FINAL 〜運命の出会い〜


 
 二度と会うまいと誓った。ゆえに、その出会いは初めてであり 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「さぁーて、ネギが帰ってくるって言うから待ってたけど……」

 てんでになってもかえってきやしない幼馴染。いくら気の長い私でも、流石に待ちつかれた。
 あのね。別に心配とかじゃないんだからねっ。ただ、ネカネさんが早く会いたがっているからなのよ。
 私は別にあんなボケネギなんてとどうなってもいいんだからっ。
 で、空港に向かおうとしているけど、はっきり言うと迷いました。迷ったのよ! 悪かったわね!
 地図を広げて周囲を伺うけど、ここが何処なのかも定かじゃない。
 参ったなぁ……ウェールズから遠出なんてそんなにした事ないから、ちょっとほんとにわかんない。

『みゅーん』
「あ、大丈夫よレッケル。そんな心配そうな顔しないの」

 で、私の被ってた帽子の陰からひょこっと鎌首をもたげたこのちっこい白蛇はレッケル。
 どういうことか私に懐いちゃって、なんだか離れてくれない。まぁ、爬虫類とかは嫌いじゃないからいんだけどね。
 それに、向こうにはあのエロガモがいるっていうしねー。アイツがこの子を見て狼狽する様子でも見るとしましょうか。
 まぁ、ソレはともかくどっちへ行けばいいのかが解らない。
 右を向いたら、人の波。左を向いたら、人の波。
 波に流されればたどり着くかな、とか思ってたけど。安易だったわね。むぅ。

「やっぱり人に聞かなくちゃダメかなー」

 とは言っても、こう見えても人見知りはするタイプ(?)だ。
 あぁん、ちょっとレッケル。何よその目は。ホントなのよ。人見知りするの!
 周囲を見渡す。さて、誰に聞いたらいいかしら。なるべく優しいそうな人がいいわよね…………

「ん、あの人にしよ」

 大きな丸いつばの帽子を被った女の人がいる。
 真っ白い帽子で、それ故に腰まで伸ばされた黒い髪の毛がとても印象的。
 純白のノースリーブのワンピースの後姿。
 引き手の付けられた鞄を横に、女の人が佇んでいる。

「I am sorry」

 失礼しますと声をかけ、振り返った女の人の顔を見上げて――――
 一瞬だけ、二人で見詰め合った。
 深く真紅の瞳。細い目線。整った顔立ち。
 文句なしの大美人だけど―――美人過ぎて、近付きにくい高嶺の華ってイメージを髣髴させる。

「Did it carry out if you please?」

 どうかしましたか。単調な英語でそう問うてくる。
 けど、発音のアクセントからなんとなくわかった。やっぱりこの人、日本人だ。よかった。

「大丈夫。私日本語話せるわ」
「まぁ。お上手ですわ」
「こっちこそ驚いちゃった。いい発音だったわ。グッジョブ」

 グッと親指を立てる。だって、ほんとに綺麗だったんだもん。
 綺麗な、にっこりと言うほどじゃないけど、かすかに微笑む女の人。うわっ、ホントに綺麗だ。

「それでね。ちょっと質問なんだけど…………空港って、どの線からいけるかなぁ……解る?」
「わたくしも探していたところでしたわ。道を覚えるのは苦手でして……」
「あー、解る解る!! 私も覚えるのって苦手なのよ。地元のクセに知らないこと多すぎて、ホント」
「まぁ……ふふふ。わたくし達、何だか似ていますわね」
「そうね。どうしてかな」

 ホントは似てない。女の人はすっごい綺麗だけど、傍らの私が霞んじゃうほどに綺麗だ。
 女としては、尊敬と嫉妬より、畏怖より憧憬の方が大きいかもね。
 けど、大丈夫だって思ったんだ。この人となら大丈夫かなって。なんでだろ。ホントに不思議だわ。

「しょーがないか。二人で探さない?」
「ええ、よろしいですわ。空港までならご一緒ですものね」
「? ひょっとして、日本に帰るの?」
「ええ、留学が終わりまして今日」
「奇遇ね! 私もニホンへ行くところだったの! ね、ご一緒しましょ!」
「まぁ……素敵ですわ。勿論、ご一緒致しますわね」

 女の人が綺麗に微笑む。私がにっこり笑う。
 きっと傍から見たら、大層アンバランスな二人組みじゃないでしょうかね。
 でも、なんでか周囲の眼は気にならない。
 むしろ、皆が私達を避けているような、そんな気すら、するな。

 っと、離れたところから一際大きな悲鳴と、叫び声を聞く。
 振り返って、即座にその状況を把握する。
 突き飛ばされたかのように四肢を付いているのは、列車の中でパンを分けてくれたおばあさんと。
 その視線の先に、おばあさんの持っていた荷物を持った若い男が一人。
 この状況下で思考できる事と言ったら一つぐらいしかない。

「レッケル! 追って!!」
『みゅっ!』

 胸元から蛇が飛び出す。
 純白の閃光とも捕らえられないぐらいの速度は傍から見て居てもレッケルが普通の生き物だとは認識させ、いえ、そもそもその純白の閃光が真っ白い蛇だと気付く人も居ない筈。
 逃げていった男のほうはレッケルに任せて、私と女の人は倒れているおばあさんの元へと一息に詰め寄っていく。

「大丈夫!?」
「傷が……これをお使いください」
「ありがとっ」

 突き飛ばされただけみたいだけれど、膝は赤く染まっている。
 相当強く突き飛ばされちゃったのは、誰が見ても解る傷痕。
 女の人が渡してくれた包帯を、おばあさんの傷痕へと充てて巻いていく。だけど、勿論それだけじゃない。
 ここはもう魔法界圏内じゃない。魔法を人前で使用する行為はご法度中のご法度だ。
 周囲には人が一杯居し、この場で治癒魔法を使う事は難しい。
 けれど、そんなんじゃマギステルとしての技量が怪しまれる。
 この様な状況だからこそ、いかに魔法を隠して魔法の力を引き出せるかが、マギステルとして図られる状況判断力なのよ。

「あいたた……」

 苦悶に顔をゆがめているおばあさんの傷口に手際よく包帯を巻きつけていく。
 でも、気付く人間はきっといないでしょうね。女の人も、きっと解ってないはず
 よく見なくちゃ気付けない発光。包帯を巻きつけていく手に宿った、癒しの波動を。

「― ―― ―」

 口の中で一節を紡ぎ、それをおばあさんの患部へ当てる。
 コレで十分の筈。包帯も巻かれているし、傷はそんなに深くないから、だいじょぶでしょ。

「大丈夫? お婆さん」
「あらあら……すまないねぇ……」
「まだ動かない方が良いですわ。どなたか、この方を休ませられる場所へ」

 おばあさんの顔色を見る限りじゃ、もう大丈夫ね。
 女の人も流暢な英語でおばあさんの介抱をしてくれているし。
 許せないのは怪我をさせた奴よっ。何処の国にもああいうのはいるって言うけど、そんなの目の当たりにして、見過ごせるわけないじゃないの。
 それで、これから私がするのも魔法使いとしての、立派なお仕事――――

「よしっ。それじゃ、ちょっと取り返してくるからね」
「? あの……」

 何でもないように、いや、実際なんでもない事なんだけどちゃーんと宣言しなくちゃ薄情者だと思われるのも厭だから、おばあさんの荷物奪還をさりげなく告げて、その場から離れていく。
 勿論、おばあさんも女の人も。ぽかんってしてるけど。あ、女の人のその顔可愛いな。

「あ、ちょっとお待ちなさ――――」
「し、失礼します。どなたかお願いしますねっ」

 おばあさんの引き止める声は残念だけど無視していくって、女の人もついてきちゃった!

「ど、どうして着いて来るのよっ!」
「お一人では無茶ですわ! わたくしもお手伝いいたしますわ」

 むー。いい人なんだけど、無茶するなぁ。見た目以上にっ。って、私も人の事はいえないかっ。
 その間も人にぶつからないようにしっかり前を見据えて、一番いい“場所”を目指さなくちゃいけないワケなんだけどね。

「お姉さん! 何が出来るの!?」
「あのお方の臭いが残っていましたので、それを追えますわ」
「すっごぉい! じゃあ、頼んでいいかしらっ!」
「けれど、わたくし達の脚では……」

 追いつけない、か。
 むぅ、それもそっか。相手は体力も十分な男で、こっちはか弱いレディ二人だもんね。
 けど、それならそれでやる方法はあるってもんよ

「決まりっ! 着いて来て!」
「? 何か策がございますの?」
「まぁねっ! ちょっとしたシークレットよ!!」

 そこでテレパティアを紡ぐ。追尾してくれているレッケルとの感覚を繋ぐんだ。
 これなら相手の姿を確認することが出来る。
 位置までは、流石に駅構内は複雑すぎてむりだけど。
 けど、このお姉さんが一緒なら、出来るかも!!
 私はしっかり狙い澄ますまでの話よ。
 荷物を抱えたまま、“関係者以外立ち入り禁止”と書かれた扉を押し開き、階段を駆け上がっていく。

 扉を開いて、頬に風を受けながら荷物を投げ捨てる。
 いや、乱暴な行為だし、中には壊れないようにってしっっっっかり固定してあるんだけれど、一応レディなんだから投げ捨てるなんて真似はせず、ちゃんとぴしっと整えてから準備に入りたかった。
 と、時間的には凡そ無茶なことを思って見たり。あ、お姉さんがきちっとしてくれたや、とほほ。
 兎に角、荷物のコトは後回しにして、今はおばあさんから荷物を奪って逃げ回っているヤツの足止めが先決ってモン。

「解る、かな」
「お待ちを……南南西の方角に臭いが流れていますわ……」

 それは重畳だわね。よりにもよって南よりなのは助かる。
 高台から南南西の方角へ向けて魔力を行き渡らせていく。
 そう。南南西に逃げたのが幸いだった。
 南南西、特に南は私の魔力が一番強く働く方角なのよね。
 知らない人も多いかもしれないけど、魔法使いは魔法使い毎に得意不得意な魔法ってものがある。
 それに加えて属性判定って言うのもあるんだけど、この属性判定が結構厄介。

 なにしろ方角に操作されるわ、状況に応じては本来以上の力を出せたり、以下の力も出せなかったりと極めて不安定な魔力判定なのよ。
 普段使う魔法にはあんまり関係ないように思えて、自分の属性魔法にあっては流石に影響は出る。
 まぁ、それでも、この属性判定って言うのは無視するコトは絶対出来ない。
 誰だって、それこそ魔法使いじゃない人にだって、この属性判定って言うのは存在しているのだから。
 逃げた方向は南南西。私の属性が最も働く方角へ逃げてくれたのだからミスは許されない。

「さてっと、それじゃあ…………あ、お姉さん。ごめん、ちょっとの間、目、閉じててくれるかな。ちょっと、危ない事するんだ」

 魔法はばらせない。協力関係を持っちゃったけど、こういうところはキチンとしなくちゃ。
 お姉さんは静かに目を閉じる。へー…………今時珍しいかもね、こういう素直な人っ。
 少し嬉しくなって微笑み。ローブを翻し、俯瞰に広がる駅をしっかりと捉える。

 脳内ではレッケルが追う悪党の後姿を常に把握し、私の詠唱発動キーを大気の下に震わせる―――

「Folts・la・tius・lilis・lilios《フォルテス・ラ・ティウス・リリス・リリオス》」

 コレが私の魔法発動キー。
 もう私はちゃんとした魔法使いなんだから、いつまでも初歩者の詠唱形態を取っているわけにはいかなかったからね。
 狙いを済ませる。けど、しまった。南南西とは言われども、どうしてこうして狙ったもんか。
 レッケルの視線を借りられることは出来るけど、ここから先は自分で狙いを済まさなくちゃいけないわけで。
 うわー、私ってばこういうの苦手なのよー。どうしよ。そう、思っていたら。

「こちらですわ」

 ふわっと、背中から優しい手触り。振り返ろうとすると、直ぐ横に、目を閉ざしたままのお姉さんが。

「お姉さん…………」
「さ、悪い人にはおしおきですわ」
「――――うんっ! まっかせて!!」

 大丈夫! 私にはお姉さんも、レッケルもいる。一人じゃ出来ないことでも、私達なら、誰にも負けないんだから!!

 狙い済ました先へ。
 魔法の、力を言葉を紡いで――――

 身体を思い切り伸ばす。
 風が気持ち良い。きちんとやり遂げられたコトの満足感と、ほんの少しの焦燥感だけを抱いて、ロンドン駅の俯瞰の一角から上がる叫声にだけ、耳を傾けてみた。

「……ん。犯人も無事取り押さえられたわね」
「お見事ですわ」
「頭の後ろで風船が爆発したみたいなもんだから、誰だってびっくりするわよ。まぁ、そのうち気がつくでしょ」

 風に吹かれて、着込んでいた魔法使いとしての外套が舞う。
 振り返った先には、綺麗な顔で微笑んでいる、お姉さん。

『みゅ〜〜ん』

 しゅるしゅると言う地擦れ音を響かせて、何処からともなくとレッケルが私の足元から胸元まで這い上がってくる。
 一体どうやってあそこからここまで来たんだろうって言うのは最早暗黙の了解。
 この子は私や人間なんかじゃ考えもつかない方法で此処に戻って来たに決まってるんだから。
 胸元に入り込んだレッケルを軽く指で撫でて、ほっぽりだした荷物のほこりを払いつつ身につけていく。
 結構乱暴に扱っちゃったけど、まさか中の荷物ぐっちゃぐちゃになってたりしないわよね、コレ。
 妙な不安は後回しにして、荷物を背負いつつ、一回だけさっきまで立っていた高台の端に目を向けるも。

「さ」

 お姉さんが手を差し出す。
 振り返りはしない。私は、迷う事無くその手を握る。
 さぁ、歩き出しましょう。一緒に。
 
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 構内を歩く。さてはて、これから私達は空港へ行かなくちゃいけないわけだけど。
 傍らのお姉さんとは、なんだかんだで意気投合しちゃった。どうしてだか、魔法もあっさりと見せちゃった(見てなかったけど)わけだし。
 だから、ちょっとした提案で。

「目的地はおんなじなんでしょ? だったら、一緒に行きましょうよ」
「そうですわね。ふふっ、楽しくなりそうですわ」

 まったくだ。段々楽しくなってきちゃった。

「ちょっと長いお付き合いになりそうだからね。自己紹介しましょ。私、アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ。皆はアーニャって言うわ」

 手を伸ばす。お姉さんは、私に優しく微笑みかけて――――

「わたくしは――――ネミネ」

 紡がれる声に。
 頭の裏に、懐かしい風の中の景色を見た。

「嶺峰湖華と申します―――――」

Epilogue / Extra Chapter last


【書架へ戻る】