第四十三話〜伐採〜


 即死開始

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 学園中が燃えている。一際大きな火柱が、あの巨木の裏からも今さっき上がった。
 炎。全てを等しく焼き払う炎は私の属性。
 その属性を、私は余り好きではなった。
 理由は幾つも在るけれど、攻撃に特化して優れているというのが気に食わなかったのだと想う。
 私が欲しかったのは戦う為の力じゃなかった。
 本当に欲しかったのは、誰かの為になれるような、誰かの心を癒して挙げられるような力。本当に欲しかったのは、そんな程度で構わなかった。

 だから、どれだけ周囲がバカにしてきても炎の魔法で花火を作ったり、光の渦を巻いたりするような魔法の修行や実践しか使ってこなかった。
 何もかも焼き払える弾薬庫の様な私が出来る精一杯の抵抗は、そんなモノだった。
 炎が得意と言うからには、真逆の属性に特化して私は相性が悪い。
 即ち、水。大いなる母の水の属性に、私は特化して嫌われていたんだ。
 それでも必至になって治療系の呪文を学ぶ事に勤めた。
 私が本当の意味で欲しかった力。それがそこにあった。だから努力した。
 負けない負けないって訴え続けて、そうして人並みの治療魔法程度は使えるようになった。

 そうして魔法学校の卒業式。次席に選ばれて、私は一人ロンドンへ修行に向かっていった。
 主席での卒業が認められなかったのが、今でも双璧属性の操作性の甘さが祟ったのだと信じている。
 ロンドンなのにドイツ語の魔法を教えられた時、本気でどうするべきか悩んだ。
 でも、意外と相性は良かったみたいで水属性も炎属性もビックリするぐらいあっさり使いこなせていったっけ。
 そして出会い。雨の日に出会った、小さな相棒との出会い。
 お互いに真逆属性の生まれのクセに意気投合して、ずっとずっと一緒になった。
 その内、出来の悪い妹みたいに見えてきて、本気で家族に迎えてあげた。

 妹が居たから治療魔法はより使いこなせる様になって、炎系の扱いも漸く並みに乗ってきたところで、唐突にロンドンで魔法を教えてくれた師匠が告げたっけ。
 お前はまるで不死鳥のようだと。
 どうしてと聞き返すと、不死鳥は全てを薙ぎ払う炎の内より誕生しながら、その身には溢れんばかりの生命力を宿しているからだと言った。

 その言葉の意味は、終ぞ理解できなかった。最後の最後まで理解出来なかった。
 でも、今は何となく理解出来るような気がする。
 師匠の告げたとおり、私は不死鳥のようなものかもしれない。
 全てを焼き払う、どの魔法使いよりも強力な炎系の魔法使いであるにも拘らず、生物を癒せる水の力を使っている。
 炎の様に全てを薙ぎ払うというのに、水の様に命を分けれるなんて。
 師匠の言ったことは正しかった。私は、不死鳥のようなものなのかもしれない。

 でも師匠。不死鳥の様でも、私は何も出来ませんでした。
 命一つ掬い上げる事も出来ず、二つもの魂を送ってしまいました。
 あの二人を殺してしまったのは、私でしょう。あの二人を傷つけてしまったのは、他でもない私だから。
  私と出会わなければ妹はあのロンドンの水辺で今日も気ままに過ごせていた筈だった。
私が出会わなければ彼女は今日も不変な変わらない普通の生活を生きていけた筈だった。

 彼女たちを殺したのは、私だ。
 私が変えてしまった事で、私が死なせてしまった。
 他の意味合いは無い。私が悪い。押し付けはしない。私が、彼女たちの重みを背負わなくちゃ。
 ならでも、どうしてこうやって歩いているんだろう。
 彼女の相棒を引きずって、銀色になってしまった髪を靡かせて、彼女の魔法少女服を着込んだまま、何処へ向かおうというのだろう。

 きっと、納得出来てないのだと思う。
 彼女の死にも、妹の死にも。
 そして、伐採魔法少女と呼ばれるあの人が、今まさに、あの巨木を断伐ろうとしているのを、許せないでいるんだと思う。
 正直重かった。手に握った突貫する為の楯も、心に背負った多くの悲しみと怒りも。全部全部重く、投げ出してしまいたかった。
 それが出来ないのはどうしてなのか。
 それを捨ててしまえないのは、やっぱり、私自身が甘くて弱くて、厭な事や、受け止めたくない事実を受け止められないからであると想う。
 そんな大人には、強い人間にはなれない。そうだからだと、想う。

 キノウエって人がとても羨ましかった。
 何に対しても受け入れられる姿勢。
 興味が無いと切り捨てて、何でもかんでも捨てて歩いていけるあの人を心底羨ましいと想った。
 私は、私達はあそこまで強くはなれない。
 受け入れたくないことには反発して、汚い言葉に代えてしまうし、厭なものにはどこまでも抗って、暴力とかに訴えてしまう。
 キノウエって人も、彼女の事も心底に羨ましかった。
 何でもかんでも受け入れられて、言葉に出す事も無く、小さく己の中だけで受け入れて生きていく。そんな、小さくても全力な生き方に憧れた。

 その二人ももういない。
 一人は完全に居なくなってしまって、一人は完璧に全力に生きていくだけのモノになってしまった。
 彼女とあの人に肖れなかろうとも、私は私の道を進もう。
 そう決めた筈だった。だったら何故、この様な姿見で進んでいるのか。
 一体私は、何をやろうとしているんだろう。
 赤い空。にごった空気。空が赤いのは街が燃えているから。
 空気が濁っているのは、大量の砂煙の所為。
 気が狂ったかのような戦いが始まっている。
 誰と誰が争って、何を求めていて、どうしたいのかも分らないのに戦い続けている。
 私も、きっと戦いをする為に進んでいるんだろう。
 けじめをつけるためなんて言うかっこいい事を言う気も無い。何も、言う事なんて無い。

 戦いは私が一番い嫌いな行為だもの。
 彼女にも、妹にも言ってきた。できればしたくない。本気でそう考えている。
 でも、もう後戻りは出来ない。そんな場所まで来てしまった。踵を返す事は出来ない。
 ああ、そうだ。私は、あの子の願いを叶えてあげたいんだ。彼女の願いを、届かせてあげたいんだ。
 あの巨木が、どれだけ長い間この学園に佇んでいたのかなんて私は知らない。
 でも、少なくても気が遠くなるほど長い時間である事だけは分っているつもり。
 全てを断伐ろうとするあの人は、あの巨木を切り落とす事で全てを終わらせようとしている。
 鋼性種。生物としては史上に残る究極の生命体。それに、ケリをつけようとしているんだ。

 それは許せる事なのかどうか。その是非を問わなくちゃいけないんだと思う。
 あの巨木を薙ぎ落とす事がどれだけの事に繋がるのかは解らないけれど、それがとてつもない事に発展するのは間違えないと想う。
 それを、彼女がソレを止めようとした様に、私もソレをとめなくちゃいけないと想う。
 彼女に肖るためじゃなくて、彼女が成そうとした最初で最後の自分の事。それを、私が成してあげたいと想うんだ。

 皆にごめんなさいを言わなくちゃいけない。

 傷つけてしまった多くのこと。

 亡くしてしまった大きな命。

 損なわれてしまった、二度と戻らない心。

 ネカネおねえちゃん。学園長。神楽坂さん。金髪。ネギ。私のお友達に、そして、まだ見ぬ多くの人たちへ。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。わたしがわるいんです。ぜんぶ、ぜんぶわたしのせいなんです。

 嗚呼、でも、けれども。

 まだ生きてる。まだ歩いている、私。
 まだ此処に在れる。まだまだ、居ても構わないんだ。
 此処に、居ていいんだ。そう思えている。
 まだ存在しているのなら、認めなくちゃ。
 多くを受け入れ、多くを認めて、生きていくんだ。
 それが答え。私も彼女たちのように生きたい。受け入れられる多くを受け入れて、生きたいんだ。

 なら奔ろう。あの地平線へ向かって、奔っていこう。最後の最後まで生き続けよう。
 喩え、心挫ける時があっても、心抉る言葉を吐かれても。
 先を目指す。旅に出て、多くに触れる。そしたら答えは出るかしら。貴女の様に、笑えるかしら。

 ねぇ、私の涙は、まだ、温かいかな―――

 
 木の下。そこに彼女は腰掛けて待っていた。
 優雅な出で立ち。あの肩アーマーは相変わらず目立つ。
 だから見間違えなんてしない。あそこに居るのは、彼女と妹を殺した人。その人が、あそこに居る。
 私のほうを見て笑ったのか。彼女は笑って、その鎌を展開する。
 五十センチ程度の大きさに折りたたまれていた鎌は瞬時にあの人の身長を上回る大きさまで巨大になり、そのチェーンソー型の刃を回転させていく。

 お互いに交えあう言葉は無い。
 無いのは、語る必要が無いから。
 もう言葉で何かを伝え合う時は終わっている。もう、声と声をいり交えて何かを語るような時は終わっているんだ。
 距離は数十メートル。私が駆け出して到達するには程遠く、けれど、あの人ならばきっと一息で詰めてしまえる距離に立つ。
 お互いに呼吸は一回。優雅なまでの魔法少女(あの人)と、愚劣なまでの魔法少女(わたし)は申し合わせたかのように、お互いに鎌と楯を限界まで振り絞った―――

 お互いの頬を掠める撃。それが交差する。
 思い切り後方に引き絞られた二つの兵装。大鎌と大楯。
 チェーンソー状の刃を持った鎌の刃は降りぬかれたと同時に飛び、突貫魔法少女の頬を掠めたのだ。ブーメランのように。
 方や、突貫魔法少女の打ち出した激も負けず劣らずの撃。
 基礎部である円形の操縦部。其処だけを残し、楯の前方に構成されたストレイトドリルのようにも見える、正面、まさに、今の一撃を浴びそうになった伐採魔法少 女から見て八角の星型にも見えるだろう。それが、彼女の頬を掠めたのだ。

 お互いに一撃抹殺。確実に相手を殺傷できる一撃であった。

 奔る。伐採魔法少女は、打ち出された八角と基礎部を繋ぐ鎖の上を駆けてくる。
 射出された鎌の刃を途中で一目も見ずに回収し、鎖の上だというのにその速度。
 先の、今の、かの者たちの戦と比べて何と遅い事か。
 だが充分。かの伐採魔法少女が首を狙う者は人間離れした怨敵ではない。人間と同程度。あるいは、それ以下の能力しか持っていない少女なのだから。

 故に十分。鎌を構えて駆ける速度は、人一人を切り刻むには十二分すぎた。

 だが、突貫魔法少女がそれを受け入れようか。
 鎖が歪む。ソレと同時に、伐採魔法少女は空へと跳んだ。
 鎖が歪んだ理由は単純至極。突貫魔法少女が、その基礎部から繋がっている八角部を引き戻しただけの出来事だ。
 に、してもと多くは想うだろう。今さっき地面へ降り立った伐採魔法少女だけは違うが、多くの人間は思うだろう。
 あの小柄な少女。その少女が、アレほど器用に異様なまでに巨大な楯を何故に扱えているというのか。
 それは腕力ではない。かと言って膂力でもなければ、魔力でもない。
 
 意地。少女は意地でソレを振るっていた。折れそうな腕を、意地で支えていたのだ。
 まるで、目の前に立つ鎌持ちの伐採魔法少女。それに相互角に挑もうとする決意そのままが如く。
 ニ撃目が穿たれる。
 破竹の勢いで飛び出す八角。先端は限りなく鋭利。後へ行けば行くほどに太く太くなっていくその星型八角錘。
 それは、一部の互いも無く、伐採魔法少女へ向けて飛んでいく。
 だが、二度同じ撃通じるようでは伐採魔法少女も伐採魔法少女などとは名乗っていない。

 彼女は、魔法少女なのだ。
 あらゆる物語で活躍し、時には絶対大丈夫と叫び、時には愛を力に、絆を力に変え一切の敗北と言うものを知らぬ、挫折と言うものを味わいながらも立ち上がる魔法少女の名を冠している者なのだ。
 彼女は、それの正当な後継者。
 現実の壁だけが幻想を磨り潰していくこの世界において、真っ向切ってそれらの幻想を伐採しつくす、魔法少女なのだから。
 突貫魔法少女の身体が、強い力で引かれた。
 鎖。その射出された鎖の先端付近で、鎌を以って鎖を巻き取る、伐採魔法少女、一人。

 軽い体躯に加え、最大重量である八角錘は伐採魔法少女の遥か後方。
 あれ程の大きさの鎌を扱っている伐採魔法少女の腕力はどれ程なのか、突貫魔法少女は、あっさりと持ち上げられ、その大鎌が心の臓を抉り出せる距離まであっさりと引き寄せられてしまった。
 目と目が合う。伐採魔法少女は笑み、突貫魔法少女は無表情。
 銀の髪と黒の髪。初めて会った時、そのままに両者はお互いの距離になった。

 鎌が落ちる。首を薙ぐ一閃。
 それを首の皮一枚のところまで感じた瞬間に、突貫魔法少女は、空中で前転を決めて見せたのだ。
 なるほど、確実に上から首を薙がれる様な横向きの体勢。どのような体勢であっても、また反撃に出ても首は落とされるのは必至。
 故に前転。鎌のチェーンソー状の刃が僅かに首の皮一枚を掠ったと同時に、少女は前転して見せたのだ。
 鎌と言う形状が救いだ。剣や斧ではそのまま首を弾かれてもおかしくない。だが鎌と言う、極端に湾曲した刃を持つ武器だからこその救い。
 その勢いは衰えない。
 前転の勢いのまま、それも高速の前転だったのが幸いであり不幸である。
 鎌の正に刃の柄。鎌の刃が伸びている部位を踵落としでコンクリの地面へ向けて一気に突き刺し、突貫魔法少女は今だ手に持っていた楯の基礎部を思い切り上空へと振りかぶる。

 伐採魔法少女が跳ぶ。
 先刻とは真逆。なまじ重量のある八角錘が鎖の先端にある所為であろう、鎖を絡ませたままであった伐採魔法少女の体躯は、面白いように空中へと飛び上がった。
 それを追う。突貫楯は元の形状、ドリル型へと戻り、そいのサイドよりバーニアンが出現する。
 先代の突貫魔法少女も利用していた突貫楯の荒業。
 突貫楯の名称そのままに、楯に格納されている大型エンジンの急速起動によって一気に相手を穿ちぬくという脅威の荒業が解き放たれた。
 それは、稀にも世界樹と呼ばれる木と平行して上昇中であった伐採魔法少女へ向かっていく。
 それでも伐採魔法少女は魔法少女なのだ。この程度の撃。防げぬべくも無い。

 楯の先端と、鎌の柄がかち合う。
 ギャリギャリと言う金属同士が擦れ合う音を立てつつ、突貫魔法少女と伐採魔法少女は、天へ向かう流星となっていた。
 高い高い金属音が麻帆良の空に響き渡った。
 鐘のような高らかな音。だが不思議とその金属音は鐘よりも更に澄んで聞こえたのかもしれない。
 無理も無い。かち合っていた二つの武装を構築しているモノは、ただの物体ではないのだから。
 そう、単一性元素肥大式。今の人間の科学力でも、恐らくは将来における科学の発達でも生成は不可能とされている正体不明の単一の元素物体。
 ソレ同士が弾けあう音だったのだ。
 故に、どんな金属よりも澄んで聞こえた筈。
 その音は、不純物の一切含まれて居ないモノ同士のぶつかり合いだったのだから。

 左右へはじけた魔法少女二人の身体が大きく捻られ、相手を向いたと同時に鎌の刃が、楯の八角錘が打ち込まれる。
 伐採魔法少女の胸元のボタンがはじけた。
 豊満な胸。それが揺れる。
 一方、突貫魔法少女のスカートが大腿の付け根まで引き裂かれる。白い肌の足。それが上空で露となる。
 お互いに気にする様子は無し。
 勿論だった。お互いの戦闘は誰かに見られる様なものでも無いし、見られたとて、見惚れさせている様な隙など与えないほどに壮絶なのだから。
 故にやや大きすぎる胸が揺れるのも気にはかけず、スカスカとなった大腿にも気は割かず。
 離れて麻帆良の町並みに落下していく魔法少女二人は、お互いに相手の顔だけを睨み続けていた。

 世界樹左右の林。そこに、魔法少女二人が落下する。

 右の林。
 伐採魔法少女は機敏な動きと、肩に装着されているアーマーに付属されているバーニアを活用し、華麗に着地する。
 気楽な態度はそのままに。伐採魔法少女は両手を広げ、露な胸元も気にかけず胸を張って着地のポーズを決めた時だった。
 目の前、鼻先一寸の場所に、突貫楯の八角錘が打ち込まれてきた。
 木々を突き破り、枯葉を巻き上げ、突貫楯の先端たる八角錘は伐採魔法少女の眼前に。
 伐採魔法少女の頬を冷や汗がたらりと伝ったと同時か。
 八角錘が開く。八手のヒトデ。そんなモノにも、見えなくは無い。
 ヒトデのように大開となった八角錘。それで何をしようと言うのだろうか。
 考えるより先に、その変化が起きた。
 先代突貫魔法少女の使用しなかった機能。それが発動したのだ。

 それは、八角に広がった巨大な巨大な突貫楯先端部の、高速回転。
 麻帆良世界樹広場右舷方向林。その中で、気が狂ったような暴風が奔った。
 それは先代の突貫魔法少女が使わなかった機能の一つであった。
 八角錘が装着されている時はドリル状の突貫縦。
 だが、別にソレは突貫しやすい様に八角錘の形状になっているわけではない。
 もし楯ならば八角錘は開いたままの方がより多くの攻撃を防げる。
 だがそうではなく、あえて収束の形となっていた突貫楯。その意味。その答えはコレであった。
 先代の突貫魔法少女はコレを使わなかった。真実は最早永久に闇の中だろう。何故使わなかったのかの答えを知るものは居ない。

 だが、現突貫魔法少女はその機能に気付いた。
 即ち、突貫楯の前方八角錘の部分を高速回転できる仕組み。
 それにより、文字通り突貫破壊を最大級にする事が出来るという、その仕組みに。
 それが今、突貫魔法少女の対角線上に位置する伐採魔法少女の眼前で巻き起こっていた。
 全てを吹き飛ばしてしまわん。それほどの暴風と強風を撒き散らして、突貫楯八角錘部は、回転し続けていた。
 伐採魔法少女はそれを鬱陶しいとは想わない。
 想わなかったが―――ボタンがはじけてしまった所為で露になった胸元が寒い。そう感じるだけだった。

 麻帆良世界樹広場左舷方向林。落着した突貫魔法少女は基礎部を両手持ちに構える。
 構えて、そして、薙ぐ。思い切り。
 小柄な少女が我儘を聞き入れてもらえない時の駄々をこねる仕草にも似たように、突貫魔法少女はその手に収まった基礎部を右往左往させながら、その先端部の回転をますます早めていく。
 まるで、其処からは逃がさない。ここで、決着だといわぬばかりの勢いで。
 強風と暴風は業風と竜巻じみた鋭さで伐採魔法少女の柔肌を刻んでいく。
 痛みはなかったが、流石にこのままでは分が悪いとでも踏んだのか。
 暴風荒れ狂う中で、伐採魔法少女は鎌を突貫楯先端部が回転している方とは真逆へ向けて、振り絞った体を解き放ち、その鎌を射出する。
 一番初めに使ったかの伐採鎌投擲にも似たその撃。
 だが、一体何処へ飛ばしたのだろうか。それを理解するより先に、突貫楯の勢いが僅かに鈍る、その隙を、伐採魔法少女は逃さなかった。

 駆ける。僅かなスキマ。開かれた八角錘が激しく回転するそのスキマをかいくぐり、伐採魔法少女は駆けた。ものの数秒。其処に、背中を押さえた突貫魔法少女が。
 突貫魔法少女は背中に熱さを感じた。馴れ親しんでしまった熱さ。何時かと同じ、あの熱さだった。
 背中に触れなくても解るのだ。出血していると。
 同じ傷口を狙ったというのだろうか。それは解らない。
 だが少なくとも致命傷を狙っていたことには間違えなかった。
 残念なのは気付くのがコンマの差で遅かったという事。
 それによって、突貫魔法少女の背中は切り裂かれてしまったのだから。
 その痛みに堪え、楯を構えなおそうとした時。
 伐採魔法少女が、今正に帰還しようとした伐採鎌の刃を柄に取り付け、振りかぶる姿が―――

 鎖を振り上げる。鎌は、正しくは鎌の柄がその鎖で押しとどめられてしまった。
 両者は、相手の顔を一人は笑い、一人は無表情に見上げていた。
 鎖を引き戻し、突貫楯は再び元の形状へと戻る。突貫楯のオフィシャルの形状へ。
 そうなったと同時に、鎖で巻き上げ、僅かに動きの鈍っていた伐採鎌と突貫楯がかち合う。
 思い切り良く薙がれた突貫楯の一撃に、伐採魔法少女の体は僅かに浮かぶ。
 その浮いた体躯を追うかのように、突貫魔法少女も飛び出す。
 追撃、弾かれ更に上。追撃、弾き上へ。ソレの繰り返し。
 突貫楯のバーニアンを利用しての追撃と、一切のサポート無く、相手の撃の力だけで上昇を繰り返していっている伐採魔法少女。

 殴打に次ぐ殴打。斬撃に次ぐ斬撃。それの応酬。
 その繰り返しだけで、両者の体躯は、容易く世界中を先端すらをも通り越える。
かち合う楯と鎌。お互いに一人は冷笑し、一人は無表情のままで鍔競り合うかの様に接近し、同時に離れる。
 世界樹の先端に立つ突貫魔法少女と、両肩のアーマーからのジェット噴出だけで飛行している伐採魔法少女。
 お互いに相変わらずの出で立ちで、突貫魔法少女は、何時か、彼女の幼馴染が同じような動きで強敵に突っ込んで行ったの宜しく、同じ体勢で、突貫楯を前構えに構えたまま、前方へと飛び出した。

 似たもの同士とでも言うのか。
 伐採魔法少女の身体が揺れる。
 肩のアーマーよりジェット噴出を最大級にまで高め、その突貫に対するかのように突っ込んでいく。
 鎌を水平に構え、まるで、正面切って突貫楯の突貫とかち合うかのように。
 だが、それは余りに無謀といえる。
 突貫の正面粉砕力。それを先代と共に居た伐採魔法少女たる彼女が知らないはずも無い。
 その直線状の破壊力がどれほど優れているのかを、彼女は知らないはずが無いのだ。
 事実として、二つの兵装に使われている単一性元素肥大式そのものが語る。
 前方発八角全てを単一性元素肥大式で構築した突貫楯と、回転するチェーンソー状の刃の部位のみが単一性元素肥大式で構築されているのとではあまりに破壊力も鋼化範囲も違いすぎている。
 にも拘らずの正面衝突。それを、お互いに考えているような余裕などは無い。

 鎌の刃先と、楯の先端が丁度かち合う。
 そのままならば加速の原理で突貫楯の方へと軍配は上がるだろう。
 だが、それを伐採魔法少女が理解できない筈も無い。
 言ったではないか。彼女は知っていると。突貫楯と言う武器の破壊力、そして、迫り来る突進力を。
 鎌の刃先が、僅かにずらされる。それで充分であった。
 突貫楯の先端が大きく外れる。それに、突貫魔法少女は思わず眼を見開いた。
 現行の突貫魔法少女は知らないが、目の前の伐採魔法少女と言う女性。彼女は伊達で魔法少女を続けていたわけでは無い。
 それなりの技術と力量。それを重ね備えた上で、伐採魔法少女と言う役割を担っているのだ。
 故に、この程度は芸当にも入らない。凄まじい突進力を持ち、その重量と硬質の先端で物事を突貫破壊する突貫楯ホライゾン。
 それに比べれば、対象を力任せ、あるいは回転する刃任せに相手を撫で斬る事を主とした伐採鎌ヴァーティカルの撃は極めて軽い。
 それほどの差でありながら、伐採魔法少女を長年続けてこれたのは他ならぬ、彼女の技量に他ならない。

 故に今の突貫楯の一撃。それは容易くいなされた。
 現行の突貫魔法少女には技術力量的なものは無い。継承しただけの、今だ発展途上とも言うべき状態なのだ。
 初めて握る筈の突貫楯を此処まで操れ着れる事もまた驚愕に匹敵するようなことであることは疑いようも無い事実である。
 それでも、少女は未だに突貫楯と呼ばれる兵装を完全には操りきれていないのだ。
 故に、力任せ、勢い任せで突っ込んでくるような撃は、容易くいなされてしまったのだ。
 先端の力の行き先は虚空。
 前方より迫っていた伐採魔法少女は、僅かに触れ合った先端と刃先の、刃先を僅かにずらすだけで突貫楯の軌道を完璧に逃した。
 その上で迫ってくる。殆ど目の前があっけらかんとなっている状態で、伐採魔法少女の伐採鎌が低い唸り声を上げつつ、振りかぶられる。
 それは、まさに致命傷を狙う絶命必至の一撃となるだろう。
 だがしかし、それを、成り上がりとはいえ、突貫魔法少女が受け入れる必要性は、無かった。

 鎌の軌道が急に変わる。振り下ろされる筈だった鎌の軌道は真正面からやや右より。
 丁度、いなしずらした突貫楯の方向へと向く。
 その意味。それは簡単である。八角錘が開いているのだ。
 突貫楯の軌道が僅かに右にずらされたと同時に、突貫魔法少女はその八角を開口する。そうする事により、伐採魔法少女の丁度わき腹を抉るように突貫楯の八角は開放されたのだった。
 それに即時反応した伐採魔法少女のその反射神経。それが以下にずば抜けているのかを、改めて突貫魔法少女は思い知る。

 お互いに突っ込んだ体勢であったが故、そのまま擦れ違う。
 相手の顔を最後まで見つめ続け、お互いにお互い、数メートルの距離を保ったままそのまま下へと落下していく。
 接地。それと同時に、両者は駆ける。
 突貫楯を最大開放した状態で、まるで扇風機のようにその八角を激しく回転させつつ、突貫魔法少女は駆ける。
 同じように。コンクリ製の地面を四方八方抉りながら、伐採鎌を回転させつつ、伐採魔法少女が駆ける。
 お互いに表情はうかがい知れない。
 僅かに俯いているのか。髪で、その目元まで隠れた表情。
 突貫魔法少女は口元を一ミリ動かさず。伐採魔法少女は口元に僅かながらの微笑を浮かべ、お互いに迫っていく。

 そしてゼロ距離。突貫魔法少女は突貫楯をオフィシャル形態へ戻し、伐採魔法少女は伐採鎌の回転を止め、お互いに、相手の顔面目掛けてお互いの武装を構えた――
 向かい合う。
 鎌と楯。お互いの持つ武器は対人用ではない。
 元々は対鋼性種用。単一性元素肥大式で覆われたその外殻を完全粉砕する為に預かった兵装なのだ。
 もし、これを対人として使用しようものならば。伐採鎌は骨も肉も無いものとして撫で斬り、突貫楯は抵抗も何も無く相手をひき潰してしまうだろう。
 お互いは、それだけの威力を重ね備えた魔器を預かっていたのだ―――

 お互いにお互いの武器を相手の顔面目掛けて構えたのは一瞬。
 鎌が揺れ、楯が揺れる。
 小さな音。コツンと言う音は、互いの武器が僅かに触れ合ったことを意味している。
 それを合図に、両者は極限まで体を捻った。捩じ切れるまで捻り、その回転力で独楽のように廻る。
 突貫魔法少女は弓なりに体を逸らしつつも右へ、そうして一回転し左から叩き込む。
 伐採魔法少女は前傾姿勢になりながらも左へ、そうして一回転し右から切り込む。
 互いに逆方向に対し体を捻り、その加速をそのまま回転力へと載せるのだ。
 相手の首、あるいは顔面目掛けて振りぬかれる両者の撃は、しかし、互いの対角線上で見事に弾きあう。

 右から廻り、左より打ち抜こうとした突貫魔法少女の体は、楯ごと左へ。
 左から廻り、右より切り込もうとした伐採魔法少女の体は、鎌ごと右へ。

 互いが互いに、お互いを元の位置に戻そうと押し合う中で。両者は、その弾かれた衝撃すらも利用した。
 左から再び突貫魔法少女が体を捻る。そうして右。其処より打ち出される突貫楯の八角星型錘状の単一性元素肥大式部。
 右より再び伐採魔法少女が体を捻る。そうして左。其処より切り込まれる伐採鎌の不規則整列刃の単一性元素肥大式部。

 お互いは応じ合わせたかのように、体をねじり、再び身体が完全に振り抜かれるより先に―――再び、互いの対角線上でお互いの武装をはじけ合わせた。
 その応酬。ソレだけが続く。
 右から弾かれれば左に。左から弾かれれば右に。
 互いに最早相手の方に体を向けていたのは先の楯と鎌を交えた時のみ。
 既に両者は相手の方など一度も向かず、4分の3回転止まりで弾きあい、そして逆方向より再び打ち込むの繰り返しだけを演じていた。
 数を増すたびに加速する両者の肉体。
 小柄な突貫魔法少女の回転と、豊満な伐採魔法少女の回転は互いに互角。
 体格の差。武装に装備されている加速増減装置の有無。その身に装着されている装備の差。そんなモノは関係なかった。
 突貫楯に装備されている重加速バーニアも、伐採魔法少女が着込んでいる肩アーマーのバーニアと性質は同じ。
 体格にしても、やや長身の伐採魔法少女と小柄な突貫魔法少女では大きな差があるように見えて、重量的には圧倒的に突貫魔法少女が勝っている。
 何故か。その手に持つ突貫楯。それは、伐採鎌の重量の比ではないのだ。

 互いが互いに互角と言えた。生死を別つ原因があるとすればそれは経験。
 そして、突貫魔法少女には、その経験が圧倒的に不足している―――
 数えてなどいない回転の繰り返し。
 その何度目か。そこで伐採魔法少女が始めて動く。
 回転しつつ鎌を振るう姿に、突貫楯が交え合わされる。それは今までと同じに見えた。
 再び、お互いの武器を弾き合わせ、その衝撃を利用して回転するだろう。
 だが、伐採魔法処女が動く。彼女は無駄を省く人物であった。
 故にこの激突に意味が無いと早々に打ち上げにかかっただけの事だった。
 そう、これは単なる性格の差。
 何事にも真っ直ぐな突貫魔法少女と、極度なまでに平凡かつしかし斜に構えた態度の伐採魔法少女。
 その性格の差が、生死を別つ、圧倒的な差となったのだ。

 消えた。突貫魔法少女から見ればそう見えただろう。
 だがそれは正しくない。即座に突貫魔法少女は反応する。
 下段。振り抜いた突貫楯の先端よりやや下。其処に、伐採魔法少女が回転しつついる。
 極度、限界とも言っていい。そのレベルまで体躯を屈め、まるで、案山子がその一本足を曲げているかのよう。
 加えてその体躯を極限までくの字に折り曲げたかのような体勢で、伐採魔法少女が居たのだ。

 目が合う。一瞬。僅か一瞬であったが、完全に体を突貫楯の勢いに引かれるがまま振り抜いてしまった突貫魔法少女の全面を覆い隠すものは無い。
 完全なる無防備。その状態で、突貫魔法少女は伐採魔法少女の前に立ってしまった。その上で―――

 突貫魔法少女の腹部を、槍のような蹴りが穿ちぬく。
 片足、それでいて体躯を極限まで屈めていた伐採魔法少女。その一撃である。
 簡潔に言えば、回転力を彼女は鎌ではなく足に込めた。
 振り抜かれた突貫楯の一撃を回転しながらも屈みつつ回避し、その上で、もう一回転したと同時に、無防備となった突貫魔法少女の腹部目掛けて稲穂を薙ぐような蹴りを、その腹部に向けて穿ち放ったのだった。

 少女の愛らしい顔が苦悶に歪んだ。それだけの一撃だった。
 その一撃を耐え抜いたことを誉めて欲しい。
 伐採魔法少女は具足を履いている。脚部を防御する為のものか、はたまた単なる彼女の趣味か。
 その詳細までは理解出来ない。ただ、エナメル質に輝く黒い具足。内には鋼鉄版でも仕込んであるだろうか。
 その硬質の具足を以って穿ち抜かれた横蹴り。その勢いの赴くままに、突貫魔法少女の体は、遠く遠く、弾かれてしまった。

 弾かれつつ、突貫魔法少女は妙な光景を見ていた。
 伐採鎌。チェーンソー状の刃を持ち、その回転力を以って対象を撫で斬りするその凶器。
 その形状の、著しい変化であった。
 チェーンソー状の刃を形成していた部位が、左右に分かれる。
 丁度鳥が羽を広げたに近いようなその変形。
 それが解き放たれたと同時に、チェーンソー状の刃が解き放たれる。
 かなりの回転を伴っていた状態で解き放たれたのだ。その勢いならば、刃の全ては散ってしまいそうな気がしないでもない。
 事実、多くの人間ならばそう思うだろうが、伐採鎌に至ってはそうではなかった。
 刃が広がる。鮫の刃のような三角形にも似た形状の刃。
 それが天を多い尽くすかのように広がり、しかし、その角度。その回転。その仕方。全ては、解き放たれるよりも前の伐採鎌と何一つ代わっていない。

 ただ、空気中に余りに巨大な、見えない伐採鎌が構成されているかの様な、その駆動。
 弾き飛ばされていた突貫魔法少女は、確信する。
 あれは、良くないと。アレを受けたら、自分も死ぬと。
 相手の持つ武器がただの大鎌である筈は無かった。
 対鋼性種と言う強力な兵器。一歩間違えれば、核兵器にも匹敵するかのようなオーバーテクノロジー、あるいはロストテクノロジー。もしくはエンシャントテクノロジーとでも言うのか。そんなモノの集結体。
 それが伐採鎌と言う名の大鎌であり、突貫楯と言う大楯の正体なのだ。
 弾き飛ばされながら、突貫魔法少女は楯を解放する。
 八方向へ開く突貫楯。その八角が僅かに八方向へと飛び出したと同時時間軸、突貫魔法少女は見た。
 奥の奥。開放し、今正に最鋼の楯を展開するモードへと移行した突貫楯の間より。伐採魔法少女の口元が、確かに動いたのを。

 風に乗り、声が届いた

 ―――大

 キャリキャリと言う音が風を引き裂いていく。
 風が悲鳴を上げていた。風だけではない。森羅の全てが悲鳴を上げている。
 それを、突貫魔法少女は感じ取っていた。エネルギーの皮膜が八方向へと飛んだ八角の間と間に張られていく。
 その中、更に見る。伐採魔法少女が、その頭上で大鎌の柄に当たる部位のみを振り回しつつ、しかし、その飛び散った伐採鎌の刃がリングのように高速に回転していく様を。

 ―――大、大

 全てが悲鳴を上げている。
 それが解き放たれれば如何なる事が起きるのか。それが解答されれば、どの様な事態が発生するのか。
 突貫魔法少女は疑う。本気で実行する気なのかと言う事を。
 だが直に改める。やる。彼女はやる。確実に実行する。でなければ、あそこまではしない。
 するからこそ、ああしたのだ。やるからこそ、解き放ったのだ。
 それは、たとえどれだけの被害と損害をこうむろうが、己が目的を実行する為ならば、この街一つ伐採(薙ぎ払った)としても。
 それは、何ら問題には成らないという決意の狂気だった。

 ―――大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大

 刃のリングの回転が最高点に到達した。
 キャリキャリと言う風に泣いていた風は、既に豪風。竜巻じみた勢いの風を巻き上げて、回転する柄に合わせて回転し続ける分散した伐採鎌の刃。
 巻き上げられる木の葉は切り刻まれ、小石すらミキサーにかけられたのかのように粉々。
 巻き込んだものが全て塵となるまで切り刻もうとする極輪の回転。それが、次の一言で解き放たれる―――


 ――― 一 撃 抹 殺   大、伐採鎌                    大和(ヤマト)


 キィ。そんな、低い低い風の断末魔だった。
 凄まじい風。それは最早風ではない。凶器だった。回転する凶器。それが広がったのだと、突貫魔法少女は判断する。
 いまだ弾き飛ばされ続けていた中で、開かれ、完全な防御体勢にギリギリ間に合った少女の小柄な体躯も、その豪風に巻き込まれ、一瞬世界の全ての視界から消失する。
 神、とか言う存在か、あるいは鳥でよいだろうか。空より地を見下ろす存在が在るというのならばコレが発動した瞬間、世界樹と呼ばれる巨木を中心として、麻帆良学園都市の真中より、巨大な波紋が学園の端まで行き届いたのを確認できただろう。
 青白い波紋。一気にソレは広がり―――― 一気に舞い戻った。

 灰塵が舞う。ズタズタの世界樹の幹を冷笑を通り越えた気軽さで笑いながら見上げていた伐採魔法少女。
 ケタケタと小さな八重歯を見せて笑む姿は、無邪気な子供の様にも見える。
 だが、その無邪気な伐採魔法少女の齎した被害は―――あまりにも凄まじかった。
 全てがズタズタに引き裂かれていた。
 学園の端から端まで。世界樹など、あと一押しすれば完全に倒壊するであろうと言うまで切り刻まれていた。
 それ以前に、学園中で悲鳴などが響く。
 今の一撃。大伐採鎌大和。伐採魔法少女唯一の大技。無差別伐採巨大鎌術の最大規模に属する撃を解き放つ解。
 使用には細心の注意が払われ、決して、大規模な戦闘、あるいはかなり開放された場所以外での開放は厳禁と言われていた筈の撃を、現行の伐採魔法少女はあっさりと解き放った。
 無駄を省きたがり、平凡を望む女性はあっさりとそれを遂行した。
 伐採魔法少女。彼女は、あらゆる意味合いで人でなしだった。それでいて、どんな人間よりその願いと思考は人間らしかった。

 平凡かつ凡庸。そんな生き方で彼女は構わなかった。
 つまらない事など何も無い。生きている時点で彼女は楽しくて仕方なかった。
 他の趣味など無かった。日々友人らとバカのように話、笑い、怒り、映画などを見て泣き、変わる事の無い日常生活に日々鬱屈した思いも、自由への憧れも、変化と言う自体も望まず、日々あっさりとしていた人生と日々を過ごす。彼女は、その程度で十二分に満ち満ちていた。
 奇人変人が多いと呼ばれる麻帆良学園都市において、典型的な『人でなし』と言う事だ。奇人だろうが変人だろうが、蚊ほどもどうでもいい存在でしかない。
 そんな程度の存在ならば、格段、気を払うこともないと。
 彼女は、他者の夢のような幻想的な思考をバッサリ切り裂くような性格の人間だった。
 本は読まない。小説、漫画、ファッション雑誌。一切読まなかった。
 日々配られる学園の行事プリントなど。目を通す文書などその程度であった。
 テレビも見ない。バラエティ、歌謡、ドラマ。一切見なかった。
 恵まれていないわけではない。一人暮らしであり、まぁまぁの人生。まぁまぁの日常。まぁまぁの日々に、まぁまぁの毎日。
 ソレで良かった彼女は、その程度を望んだ。
 日々の変化の無い日常。彼女にとって、それが全てであった。
 故に彼女はある時そう想う。誰かが同じ事を言ったか。

 その程度以外なんて、私にとっては『どうでもいい』―――

 伐採魔法少女―――掌引心香、鶺鴒。それが、彼女の全てだった。

 ジジジ。周囲を包む小さな音に、曇っていた眼を何とか開く事が出来た。
 貼り付けられてる。それが第一。
 そして目の前。薄い薄い、けれど、何より堅牢な防御膜の張られた巨大楯が八方向に広がり、ゆっくり回転しつつ、その楯を開いている。
 そこから、現状を判断。なんだ。私、吹っ飛ばされてどっかの樹木の残骸に身体がめり込んでいるんだ。
 そんな、思わず笑ってしまいそうな状況を目の当たりにしているんだ。

 遠くにはあの巨木。本当に遠いように見えて、そうでもなかった。
 あまり吹き飛ばされて無い。あの広場から、もう何メートル吹き飛ばされてしまったのかも解らない。
 ただ解るのは、周辺がビックリするぐらい薙ぎ払われているって事と、私の背後の九十度角度内だけは、なんとか無事だったって事ぐらい。
 大丈夫かな。妹居れば、どれぐらいの被害か探れるんだけど。
 体を揺らして、めり込んだ樹木から落ちる。
 べちゃ。本当にそんな音を立てて、落ちた。
 痛い。背中も痛いし、全身が痛い。
 気付いたら落ちて、視界の目の前に赤い水溜りが形成されていってた。
 なんだ。私、死に体みたいね。ほおって置けば、死ねるわね。今来られても、死ねるけど。
 もうだめかも。正直にそう想う。
 正義の味方は居ないわけだし、窮地になったら覚醒するような力も無いし、友達居なけりゃ、幼馴染は私が来ている事すら知りゃしない。
 これは、死んでも可笑しく無いわね。本気でそう考えて、笑う。
 けたけたけたけた。どっか壊れたのかも。それはそれでいいかな。痛くも無いから。

 ……妹や彼女が居たらなんて思うかな。
 笑うなって、妹は言うでしょうね。
 あの子私のこう言う笑い方、仮令冗談でも嫌っていたし。
 彼女は、ああ、折角彼女の笑顔に肖れるかななんて想っていたのに、これじゃあまるっきりってトコかしら。
 死ぬべきは、私だった。私こそが、死ぬべきだった。
 本気で確信している。そうなるべきだったのは私であり、妹と彼女じゃなかった。
 今も覚えている。この手に抱いた人の軽さ。
 この手に濡れた液体の熱さ。そして、涙を流しつつも、本気では悲しむ事の出来なかった自分自身への、空しさ。
 私は魔法使いを貫いて生きてきた人間だからそうなってしまっていたんだ。
 悲しむ事も。笑う事も。如何なる事も、魔法使いとしての尺度で考えてしまう。
 どれだけの安堵に身を寄せていたとしても、それが代わるような事はありえない。

 だから、妹と彼女が居なくなってしまった時も、そうだったんだと想う。
 そう、想っていたんだろうって感じている。
 自分の事だから間違えない。自分でそう言うのだから、きっと間違えない。
 そう考えつつ、ぼやけていた視界が回復していく。
 回復系の魔法を学んでいるのは伊達じゃないから、自動(オート)で回復系が私を生かそうとしているのかもしれない。
 全身から血液が大量に抜けていくのが手に取るように解る。
 そのお陰で、頭に上っていた血も幾らか抜けてくれたみたいで、意識を集中すると、この学園の現状が何となく頭の中に入ってきた。

 燃えている。何もかも燃えている。
 此処まで紅い光景を見たことはあんまりなかったから驚いている。
 ああ、いや違うわね。コレに似た光景なら、何となく知ってる。
 ネギの村が焼かれた時だっけ。悪魔が沢山襲ってきて、ネカネおねえちゃんとネギ以外の人が沢山犠牲になった、あの焼け落ちた後の村。
 丁度、それが燃えている光景に継続するような、そんな光景かもしれない。

 この光景は、あの日の続きかもしれないわね。似てもいない光景。似てもいない場所なのに、そう考えてしまう。
 炎の熱さ、猛りさ、伊達に炎を扱っている魔法使いじゃないから、結構そう言うのが伝わってくる。
 温度はかなり熱め。特に一箇所。太陽でも着弾したんじゃないかってぐらいの温度の高まりを感じている。
 それはそれで上等かもしれない。焼野、と言うのは兎に角植物の再生が早い。
 心半ばにして朽ちて行った多くの植物がそうさせるのかな。
 多くの命が、残って新たに生まれてくる命を育んでいくんだ。残ったものを、滅びが育んでいくんだ。
 まるで、不死鳥。炎の中から、何度でも何度でも蘇る炎の鳥の様。
 そうだ。私、フェニックスの伝説とか大好きだったっけ。だから、火力重視といわれている炎系の魔法使いでもその属性柄にも耐え切れた。
 だから必至に、水系属性の魔法使いの人の方がより強力な治療魔法が使えるってのに、炎属性で頑張って治療・回復系の魔法を努めて学んでいったんだ。

 そりゃ不死鳥みたいだって師匠も言うわよね。不死鳥の証は全てを焼き払う炎であり、象徴は再生。
 まるで、私と妹が共に居た頃の様。まるで、二人で一つの不死の鳥となっていたかのよう。
 彼女に惹かれたのは、そんな不死鳥に為りきれて居なかったからなのかな。
 為りきれて、心の其処まで豪華で埋め尽くし、それでも、再生と復活を司る不死鳥を続けていたら、彼女を、こんな凄惨な目には合わせなかったのかな。
 遅くは、ないかもしれない。私はあの地平線まで行くと誓った。
 傍らに突き刺さった突貫楯。それを携えて、あの地平線まで。そう誓った。誓ったんだもの。

 キノウエって人は辞めた。
 自らで自らの手を持って、自らの意思を以って自らを放棄した。
 答えとして出した答えは、考える事をやめる、と言う回答だった。
 そんな勇気は私には無いけれど、キノウエって人のその決意は、どんな魔法より強力な『僅かな勇気』とは同じものなのだと想う。
 揺るぎ無い決意は、そう言うものに匹敵するほど強力なのだもの。
 私はそんな魔法は持っていない。
 自分で自分を辞められるような魔法は無い、けど。
 それを成せる決意がある。自分を凍てつかせてしまえる決意を持っている。

 魔法使い。それをやっていながら、つかの間の安堵に身を任せてしまった、私。
 知っていた筈。解っていた筈。
 魔法使い足るもの、魔法使いとして従順すべし。
 常に冷静沈着、かつ時に大胆かつ豪快なまでに。
 それが魔法使いと言うもの。魔法使いと言う者に与えられる、最初で最後の一欠片。
 なら、今からでも遅くは無いはず。
 今からでも、私は魔法使いを、魔法少女を、このありえない筈の安堵に身を任せてしまった自らを焼き焦がし、心を、更に更に深く凍てつかせられる。
 もっと深く。もっと、もっと深いところまで、いける筈。

 凍ってしまえ。二度の、この安堵に身を任せる事が無いよう。
 燃え尽きてしまえ、二度と、彼女のような笑顔で笑える事がなくなってしまったとしても、それで私が良いと決意したのならば、私の全てを焼き尽くすべきなのだから。
 もっと凍れ。もっと燃えろ。
 もっと凍てついて、もっと焼き焦がす。
 精神を凍てつかせ、感情を凍りつかせる。
 心を燃やし、記憶を焼き払う。
 炎が撒く。私の体のあちこちを廻って、その体を撫でていく。
 傷が、癒えていくんだ。
 歩けそう。だから立つ。炎を抱いて、炎に抱かれて人のカタチをした、けど、もうすぐ人の心も絆も希望も精神も感情も表情も、全部全部凍てつかせ、焼き尽くす。
 その絶対零度の焔に抱かれ、立ち上がる。
 忌まわしかろうが構わない。もう、私を見取ってくれる人たちは誰も居ないのだから。
 恐ろしかろうが構わない。仮令天地を焦がしつくす、人のカタチをした別のものへと異様しようとも、私に後悔なんてあるべくも無い。


 不死鳥とまでは行かないけれど。私の大切だった二人に届いているかしら。
 この焔で、キラキラ星は降らせられるかしら――――

 不死鳥飛翔と―――私が、往こう。

 ―――――――――――――――――

 廻る廻る炎が廻る。
 麻帆良学園都市は、かつての栄華など無かったかのように焼き尽くされようとしていた。
 それを必至に留めようとする者たちが居るのもまた事実。
 消防署の人間。あるいは、警察。そして人知れずと動く魔法使い達。時に科学の力を以って、時にその人知を超えた力を以って、紅く染まりつつあった炎を掻き消していく。
 その光景に、少年は涙ながらにその役割を担っていた。
 同じような光景を少年は知っていたのだ。
 まだ、大した力も、その身に宿った大いなる魔の力の容量も、使い方さえも。
 それを知らず、ただただ父に憧れている頃だった、あの時。
 そうして、自らの責で犯してしまったと今だ心の裡の何処かが訴え続ける、あの紅く染まった雪の降る夜を。
 少年はソレを思い出し、そして、涙ぐみながらも、成長と共に手に入れた魔の力で、必至に人々を導いていた。

「オー! ネギ坊主!! 無事だたカネ!?」
「―――超さんっ!!」

 飲茶専門の店舗となっていた路面電車。
 完全に店舗に成り代わっていた筈のソレであったが、どうやらまだ動く機能が備わっていたようだ。
 麻帆良学園中等部3-A所属の超鈴音は、その路面電車に怪我人を満載させ退避中、逃げ惑う人々の誘導に当たっていたネギ・スプリングフィールドへを見つけたのだ。

「無事だったんですね!! 他に逃げ遅れた人はっ!?」
「一先ずは安心の様ネ。病院の法に入院中だたクーやマナも救急車で運び出された聞いたシ……」

 それを聞いて、少年はその小脇に抱えていた一冊の冊子を取り出し、紅いペンで丸を付ける。
 自らが任されたあのクラスの生徒名簿である。
 紅いリングがかけられていなかった古菲と龍宮真名の顔写真の上に紅い丸が刻まれる。
 それで丁度ほぼ全員。彼のクラスの委員長が積極的に動いてくれたのが幸いする。
 雪広財閥の権力に、この時ばかりはネギも感嘆しつつ、心底の感謝を仰いだのだった。

 ただ、それでも少年は未だに心穏やかではなかった。
 足りないのだ。生徒名簿に丸の付いていない人間。連絡も、動向も取れない人間が居る。それが少年の心を荒立たせていた。
 神楽坂明日菜。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。長瀬楓。
 行方不明の絡繰茶々丸を除いてだが、その三名とはまったくといって良いほどに連絡が付かなかった。
 特に、少年の師匠でもあるエヴァンジェリンとの通達はまったくの皆無。
 伝達の魔力を送っても、一切反応がないのだ。そして、それ以上に深刻な事に少年は狼狽している。
 神楽坂明日菜。一番最初の契約の相手でもあり、何時も少年を支えてくれていた少女。
 その彼女との連絡が、本当の意味で途絶えていたのだ。
 契約のマスターカードは無く、コピーのカードを生み出すことも出来ない。
 連絡もおろか、従者を呼び出すといった事すら不可能である。それが、少年の心に重い影を落としていた。

「………解りました。では、超さん。貴女はこのまま学園の外まで怪我した人たちを運んであげてください。僕は―――もう少しだけっ」
「―――無理は禁物ネ、ネギ坊主」

 路面電車が超鈴音の合図と同時に発進する。
 紅く染まっている空。白い月と、輝くような星だけがそれを無視して輝き続けていた。
 少年は振り返り、学園の中心近くに聳え立つ巨木を見る。
 先ほどの強風。その風がどれ程の一撃であったのかなど、勿論誰も知らない。
 その撃により、世界樹がまさに倒壊しかかっている事にも、誰一人気付いていない。
 そしてあの撃。それが、辛うじて、少年らの脱出経路を確保している場所までは至らなかった。
 それが如何なる原因なのかを少年を含め、この学園から脱出しようとしていた人間は知る筈も無い。

 幾度もの思い出があった場所。そこが燃えていくのを、少年は歯を噛み締めながら見つめていた。
 結局、少年は何も出来なかったに等しい。
 あの、トラウマとも言える事件から何も成長していないのではないか。
 少年はそんな不安に駆られる。
 勿論、それは間違えだ。少年は紛れもなく成長し、成長したが故に此処に立って居るのだ。
 停電の最中に真祖の吸血鬼とし合い。
 京都では、仲間の手助けもあって、危急を退かせた。
 学園祭の時も、仲間の手助けもあり、また、己が力で――――“魔法”の事象拡散と言う危急を退かせても居る。
 少年は何も出来なかったのではない。少年は単に、何一つ出来る立場には立っていなかったというだけの話だ。

「あーーーにきぃいーーーーーー!!!」

 緋色の空の下、少年の使い魔、ないしは悪友とも言うべきオコジョが駆けて来る。
 妙に焦燥したかのようなその態度。普段見慣れない態度の所為か、少年は少々目をぱちくりとさせながらその両手でオコジョ妖精のカモミールを受け入れた。

「どうしたの? カモ君」
「そんな悠長にしている場合かよ兄貴っ!! わかんねーのか!? コレコレ!!!」

 悪友のオコジョ妖精が虚空を指差す。
 それが何を意味するのかを理解せず、少年は静かに意識を研ぎ澄まし、気付いた。
 深い焦土の香と、鈍い硝煙の香に混じって魔法使いだけが感じ取れる気配を感じとった。
 深い、魔力。とても深い魔力が、焼け焦げた匂いに混じって少年の鼻腔を付くと同時に、その神経を逆なでにした。
 少年は思わずうずくまりかけた。それだけ深い魔力だったのだ。
 感化しがちな少年の魔力体系からすれば、かなり強烈な部類に属する強力な魔力の胎動。それが、焼けた空気に乗って少年の元まで届いていたのだ。
 場所は、今にも崩れ落ちそうであり、空爆を受けたかのように最も大きな炎が上がっている場所。
 世界樹。今正に、崩れ落ちようとしているその死地へ向けて―――

 少年は、気が気でなく駆け出した―――

第四十二話(後編) / 第四十四話(前編)


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