲気が引き立つって言うか、全体としての形が良く通っていたって雰囲気。

言うなれば大樹。

周囲を育むような、大きな母の様な樹木が引き抜かれたかのような喪失感。

言うなれば巨岩。周囲を守り通すような、強大な父の様な巨岩が打ち壊されたかのような無力感。

言うなれば列華。世界を和やかに見せる、少女の様な花々が全て風に散らされたかのような荒涼感。

抜けたものが何であるのかは理解できなかったけれど、意外とああ言うのが結構大事なファクターを締めているのかもしれない。

でもまぁ、なくなってしまったって言うんなら仕方ない。

きっと朝方、殆ど外出しないでテント内で色々やっていたから結構前には消えていたんだろうとは思う。

消えてしまったモノにいつまでも未練を持っているわけにはいかない。と言うか未練を持つほどのモノじゃなかったんだけどね。

妙に目に焼きついたって言うか、滅多に見れない、見ないモノだったから結構印象に残ったのかもしれないわね。

ふむ、と力を抜くと、きゅ〜〜っとお腹が鳴る。

随分とまぁ可愛らしい音だったもんだから始めは私の音だったなんて気付けなかったんだけど、これは私が思っている以上に空腹の様だわね。

早めにお腹へ詰め込まないと、折角の良い生活サイクルも狂ってしまう。生活サイクルって言うのは日々の積み重ね。日ごろの行いの一つ一つがちゃんとした身体と精神状態を保ってくれるのだ。

 

「さてと…なんか食べなきゃいけないんだけど…。ホラ、レッケル起きて」

「ひみゅ」

 

頭の上に乗せていたおねむレッケルをつんつん突っついて起こす。

私一人だけで何かを食べるわけにも行かないから、こう言うときは同居人の意見もちゃーんと訊かなくちゃいけないのです。

共同生活は思いやりがなり合ってこそ成立する関係なの。片方一方が好き勝手な意見を述べる事は出来ないのだ。

そういう事で、レッケルもちゃんと起こしてご飯のお話。

とは言っても、もぉ夕暮れ時だから夕食に響かない程度で軽食なんかを食べるのが丁度良いんだけど、残念ながら私もレッケルもここの軽食屋さんなんて詳しく知らない。

作ってもいいんだけど、私は夕食には結構なこだわりを持つタイプの女の子なので、軽い食事とかを作るのはめっぽう苦手と言う難点を持っているのですよ。

お金は大事に使うけど、背に腹は変えられないのです。

これで倒れたりするとこれまた厄介。健康第一、健全な身体に健全な魂は宿るのよね。

よって食べる軽食もなるべくなら、お腹に響かないものが良い。そう出来るなら、喫茶店とかで食べる、ケーキ程度で十分なのだ。

 

「無いもの強請りは良くない、か」

 

そういう事だ。詳しくこの学園を知ってもいないのに喫茶店でケーキとティーを優雅に頂く姿を想像して萎える。

なんてまた似合わない光景なんだか。優雅なんて言う台詞はあと十年は経ってから吐かないと多くのお嬢様方に睨まれてしまう様な発言にレッドカード。即退場級の勘違いだわね。

きゅるるとお腹が鳴る。もう早く何かをお腹へ詰め込めーって大暴動だわ。

私としても一刻も早くお腹に何かは詰め込みたい。いっそ近場の雑草毟ってブドウ糖で茹でて食べちゃおうかと思うぐらいの餓えっぷり。食わずに餓きは癒せないのだ。

さて、一体どうしたものかなと考えていたところで―――

 

「あー!!昨日のー!!」

 

良く通ったと言いますか、妙に高い感じの声が聞こえた。

ああ、いや、高い感じじゃない、どちらかと言えば愛らしくも甘ったるい感じのする、子供の声。

振り返る必要も無くその正体が誰なのか解ってしまった。と言うか“昨日の”の時点で九割がた予想がついているのだ。

昨日の時点で私が出会った人間なんて極僅か。その中でもこんな甘ったるい声で私の事をちょーっと不機嫌そうに呼び止める人間なんて、それこそ限られてる。

こそっーと振り返る。

ホラやっぱり。巨木の陰から、二房を持ったややツリ目の私よか身長の低い子と、その後ろからこそっと覗くように、でも厚顔無礼な姉を諌めるような眼差しをしている、シニヨン持ちの垂れ目な子。

何を隠そう昨日の二人。巨木の上から落ちる寸前で私が助けたような気がしないでもない、あの二人組み。

けど、なんだろ。私、あの二人から反感買う様な事した覚えは、あ、妹さんの方は昨日上から突き落としたか。うん、それはゴメン。

 

「お、お姉ちぁゃん…指差しちゃダメですぅ…」

「いいんだよっ!!史伽に酷い事した奴なんだから指差されたぐらいはじゅーぶん許されるんだからっ!!」

 

そりゃどうかと思うわけよね、お姉ちゃん。

指差しって言う行為は多くは指摘、指示の場合に使われるもの。

要するに、指差しの相手よりも上位に位置していると言う事の裏づけなのよね。

つまりは指差しってのは上下関係を言うのをハッキリさせてしまう、少々立場を悪くしてしまう態度の一環なのだ。お姉ちゃんよ、それを今から学んでおかなくっちゃ、将来泣くかもね。

さてはて、別に逃げる必要とかは無いけど、どうすればいいのかしらね。

とりあえず文句を言いに来たみたいだし、文句ぐらいは言われたって仕方のない事をしちゃったのは事実だし。

何より、ここでの仕事を円滑に進める為には、意外と関わる事の無いここの人たちとの信頼関係の構築なのかもしれない。

人の関係って言うのは行為流が一番なのだ、人心は複雑だわね。

 

「で?何しに来たの??」

「ここはボク達の部活動の順路の一つなんだよっ。だから、何かをしに来たんじゃなくて、部活動中だったからここに居るんだよっ!そうじゃなきゃ誰が史伽をいぢめた相手に会いに来るもんかーーー!!」

 

お姉ちゃんは相当激昂してらっしゃられる。顔も真っ赤だし、両手を振り上げてバンザイした状態でぶんぶんしている辺り、かなりの怒りんぼの様だわ。

こういったタイプの怒りは聞き届けてあげない方が私としても気楽で済むし、相手にとっても世の中、我侭ばかりが通る事じゃないって言う教訓にもなって丁度良いんだけれど、下手な事を言うと今にも飛び掛ってこんばかりの形相と言うか、子供っぽさと言いますか。

ああ、こう言うときは外見で得だわ。子供っぽいから、どーあってもきつく言うのが憚られちゃう。尤も、私はハッキリキッパリ一刀両断させていただきますけどね。いつもなら。

でもここは私の良く知っているような魔法界じゃない。

私のルールは曲げないけれど、それがまかり通ると言う事でもない。ここにはここのルールが在るんだからそれに沿うようにマイルールにも多少は手を加えるのも常識なのだ。

と言うわけで、今回は謙虚に出るが吉。自分にも相手にも、円滑かつ蟠りのない気持ちの良い学園生活を勤しんでもらう為に、今は我慢するが吉なのです。

 

「あーうん、昨日の事はゴメンなさい。でも状況的にあれが一番かなーって思ってたから。ね」

 

人を呼びに行っている暇なんてなかったし、結果として二人とも、並びに落下した私も助かったのだから万事オッケーと出したいところなんだけど、最終的には委員長さんに直撃弾で被害が出てしまったのが運の尽きだったわけだ。

双子は説教、私も気にはしていなかったって言うのに委員長さんの律儀なこと律儀なこと、しっかり私にも説法を聞かせてくれたのでした。

なら、双子が私を悪く思うのも無理はないかもね。

二人を助けたにも、二人にとっては苦い思いを味合わせる原因にもなってしまったんだし、それに取り入る隙も無かったから言えなかったけど、委員長さんが怒っていたのってきっと双子が私を落としたって思っていたからなんじゃないかな。

いやはや、先入観と言いますか、責任感の強い委員長さんは大変だわ。

そう言う面から見てみると、今の私の謝罪は軽いもの。

友人が友人に対して茶化した時にするごめんなさい。心はこもっていないけど、信頼関係の上に気付かれ、裏づけされた。“悪い事を悪いことと自覚じていながらも改善する気なし”と言った友達同士の友達に対する謝罪。

でも、うん。この双子にはそれぐらいが良いと思うのだ。

これからもある訳だし、まかり通らないことはまかり通らないで社会の厳しさはこれから学んでいって欲しい。

私が今伝えるようなことじゃないから、今はまだまだ中学生と言う大人になりきれない少女の狭間の応じ方で応じるのが一番ってコト。

 

「ほらっ、お姉ちゃん。謝っているですっ、ちゃんとお礼を言わなくちゃだめですっ。昨日は有難うございました。危うく大怪我をしてしまうところだったですっ」

 

てへへと笑う妹さんは素直だ。んが、やっぱりその反省にも何処かお姉ちゃんと通じた甲斐甲斐しさが窺える。

つまりは似たもの同士。流石は双子。双子故の一体感。外見上の違い、性格上の違いはあっても、必ず似通っている部分の一つや二つは存在しているって事かもしれない。

かたやお姉ちゃんはどうにも納得してなさげ。昨日同様、眉を顰めたむーっとした顔立ち。

でも、実際あんまり身体には堪えていないし、誰も怪我してないんだから謝罪とかはいいと思う。

私も結構ひどい事はしちゃったし、喧嘩両成敗って事でダブルKOで済ましておきたいのだ。

っと、ここで良い考えが浮かぶ。

お礼を言われたんだから多少の無茶とかは訊いてくれそうだし、何よりこの子達はネギのクラスの人だもの。

どー見たって私よりも年下にしか見えないんだけど、その辺は見ない事にして、ひとまずはこの子達にお願いする事にしましょう。

 

「あーそれじゃ、一つお願い良いかな?」

 

妹さんは首を傾げ、後方のお姉ちゃんの顔が露骨に歪む。

やる前にやられると思っているのか、その表情は怪訝と言うか、いたずらっ子が追い詰められたときに浮かべる、切羽詰った表情。

見ていて面白いのは確かなんだけど、残念ながら、私には私よりちっちゃい子の狼狽する姿を見て興奮したり、可愛いと思ったりするような趣味はない。従って、これからのお願いは純粋な私への利潤目的のお願いだ。

 

「えっと、なんでしょう?」

 

おずおずと歩み出す妹さん。うんうん、素直で好感度が大だわね。お姉ちゃんとは違ったタイプの美人になるわよ、この子。では、そのお言葉に甘えまして。

 

「私まだここに来て日が浅いから、色々案内とかしてくれると嬉しいんだけど」

 

敵を知るには先ず味方から。情報収集にはここの人と共に行くのが一番効率が良いって言う事だ。

小腹も空いているし、この双子なら結構良いところは知っていそう。勿論予測だけれど、まぁ悪いところへ連れて行くような雰囲気はないし、妹さんもお姉ちゃんも根はきっと素直な良い子なのだと信じたい。

 

「ダメー!!ボクは絶っっっっ対!認めないんだからっ!!」

「もー!お姉ちゃんが助けてもらったんだから、そんな我侭言っちゃダメですぅ!私は構わないですから、どうぞっ」

 

妹強し。お姉ちゃんはぎゃーぎゃー喚きたてているようだけど、こう言う癇癪には付き合ってはいけない。

これがこういうタイプの常套手段なのだ。

効率よく利潤を得たい時は流るるがまま。場の雰囲気に任せてしまうのが一番って事だから妹さんの提案を甘んじて受け入れてしまうのが一番良い。

と、ここまでは建前で、本音は単に早く小腹を埋められるような場所に行きたいなーなんて思っている飢餓細胞に冒された私が居るのですよ。ホントに、もぉ一時間も保てないから。

 

「それじゃあ何処か軽く物が食べられる場所に行きたいかな。どこかいいトコ、知ってる?」

「任せておいてくださいっ、世界樹の下に美味しいケーキを出してくれるカフェがあるんですよー」

「こらぁーーー!!ボクを無視するなぁーーー!!」

 

夕暮れ空に響く怒声が心地良い。

空いた小腹も満ちるような気分になるけど、それは気分問題。実際は空きっ腹に感情なんて雀の涙ほどの補充にもならない。

おいしいケーキだそうだから、物質的に小腹を満たすにはベストなチョイスでしょ。太る太らないは二の次だ。毎日こんなに重労働しているって言うんだから、心労とかでカロリー消費は甚大だっつうの。


 

第六話〜出会〜 / 第八話〜魔女〜


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