第二十二話〜鋼性〜


「対策が立った。お前達には今日にでも出てもらう」

生物準備室に入り、奥に進んで何時もの物に溢れた場所まで来たところで、キノウエと言う人は珍しく身体を此方に向けてそんな事を口走った。
部屋の端に目をやれば、そこにはあの桜色の着物のまま机の上で胡坐をかいて、私の方に指だけを蜘蛛の足みたいに動かして挨拶するかのような仕草を取っている鶺鴒さんを見出す。

「対策...では、昨夜の鋼性種の相手を今日に?」

嶺峰さんの言葉。それに頷くでもなく、キノウエと言う人は物を左右へ避けながら私達の前に大きなホワイトボードを用意する。
真っ白い筈のホワイトボードなのだけれど、どうにも端々には汚れが目立って何とも言えない。
そんな事も気にする様子も見せず、キノウエと言う人は黒いマジックでホワイトボードの上に何かしらの図を展開していく。

「昨夜お前達が出会った鋼性種が突然変異型、新種型、何れかであるのかは判断はついていない。
ただ言える事はこの鋼性種の生体機能は今まで出現した多くの鋼性種の何れにも該当しないと言う事だ。
結論から言えば、この鋼性種は他空間への接続によって方向を転換するタイプ。即ち、垂直線方向にのみは三次元空間を通っているが、方向制御を行う際は三次元空間以上、あるいは別の異層空間に潜り込んで方向制御を執り行う鋼性種であると言う事だ。
また、この鋼性種の単一性元素肥大式で構築された外殻はホライゾン、ヴァーティカル以下の肥大性である可能性は高い。
これはホライゾンの展開した力場障壁の突破が不可だった為である。
もし肥大式の構築要因がホライゾン以上ならば力場障壁も貫通出来る筈だ。それが不可であったと言う事は単純に敵鋼性種の単一性元素肥大式の構築様式はホライゾン、ヴァーティカル以下であると言う事。
これによって通常のホライゾンによる突撃粉砕、ヴァーティカルによる一刀断斬。双方の攻撃が充分通用すると結論付けた。これが昨夜お前たちを襲った鋼性種の全貌であると結論する」

今更驚く事ではないけれど、どうやら昨夜私の腰を見事に抜かせてくれた鋼性種は『他空間で方向制御を行い、その後、垂直線方向をとった際のみ、三次元空間へシフトする』という生体機能を取り揃えた鋼性種、と言うことであるらしい。
今更この事に驚かないのは、鋼性種という生命体は根源的に私達の思考回路から外れたい地に存在している生命体と言うことだ。
上手く言うのならば、人間の理解に及ぶ範疇の生命体ではない。
人間と言う生き物が想定する範囲内では想定する事が出来ないと言うタイプの生命体。
超自然的とでも言うのか、一切人類の手を介入せずに誕生した生命体。
遥かの昔か、それとも極最近かは判断できずとも、少なくとも人間と言う要素とは無関係位置で生誕した特殊な、しかし、超自然界よりの生命体であると知る。
鋼性種全体に対して思考しても得られる事は少ない。何しろ理解する事の出来ない生命体だ。
それより今考えるのは、昨夜降臨した鋼性種についての考察だろう。
多次元へのシフト。今だ人類が実現すらしていない技術を、生体機能という生まれながらの生態維持能力として取り揃えていると言う生命体。
妥当する事はほぼ不可能にも感じられる、その機能。だと言うのに。

「だが妥当は可能であると結論している。鋼性種は如何に理解不可能な生体機能を保有している生命体であるとは言えど、やはり『生命体』と言う枠に当てはまっている。
人類が夢想してやまない『神』とかと同系列に位置する存在には他ならないが、幸い己ら同様に『生命体』と言う枠組みに該当している存在である。
生態学的視野から見れば別系統に属する生命体には違いないが、生命体に違いないと言うのならば打つ手は十二分にある」

キノウエと言う人は何時もと同じの無表情。
石膏のように変わらない白みがかった表情のままそう告げ、ホワイトボードへ向かう。
走るペン先は速く、とても何時もは何をしているのか判断できないほど行動と言うものをしない人とは思えない。

「今回出現した鋼性種もまた、鋼性種と呼ばれる生命体の軸を外れる事は出来ない。
鋼性種と呼ばれる生命体はどの生命体よりも自然界よりの生命体であると結論している。
まで出現した全鋼性種の何れも、出現、退却、戦闘。そのいずれにおいても大規模な破壊活動を出しているのは人工物にのみ。しかも、鋼性種が被害を出した人工物は鋼性種が知覚したもののみ。
自然界の木々、草花、ならびにその他人語を理化せず、人類規格に当てはまらない『動物』と人類が呼ぶ生命体には一切の被害も出てはいない。
同様、人間に対しても被害は少ないが、魔法少女家系の人間へは被害が出ている。だが、それらは一先ずどうでも良い。
重要なのは今回出現した鋼性種もまた鋼性種であると言う事だ。
自然界よりの生命体である鋼性種は自然物に対して干渉は出来ない。そして、今回出現した鋼性種は垂直線行動以外は異層空間へその位相をズラしての行動を行う。
即ち、三次元空間に存在するものに干渉する場合、この鋼性種は三次元空間へ否応無しにシフトせざる得ない、垂直線行動に行動範囲を制限されると言うことだ。
異層の空間がどのような空間なのかは判断しかねる。しかし、今回出現した鋼性種は少なくとも、三次元空間に存在している物体を跳躍して異層空間から三次元空間にシフトすることは出来ないと結論している。
もしソレが可能ならばホライゾンの力場障壁を貫通してお前たちを攻撃しているだろう。それを行わなかったという事は、三次元空間上に存在している物体を跳躍しての異層次元からのシフトは不可と判断する。
異層移動はあくまでも方向制御時。推測ではあるが、コレは方向制御と言う全方向に対し一時的に自己意識が飛散する行動を取る事に対しての防衛機能であると結論する」

ホワイトボードに描かれた図は極めて単純だ。
V字型の鋼性種と思われるものが垂直の線で進行方向を記載され、角ばった方向変換を行うとき、その線は点線となり、平衡して描かれるようにV字が記されると言う図。
方向制御の時のみ、異層空間へとシフトするというのを表した図。
けど、ここで若干の疑問が生まれる。それは、異層空間と言う私たちでは知覚できない空間に移動しながら、何故、三次元にある物体へは干渉せざる得ないのか。

「うぃキノウエセンセ質問。
どして異層空間とかに移動した鋼ちゃんは三次元にあるモノをすり抜けられないの?
アタシがヴァーティカルを振り絞った時、鋼ちゃんが異層空間を通って方向転換して回避したっていうのはいいわ。
でもさ、異層空間とかを抜けて行動できるのなら回避行動とる必要ないじゃないの。
だって異層空間に居るんでしょ?そのまま異層空間に突入したまますり抜ければいいだけじゃん。常に方向制御しながら行動してさ」

珍しいというか、あまりこう言うのには一番興味なそうな鶺鴒さんが質問した事に驚く。
でも同時に、その質問は私も告げたかった事だからなお驚きだ。
そう、あの鋼性種が別空間を通って行動できるというのなら、攻撃するときだけこっち側に位相をズラせばいい筈。
だと言うのに、態々方向制御をする時だけ位相をズラすだなんて、逆に行動を読まれやすくなってしまう生態機能だと思う。

「鋼性種とは基本的に干渉能力を持たない生命体だ。
視覚にせよ、味覚にせよ、聴覚にせよ、触覚にせよ、嗅覚にせよ、だ。
第六感と言う超感覚的な要素すら連中は持ち合わせては居ない。
連中が持ち合わせるのは常に本能的な判断能力だ。
連中は本能的に"それはそうである"と悟り、"それがそうである"事を知覚する。
"眼前に現れた何か"を"それは敵である"と判断するのは知覚機能ではなく、本能である。
連中は生命体として取り揃えている機能は驚くほど少なく、しかし、その取り揃えている生体機能は何れも我々の判断基準を凌駕する領域の要素なのだ。
連中は本能的に悟ってる。異層空間を抜け、しかし、連中は知覚能力を持たない故、異層空間では三次元空間の状況を判断する事が出来ない。
出来ない状態で異層空間を抜け、その先に別物質があった場合発生する危険要素。そう、内在質量関係の法則である」
「内在質量関係の法則。
にゃるぺそ。異層空間内で鋼ちゃん達は三次元空間の状況を知覚出来ない。その状態で三次元空間へ見境無しにシフトして、そのシフトした先に鋼ちゃん以外の三次元物質が存在していたと言うのなら。
ふむふむ、確かに内在質量関係の法則が発生するわね。あーだから鋼ちゃんは方向制御にだけ使うわけかぁ」
「己は物理学者ではないので詳しい詳細は良くは知らん。が、推定は出来る。
今回出現した鋼性種の加速はかるく音速と同質に匹敵する。
これ以上推測を繰り返すと加速と慣性、光速度不変の法則と特殊相対性原理の領域まで踏み込んでしまう為割愛するとしよう。
だが、内在質量関係の法則に反するのは当然だ。加速状態にある鋼性種が異層空間から三次元空間へシフトした際、別物体があったとき、三次元上の物体にも、加速状態であった鋼性種の質量にも異変が生じる。
物体αの存在している空間と時間と重力と次元に物体βと言う存在が内在した瞬間、α内の空間へβ内の空間が重複、時間、重力、次元にも同様、多重重複が発生する。
物体は加速すればするほどに質量が増加すると言うのが一般相対性理論だ。
こうなればお互いにお互いの質量を保存する原理が崩壊。互いに崩壊する可能性が考えられる。
鋼性種がここまで考えて行動したとは判断できないが、少なくとも、この崩壊確率払拭のためより良い進化として方向制御のみに留めたのだろう。
それに推測だが、この鋼性種は対人用の可能性が高い。方向転換の際のみ姿を異層へ隠す事により、出現空間を特定させないと言うことだ。
姿が一時とはいえ、完全に生命体が知覚できる範囲内から消失するのだ。三次元生命体である人間にしてみれば、一時完全に知覚可能域から消失するのだ、有効な戦術ではあるな」

確かに、とだけ脳内で一人唸ってみせる。
魔法であろうが、ホライゾンの突貫攻撃であろうが、ヴァーティカルの一刀斬戟であろうが、三次元上に効果対象なければ効果はない。
そも、異層の空間とはどのような空間なのか理解出来ない以上、その異層の空間へ大して攻撃を仕掛ける事も出来ない。
小説の様な『異空間に居る相手には、異空間へ攻撃を仕掛ければいい』と言う単純なモノではない。
それは敵対対象が理解できる相手だから出来る行為であり、鋼性種と言う生命体相手には通じないだろう。
鋼性種とはそれほど理解できず、しかし、生き物を圧倒する生命力に溢れた"生命体"なのだ。
今回の鋼性種が行動している異層空間を理解する必要性は、一先ず無い。
重要なのは私たちが存在している三次元へ姿を現さざる得ない、と言うのであれば、その顕した瞬間に撃を加えるだけなのだから。
なるほど、生物準備室などに陣取っている人物だから、生物学的な事のみに重目している人物かとも思っていたけれど、どうやら私の思い違いだったみたい。
彼、この男性、キノウエなる人物は、私が思っている以上に鋼性種と言うものを熟知した存在だ。
恐らくは、長らく鋼性種相手に打って出てきた鶺鴒さん、嶺峰さん以上に鋼性種と言う生命体のことを塾知している。ある意味では、鋼性種と呼ばれている"生命体"と同系列であるかのように。

「一応今回の作戦を記述した資料を二人に渡しておく。二人で何とかしろ」
「えーっ、サポートちゃん居るじゃん。サポートちゃんにも手伝わせてよー」

鶺鴒さんの文句も尤もだろう。
私と嶺峰さんは私をサポートとは考えてない、けど、鶺鴒さんは私の事をサポート役だと思っているのだ。
勿論、私にはホライゾンを掲げるような腕力はないし、ヴァーティカルとか言う大鎌を振り回せるような膂力もない。
精々火を起こしたり、火を飛ばしたり、誰かの疲労払拭か、軽傷治癒をして上げられる程度。
それに、魔法も使えばいいというわけでもないわけだから、鋼性種相手には私は役に立たない場合が多いのだ。
多いとは思っていたけど。

「いいだろう。参加させる。小娘。コレを読んでおけ。どの役割に当てはまるかは三人で相談して決める。
撃破は出来ずとも、破片程度は改修してこい。以上。行け」

キノウエなる人物から投げ渡された数枚の冊子。
どうやら、私にも何かできる事があるようだ。それならそれで、私も精一杯頑張れば言いだけなのだけれど。
はて、一体私は何を重目すればいいのか。
冊子を開く。
僅か三枚の紙の表面にのみ印刷されている内容を逐一チェックしていくうちに、なるほど確かに、これならば私でも手伝える事があると結論付ける。
この作戦に必要な人材は二人、ないしは三人だ。しかも、その内の二人は確定している。
ホライゾンの担い手、嶺峰湖華さんと、ヴァーティカルの担い手、掌引心香鶺鴒さんの二人。
相手の動きを完全に読み取れると言うのなら、確かに二人でも構わない。
ただし、二人で実施するのであればタイミングは相当シビアとなる。となれば二人より三人の方が断然良い。

「アーニャ様?あの、ご無理をなさっては」
「無理なんてしてないわ。結構何とか為りそう。私が一番手を引き受けるから、嶺峰さんは二番手、鶺鴒さんは三番手で行きましょ。じゃ、私準備してくるから、二人ともあの木の下でね」

返事を待つより先に駆け出す。
既に相手は何時出撃しても、いや、既に出撃していてもおかしくはない。
夜は彼らの時間だ。夜以外で見たことがない以上、彼らにとって夜は彼らの時間なのだ。
ならば事は早急に、俊敏にこなせばこなすほど、アレの撃破確率は高まる。

「みゅっ、アーニャさん、良いんですか??」
「ええ、レッケル。今回はアンタにも手伝ってもらうからね。それに、嶺峰さんとは最後までお付き合いするって決めたんだもの。やるわよ」

最後まで付き合うと言うのなら、本当に最後まで一緒に付き合うのが筋と言うものでしょう。
楽しい思い出だけでは成長にはならない。それに、コレはある意味では、私自身を計る良い原材料にもなるえるのだから。
だから手を貸す、と言う事でもないけど、日々の修行の成果を発揮するのであれば、この様な滅多とない場面が一番良い。
仮令ぶっつけ本番でも、やらないよりはマシだろう。
レッケルはやや怪訝だが、最早後には退けない事を告げるとおとなしくなる。できる事をやるというのであれば、これからだ。これから私はできる事をやれば良い。

――――

これから戦いが始まると言うのに、その準備風景は大層平和なものだった。
テントまで戻って、準備の為に何時ものマント姿、魔法使いルックへと転じてから十数分後、同じように何時もの魔法少女ルックの、しかしその手には異形とも思える武装の握られた二人組みと合流する。
そこまでは何時もの鋼性種戦の下準備だけど、今回はキノウエと言う人の考え出してくれた対鋼性種用の作戦がある。その記載どおりに行動する事が大事なんだけど、その作戦もまた極めておかしなものなのだ。
まず、円形に、しかし一箇所だけ大きく開くように大きめの観葉植物を配置していく。
観葉植物の大きさは、それこそ特大、私は兎も角、鶺鴒さんよりも大きなものだ。
そして、その円形は上から見ればCの反転したようなカタチにも見えるでしょう。
で、基本的な準備はソレでおしまい。単純だけど、これであの特攻型鋼性種の相手は十二分に勤まると言うのだ。
C型に配置された円形の中には嶺峰さんと鶺鴒さんが入り、私はそこからだいぶ離れた場所で待機、と言うのが現状。後は、作戦書に書かれていた通り、自分の役割を自分で執り行うだけでよい。
振り返ってみれば鶺鴒さんと嶺峰さんの表情が、ギリギリ確認できる。
鶺鴒さんは相変わらず。欠伸をした後、眠そうに目を拳でこすっており、嶺峰さんは私のほうを真摯な眼差しでじっと見つめたまま動いていない。
その表情は、どこか不安そうにも見える。これから大事な作戦が始まると言うのに、そんな顔をしていてはいけないと思って笑顔で手を振った。
やせ我慢の笑顔。実際は、いつ、あの鋼性種が吹っ飛んでくるものかと内心では肝が縮こまっている。
バカアーニャ。なんて臆病。
それを押さえ込んで、嶺峰さんに笑顔で応じたのが良かったのか、彼女の笑顔に光が戻ってくる。
あの笑顔。そう、そっちの方が彼女には似合っているのだ、と思い。また胸元を握り締めて胃がねじ切られそうな緊張感の中に身を投じた。
吐き気が酷い。今にも吐き出しそうなぐらい、胃がねじ切れそうなぐらいの緊張感の中にいる。
胸元をかきむしりたくなる一歩手前の右手。必死に、今はレッケルの居ない胸元を右手で握り締める。
レッケルは頭の上で、索敵能力に全開を費やしてもらっている。水膜結界の展開率を、嶺峰さんとネギを排除して、鋼性種の発生だけを感知できるタイプ。
幸い、昨夜の時点でレッケルもあの鋼性種の気配を重知している。
それならば、水幕結界に引っかかれば誰より速く行動が可能だ。
けど、そうだとしても、胸元をがっちりと右手で押さえ込む。
吐き気が喉元まで競りあがった。
吐いてしまっても、きっと、この緊張感は消えない。
何度吐き出そうが、この吐き気は体調の方からきているのではなく、精神的な追いつめから来ているのだ。鋼性種をなんとかしないと、きっと消えないでしょう。
息が荒い。
猫の呼吸のようにふーふーっと断続的な呼吸が続く。
しかし、目線はしっかり前を、何一つとしても見逃すことないよう、全力で視覚を稼動させる。
林の奥、雲の奥、風の奥、周囲を遍く全ての奥に目を光らせ、あの鋼性種の接近を最速でキャッチする。
左手で巨木の下の私の城から引っ張り出してきた長い、布にくるまれた棒状の物体を握り締める。
私の切り札で、このネギのマギステル試験監視中は使う事はないと鷹を括っていたモノだ。
結局使う事になってしまったけれど、それはそれで構わない。どうせ一生使う事はないと願っていたモノなのだから。
この、私の身長を2,5倍したかのような長い棒は、戦うためのものだ。私が一番嫌いな、戦いにしか使えないものだ。
私の魔力を一番良く通してくれると言うのに、何故、私が師から貰ったローブや魔道書で魔法を発動させているのか。その理由はコレにある。
コレは、純粋に破壊にしか使えない、魔法使いとして、私が最も嫌う行為にしか粗悪品。であるにも関わらず、括弧として、私の魔杖として、ネギが持つサウザンドマスターの杖のように、多くの魔法使いが持つ、自らの魔力を通して"魔法"と言う力を実現する媒体と同じように、魔法使いが自己の魔力を通して魔法を発動する際に使用する魔杖として君臨している。
使って見たいと思ったことはない。
私は戦いが嫌いだから、こんなものは使いたくないと前々から。それこそ、ネギやネカネおねえちゃん、学校長先生にさえ、師にさえも使いたくはないと訴え続けていたモノなのだ。
それを持ち続けていたのは、師の言葉でもあった。
魔法界には悪魔や魔物の類も多くいる。お前が戦う力を拒んでも、魔法使いと言う力を振るう以上、何時の日か必ず、ソレを振るって対峙しなくてはいけない日が来る、と。
その日が来る事を生涯望まず、生涯、解き放つ事はしまいと誓っていた私の魔杖。まさかこんな極東、しかも、あれよあれよと言う間に付き合いだして、私の悪い癖の、お節介焼きの所為で使う事になるなんて。
皮肉と言うか、滑稽だ。
使いたくはないと願っていながら、アレが来れば、自らこの枷を解き放とうとしている。
魔杖に巻かれた、師が施してくれた封じの印入りの布。
心境の変化、と言うことではない。
ただ、使わざる得ない状況に追い込まれたのではなく、自ら使うであろう状況に飛び込んだ程度の違いなのだ。
それは、結果として私が一番忌み嫌う行為を誘発するであろうと言う事は知っていた。
今からやる事が、魔法で誰かを傷つける行為ではないにせよ、"戦闘"と言う行為の一端に入る事は間違えない。
私は戦闘行為に加担するのだ。それを自覚し、二度と、本当にもう二度と使う事はないようにと、胃がねじ切れそうな吐き気と決意の狭間で訴え続ける。
ごふ、と咳を吐く。
同時に競りあがってくるおぞましい吐き気。それに耐えて、右手で胸元を、左手で、私の魔杖を握り締めつつ、その時を待つ。
吐き気を誘発するほどの緊張感が限界になる時。
ソレと同時に吐き気が消えうせる時。魔杖を解き放つ時。
そして、その後、無事に、四人で帰れる時を。

「アーニャさん!!水膜結界に反応を感知ですですぅ!!距離は不明ですけど、どんどん近づいてくるですですぅ!!」

来た。お待ちかねと言うヤツだ。
吐き気が一瞬で消えうせる。右手を胸元から引き剥がして立ち上がり、聴覚を最大まで引き絞る。
魔法使いと言っても、私の知覚器官の殆どは一般の人のソレと何ら変わりはない。
そんな私が視覚効果を全開にしようが、あの鋼性種の接近を感知できる筈がない。
だけど、どんな人でもアレを感知する事の出来る器官が一箇所だけある。
聴覚。あの鋼性種は消失前に空気振動のような音と、出現時に空気の爆発のような音を発している。なら。
左手で私の魔杖を持ち、バックダッシュ、正しくは後方へ片足に溜め込んでいた魔力を一気に開放し、後方へ跳ぶ。
背中を向けて走るなんていう勇気は私にはない。
だからこそ、バックダッシュ。こっちに接近してくるだろう鋼性種の姿が直ぐに捉えられる用に。
聴覚の端にあの音。空気を震わす、ヴヴヴと言う断続的な音が届く。
来た。今度こそ完璧に来た。
視覚の端にも捉える。バックダッシュで嶺峰さん方の方向へ向かっている。
ちらと後ろを振り返れば、金色の光が観葉植物を含めて嶺峰さんと鶺鴒さんを包み込んでいる事を確認。
そうして、ほぼ距離が十五メートル台に差し掛かったところで脚を留める。
口で右手に持っていた長大の魔杖の封を解き放つ。
使うまいと願っていたもの。それを解き放って、衆目の眼に晒すかのように構える。
解き放たれた布の下から現れるものを、あまり良い目で見て欲しくはない。所詮は人殺しの道具なのだから。
布の下。解き放たれたものは、長大のライフル銃。勿論炸薬、銃弾など詰め込まれていない、撃鉄さえも省かれた、当の昔に"銃ではなくなった残骸"だ。
それがどうして私の魔杖かといえば、理由など簡単。
私の属性は、火。私は私の家系から見ると順当な属性もちなのだ。その属性が、火。炎だ。
ネギの持つ杖は父であるサウザンドマスターからの授かり物だというのは知っている。
サウザンドマスターも、またネギ同様に風系、雷系、光系の魔法の使い手だと聞いている。
なら、授けられた杖でネギが同じ系統の魔法を行使しても、なんら問題はない。重要なのは属性なのだから。
そう、重要なのは魔杖に宿っている属性。
土属性の魔法使いの人なら、木製の杖を使う。土に根をはり、大地の力を良く吸っているからだ。
問題は、火系の魔法使いの魔杖。多くの人は熱伝達率の大きい鉄棒なんかを用いる事も多いけど、私の場合はコレだった。
長大のスナイドル銃。自分でもよくこんなもの持ったままで入国できたなと思っている。
勿論分割はしていたし、ほぼモデルガンみたいに弾丸の詰め込みや撃鉄の除外、ライフル銃とは言えなくなったモノには他ならないけど、それでも、昔実践に投入された経歴を持つ一本だ。
鉄の銃身に焦げ付いた匂いは良く知っている。
火と、火薬の燃える匂いだ。それがこの魔杖に私の魔力をよりよく通してくれる。
この匂いが好きと言うわけはない。
私は、火薬の匂いなんて嫌いだ。私が持っているのは所詮は人殺しの道具。
かっこ良かったり、役に立つようなものでは断じてない。断言しても良い。私は、当初、この魔杖を自身の手でへし折るつもりでいた。

「アーニャさん!対象接近速度の上昇ですですぅ!!」
「解ってるわよ。作戦開始っ!!レッケル!! 嶺峰さん達の様子は?」

頭の上で大丈夫ですです、と声がする。
なら大丈夫でしょう。私は私にできる事をやるだけで良い。私の役割。一番手のやるべき事をやるだけで良い。

「Ali・lisMa・lilisAmalilis<アリ・リスマ・リリスアマリリス>
Der Herr, der in einem wolf Tal wohnt,<狼谷に住む主>
Blei<鉛と>
Pulver von fleckigem Glas<ステンドグラスの粉と>
Merkur<水銀と>
Drei Schlagpatronen<三つの命中弾と>
Das Auge von Hoopoe<ヤツガシラの眼と>
Das Auge einer Wildkatze<山猫の目を>
Es bietet zu Ihnen an.Es ist hier ein Schwur.<此処に誓い、貴方へ捧ぐ>
dieses namlich<是即>」

私専用の魔杖を自らの眼前で平行に構える。
後は手を離し、印を組みつつ呪文を詠唱していくだけで良かった。
既に目視による敵影確認は執り行っては居ない。
どちらにせよ、こちらに真っ直ぐ突っ込んでくるのは確認できている。
あと、頼るべきは眼ではなく、私自身の耳と、頭の上に居るレッケル。この二つだけに意識を割く。
その他の集中は全てこの呪文の完成へと向けるべき。
魔杖は浮かんでいる。
私が持って、魔法発動キーを告げただけでコレは私の一部となる。
だから空に浮いている。手を離しても、呪力に引かれて堕ちていく事はない。コレはすでに私の一部となっている。
どれだけの力で引っ張ろうとも、コレは決して私から離れる事はない。
個人の意見としては、離れていって欲しいのが本心だ。
こんなものはなくても良かった。今現在は必要でも、私が想い、願う魔法使いとしては必要の無いものだ。
だからと思い、背いっぱいの魔力をつぎ込んでやる。
二度と使う事がないというのなら、この魔杖が炸裂する寸前まで魔力を注ぎ込んで私が持ちいれる最大級の"魔法の射手"を叩き―――
いや、魔法の射手ではない。火系の魔法使いはあらゆる魔法使いの中でも最も高い攻撃能力を持っていると言われがちだ。
火と言う、全てを焼き払う力を行使するのだ。
熟練の火系魔法使いならば、その魔法の射手の破壊力は艦載ミサイルにすら匹敵するとまで言われている。
私が今から打ち出そうとする一撃もまた、ソレと同意義の一撃なのだ。即ち、魔法の射手ではない。是、即ち。

「アーニャさん!!作戦開始ですですぅ!!」

眼を開く。思い切り良く開いた眼の真中。二つの視線が丁度交差し、はっきりと物体を捉えられる位置に、白と黒のストライプを確認。
ヴヴヴという空気振動の音がし、消失。
やや左舷内角に出現、同時に聴覚を麻痺させかねない空気の炸裂する轟音。
それが数回繰り返され、鋼性種は私と延長線上に並ぶ。真っ直ぐに、ただ真っ直ぐにこっちへと向かってくる。
その繰り返しの最中で発生する振動音と衝撃音。
それを耳から除外し、溜めに溜め込んだ魔杖を右手に持ち、右手から左手へと魔力を伝達。膝を付き、嶺峰さん達に背中を向けた状態で、左手を地面に接面し。

「Der―――FREISCUETZ<魔弾の射手>」

解言を告げる。
鋼性種は間近。こっちへ接近してくる鋼性種の速度は軽く音速に近い。
けれど、こっちは音速を超える速度で思考回路を展開している。
接面した左手の真下が赤く発光。その発光は徐々に前方へ広がり円形をとる。
円を描き、その一番外枠に手を触れているような状態。
視線を上げる。まさに目前二メートル手前に純白に輝く十字架、しかし、真横か、真上から見ればブーメラン状の鋼性種が居た。
音速を超える速度であると言うにも拘らず、私の頬から汗が流れて堕ちていく感触までが手に取れるように理解できる。
次の瞬間に、接面していた左手の先の、赤い円形の発光をしていた地面が勢い良く爆ぜる。
まさにミサイルが直撃したかのように、盛大に地面の破片と、大量の土煙を巻き上げていく。
爆煙の大きさはかなり大きく、私も鋼性種も完全にあらゆる生き物の視覚範囲から消失させるであろう程の大きさ。
ソレの満足するより先に、全力で身体を逸らせる。
仰向けに倒れるように。足の裏が背中に引っ付くんじゃないかと言うぐらいに身体を一気に逸らせる。
と、同時に、私の胸元の服の布が盛大に破れた。
ぺたんこの胸を掠るように。純白の鋼性種が、鼻先を掠めんばかりの近さと、直撃すれば即死は免れない速度で私の真上を一気に通り抜けていく。
完全に通り抜けたのを見計らって身体をうつ伏せになる様に捻って私の背中に当たる方向へと切り返す。
後方を確認。鋼性種は加速度状態と、舞い上がった土煙の中を突き進むかのように、嶺峰さんと鶺鴒さんが『居た』、観葉植物の円の中へと突入する。
観葉植物がC型に囲まれた円の中に、嶺峰さんの姿は見えない。
ただ、真っ直ぐに突っ込んでくる鋼性種を迎え入れるかのように、巨大な大鎌。チェーンソー鎌である伐採鎌ヴァーティカルを大きく振り絞った状態の鶺鴒さんがいて。
目視できない速度でそれが一気に振りぬかれる。
弦を限界まで絞った弓の様に。筋肉と言う弦で、全身を限界まで振り絞っていたであろう鶺鴒さんの鎌の一撃は、それこそ、漫画とかでしか見た事がないような現実離れした勢いで、それこそ、鶺鴒さんの身体が独楽の様に一回転するほどの加速度を以って振りぬかれた。
だが、それさえ回避された。
真上。円形に組まれた観葉植物が『唯一』存在しない上空へと向けて、空気を振動させる独特の音をさせた後、ほぼ直角に鋼性種が方向を変化させる。
そうすることで鎌を回避したのだろう。上空へこのまま逃がせば、そこまでだ。同じ手立ては、きっと二度は通じない。だけど、上空へ逃がしたのは、あくまで作戦通り。
空に向かって宇宙ロケットのような加速で向かっていく鋼性種を金色の雷光が投網の様に取り囲む。
上空に居るのは、あの突貫楯ホライゾンを展開し、八角ある菱形三角錐の内四角を地面に向けて射出し、その地面に向けて打ち出された四角と繋がるように雷光が奔る、昨夜、あの鋼性種から私たちを守った力場結界に他ならないもので、鋼性種の逃げ場を完全に塞いだ―――
これが今回の作戦だ。
あの鋼性種は、もう下にも上にも左右にも。360度に逃げ場はない。
そも、嶺峰さんの展開する力場結界に鋼性種を取り込む事が今回の作戦の狙いだったのだから。
あの鋼性種は三次元上に存在している物体を透過する事が出来ない。それは土煙でも例外じゃない。
作戦のあらましはこうだ。
先ず一番手は鋼性種のまん前、極限までひきつけた距離で地面を吹き飛ばすなりして、鋼性種の前方を完全に土煙と爆煙で満たす。
この時点で、鋼性種は透過行動を取る事が出来ない、即ち、直線方向にのみしか行動できない。

そうして丁度土煙がはれる場所は、あの上から見ればCの形に見える様に配置された観葉植物の輪の中。そこで待ち受けていた三番手が一撃を繰り出す。
当然、透過する事が出来ない鋼性種は、しかし、土煙が晴れた事で方向転換が可能となった鋼性種はソレの回避行動に移る。
ただし、この時回避できる方向は一方方向へ限定しなければいけない。それが真上。周囲を一面観葉植物で囲まれ、後方は土煙に満ちている。しかし、前方からは攻撃。
そうなった以上、鋼性種は真上。上空へ逃げるしか打つ手がない。
そうして鋼性種は真上に方向を変換したと同時に、此処で始めて二番手、即ち嶺峰さんがホライゾンを展開。上空へ逃れてくる鋼性種の行く手を阻む。
完全な円錐状結界の内へと封じ込められ、上空への回避さえも阻まれた鋼性種は、最早突貫楯と拮抗するしかない。そして、最後の仕上げは―――
凄まじい発光が、今だ土煙で視覚範囲がハッキリしない目を覆う。
それがあの三次元の物体と拮抗する際は、三次元化するしかない鋼性種と、力場結界を展開しているホライゾンとの激突だと判断したと同時に。
凄まじいまでの炸裂音と光が、今度こそ、視覚も聴覚も、完全に支配した――――

 

五感が痛い。凄まじい衝撃が発生したものだから、五感の大半がイカレている。

「あ、アーニャさん。大丈夫ですか??」
「いっつぅ...胸痛っ...」

上着が破れ、露となった素胸を摩って見ると、紅い染みが手に広がる。
掠ったときに出血してしまったみたいだけど、確認するとかすり傷程度だ。一先ずは保留し、今の位置確認。
推定、這い蹲っていた位置から五メートルは飛ばされただろうか。ビリビリに上着が破れたものだから、素胸が夜風に辛すぎる。
そのままと言うのはあまりにも淑女としてデリカシーに欠ける行為なので、とりあえず上半身をマントで覆って、私が巻き上げた土煙の中を何とか踏破する。
土煙が晴れると、其処は一面の銀世界だった。
雪が積もっているわけじゃないけど、視覚範囲の端々で、月の光をキラキラと弾いている結晶がゆっくりと、時間の流れなど関係ないと言うかのように降り積もり、地面に触れたと同時に消えていく。
その世界の中心。吹き飛んでしまった観葉植物のあった辺りに、肩アーマーの左側は完全に瓦解した鶺鴒さんと、下着が見えてしまうほどボロボロになった魔法少女ルックの嶺峰さんが、静かに、二人ともその場にへたり込んでいた。

「嶺峰さーん、鶺鴒さーん」
「アーニャ様!!......ご無事で何よりですわ。その、すごく、心配してしまいました」
「おーサポートちゃんごくろー。しっかし単一性元素肥大式同士がぶつかり合うとあんなすごい爆発になるなんて聴いちゃいないわよ。これも内在質量関係の法則の所為かしらねぇ。っと」

今回の作戦の三番手、鶺鴒さんがそんな愚痴をこぼす。
作戦最後の占めは、ホライゾンと激突中は三次元化する鋼性種に対し一撃を加える鶺鴒さんだ。
彼女の一撃で、鋼性種はこんな風にバラバラになってしまったんだろうか。
と、突然思い出したかのように鶺鴒さんがそのバカでっかい胸の間から取り出した試験管に、その降り積もっていく銀色の欠片を数片、取り込んでいく。
お仕事完了、っと言う一言と共に立ち上がる鶺鴒さんを他所に、どこか、嶺峰さんはぼーっとしたままで動かない。
でも、何だか見てい続けたくなるような女の子座りのまま、ぼーっとしていた。

「嶺峰さーん...?大丈夫?何処か怪我したの?」
「...いいえ。ちょっと、悲しくなってしまいました。この鋼性種の方も、生きていたのだと思うと。私(わたくし)たちがやった事は本当に正しかったのでしょうか、と。そう考えてしまったのです」

その言葉を、解らないワケではない。
結局、今回の戦いだって人のエゴで起きてしまったものだ。
彼らはただ生きているだけだった。私たち人間には、何もしてこなかった。今までそう言う存在だったのだ。
キノウエと言う人は、対人用である可能性が高いと言っていたけど、もし、そうだとするなら、やっぱり原因はこっちにあるような気がしてならない。
今の世界は、大半が人の都合で変わってしまうような世界になってしまっているから。でも、そうだとしても。

「うん、でも、後悔しない様に生きていきたいよね」
「...はい。後悔はしたくありません。......申し訳ありません。折角お手伝いしてくださったのに暗がりに連れ込むような真似を仕出かしてしまいましたわ。さぁ、キノウエ先生がお待ちですわ。帰りましょう」

ボロボロの格好のまま立ち上がり。伸ばされる手を握る。
一先ず戦いは終わったのだ。生き残っている事に感謝しよう。戦い前に誓った時が来た事に感謝しよう。
お互いにボロボロな格好を、嶺峰さんは微笑みながら、私は苦笑しながら、鶺鴒さんは大笑いしながら、その場から去っていく。
降り積もるかのような銀色は、朝までには消えるだろう。後で帰ってきた時には、既に消えているかもしれない。
間際に、後ろを振り返った。巨木のシルエットの真上に――――漆黒の四角錘が見えた、気が――――

――――――

キノウエという人とのお話は至極簡単に終わった。
鶺鴒さんはあの試験管を手渡し、さっさと着替えて帰ってしまい、私は私で特に聞くこともなかったので嶺峰さんが着替え終わるまで待ちぼうけで、結局、今夜道を二人並んでいる。
夜風は涼しく、上着を完全に取っ払ってしまったので、少々この時期の生肌には厳しい。個人的には速めに帰って、上着の予備を着たいところなのだけれど。

「アーニャ様。今日からあちらに?」
「ん、まぁね。一応あそこが我が城だし。住めば都って言うのかな。まぁ、でも、鋼性種が出る場所に住んでいるなんて言うのは、正直ゾッとしないけどね」

まったくの本心だった。
恐ろしくないわけではない。
鋼性種と言うのが私たちに照準を向けて、かつ、どのような存在か理解できていない現状においては、あそこで生活していくのはあまり得策とはいえない。
とは言っても、どこか別の場所で過ごすような場所もないわけだし。

「あの、もし宜しければ、私(わたくし)の家でお過ごしいただけませんか?」
「ん?......嶺峰さんのお宅で?」

心揺らぐ。
巨木の下で生活していくのは、正直無理があったかもしれないとも思っているし、鋼性種も、帰ってみたら居て、踏み殺されたなんてことになったら、笑い話にもならない。
何より、認識阻害はかけているとはいえ、本来は何時見つかってもしょうがない場所で私は生活しているようなものだ。

「みゅっ、私は賛成ですです〜。嶺峰さんと一緒がいいですですっ」

頭から嶺峰さんの手を伝って肩まで辿り付くと、その頬を舐めるレッケル。まったく現金と言うか。

「アーニャ様は...」
「......いいわよ。お節介になるかもしれないけど、いいわね?」
「はい、是非お節介に為ってくださいませ」

さて。そうなると引越しの準備とかが必要なわけだわね。暫く厄介になった、あの場所とも今日でお別れかな。
でもまぁ、それも仕方ないと思うわけで。三人で微笑みながら、今住む場所へと向かった。
お別れするその日が来るまで、私は彼女との思い出を―――
満天の星は、さっきの銀色の欠片の様。月の光に照らされて、明日から、いや、今日からまた違う生活が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


その少女は何時ものように猫に餌をやりにその場所へと来た筈だった。
だが、何時もなら姿を見せただけで駆け寄ってくる筈の猫たちが一匹として姿を見せない。
今日は彼女の主に付き合ってしまった為、深夜になってしまったが、それでも猫たちが寄ってこないのはおかしいことだった。
ソレに疑問を懐きつつも、少女は彼らの姿を求めた。
その折に見つけた。
猫を探すうちに掻き分けて入っていった茂みの奥。そこにある物を。
銀色に輝く塊に、彼女の眼は接面と言うものを見出さなかった。
絡繰茶々丸の手が、銀色のソレに触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が望むものがそこにあった。
彼はソレを望み、今日まで生きてきたのだ。
今日、それが手に入った。
窓の外を見上げ、彼はその場を後にする。
荒れ果てた、しかし、是が常時の生物準備室の机の上に、拳銃型注射器が、二つ。


CHAPTER02〜生存〜......END

第二十一話〜二人〜 / CHAPTER:03〜否定〜第二十三話〜断絶〜


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