第十話〜探索〜


ものでもなく、見つからないと思っていても見つからない。
それは初めから無いのと同じ事であろうか。それは、初めから何も設定されていないと言う事と変わりないのではないのだろうか。
否、それは否。見つけられる筈などない。そもそも見つけるべき要素など、初めから存在すらもしていないのだから、故に、見つけられるべくもない。
それほどの余裕など無い。生きよ。ただ、生きよ。先は長く、また険しいぞ。生き足掻き、生きもがけ。未来は果てなく、用意されるは死の一点のみ。

生きていく、それだけの生存行為とは、これほどまでに有難たく、これほどまでに困難だったというのか――

――なぜ気付けない。生き物は、生存していると言うだけで既に幸福なのだと――

汝ら、己が命に―――――しがみつけ

一 撃 抹 殺
突貫魔法少女―ホライゾン― CHAPTER:02〜生存〜

第十話〜探索〜

呆然と言うか、口は半開き、目の焦点は合わず、髪の毛も何本かはぼはっと飛び出ているそんな阿呆みたいな顔立ちで、朝を迎えた。
ああ、なんてまぶしい朝日なんだろう。
小鳥の囀りもよーっく聞こえるし、今日の朝は朝靄だって煙ってないから日の光が余すことなく、テントの中に降り注いで、ど真ん中でまぁるくなっていらっしゃられるレッケルの身体にふんわり当たっていってる。
記憶の中がかなり曖昧。昨日の夜、一体何があったのかが全然思い出せない。
いや、ちょっち違うかもしれないかな。思い出せないって言うよりも、思い出したくない、って方が近い。
だって、アレよ。魔法使いなんていう一般の人から見れば、十分に理解不明の意味不明な技術を用いているって言うのにソレを上回っての意味不明さをまざまざと見せ付けてくれた存在の登場だもの。
そりゃ、一夜中眠れなくなったって、しょうがない事だと思わないかな。
いや、絶対そうだって。誰だって、あんな意味不明なもの見せ付けてもらっちゃ、ふつーの魔法使いなら一日は工房に篭って自論展開に順ずるって言うのが常道だけど、私はそういうのはやってない。やってないって言うか、やる気が出ない。だって、だってねぇ。
見られた、と言うか知られちゃった。蛇が喋っているところ、思いっきり見られちゃった。
もぉ誤魔化しようもきかないぐらいまっすぐ、ダイレクト通信と言わんばかりであの変なのの上に佇む銀の髪の女の子に聞かれちゃった。
あの微笑の意味もなんとなく解る気がする。
そりゃね、恥ずかしくて本人の前では絶対いいこないけど、レッケルは可愛いわよ。幸せを呼ぶ白蛇でもあるし、しゅるしゅるっと追いかけてくる姿は正直、今でもちょっとぐっときたりもするほどのもの。
そんな蛇が喋ったって言うんなら、驚いた後で可愛くなるのはあのくらいの女の子だったらあってもいいと思っているのよ。
きっと、あの笑顔はなんとなく私が何なのか気付いた笑顔だと思う。
蛇が喋って、その蛇の口を必死になって塞ごうとする夜中に巨木の真下でしっちゃかめっちゃかやってるローブ姿の女の子一人。
怪しいと言うか、微笑ましいといいますか、その光景見れば、誰だって失笑とかは漏らすって言うのに、まったく。
でも、今はそんな事に気を割いているような余裕は無い。重要なのは、喋っているレッケルが見られたと言う事実だけに着目しよう。
使い魔が小動物の姿をしているのには、実は結構深い意味合いがある。
使い魔って言うのは、極論だけ言えば魔法使いの助手的な存在なのよね。
魔法使いに対し、情報収集や材料調達なんかを行ってくれる便利なお手伝いさん。
小動物の格好をしている事が多いのは、その姿形を利用して潜入や進入、情報確保なんかに役立ってもらうための外見なのだ。
人間じゃ殆ど入れないような場所でも、使い魔にお任せすれば、すんなり情報の収集なんかが簡単に行える。
それに使い魔の大半は自然界的な気配しか放っていないから、熟練の魔法使いなんかでもめったには気付けるものじゃないのよね。
それが小動物姿の、元々の自然界サイドに属していた存在だって言うのなら、ますます気配の読み取りは難しくなる。
そんな従わせ勝手の良さからか魔法使いは、大抵一、二体の使い魔を付き従わせている。
扱い方はそれぞれだけれど、とどのつまり、魔法使いにとって、使い魔って言うのはなくちゃならない必須の相棒なのよ。
もちろん、私がやったみたいに人工の使い魔作成も出来る。現に、ソレを主にしている魔法使いの人も居るぐらいだもの。
それにしたって、小動物、深く自然界側に属していた小動物や自然生物を使い魔にしている傾向は衰えを知らない。
いや、ひょっとしたら、昔よりももっともっと需要が出てきたかもしれないぐらいなのよ。
まぁ、それが余計な心労を生み出す原因にもなっちゃうんだけどね。
そもそも使い魔って言うのはただ単なる小動物の化生ってわけでもない。
長い年月をかけて進化とか、適応とかを繰り返してきた小動物がその繰り返される進化と適応の間で、自然界の魔力との共生を行った結果、ワンステップ上の領域へ到達した、一種の妖精、精霊の類となった種族なの。
だから人の言葉だって理解できるし、教授してあげれば小さな魔法とかだって使えるようになるし、元々から一点における魔力行使に特化した存在になることもあるのよね。
レッケルも良い例、水の精霊となって、水の魔力系の扱いに大きく長けてるでしょ。
そんな使い魔達は、ひょっとするとまともな魔法使いなんかよか、よっぽど長い魔力系や、魔力関係の話題に長けた賢者並みの頭脳の持ち主。
そんな彼らだからこそ教授されたり、相談とかも気軽に持ちかけられる。
魔法使いにはつきものの、使い魔。
そりゃあ愛着だって出てくるんだけど、一つ問題がある。それがさっき言った余計な心労ってヤツ。
使い魔が魔法界でも需要が出てきたとなると、魔法使いはますます使い魔への指示は的確かつ、正確な教授をしなくっちゃいけない。
彼らは人の世の中の法は全然関係なしの超自然主義の方々だもの。
しっかりとした、人間界の法則とか方式とかを教え込まなくっちゃ、魔法界での当たり前を、使い魔のみんなは当たり前にやってしまうってこと。
ソレが元で、多くの魔法使いが、魔法使いだって知られちゃった事だってあるんだから。
事故暴露のような件は今までも何度も魔法界には伝えられている。
それが元でオコジョにされちゃった人も居るぐらいだもの。魔法界から人間界で活動する際、魔法使いは自身の事もそうだけど、相棒である使い魔のことも、よっく考えなくっちゃいけないのだ。
そんなミスを、昨日犯した。
いやいや、ちょっと待ちなさいよ。悪いのは私でもないし、かといって当事者のレッケルでもない。
あんな、意味不明の状況下で、精神状態グラグラの状況下であんなに普通の挨拶されたら、そりゃ現実に戻りたくなって答えちゃうって、普通に。
だからアレは事故。過失ってやつなのよね。悪い人なんか誰も無い、私も、レッケルも、挨拶してきたあの子もそう。
誰だって悪くないから、特に問い詰める様な真似もしでかしてない。
ただ、一つだけ不安がある。今の世の中で使い魔の実態を知られるのはかなり拙いのよね。
何気ない噂話も、魔法使いからすると、貴重な情報源にもなったりする。
だから、あの銀色の髪の子が、ちょーっとした噂話で誰かに話されると拙い。
壁に耳在り、障子にメアリーとはこの国のお言葉。メアリーって誰って話だけど。
魔法使いの情報収集力をなめちゃあいけない。
ただでさえ魔法使いに先生はさせる、賞金首になった魔法使いは居る、変なものは出ると異常だらけのこの学園。
なんらかの魔力的対策や、魔法使いがまったく独りも居ないなんてコトはありえないと断言してもいい。
そんな中でそのよーな噂話をされると、まず一番に疑いがかかるのは同業の魔法使いで、何より外来の魔法使いであるこの私に監査の目が入る。
そう、それぐらい魔法使いにとっては僅かなミスも命取りになる。
魔法使いとは、基礎として完璧主義者でなくっちゃいけないの。
先行く道を作らず、後に残る足跡を消去しながら生きていく。それが、魔法使いって言うものの生き方で、生涯において守り通していかなくっちゃいけない、孤独の道。
魔法使いになったら誰もがそうする、あの吸血魔法使いでさえ、賞金首扱いを受けていたのは魔法界のみ、つまり、外界へは一切手も出さなかったのだ。
私や、ネカネおねえちゃん、そしていずれはネギも、そうやって生きていく。
魔法を使って好き勝手出来る筈が無い。そう思っているヤツが居たんなら、大きく勘違いしまくってるのよね。
魔法とは、自分のために消費するために覚えるものではなくて、常に他者、常に自身以外を名目に掲げて使用する事で意味がある。
自分の為の魔法なんて、本来は存在などしていない。
だってそうじゃないの。どんなモノも、一番初めに作り出されたソレの使用方法は、いざ使用されている方法とは大きく異なる。
火薬が初めは固い岩盤を砕くための道具であったように、刃物が初めは一つのモノを幾つにも分け隔てる事の為だったように。
全ての初めは、ソレとは違う使用方法の元で生み出されていると言うのに、今現在あらゆるモノは本来の使い方とは表裏逆の使われ方をしているのが殆ど。
結構、そういうのは嫌いな私だから、私は別の為にだけ、魔法なんていう、普通の人では関わってはいけないソレに手を出したのかもしれない。
群によっては群に従え。郷によっても郷に従え。
一般人という群に生まれたのなら一般人として。
魔法使いという群に生まれたのなら魔法使いとして。
それぞれ、一番それでいいと思う生き方で生きていくのが一番なのよね。本当に、どこで誤っちゃったんだか。
さて、哲学的に浸っている暇なんていうのは実はあんまし、ない。
状況は極めて私にとっては不安かつ不利な状況なのよ。
あの銀髪の女の子を探し出して口止めしなくっちゃいけないんだけど、ネギの動向を探りながら特定の人物だけを把握するって言うのは結構難しい。
魔法使いでも、名前や手がかりの無い人物を発見って言う魔法は高度も高度、時間の逆行ぐらいに難しいと言われている技術の一環なのよ。
だって、姿を見ただけなのよ。
そりゃ目に焼きつくぐらいに鮮烈な姿だったし強烈な銀髪だったから、今だってイメージの具現化程度なら簡単に出来る。
でも、それは私の目に映ったイメージだけ。
深紅の目、銀の髪、赤黒い魔法少女服、加えてでっかいギザギザ八角錘。
それらの外見的特長ぐらいしか選出できない。唯でさえぼーっとさせてくれる状況下だったんだから、忘れてもしょうがないのよ。
しかもイメージ検索って言うのがまた面倒くさい。
だって、どれだけイメージを具現化して、それを手がかりにしたトレース(追尾)魔法を使ったって検索ヒットするのはその外見的特長にヒットする人物の殆どだもの。
...まぁ、トレース魔法って言うのは一種の魔法使いたちによる広域ネットワーク化が成功した巨大な魔力系の一種で、それに同調するような魔力を流せば世界中に張り巡らされたトレース魔力系が検索結果を教えてくれるんだけど、生憎限定領域でのトレース魔法って言うのはいまだに開拓されていないもんだから地球上全土から一挙にイメージにヒットする生命体の検索結果が来るって言うのよね。それはつまるところ、世界中に魔法使いが居て協力してくれるって言う事なんだけども。
その中から一人だけ選出するって言うのは無謀も無謀。もぉ調べる方の身にもなってよ。
あ、でも銀色の髪って珍しいから結構検索ヒットするのはあの子だけかも。
でも、限定のイメージって言うのは難しくて、一つのイメージをしちゃうと連想と言うものが発生してしまうのが人の性。
銀髪をイメージすると、どうしても魔法少女って言うのもイメージされちゃうのよ。
いやいや、まさか年がら年中あの女の子があんな魔法少女ルックで生活しているなんて考えられない、むしろ考えたくない。
と、なると私のイメージ検索によるトレース魔法は無茶ってコトになる。
そりゃそうだわね。私だって、年がら年中あんな格好はしていたくない。
はて、そうなりますといよいよコレは本当に大変だわ。
イメージ検索によるトレースは不可。
加えてネギの監視は続けなくっちゃいけないし、かといって、あの子をこのままほおって置けば、いつ喋る蛇の話題を表出されて私が窮地に陥るのか解ったものじゃない。
ただでさえ蛇を使い魔にしている魔法使いって言うのは珍しいんだから、そんな噂話がたったら真っ先に疑われるのは私じゃないの。
冷や汗が出る。一気に血の気が引く。自分でもみるみる顔色が青ざめていくのが、鏡も無いのにとぉってもよく解る。
 
「いやぁああああああああ!! オコジョにされるのだけはいやぁああああああああ!!!」
「ふみゅぅ!! な、なんですですぅ」

ばんばん嘆きながらテントの床をすっぱたいたお陰で、がくっとお目覚めレッケルさん。
昨日の大ポカやらかした張本人、むしろ張本蛇がここまですぴすぴ眠っていられるなんて、こやつ、本当に私の事心配しているんでしょうね。
オコジョにされたらレッケルは一人身、引き取り手も無いままに魔法界に放り出されるのよ。孤独に悩むがいいわ、レッケル。
あ、でもレッケルって元々野良精霊だったんじゃなかったっけ。うわ、それじゃあ孤独に悩まないわ。恐るべしレッケル、サバイバル知識豊富な頼れる蛇姉。
ともあれレッケルの余裕とかにかまっている場合じゃない。
私は私で、自分に出来る事をしっかり頑張るのみ。
幸い、なのかどうかは知らないけど口数とか多そうな雰囲気の女の子じゃなかったし、噂話してくれない事を祈るのみ。
今はネギの修行が順調に進んでいるかどうか、そっちの方面に意識を割きましょ。
余計な考えによる冷静さの損失は魔法使いにとって一番の弱点になっちゃう。いつ魔法使いとしての能力が必要になるのか解ったものじゃないんだから、いつも冷静沈着に。
あった事を忘れる事は出来ないけど、一先ずは冷静に頭の中身をしっかりさせる事に最優先する。
静かな集中力。朝の小鳥の囀りだって耳には入らないほどに集中し、魔法使いである事がばれるとか、そう言うことは後回し。
本当は後回しとかにしちゃ拙いんだけど、最優先事項はマギステルとしてネギの修行顛末を最後の最後まで見届ける事だもの。自分のコトだけにかまっている事なんて出来ない。
他の何かのために魔法を使う。それはやっぱり、同業者である魔法使い相手だって変わるべくもない。
私は私であって私ではなく、周囲の全ては私が魔法を使って助けてあげなくっちゃいけない対象。
魔法使いとはそう言うの。自分を捨てて、世界のために。
危ない危ない、冷静さの欠如はこんな基本中の基本だって忘れさせてしまうんだわね。
そう、私はマギステルだもの。
立派な魔法使いと呼ばれる、魔法界でも最も憧れられている職業。
まだまだひよっこ、駆け出しのマギステルでも、立派な魔法使いと明言される魔法使いの一員なら、ちょっとの失敗も解決できるように頭の中は冷静に、魔法使いとして使える事は何でも使って―――
 
「わぁ〜〜〜、アーニャさぁん。今日はいい天気ですですぅ〜〜〜」

静かな集中力を途切れさせる軽快な間抜けた声。レッケル、後で必ずシメてやる。

 ―――――

水晶に映し上げられていた画像が切れる。最後の映像は、やっぱり気楽に笑うネギのあの気前の良い笑顔。
勿論、魔法使いとしてじゃ気軽気軽に向けてよい笑顔なんかじゃない。
そも、魔法使いが笑顔を見せてよいタイミングって言うのは限られているのよ。
出会った時と、お別れの時。魔法使いが笑うのは、その二回のときだけと、私は決めてる。
尤も、人の笑顔にケチつけられるほど豪くも無いんだから言ったところでどうにでもなるものじゃない。
一先ず今日の監視状況は簡潔に、私は私がやらなくっちゃいけない事をしなくっちゃいけないのよ。
指を軽く鳴らし、作り上げておいた簡易の使い魔を呼び寄せる。
私のお仕事はまだ終わりじゃないけど、優先順位が変化しただけのお話。
魔法使いだと知られるのはいけない事、ずっとそれを教えられて魔法使いになったんだもの。
なら、魔法使いとし、一端でも魔法使いだと気取られるような行為をとった責任は自分で払わなくっちゃいけない。
自分で撒いた種は、自分で刈り入れるのが当然なだけ。他の魔法使いもそうやっている。私も、同じようにするだけのことだ。
テントのジッパを開いて、外を見やる。
お昼上がりの太陽はまぶしく、その下へ駆けていく簡易の使い魔の皆は頼もしい。
ネギの動向は彼らに任しておけば、一先ず後からの監視結果報告はなんとかなる。
本当は本人がずっとしていなくっちゃいけない事なんだけど、危急の場合は例外も許されている。
勿論随時報告には記載しなくっちゃいけないけど、事前に処理をしたのならそれも面目が立つってものよ。
魔法使いとして使える事は何でも使って、あの昨日の夜、レッケルが喋っているところを見られたあの女の子を探し出して、記憶を消す。それが、魔法使いとしてやるべき事。
冷静に、冷徹に。それでも、普通の子をこっち側へなんて巻き込んじゃいけないという精一杯の慈悲を以って。
ローブが翻る。
黒い四角錘が未だに巨木の木漏れ日を一身に浴びる中、返事もないと知りながらもそれらにいってきますとだけ告げて、その場を後にする。
 
―――――

「アーニャさぁん、正直言うですですぅ、そんなに走り回ったって、見つかる事は無いと思うですぅ」

耳元でささやくレッケルの一言は尤もだけど、迂闊に人に尋ねたりする事が出来ない一身上の都合ってモノがあるからね。こうやって学園中を走り回って探索するしか他に手が無い。
まったく、魔法使いだってあんだけ鷹括って出撃したって言うのにいざ探索を始めてみれば手がかり一切なしの肉体労働。
魔法使いとしちゃ正直不本意極まりない状況なんだけど、他に取るべき道ってモノがないんじゃしかたない。あっちこっち行ったり来たりで頑張ろう。
ああ、こんな事なら人探しの呪文、しっかり覚えておけばよかった。アレ詠唱長ったらしいのよね、だからちゃんと学ばなかったんだけど。
さてはて、そうなりますとますます大変だわね、これ。
何しろ顔だけで人探し、ネギにも遭遇しないようにしなきゃなんないし、何より神楽坂さんにも昨日あんな啖呵切ったもんだから話も聞けない。
ふっ、私って味方を切り捨てる事に関しては右に出るものがいないかもしれないわね。
とまぁ自嘲気味していったってあんまり意味とかないかな。後悔するより先にやるべき事があるからそっちを優先しているだけ。
それに、昨日神楽坂さんへ告げたのは、正真正銘の事実。自分が間違えを言ったつもりは、これっぽっちもない。
とっとっと、っと学園中を駆けていく。
学園の作りはロンドンのソレとかにちょっと似てる構造。西洋的と言うか、中世的。
昔風の建築なのに、その全体の構造は近代的と言うアンバランス的な構造だわね。
いや、これは案外バランスとか波長が取れているのかもしれない。
それはこの学園に住んでいる人たちの姿を見ればおのずと解る。
ここに住んでいる人達からは、妙な気配感を感じる。
言ってみると常識不備。
学園のど真ん中には巨木で、学園中はアンバランスかつ、現代日本とは思えないような構築をした街並み、しまいには、魔法使いと似た気配を持っている人間があっちゃこっちゃから感じ取れる。
それじゃあ異常な事が起こらないわけないと思っているんだけど、これがどうして意外と順調みたい。
考えてみればおかしな場所。
魔法使いって言うのは一箇所には留まらないタイプの人種。
世界各地を巡りにめぐって、さまざまな状況に応じて魔法を使って世のため生きるもののため、日夜しのぎを削っているのが魔法使いだって言うのに、この都市の魔法使いの気配は常に一定。
多くの魔法使いが外へ行く事も無く、常にここで一般人と変わらない生活をしているんだ。
口の端を噛んでいる私が居た。
憎むように、でもどこか哀れむみたいな感情を露にして、唇の端を噛みつけてる。
他の魔法使いがどー考えていたって、私にはあんまり関係ない。
魔法使いには、その魔法使いとしてのやり方なり方ってものがあるからね。
あ、ネギの件は別よ。ネギの目指すものは、魔法使いなんかじゃないんだから。そっちのコトは忘れないようにしてる。
で、ここの魔法使いに関してだけど、私はあんまり旅をしない魔法使いを魔法使いとは認めたくない、つか意地でも認めてやるもんですか。
魔法使いが何のために魔法を学ぶのか。どういう意味で、どんな理由で魔法使いを目指しているのか。忘れたなんて、言わせない。
誰かを、何かを助けるために魔法なんて言う一般人では手も届かない未知の世界の力を使ってる。
初めはそうだった筈なのに、いつの間にかどんどん意味が失われていって、魔法も本来の使い方からはかけ離れていった。
人の知能と能力なんかじゃどうにもならない事があるから、そのどうにもならない事をどうにかするために私たちは魔法使いっていうのになった筈。少なくても、私はそう考えてる。
大体、マギステルってなんだったのよってお話。
マギステル、『立派な魔法使い』って呼ばれているのには、どれだけの意味があるって言うのよ。
壊す事が立派だって言う訳ない。傷つけるのが、立派だって訳も無い。
何かの為に自分が自分であった事さえも捨てきって、その何かに人生をかけられるって言うのが魔法使いじゃないのかってお話。
"立派な魔法使い"の『立派』は、『普通に生きられた筈の人生捨ててまで、何かの為に人生を捧げた』から、立派なのだと信じてる。師だって、そう言ってた。
そも、私たちが人間だった頃なんてない。
魔法使いに成る事を決めたときから、人間である事を捨てる覚悟で今日までここまで上り詰めて行く筈。
皆を、生きてるの皆を助けたいって言うのなら、私情に構っている暇なんて無い。
自分を貫くのは、自分の為じゃなくて皆の為。
『皆の為に』と言う誓いが、私の貫く心情。
それだけを一身に抱いて、マギステルになった。そだ、私は自分のコトに余裕なんて無いんだ。
この修行監視が終われば、私は本格的にマギステルの任に就く。
世界中飛び回って、今なお苦しんでいる人達の為に、魔法を使う。
多くの為に、私は私を潰す。
私だったものなんて、いつかは擦り切れて、一マギステルとして活動していくでしょうね。
でも、果てにはきっと私の貫く、魔法使いとしてのやり方があるって信じてる。
皆に夢を与えるマギステル。皆の為になれる存在を目指したい。
軽かった足取りが少し遅くなる。
マギステルとしての厳しさを、改めて痛感している。
日本に来る前にマギステルとしてちょっとぐらいは魔法使いとしてばれちゃってもいいんじゃないかなって思っていた私が恥ずかしい。
そんなの、いいわけがなかった。
師から耳にタコが出来るぐらい聞かされていたじゃない。
魔法使いは魔法使い、決して人と同列には並べないって。
それは、ずっとずっと心に刻まれていたはずの事実だったっけ。
ずっと、そう、きっとマギステルとしての初任務だから浮かれていて、忘れていたかも。
私は誰かと問われれば、もう、私はアーニャ=トランシルヴァニアとは答えてはいけない。
私はマギステル・マギ。マギステル・アーニャなのだから。
ただ、いつかはそういう日も来ればイイかなとだけは願ってる。
キラキラ輝く光の粒子を箒に跨り空から撒いて、ソレを見上げた子供たちが夢を抱いてくれるようになればイイかなって言うのは、私の魔法使いとしてのお願いだもの。
今は魔法使いはその姿を隠すとも、いつの日か、きっと。
だから、それまでは魔法使いを張っていく。一魔法使い。特別なものなど、何処にも居ない。
一人は一人。一人だけ特別で浮いているよりも、皆と同じで何気なく語り合える、そんな日が来るまでは。
 
「レッケル、水鏡出来る?」

私の表情を見たレッケルの顔がこわばった。
いつだったっけ、レッケルは魔法使いとしての私が好きじゃないと言っていた。
アーニャさんには笑っていてほしい。まだまだ女の子なんだから、沢山のお友達を作って笑っている方がアーニャさんらしくて大好きですって言われたっけ。
けど、ごめんねレッケル。私にはそんな余裕は無いみたい。
私は魔法使いとして生きるって決めちゃったんだ。
私は私のことを考えている余裕がない。
自分の考え方に苦難したり、ソレを貫こうとしている時でさえ、世界ではもっともっと苦しんでいる人達が居るのよね。
そんな人達が居るって言うのに、魔法使いが自分の為に魔法なんて言う力を使っていて良い訳が無い。
力は、初めから何かを壊したり、傷つけたりするような力だったわけじゃないんだから。
長い間、ソレを生み出した人達の考えていた本当の使われ方が忘れ去られていってしまっただけ。私は、それをちゃんと後まで伝えて生きたいから。
 
「―――使えるコトは使えるですけど...人が多いから、ちょっと無理ですです」
「ありゃ。それもそうだわね。近場に水場もないし...仕方ないか、もうちょっと走るね」

とっと駆け出す。
青い空も、覆う雲もあまり関係は無い。
私は私に出来る事を頑張ってこなすだけでいい。
ネギの事は今は簡易使い魔達に任せてあるし、万が一近づいちゃったらちゃんと報告がもらえるようになっているから一先ずは安心。
あ、神楽坂さんに会った時はどうしよっかな。まぁ、自分は間違えている事を言った気はないし、神楽坂さんもあんまり深くまで関与しようって幹事には見えなかったから、話題に出さなきゃとりあえずは大丈夫でしょ。
お昼時の学園の空は青い。
でも、いつかは空の青さも霞む。いつまでも空は青くないから、そのどこかで暗がっているのだから、私はいつか、その暗がりを照らせるような魔法使いに。

――――

さてはて。
お昼時になり、まばらに人影も多くなりつつある学園の中を駆け巡りながら、正直このままでは絶対に探し人は見つかんないだろうなって事を悟る。
だって、幾らなんでも広すぎだもん。端から端まで回るにしたって一日以上は掛かる。
一先ず人の多い処を重点として巡っているのは、人間って言う生き物は元々群れを成す生き物だからこその考え。
あの女の人も人間なんだし、それに背格好から考えれば学生さんぐらいだと思ってる。と言うか、そう思いたい。
間違えていたら見当はずれの場所を探しているってことなっちゃうんだけどね。でも、まるでソレらしい人影は見つからず、っと。まる。
そもそも銀髪なんだからもっと目立ってもいいはずなのに、まるっきりそんな気配も無い。
見つかるのは黒髪、金髪、中には紺色とか赤とかケバケバしい色合いの髪の毛の人も居るけど、ソレを以ってもあの鮮烈なほどに美しかった銀髪には遠く及んでない。
そも、女の人の髪の毛は命だもの。そんな変な色にしちゃ、髪の毛がかわいそうでしょうが。
と、トコトコ歩きになった辺りから考えを改める。
ひょっとしたら、あの子は人間嫌いの隠匿者なのかもしれない。
人間嫌いって言うのは意外と多いし、そういう人は俗世間から離れて一人での生活を是とするのよ。
曰くは、他者に自分の考え方が認められないとき。
曰くは、自分が他者とは違うものなのだと認識してしまった時。
そういう時は姿を隠して、ひっそりと俗世間を見守り、見続ける隠者となるのよね。
でも、果たしてあの魔法少女がそんな人間嫌いになるような子だったのかって言われちゃうと、それは否なのよね。
だって、そーゆー隠匿者だったら、挨拶もかわしゃしないし、ましてや笑顔なんて言うのは以ての外。結論、あの子は人間嫌いではありませーん。
まずった。そう考えちゃうと、ますます解んなくなる。
校舎の中に入って調べてもいいんだけど、部外者がお昼休みにこんな格好で公舎内を歩き回っていると、別の意味で目がつけられちゃう。
かといって頼れるよーな人も居ないわけだし、これは、本気で本気でマズいかもっ。
頭を抱えてあうあう喚く。
人通りが多くなってきたから胸元の中へ押し込んだレッケルの落ち着いてくださいーなんて声だって届きゃしない。
状況は時間が経てば経つほどに悪くなってく。
いつ話し出されたって可笑しくない話題じゃない。
だって蛇が喋ったよ、蛇が喋った。こんなおかしな学園なんだもの、そーゆー話題は一箇所から一気に伝達しやすい。
聞いた話では、昔っかっら日本人って言うのは噂話大好きみたいだし、ホラ、ツチノコとか、人面魚とか。
そーゆー曖昧なのから比べれば、喋る蛇なんて、真っ当な話題だと思いませんか。
そんな感じであうあう進む。あうあうして居るって事は、要するに前とか注意力が散漫しているって事でして―――
どしんって、肩がぶつかっちゃった。
いやいや、どちらかと言えば、対方向同士の接触事故。気の悪い人とかだったら、因縁つけられちゃいそうな、そんなぶつかり方。
 
「あっ、ごめんなさいっ」
「あー、す、すいません...」

対向から歩いていたのは三人の女の人。
で、ぶつかったのはその一番左っかわを歩いていた、小柄な感じの前髪少女。
ホントに前髪長い、前がきっと見えてないってぐらいの勢いで髪の長い、ちょっと気弱な感じ、ああ、でもきっと確実に私よりは年上だろうなって解る、そんな女の子。
髪の長い子って言うのには、いろんな曰くが在る。
前髪を伸ばしている子は特にその典型的な例。世界に対して、自信が持てない内面心情の現れ。
もしくは視覚と言う人間が持つ中では一番の情報供給源を前髪で自ら断つ事によって、外界との接触をなるべく多くしないようにと言う意思表現の表れでもある。
これは師の教え。髪切られている時に教えてもらった、ちょっとした予備知識。
なるほど、確かに今ぶつかった子はどことなーく押しが弱い。
悪いのはぼーっとしていた私なんだから、もうちょっと押しが強くったって私は怒ったりはしない。
それに、接触って言ったって、精々腕と肩が掠めた程度のお話だし、どちらか一方が鈍感だったら、そのまま擦れ違って行っちゃう様な、そんな接触の事故。
多少気は悪くなるかもしれないけど、急ぎの用事があったりすればそのまま直ぐにでも忘れちゃうような、そんな程度のぶつかりだったんだけど、お互いこうしてしっかり誤っているところを見ると、中々にお互い几帳面な性格みたい。
あ、私は本当に几帳面だからね。お掃除だってちゃんとするんだから。
 
「だいじょぶ? ごめんねーこの子トロくてねー、ほらっのどか」
「あうぅ、ご、ごめんなさいー」

でだ、本来なら私の方を糾弾しそうな状況なんだけど、前髪っ子の横に居た眼鏡っ子が私に対してフォローなんだかどうなんだか解らないフォローっぽい事を言ってくれる。
いや、これは友人だからこその態度なんでしょうね。
お互いをお互いよく知っているからこそ取れる態度。
お互いがお互いに、信頼しあっているからこその、フォロー。
  
「いえ、私のほうこそ前よく見て歩いてなかったから。その、気にしないで頂戴」

ぺこっと頭をしっかり下げる。
眼鏡っ子と前髪っ子はそんな私の態度をいいですぅとか、いいよーとかで流してくれるんだけど、はてさて、気になる気配がここに一つ。
軽く頭を下げつつ、視線確認。
前髪っ子と眼鏡っ子の視線はまぁ、穏やかな感じ。
で、だ。
気になっているのはもう一つ。お二人さんの後方に控える、刺す様な眼差しを感じているわけ。
そう、私がぶつかった前髪っ子のお付き添いはお二人。
眼鏡っ子と、あともう一人。ちゃんと見てなかったから気付けなかったんだけど結構小柄だったような気がしないでもない。
だからといって、気配が無いとか、存在感が無いだとかって言う意味合いじゃないわよ。
存在感はしっかりあるし、なにより、今私を許してくれているお二人なんかよか比較にならないほどの威圧感が私に向けられている。
正確には威圧感と言うよりは、凝視の眼差し。
私、そんなに魅力的だったっけって、甚だしい勘違いをしてしまいそうなぐらいの、あつーい眼差しを感じてる。
ちら、と視線を上げてみる。
軽く頭を下げたのは、実はあんまり直視で今私を凝視しているであろう第三の人物に感どられない様にする為でも在る。
眼鏡っ子と前髪っ子が頭を上げていいよーと言う声を受け、顔を挙げつつも、しっかりとそっちの方を見届けておく。
ほら、やっぱり予想したとおり、頭身の低い、でこっぱち娘がこっちをじーっと凝視している。
なんか『瞬間接着無色炭酸水』って言う物騒な飲み物をちゅーちゅー飲みつつ、私のほうを怪訝に、いやいや、あれは怪訝って言うよりは不思議そうに、かな。
兎も角、小柄なでこっ子の視線を何とか切り抜けて、その場を去ろうとしたら―――
 
「...あの、もしや貴女はアーニャさんではありませんですか?」

その一言に心臓が凍り付いて、秒速マッハぐらいの速度で振り返り、高速ダッシュに取り押さえ。
でこっ子の口を塞ぎつつも、前髪っ子と眼鏡っ子の二人から離れた場所でしゃがみこみ、でこっ子の肩に手をかけつつ、フレンドリーな雰囲気を発生させてみる。
何で知っているのかと思って。むーむー唸ってるでこっ子の外見に見覚えがある事を思い出す。
そだ、この子、ネギのクラスの一員じゃないの。初日にネギのクラスの査察へ行ったとき、後姿と横顔を見ていた、あの最後尾のクラスメイト。
と言うか、残りの二人にも見覚えがある。
なんてこと、私、また知らず知らずのうちにネギ担任のクラスメイトと接触しちゃったって言うの。
 
「むーむーっ!! な、なにをするですっ! 失礼ではないです...むーむーっ!!」
「Sei STILL!!」

静かに、っともっかい口を塞いで釘を刺す。
いかにも非難とかありそうな表情だけど、お願いのポーズをとることで、何とか落ち着かせてみる。
ここで騒がれちゃったりして、ネギに私がここに来ている事を知られちゃうのはマズい。
と言うかこの子、私の事知っているって事は、まさかとは思うけど。
 
「貴女、魔法のこと知ってるわね?」

こくこくと頷かれる。
片手で額を押さえ込んで、苦渋を舐めたかのような顔つきになる。
まったく、まったく以って状況最悪。ネギのヤツには修行終了のときにこっぴどく叱り付けなきゃいけないみたい。
知っている人は結構居るって神楽坂さんから聞かされていて、なかなかに拙い事態だとは確信していたけど、あのバカネギ。他の魔法使いの事まで露呈するなんて、なんて不始末。
しかも、このでこっ子。一般人も一般人、魔力も何も感じやしない、フツーの人じゃない。
そんな人が魔法を知っている事ほど魔法使いにとって動きにくい事は無いって言うのに、ネギの不注意の所為でまた一人一般人から魔法関連者を出しちゃっている。
報告書には書きたくないんだけど、流石にここまでくるといい加減慈悲を捨てなくっちゃいけないかもとか考えるのよね。
魔法界への直接報告。ソレは、ネギにとって最悪の状況を作り出すと言う事に他ならない。
魔法の隠蔽は全魔法使いが常としなくっちゃ教訓。長年にわたり守られ続けてきたはずの、これからも守られ続けなければならない筈の絶対の戒律の筈。
それが、一人だけでも十分に罰せられる事だって言うのに、既に二人。それも本来、生来から無関係であり続けた一般人に魔法が知られている。
それは重罪の筈、と言うか重罪。今まで一人にでも知られただけでオコジョにされた魔法使いは、数え切れないぐらいに居る。
その多くは罪滅ぼしにも似た形で多くの魔法使いの援助となるべく、魔法使いの使い魔として活動していたりもするのよね。
でも、それだって一人に魔法を知られて放置していただけ。
二人なら、最早極刑は免れない。
オコジョならいい。言葉だって話せるし、コミュニケーションだって取れるから、まだ冤罪の余地があるけど、極刑は最早それ以外にならされる。
知ってる。ちゃんと知っている。師からはタコが出来るほどに、魔法界の魔法学校では腐るほどに、そして、自身として言い聞かせ続けてきたように知っている。
魔法隠蔽失敗による極刑は、最早魔法使いとして活動する意思なしと結論付けられ、即魔力没収の上で魔法使い権完全剥奪その上に数百年間の意識封印、即ち、他物質への魂の封印を施される事さえも在る。
その魔法使いそのものを、なかったもの、なかった事として処理してしまうと言う、究極の事前処理。
知られたのなら、知らしたものを消せ。
それだけで、少なくともそこからさらに魔法使いのコミューンが犯される事は無くなる。ソレを恐れて誰も魔法を世に出さないように心がけている筈なのに。
口を塞いでいるでこっ子が真摯な顔立ちで見上げていた。
結構、深刻そうな顔をしているから案外感づかれたのかもしれない。
けど、気付かれたということを感じ取っちゃいけない。ネギも、きっとバカでトロいけれど、そこまで頭が回らないようなヤツじゃない事を私はちゃんと知っている。
この子を信じてみよう。ネギのクラスメイトなんだから、きっと大丈夫。そう信じている。
口を塞いでいた手をどけ、限りなく顔を近づける。
僅かながら、髪から古紙の香りがした。師からの頂戴物である、数々の魔道書とよく似た、あの香り。
 
「...でっ、何で私の名前知ってるのよ。貴女が言うとおり、私はアーニャ=トランシルヴァニアだけど? ソレを知っているって事は勿論、私が魔法使いだって事も知ってるのよね」
「...ええ、その通りです。...コホン、失礼しましたです。私は綾瀬夕映と言うです。貴女の事は...その、ネギ先生の持っていた写真から知りましたです」

嘘をついた。今し方、彼女は嘘を言った。
私は元々嘘に関しての勘が鋭い。
昔っから、友達や大人の付く嘘に対して人一倍敏感で、良い嘘も、悪い嘘も片っ端から切り捨ててきた。
今ではめったな事じゃ嘘に対して忠告とかはしないけれど、それは私がやっぱり大人の情緒って言うのを身につけられたんだなと感じたい。
で、どーしてこの子が嘘を言っていると言うのに気づけたかと言いますと、そりゃやっぱり長年の経験。
まだ十年ちょっとしか生きていないけど、これでも悪ガキ友人相手に壮絶な口げんかを繰り広げてきたわけじゃない。
その折で、相手がどのタイミング、どんな嘘を付くのか、嘘を付いた後のリアクションや、嘘を付く直前のリアクションまでしっかり見逃さないように相手と接してきていた。
この子は、私の事を写真で知ったという直前、僅かながらに思考した。
本当に写真で見たのなら、ここまで大人びた口調をする子だもの、一気に語れるはず。
ソレにもかかわらず、この子は一瞬だけ、普通の人なら流してしまえるような一時の思考を行った。
ソレが答え。
考えたと言う事は、それは記憶の奥から探り出すためじゃなくて、記憶の奥から探り出そうとした記憶を言うのが憚られて、このでこっ子は嘘を付いたんだ。
どうして嘘を付いたのかまでは深くは問い詰めない。
問い詰めるとまた話が長くなるだろうから、一先ず、このでこっ子が私のことをネギから直接聞いたか、それとも、ネギから直接見せられたかは後回しにして、この子がどのくらいまで魔法と言うものを理解しているのかを調べなくっちゃいけない。これも、マギステルマギとしては重要なお仕事だもの。
肩を引き寄せひそひそ話。
背丈は同じぐらいなので、きっと不思議そうな眼差しで私とこのでこっ子を見ている眼鏡っ子と前髪っ子は何か同種を見ているような眼差しになっているんじゃないでしょうね。

「Jach verstehe. その点は、いいわ。
で、次の質問。貴女はどの程度まで魔法って言うのを知っているの? ネギから聞かされているでしょ、魔法使いは魔法を隠蔽するものだって。
尤も、貴女や他の人が知っている時点で既にその戒律は意味を成していないも同意義なんだけどね。で、何処まで知って、どの辺りまで突き止めたの」
「...魔法の事はまだ知らされたばかりですが、私は一応独学で魔法を学び始めているです。
魔法界の事も勿論知っているです。魔法使いは魔法を隠蔽しなければならない、それは重々承知の上です。
よって、必要以上に魔法に関する情報は得てはいないです。
...結果から申しますと、風と火の初歩魔法を覚え、この世界中には数多くの魔法使いが点在し、この学園は特にその魔法使いが集っている、と言う事を知ったでしょうか」
 
抱えた。心底頭を抱えた。声を出すんなら、あっちゃあって言うぐらい抱えたと思う。
ホントに、何じゃそりゃーって言うぐらいの核心も核心。一般人が知るなら十分すぎるほどの魔法の知識を、この子は身につけているって言うのだ。
それは許されない。生まれながらにして魔法使いとなりうる家系や、その方面に多少なりとも面識を持った血族でもないのに魔法使いになろうとしている時点で解ってない。
この子は、魔法使いがどれほどのものだか全然解っていないって言うのに、一人勝手に魔法使いを目指そうとしているって言うんだ。
ネギの不始末ここに極まり。何をやっているんだか、あのバカネギは。
私たち魔法使いがどんなものであるのか、あのアホネギはしっっっっかり教え込んだって言うのかしら。
魔法がバレるのが悪いと言っているわけじゃない。ばれる時はばれるし、ばれないような策を労じるって言うのもなかなか大変。
事実、歴代の魔法使いでも魔法がばれないように行動してきた魔法使いは本当の意味で隠匿、それこそ、私たち魔法使いの前にすら姿を現さなくなった隠者と呼ばれる人たち。
それ以外の魔法使いは、良くも悪くも、事故も過失も、魔法って言うものを一人二人には見られてしまっている。
その辺の是非の問いかけは、私一人の独断で図れるようなことじゃない。
魔法界の戒律はなかなか深いし、責任の取り方も、その人のその後に掛かっている。
そう、問題なのはばれた事じゃないの。問題なのは、ばれてしまった後、どんな行動を以って、その事実を隠蔽したか、と言う事。
まず記憶を消すのが常道で、次に幻影術が用いられる事も在る。
一瞬見られたのなら後者のほうが効率はいい。何しろ、夢幻と思わせることが出来るからね、記憶に無理やり空白を生みだすよりは安全だし、何より、魔法使いとしては燃費も良い。
前者は決定的な魔法を見られたときの法。例えば、証拠を握られた時、明らかに魔法と呼ばれるものを目視されたとき。そんな時、魔法使いは記憶の削除によって魔法を隠蔽する。
兎も角、魔法使いが魔法がばれてしまった時に問われるのは何故ばれたのかじゃないくて、ばれた後、どのような手段を講じたか、なの。
幻影でも、記憶の除去でも。
昔は存在そのものの除去。対象じゃなくて、魔法使いそのものが雲隠れのように姿を消して、魔法使いなんていないと思わせるとか、そんな方法も用いられていたらしいけど、ともかく、魔法を知られたら何らかの形で"事後処理"という決着をつけなくっちゃいけない。
が、ネギにはソレが無い。
神楽坂さんにしても、このでこ娘、綾瀬さんにしても。
魔法知られて、口が堅いから大丈夫とか言う言葉を真に受けているのかどうかは知らなくても、魔法を知らせてしまった人たちに、何一つ、事後処理的な手段を講じていないって言うのだ。
それが拙い。
それこそ、魔法界に知られれば、重罪中の重罪。オコジョどころか、魔法蔵への永久封印刑に処断されてもおかしくない重罪。
サウザンドマスターの息子だからと言う肩書きは利かない。魔法界は子供であろうが魔法使いに対しての戒律は絶対のものとして扱われる。
ホラ、人の世の中にも法律があるでしょ。子供が犯罪を犯した時はどうかはしらないけど、魔法界は一切の容赦が無い。
子供だろうが、選ばれたかのような天才だろうが関係ない。
魔法界にとって有害、しいては、世界中に魔法と言うものが知らされるという事態に発展させないのなら、子供であっても、処断する。
それがあってこそ、今日の今日まで世界中に魔法なんてものが知らされず、一般人は一般人としてありふれた普通も普通の幸せな日常って言うものを得られてきたわけだし、私たちマギステルだって、余計な波風を立てることなく世界中を巡りに巡って、こうして頑張っていけている。
でも、それは一線の違いに過ぎない。
目には見えない壁を作る、存在しもし無い壁を作る一線。
ソレは誰にでも越える事が出来る、しかし、お互いに越える事は許されない、絶対の戒律と言う名の境界線。
糸で渡る綱渡りみたいなもの。
一歩間違えれば切れるし、一歩間違えると落ちる。それぐらい微妙なバランスで成り立っている日常と魔法界の境界線だもの、迂闊な事は出来ないっていうのに、ネギは本当に魔法使いの何たるかを理解できているのかって疑いたくもなる。
でも、まだ状況は最悪じゃない。知られれば最悪だけど、知られなければ最悪にはなりえない。
成りえないと言うのなら、まだまだ打つ手立ては十二分にある。後始末も、事後処理もまだまだこれから。
ネギ、あんたの事、信用させてもらうからね。
 
「そう、取り敢えず貴女の事はネギの修行が終わるまでの間は保留、って形にしておくから」
「...よろしいんですか? 私は一応一般人でしたですし、何より」
「いいのよっ。私だってネギの修行に余計な波風立てる気はないの。だから、貴女も自粛するように。いいわね」

こくりと頷かれる。
魔法使いの是は、多くは全てを疑えだ。
信じるべきものを作ってはいけない。
愛する事はしてもいいけど、決して何かに信用を置く事は許されないの。
それは、簡潔に言えば隠蔽を確実なものにする為の自身に対する戒め。
魔法使い自身が自身へと課す、絶対の本題。
魔法使いが人間ではないとはそう言う事なのかもしれない。
他の生き物が何を考えているのかは知らないけど、人間は少なくとも人間に信用を置いて愛し合いされる事を願う。
その一方を放棄するのだから、そりゃ人間じゃないなんて定義づけられてもおかしくないか。
ふうっ、と一息を付く。
何だかここに来て保留に重なる保留で、いざ一気に報告したときの始末書とかの量が半端じゃなくなりそうなんだけど、それも考えるのは後にしましょう。
ああ、こうやって保留に次ぐ保留は自分のことさえも保留しちゃう事になっちゃうんだ。
うふふ、もぉ、あれよね。半ば共犯者。
ともあれ、状況理解はここまでだ。私は、私のやらなきゃいけない事をやらなくっちゃ。
で、いざ行きますかと意気込んだところで。

「ねね、ゆえ。その子、ゆえの知り合い?」

思わず顔を見合わせる。
きっと、お互いまっさかと思っている事は間違えないでしょうね。
眼鏡っ子の一言はまったく持って的外れ、このでこっ子と私の関係性はゼロ、特に私はこのでこっ子の事なんて、一ミリだって知らなかった。
そも、私はウェールズ生まれで、この子は日本生まれ。出会う確立の方が低いって言うんだけど、まったく因果関係というものは侮れない。
ここで眼鏡っ子の言葉を否定しますと何だか疑われる事は間違えない。
疑われるって言うのは私としても拙いし、このでこっ子もきっと立場上決して良くはない印象を持たれる事は理解できる。
他者への迷惑は自身に帰ると知れ。
魔法使い、特にマギステルを目指すものにとってすれば当然の戒律がここにも存在する。
となればどうにかする。どうにもならない事をどうにかするには、やっぱりどうにかして何とかするしかないのだから。
アイコンタクトは一瞬。
案外このでこっ子と私は相性が悪くないのかもしれない。何だかお互いに理屈っぽさそうだし、それに何だか似たもの同士って雰囲気がしないでもない。いや、これは私の感想なんだけどね。
実際、このでこっ子がどう思っているのかは知れないけど、一先ずこの一瞬だけは、お互いの意思を通わせる戦友のように肩を並べて、お互いの細腕を肩に回しつつ。
 
「「姉妹?」です?」
「うそぉ!? てか、何故に疑問符!?」

朗らかな声で、最高のタイミングの嘘八百を並べ立てさせていただきました。

 

第九話〜存在〜 / 第十一話〜発見〜


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