第十一話〜発見〜


お昼時ももう間もなく半分を過ぎる頃。青空の元に響くのは、眼鏡っ子が大きめのスケッチブックに奔らせる黒ペンの音のみ。
何ゆえこの時、このタイミングで写生大会とは思われても可笑しくはないんだけど、これがどっこい写生大会じゃない。
事実、眼鏡っ子こと早乙女画伯がスケッチブックの上に奔らせているペンが紡ぎ出す像は、その正面に座っている私を描いている訳でも、その様子を見守っている前髪っ子とでこっ子でもなし、かといって風景を描いているわけでもない。
しからば何を描いているのかと問われれば、ソレは一言。
言ってしまえば特徴を捉えての模写。けど、模写の対象となるべき像はここには居ない。
さらに簡単に述べると言うのなら、アレよ。警察とかが犯人の特注を組み合わせて製作する、あのモンタージュ写真。
で、これはモンタージュ写真ならぬモンタージュ模写。
私が捉えた特徴を早乙女画伯へお話して、その通りに画伯が模写してくれるという、画期的かつ、古典的なアイディアなのよ。
で、何故に早乙女画伯がそんな事をしてくださっているのかと言いますと、と言うかそもそも誰のモンタージュ模写を行っているのかと言いますと、そりゃ勿論今最優先で私が探さなくっちゃいけない昨夜の魔法少女のコト。
レッケルが喋っているところを見られちゃったんだから、いつそういう噂話が立ったっておかしくはないんだもの。早急に見つけ出して、何とか手を打たなきゃいけないってものだけど、そこで活用を思いついたのがここであったが運の尽きのネギのクラスの三人娘。
マギステルアーニャの役に立っていただきましょうと言う事で、探し人をしているって事で、この早乙女画伯にモンタージュ模写をお願いしているわけなのですよ。

早乙女画伯は意外なまでにあっさりと受け入れてくれた。
コレは、私がでこっ子こと綾瀬さんと気の会うお友達。だと、早乙女さんが思っていてくれているから。
お互い同じタイミングで同じ冗談言うものなんだから、早乙女画伯は相当気の会う友達って事で、私とでこっ子綾瀬さんの関係を納得してくれた。
後々でこっ子が色々問い詰められるのは目に見えているんだけど、その辺は私のために我慢して頂戴と言いますか、気の効いた言い訳をお願いしますよ綾瀬さん。
で、友達の友達は勿論友達じゃんと言うかくも素晴らしい関係性の発展によって、私は早乙女画伯に依頼を頼む事が出来、こうして模写の完成をじっと待っているわけですよ。
しかしこの早乙女画伯、中々に職人気質。完成するまでは、それも自分が納得するものを描き上げるまではどーあったって覗かせてくれない。
まぁ、私としてはそっちの方が期待が持てるし、こうしてお願いも聞いてくれたんだから文句もない。
リアルなものが仕上がればそれに越した事ないし、それでお昼休みが過ぎ去っても、確実に見つけ出せれば事を起こすのは放課後でも構わない。
噂話になったとしてもそれが魔法使いの耳に入る前に処理すれば良い。
入ったとしても、完璧に隠蔽し切れれば、文句は言えない。精々厳重注意程度で済むのだもの。
と言うわけでじっと待つ。
木漏れ日を浴びて、空を往く酷く不恰好な飛行機雲を見上げている。
飛行機雲って不思議よねー、飛行機の姿が見えないくせに雲だけ作られていっている、と至極感情はリラックス。
しゃっしゃっというペンの奔る心地よい音だけがBGMと言う、なんとも良い環境。

「ハルナ、早くしないとお昼休みが終わってしまうです。
修羅場前にいつも言っているですが、時間は無限ではないのですから事は早急に済ますべきであると思うです」
「待ってー......もうちょい......何事も自分の納得いくものに仕上げたくてねー...っと
......髪は細くて繊細でっと...目はやや細めで虹彩は深めっと...ねね、バストアップだけでもいいかな。ご要望なら全身画いけるけど」
「お気持ちだけ頂いとくわ。生憎、余裕とかがないから。ごめんなさいね」

オケオケと言うラフな返事。ソレを受けつつも、穏やかに待つ。
ああ、ここ暫くこんな心穏やかになったことってなかったっけ。
でも正直に言うとせかせか生きていくのは嫌いじゃない。
生きていく事に一生懸命になっているって感じがして、私は好き。
でもやっぱり疲労とかはあるのだから一週間に一回程度はこんな時間も欲しい。
平穏は心の栄養。一番心を和まして癒してくれる良い時間。
まぁあんまりのんびりはしてはいられないけど、偶にはこんなのもいいでしょ。
マギステルだって言っても一日中気を張り詰めて居ちゃあ折角の魔法も集中力不足で大した効果を発揮できない、なんて事態に発展しかねない。
心の栄養は魔法使いにとっては大きな滋養なのよね。
まぁ、その滋養を与えてくれる平穏って言うのがいつまでも続いてくれるのが一番なんですけども、ね。
で、どれくらいそんな風にやっていたかな。
いやはや画伯の筆の進む事進む事。傍から見ていても鬼気迫るような気迫でペンを奔らされると、正直期待もしちゃうわよね。
お昼休みも中ごろ過ぎ。そろそろ行動を再開したほうがいいかなって思ったところで。

「おおっし!改心の出来!どうだっ!!」

ばばんとか言う効果音が鳴りそうな位の勢いで提示されたスケッチブックの一枚。
流石は画伯、十分文句なしに上手な横顔を描いて頂けた。
やや漫画タッチな感は否めないけれど、こんなにいいものを描いてもらっちゃった手前、文句を言う気は真っ当無い。有難う早乙女画伯。
スケッチブックから破いてもらって渡された一枚を見て、改めて画伯の画力、そして何より、そこに描かれた少女の面影が、昨日のあの少女と酷似、正確にはまったく相似して佇んでいる。
風に靡くようにふわりと舞っている髪、白黒なので銀髪の表現はなされていないけれど、所々に差し込まれた影のお陰で髪の毛が艶やかな光沢を放っているっていうのは十分見て取れる。
細めの瞳に、深い虹彩。どっからどう見ても、昨日の夜に見た、あの魔法少女姿の女の子が横向きに、どこか、寂しげな表情をスケッチブックの中で浮かべている。
バストアップなので描かれているのは肩口だけ。
でも、それだけでも十分に再現力は高い。まったく画伯の才能にはびっくりさせられちゃうわ。
絵をかける人の才能は、こんなところでも役に立ってくれるのだから羨ましい。
私も魔法学校では美術はとっていたけれど、もっぱら描いていたのは風景画だからこう言う人物画を描けたり出来る人は正直感服。素直に認めちゃうってトコね。

「わー...綺麗な人ー...」

覗きこんでくる前髪っ子の素直な感想に、私の事でもないのにうんうん頷いてしまった。
実は私はかなりラッキーガールなのかもしれない。
こんな、絵に描いても、しかも本人を見たわけでもない、イメージだけでここまでほぼ完璧ともいえる再現を見させてくれる女の子を生で見れたって言うんだもの。
それはかなりの僥倖で、同時に、こんなに綺麗なら意外と早く見つけ出す事が出来るかもと言う淡い期待も抱かずにはいられない。
「で、この絵をどうするですか?朝倉さんの所へ持っていって麻帆良新聞の人捜し欄に乗っけて貰うですか?そうなると」
「ノンノン、ゆえ。そんなんじゃ時間がかかり過ぎるじゃん。その子、結構急いでこの女の...人?うーん、女の子ってぐらいかな、んん?歳は微妙ねー。
兎も角、急ぎでこの人捜してるんでしょ?なら新聞よりももっと早く捜してくれる人、いるじゃん」
「...あのキノウエ先生ですか?確かに人捜しならあの先生に聞くのが一番ですが...取り合って頂けるでしょうか?あの先生は偏屈ですし」
「まぁ、平気でしょ。人間としては偏屈でも、教師としちゃ真摯だし、結構生徒からの評判も悪くないっしょ。
それに一教科受け持ってくれてんだから、教え子の頼み毎なら聴かない訳にはいかないって。
大体、麻帆良新聞に載せるって、なんか晒し者みたいでやじゃん?私もやだし。個人的な人捜しならあの先生が一番。これ、麻帆良の常識だよー、ゆえ。んじゃ、行きますか。着いて来てー」

私の手から素早くスケッチブックの一枚を掻っ攫っていく早乙女画伯。
正直、これ以上の関係性を発展させるのは拙いんだけれど、まさかこの絵一枚貰って虱潰しに学園中を求めさまようわけにもいかないし、かと言って折角描いてくれたモノでもトレース魔法からして見ちゃ役に立たない。モンタージュ絵画はあくまでも脚で捜し人を捜そうと思い立ったから必要だったものだからね。
前髪っ子はトコトコと。
でこっ子は、私を呼びつつ、テクテクと。
こうなると最早覚悟を決めるしかない。
耳を掻き上げるようにして、学園中を回っている簡易使い魔の魔力波を確かめる。
ネギの位置把握に始まり、その後の動向までを察知して、小さく大きく一呼吸。
他人の親切は、買ってでも受けろ。他者の施しは、如何なるときでも受けて、必ず返せ。覚悟を決めて、脚を進める。
始めて見た時はやや小ぶりにも見えた中等部校舎が、何故だか向かっているこの時だけは、異様に大きく思えましたとさ。

―――――

その部屋の前に立って思ったのはただ一つ。
不気味。あまりにも不気味。
いやね、見た感じでは周辺の扉とかと変わらないし、生徒の人たちもここの教室の前を談笑しながら過ぎていく。そんな中ではあんまり目立った感じとは思えないような、普通の木作りの横開き扉。
ただし、それは過ぎ去っていく人たちだけ。
この部屋の前を過ぎ去っていくだけなら、仮令誰であってもこの部屋へは関心は持たない。
いやいや、それは違うかな。そも、この部屋はこの部屋に入ろうという意思を持っている人意外は徹底して拒絶するような雰囲気に包まれているんだ。
自主領域ってものがある。
よく居るでしょ。街中で歩いていたりする人で、妙に近づきにくいとか、赤の他人だって言うのに妙に近づいてくる人だとか。
そう言う状況が発生するのは、一種の自主領域って言うやつなのよね。
いわば、その人の持つ、近づきやすいか、近づきにくいかの雰囲気。
周辺の空気や世界観、環境にまでも影響は及ぼさなくとも、少なくても同種の人間に対しては少なからずの効果を持つ限定された領域。
これは自然界の生命体は全体としてもっている"縄張り"の概念に近い。
自然界の生き物は縄張りに侵入されると、その侵入者に対して敵対心を真っ向から抱くんだけど、人間の自主領域についてはそう言うのはあんまり無い。まぁ、近づいただけで怒る人って言うのも居ないわけじゃないんだけどね。
で、何が言いたいのかといいますと、この私たち四人が立っているこの教室から放たれている教室の雰囲気は、限りなく縄張りに近い。
入ったが最後、中に居る何かに八つ裂きにされても文句は言えないぞ。死にたくなければ、ここには悪いことは言わないから入るな、寄るな、近づくな。そんな、拒絶の気配しか放っていない。
驚くべきは人間の生活圏内でこう言う結界じみた領域形成が出来る人間が居るって事に対して。
部屋は自分の内面を象徴するって言うけど、ここまで露骨に表面化するって言うのは滅多にも無い。
この場所を皆スルーしているわけじゃない。
ここに関わると良い事は無い。ここに関わって良い事は得られない。
そう言うのを、きっと皆内面のどこかでは、そう、それこそ本能的に察知しているからこそ、誰も関わろうとしない。それこそ、ここに今から入ろうとする私達にさえも。

「うーっ、流石にここに来ると緊張するわっ」

早乙女画伯の声にも震えが宿っている。惧れの震えとかじゃない、純粋に関わってはいけないものにこれから関わるという、そんな馬鹿げた行為に対する竹箆返しに畏怖を抱く、そんな声調。
それでも流石は早乙女画伯。頬を数回ばしばしって叩いて、いざ行かん。
私たちへ親指を立てつつ、早乙女画伯は、かのスケッチブックの一枚を持ったまま生物準備室と書かれた一室へと消えていった。
本当なら私自身の事なんだから私も一緒にいったほうがいいんだけど、それはでこっ子こと綾瀬さんに止められた。
理由は、何でも、ここの生物準備室の先生、キノウエ先生という人なんだけど、相当偏屈で用事のある人間以外は生物準備室に入れもしないらしい。
事実として、でこっ子綾瀬さんも、前髪っ子も教室前で待機中。
用件を話す人間以外が生物教室へ入ったが最後、その先生は要件を受け付けもしないとの事だ。
確かに合理的なんだけど、ありえないぐらいに偏屈だわね。
まっ、ここの先生の事はここの人たちに任せるとしまして、私は結果を待つだけで良し、って言うのは、本当はあんまり割に合わない。
利用するものは何でも使うけど、使うときは自分で精一杯やるのが私の性質。
使うものと一緒になって自分の身体も使うのが私の気質なのです。
で、経過時間、僅かに三分。待つのが嫌いでだとか、やっぱり私も一緒に行った方が良かったんじゃないかな、だって私の事だし、とかそう言う葛藤が起こるか起こらないかの一番良いところで、フラフラ早乙女画伯登場。
もぉ、なんて言うか、修羅場開けの漫画家、あるいは中途半端な体力でトライアスロンを12時間かけて完走しきったみたいな疲弊が顔から見て取れる。青スジどよーんって入ってるしね。

「ご苦労様です、ハルナ」
「あー...やっぱしあの先生苦手だわ...一言も話してくんないし。まぁ、相変わらず仕事は早いわよね。解ったわよ、この子の正体。私たちの同級生。中等部の生徒さんだってさ」

ひらりと早乙女画伯から提示された一枚。
スケッチブックの一枚と一緒に渡されたその一枚は、印刷機からコピーされたばっかりなのか、まだほのかに温かい。
用紙には一人の生徒さんの名前と、簡単なプロフィールみたいなのが印刷されているのが見て取れる。
名前は『嶺峰湖華』。生粋バリバリの日本人だって言うのはこの名前からあっさり見て取れる。
中等部三年生、3―S所属の女子生徒さん。
書いてあるのはそのぐらい。究極的なまでに余計なものを省いた、まさに人探しするには最低限といって良いほどの情報しか詰め込まれていないその一枚。
紙の無駄使いのようにも思えるけど、そうじゃない。
コレは生徒さん、この湖華と言う女子生徒を思っての配慮だと、私は感じている。
人間的には不親切そうでも、先生としてみれば私の要望を告げてくれた早乙女画伯に十分応えて、私自身の要求も十分に満たしてくれ、かつこの生徒さんのプライバシーは限りなく守られる、簡潔かつシンプルな内容の一枚。
何はともあれ、これで私の要望は充分に叶ったってコトになる。
お昼休みもあと僅かだろうから、なるべく行動は早急に。私の、魔法使いとしての役割を果たしに行く―――

―――――

「えーっと、3-Sの教室ってこっちで良かったっけ?」

で、どーしてまた早乙女画伯が先導しているのかを聞きたいわけですよ、私は。
この用紙を貰ったところで私の要求は果たされたわけだし、早乙女画伯を始め、お三方ももう私に付き合ったりする必要は無いはず。
と言うか、ここからは私一人の方がやりやすいのだ。
なんと言っても魔法使い。いくら一部からはばれているからとは言っても、一般人と魔法使いが同じように行動を取っているというのは、あんまり褒められた事じゃないのよね。
けど、そんな事言っても仕方ない。
そもそも早乙女画伯らにそんな事、間違えたって正面きって言える筈も無いのだ。
余計な波風を立てないことの条件としては、なるべく相手の意思を尊重する事が大事なのだ。
この場合、折角手伝ってくれた早乙女画伯らの行為を拒絶すると言うのなら、その瞬間に私に対する疑いが発生する。
良いか悪いか普通かは解らないけれど、疑われれば、変な噂話にもなってしまう。
個人的な噂や小話ほど危ない。特に、このお三方はネギのクラスの生徒さん。変な小話をしている最中にネギが話に参加しないとも限らない。
この早乙女画伯はそう言う面では危ないタイプ。噂や小話大好きと言った、魔法使いとしてみればあまりありがたくないお方なのよね。
細かなトコまで詳細を話してしまいそうなタイプ、しかもそういったお話の殆どが何でもないような小話とか噂話だと言うのだから、これまた始末が悪い。
魔法使いが一番注意しなくっちゃいけないのは、そう言うところから漏れ出す小さな証拠。
ゴシップ雑誌とかは世間から敬遠されがちだけど、魔法使いはそう言うところから情報収集したり、情報規制を強いたりするのだ。
魔法って言うのは世間から見れば幻想の類、世間全体から見ると信じられていない些細な、関わりの無いようなものなんだけど、そう言う世間の端っこから見ると、丁度良い話のネタなのよね。
早乙女画伯はどちらかと言えば、そう言う感じの匂いがする。
魔法とか、幻想とかの類に関係性はないけれど、そっち関係のお話が面白ければ遠慮無用で話のネタにしちゃう人。私たち魔法使いから見ると、とてもやりづらいタイプの人。
こう言う人の前では下手な事は出来ない。
素直に従い、素直に堅実に行動していくのが一番なのだ。
余計な波風を立てないと言うのは何も全体通しての事じゃない。厄介な一瀬に対して波風を立てないのも、世の中を渡っていく一つの方法なのだ。
そうして、がやがやとした喧騒の立つ教室前に、四者四様に立つ。
とは言いましても私の背はちっこいもんだから、あんまり目立ってない。
むしろ、こっち側では珍しいのかどうか解らないけど、前髪っ子にでこっ子、早乙女画伯のほうが、何だか目立っているような気がしないでもない。
何でも、早乙女画伯をはじめ、前髪っ子、でこっ子のクラス人が他のクラスへ現れると大抵はこんな感じらしい。
噂になるほど、お三方のクラスははちゃめちゃってコトなんでしょうけど、その辺に反論しないって言うのはやっぱ情緒溢れる慣れっこの対応なのかしらね。
早乙女画伯は教室の出入り口で紺色の髪をしたその教室の生徒さんと思わしき人物と何やら談笑中。
正確には、私みたいな部外者が学校の生徒さんの事を聞くのもどんなものかなと言うわけでして、早乙女画伯が代わりに聞きに行ってくれたの。
いや、本当は私が行ったほうがいいですよ。私の事だもん。
早乙女画伯をはじめ、前髪っ子とでこっ子に散々利用と言うか協力させてしまったんだから、いい加減私自身が行動しなくちゃいけないのよね。
何事も他人任せは良く否し、自分でやって経験蓄積というのが一番良い。
仮にもマギステルなんだから、後々、名前も知らないような土地へ派遣されるときは自分で何とかしなくっちゃいけないのだから。
でも、まぁこれも早乙女画伯自身が積極的に受け持てくれた事ですから、私も拒否する事でもなく、受け持ってもらいました。
噂や小話と言う余計な波風を立てないための一方法として、何事に対しても素直になるのが一番なのですよ。
出来るだけ印象には残さない。自分の意思はなるべく見せず、自身そのものを外面へは出さないようにする。
そうする事で、自身を限りなく薄めて生きていく。それが、一般世界に関わるときの魔法使いとしてのあり方だ。
早乙女画伯は順調に談笑継続中。
理由はいたって簡単。いきなり本題に入るよりも、ああやって他愛もない話題で人の心を捉えていったほうがいざ本題に入ったときも妙な疑問とかを持たれる事もない。
なるほど、早乙女画伯は結構人心を読み取るに長けたタイプのお人らしい。
ともあれ、しばしの間は手腕観察。本題に入るまでは、一先ず窓の外でも見てましょうかね。
談笑時間はあっという間。
足をぶらぶらさせつつ窓の外を眺めだれていると、背後のほうから、本題らしき声が聞こえてくる。
顔はそっちのほうへは向けない。取り敢えず、その会話にだけ、自分の意識等を一身に向けておく。

「でさ、ちょっと聞いていい?」
「ん?何々?何でもきーてよ。いやー意気投合ってあるものなんだねー、あの3-Aの人だって言うもんだからどんな人かとも思ったけど、想像以上に普通の人でちょっと吃驚してるわよ、ホント」
「あははははー、普通は逆だっつうの。変人だったら驚きなさいよ。
でさ、このクラスにネミネさんって人、居る?」
「嶺峰さん?あー居るよ。アタシ達のクラスでも結構有名だもの。
ホラ、一番後ろの席の窓際。あ、今は窓の縁に腰掛けてるでしょ。あの人」

その一言に脚を下ろして、振り返って教室の中を探索開始。
黒板側から、少しずつ視線をずらしていって、最後の最後。
一番後ろの座席の真横に位置する窓の縁に、黒い髪を靡かせながら、窓の外だけを見続けている、一人の女の子が。
いや、あれはもう女の子とか言うレベルではなく、十分高校生ぐらいになるほどの雰囲気を醸し出す、女の子と、女の人の間に立つ、そう言う気配を持つ人だった。
髪が黒かろうとも、私は疑うような真似はしていない。
間違えがなかったから。その横顔を見て、風に揺れる、恐らくは立っても腰を大きく上回る長さの髪を臨んで、その細められた深く紅い虹彩のその女の人を見て、あの日の夜の女の子であると、疑いようもなく確信したから。
だから、私はその人を、あの魔法少女姿の女の子であると判断した。
女の子とは言えない様なのに、女の子だと思っていたのは見ていたのが、あの格好だったからかも。
魔法少女姿と言う、幼い子供がするような格好だったから、女の子と見間違えてしまったかもしれない。
けど本当は女の子なんて言うレベルじゃなかった。あれは、もう本当に女の人と呼んでいいぐらいの人。

「あの人...って、アレでホントに中学生?どー見たって高校生じゃ...」

早乙女画伯の言うこと尤も。
前髪っ子はわーわー言って頬を赤らめてなんだか見とれちゃっているし、あの冷静っぽいでこっ子でさえも、口をあけて見惚れているぐらい。
でも、なんとなくだけど解る。
あの人を見ると、同じ女性としてみれば確かに抜きん出て綺麗、とかそう言うレベルに当てはめるのもおこがましい程の美しさを醸し出してる。
儚げな雰囲気と、大人びた気配がそうさせているのかもしれないけど、それを抜きにしたって綺麗だもの。
だからこそかもしれない。
綺麗とか、そう言うレベルには収まりきらない、半ば異様と読んでいい理解不能な人物になってしまっていて、嫉妬とか、妬みだとかより以前にその形容しがたい美しさに敬意を払って、誰もが近づけないような空間を作ってしまっているんだ。

「うん。あの人、ホントならアタシ達より一年半先輩の筈なんだけどね。
中等部一年の頃、なんでも病気になって一年半休学していたんだって。
で、だ、完治はしたものの本人は当に高校生の年齢。始めは普通に高校へあがる予定だったらしいけど、本人の強い要望で中等部に再入学したらしいんだわ。
まぁ、それが良かったのかどうかは判んないけどね。見ての通り、何だか近寄りがたい雰囲気させてるじゃん。私のクラスでも話しかける人とか殆どいないんだ。
口調も古風がかってるし、クラスに馴染めないって言うより、本人がまず馴染められないって言うのかな?持ってる世界観が違うんだか何だかは知らないけど、ともかく、うちのクラスに居るような人じゃないかもね」

ふーんと言う早乙女画伯の声にはどのような意味合いが込められているのか。
そんな声に混じって、けど混じるだけであり、私は声も上げずに黒髪の女の人、嶺峰湖華という女性を見ている。
そのお話に、不謹慎ながらも私はちょっとした安心感みたいなのを抱いちゃった。
他の人との意思疎通の少ない人だと言うのなら、もしその人が私の捜し求めている人だったのなら、私ことをお話される心配も減だからね。
で、改めて見れば見るほど異様なものを見ているような気になって仕方ない。
魔法少女みたいな格好をするような女の人には見えないし、そも銀髪に染めているような節でもない。
あの黒髪はきっと生来からの髪だ。
生まれながらにしてあの髪で、端正な手入れと言うものがあってこそ、あんなにも滑らかかつ、艶やかな髪の流れをしている。
で、要するに私が言いたい事なんだけど、つまりは私が見たあの魔法少女、想像している魔法少女の本来の姿とかとは、まったくかけ離れた存在だって事。
似ても似つかない、そも、魔法少女と言うところとは相反しているいっちばん極端に位置するであろう場所に立っているのが、今なお窓の外を望み続けている、変否の表情を浮かべた深窓の嶺峰さんだった。
それならちょっとは疑ってもいい。
昨日の夜会ったのは、あの人ではないと断定してもいい。
何しろ一番の証拠とも言うべき髪の毛の色が銀ではなく、黒。
その時点で疑っても良いはずなのに、本当なら疑うべきだって言うのに、私は一目でアノ人が、昨夜の魔法少女ルックの人だって確信した。
理由は一つ。髪の毛以上に決定的な証拠として、その雰囲気。
その人物しか醸し出す事が出来ない、気配と言うのが在る。
彼女が出す気配と、あの時であったあの魔法少女の醸し出していた気配は同一のもの。
だから確信できる。彼女と彼女は、同じ人だって。
と、見とれている時間が長かったのか。それとも早乙女画伯がこの時間に丁度合わせていたのかは解らないけれど、校舎全体に高らかな昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
なるほど、確かにこの時間に合わせれば、どうしてそんな事を聞いたのかって問いかけられる事もないかもしれないわね。

「ハルナっ、次はネギ先生の授業です。3-Aの教室はここからほぼ逆位置なのですから、急がないと」
「うわっと、そうだっけ?それじゃあ私達行くわ。まったねー!!」

突然の事に対して苦笑で手を振る談笑していた人に対してなのか、それともあまりリアクションをとっていない私に対してなのかは解らないけど、去っていくお三方に対し、一応軽く手は振っておく。
いや、あれはホントに元気だわ。
猛然果敢な超絶ダッシュ。あっという間に角を曲がってお三方の姿が見えなくなる。
でこっ子綾瀬さんと前髪っ子の二人も大変だわ。早乙女画伯のテンションに合わせるとか。
さて、そろそろ私も行かなくちゃいけない。
ネギがこの校舎に来るって言うのなら、ネギも仮にもマギステル候補だもの。一建物内の魔力流動の変化に気付かないわけでもないと思う。
まぁ、先生のお仕事が忙しいから探しにまでは来ないでも、来るより前に出て行くのは万が一に対する対策。
物事は何かと前準備が疎かになってしまいがちだから、出来る事は出来る分だけやっておくのが一番なのよね。
さて、と踵を返し、そんな私に不思議そうな眼差しを向けている談笑していた生徒さんをほおって行こうとしたところで。

「アーニャさん、アーニャさん」

胸元に垂れていた私の髪の毛を数本小さな口でレッケルが引っ張りだす。
勿論レッケルは胸元にもぐりこんでいるままだから、周囲の生徒さんからは気付かれていない。
と言うか、もうすぐ授業が始まるからかもしれないけど周辺、廊下の付近には殆ど人影なんて無い。
レッケルを胸元に忍ばせた私と、後は教室から聞こえてくる生徒さんがたの色々な話し声ぐらいが、廊下に満ちているもの。
その折に、視線を感じ取った。
一瞬で思考回路が静止する。
先日にアレと出会った時と同じ、いや、もっと酷い拘束感が、全身を包み込んでいる。
廊下に響いていた生徒さん達の声も、聞こえない。
正確には聞こえなくなったんじゃなくて、全神経系、それこそ、探知の魔力系さえもそっちに向けられて、他の事へ意識を割けなくなっているのかもしれない。
兎も角、身体がコレでも勝手ぐらいに動かない。
時間にすれば、一秒満たない時の流れが酷く長く感じられる。
そう、時間換算だと一秒満たないような静止時間。
先日のアレとは違って、一瞬で私の全神経系、探知感知系を向けさせた、その視線。
レッケルが僅かに頭を出して、そっちの方向へ私も顔を傾けていく。
正直、向けたくなかったって言うのが真実だけれど、見ずば、もっと酷い事になりそうだったからこそ、そっちの方へゆっくり、なるべくゆっくりと顔を向けていって―――
ああ、やっぱり見なきゃ良かったっておもった。
さっきまで窓の外を向いていた嶺峰さん。
窓際の縁に腰掛けていて、そのまま青空と風に溶けてしまうんじゃないのかって程に儚げな雰囲気を漂わせていた彼女が、間違えない、本当に一線に私の方に向き直っている。
特注品なのか、彼女のスカートだけは他の生徒さんの制服とは違って異様に長い。
それこそ、足首にかかるほどの長さのスカートの中で、脚を組んでいるのかな。
両手は窓の縁に置かれ、身体も顔もこちらに向けている嶺峰さんが、静かに笑っている。
紅い、黒目と白目の差があまりにハッキリしなさ過ぎる、見えているのだか、見えていないのだかの判断も出来ない余りに深い、夜に覗いた血の滴る井戸じみた双眸が、微笑じみた細さに細められて、私を射抜いてる。
いや、嶺峰さんは確かに笑っていた。
細められた両目も、僅かに歪む唇も、その全体が私に対して笑顔を言う形をかたどる姿で、嶺峰さんは私に屈託のない、無邪気な赤子のような笑顔だけを向けていた。
その顔を見て気付いた。
知っている。あの顔は、知ってる。
私が何であるのかって言う事を、嶺峰湖華という女性は、理解しきっている。それ故に笑っているのだと確信した。
全身が泡みたいになりかけた。
魔法使いと言う事がばれているからとか、それを誰かに告げられるんだとかと言う不安からじゃない。
ただ、その奥の深さの読めなさに畏怖している私が居る。
まるで理解できない。
一瞬で、私は今、理解できないモノを目の当たりにしているんだって確信した。
嶺峰湖華という人物は、最早人間としての定義も、魔法使いとしての知識を以っても、理解する事の出来ない、未知と呼ばれる領域にも当てはめられない、完全な理解不能な生命体だと察知する。
ソレすら間違えであると確信しながら、ソレしか、そうとしてしか判断できないって、そう、自分に言い聞かせている私が居た。
あの人は此処に居ていいような人物じゃない。
あの人は本来、学園なんて通っているべき人間じゃないと判断できる。
別の場所に生きている人。別の場所で生きていかなくてはいけない、動物。
人の世には決して馴染めない、理解不能な存在。
私に一心に笑みを向けているだろう嶺峰さんは、そう言うモノであると判断する。
いや、判断できない。
全てが恐ろしくて、けれど相応し過ぎる。
人間としては致命的かもしれない雰囲気が、生き物としてはどんな生き物よりも眩いて見える。
だから、かもしれない。
余りに輝かしくて、あまりにも眩すぎるから、直視できない。
直視したら、気が狂うと思った。
どういう理由で気が狂うのかは解らないけど、兎も角、頭のどこかが瓦解してしまうと判断した。
生き物本来の眩さに、余りに近いから、私たち人間なんかでは触れられない領域に立っているから。
数歩退いて、弾かれるように逃げ出す。
これ以上此処に居たくない。
ネギに会うとか、魔法がばれるとか、もぉそんな事さえも頭に入りきらないぐらいに逃げ出す。
本当に恐れから逃げ出した。
怖いから逃げ出したんじゃなくて、眩さに慄いて逃げ出したんだ。
汚いものや醜いものから逃げ出す、嫌悪の逃亡じゃない。
眩く、温かく、綺麗過ぎて、近くに居ただけで私が霞んでいって最後には消えてしまうんじゃないかっていうほどの瞬きに戦慄して逃げ出したんだ。
彼女は、彼女だけ。他の誰も、彼女は理解できない。
あの人は、あそこに居ちゃいけない。
クラスメイトの女の人が言っていたけど、理解できる。
あのクラスメイトさんの言うとおり、あの嶺峰湖華さんと言う女の人は、あそこや近くに人が居て良い場所に居ちゃいけない存在なんだ。
だって、周辺が霞む。
あの人に直視されていたとき、私は周辺の世界がガラガラ崩れていくような、一瞬で崩れ去ったかのような静謐を感じ取っていた。
周辺の気配も何もかも否定するかのような、見るものの存在さえ危ぶませるかのような、そんな眩さ。
手の届かない星や、高嶺の花に手を伸ばしたなんてレベルじゃない。
そも、人間的な定義から外れている。
このことを誰に話したって、きっと誰も理解は出来ない。
見ても、理解しない。したくない、あんなのは。
理解すると言う事はあの人の前では、私なんてどれほどちっぽけなものなんだろうっていう事を認めるだけに過ぎない。
そんなの嫌だ。認めたくない、認めたくないから逃げた。
魔法使いだって言うのに、背中を向けて、今漸く学園の外に脱出して、まだあの笑顔が網膜に焼き付いて離れない。
知っていて笑っていた。
私が誰なのか、何であるのか、レッケルの事も、全部、きっとあの八角錐や、先日のあの巨体の事も、全部、全部知っているんだと判断する。
ほかに説明の使用がないじゃないの。あんな、あんな笑顔向けられたら、他にどんな理由付けをしろっていうのよ。
後ろは一回も振り返らない。
まだ見られている気がする。振り返ったら、窓のガラス越しから、まだ笑いかけているような気がしてならない。
それを見たら、本当に狂う。死ぬほど狂うと思う。
どうして、どうやって、どんな風に狂うのかは解らない。解りたく、ない。
奔る。泣いていたかもしれない。
それでも奔る。
世界は広いんだって確信した。
魔法使いでもどうしようもない事もある。
あの女(ひと)はまさにそれ。あの女の人は、もう手の施しようがない。
同じクラスの人たちに同情する事しか出来ない。
同じクラスの人たちはなるべく、出来る限り彼女を遠ざける事で辛うじてあの体制を保っているんだ。
いじめるとか、そう言うのはない。やった時点で、彼女の存在感を認めることになる。
だから拒絶。
一番周辺の被害が少なくて、一番彼女を遠ざけるような行為。無視という拒絶。存在していないものとして扱って、必死になって皆、あの人を拒絶しているんだ。
でも、それもきっと限界ギリギリの、糸渡りのような危うさだと思う。
あの人の存在を、完全に無視しきることは無理。皆きっと、何かしらの存在を感じているんだと思う。
あの紺の髪のクラスメイトさんを正直すごいと思った。
名前を知っている上に、あそこまで彼女の事を知っているなんて。きっと私は、絶対に無理。
息が上がっている。気が付いたら、いつの間にか巨木の袂まで全力疾走していたみたい。
ここまで周囲に意識がいかなくなるなんて言うのはどれほどぶりかな、でもそれはそれだけ嶺峰湖華という女の人の威圧感が大きかったからで―――

「アーニャさぁん、あの人、どうするですです...?」

荒いでいた息を、ちょっとずつでも整えていく。
ほおって置くことは、勿論出来ない。
冷静になって考えれば、結局はその結論へたどり着く。
でもさっきまでのあの女(ひと)を思い出すと、身体が砂になる感触を覚える。
さらさら崩れていくように、私の存在なんて、きっとあっという間に掻き消えてしまう。
先日の夜は色々あったから気付けなかったのかもしれないけど、実際問題目の当たりにして脅威を感じ取った。
二度と会う気は起きない。
毎日会っているクラスメイトの人たちは、ある意味で地獄だと思う。
だから、私だって会いたくない。次に会えば、間隔があいているとは言っても気が狂わない可能性は無きにしも非ずだもの。
それを徴伏してもう一度立つなんて、私には絶対無理。
そうだ、レッケルはどう思ったんだろう。レッケルの意見を聞きたい。
私は人間的な思考しか出来ない。あそこのクラスメイトの人たちも、人間的な思考でしか接していないからあの人を異常と見るのかもしれない。
でも、精霊であり、私たちとは違った眼差しで世界を大きく見ているレッケルなら、一体どんな風に見えたんだろう。

「ねぇレッケル。貴女は、あの人の事、どう見たの?」
「みゅ?いい人だと思ったですですぅ」

あっけらかんと告げられて、目が丸くなった。
で、直ぐに笑い出したくなる。そかそか、いい人だと思った、か。なら結構いけるかもしれない。
正直怖いのは変わらないけど、同じ人間だものね。
いくら人間離れしているとは言っても、全然外見とかが違うわけじゃない。
人間的ではなくとも、人間以外そのものではないんだから、ならきっと、レッケルの言うとおりだと信じていたい。
水の精霊さまのお墨付き。いい人だと思う。その直感を、信じてもいいかもしれない。
背後の巨木を背もたれに、ちょっとずつ下に下がって体育すわり。
やる事がまた一つ多くなったけれど、まぁ何とか持ち前の頑張りで何とかするしかない。
生まれながらの才能とか、生まれたときから持っている強大な力とかがないというのなら、持ち前のがんばりで何とかするのが一番妥当。
私は、頑張りで勝利する魔法使いなのだ。
だから、頑張りであの嶺峰湖華と言う人と再会してみようと思う。
気が狂うかもしれない可能性は、あったときにもっかい考えればいいかな。
お昼休みの終わった日は高い。
今は、疲れた体にこの巨木から差し込まれる木漏れ日を一身に浴びていたい。

第十話〜探索〜 / 第十二話〜再会〜


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