LIVE ON to the MEMORY 〜ここから始まり〜


ありがとうございました

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 私ね、夢を見てたわ。悲しい夢だった。とても悲しい夢。
 生きていく事の大変さと、けど、勝手に死んでしまうことの悲しさを知った、夢。
 でもね、夢だったのかも曖昧なの。
 今こうしている、この時が夢かもしれない。
 今こうして、一番大事な人と居る時間の方が夢で、本当は大切なものも、事も、願いも、全部消えうせてしまった後の世界に、私は眠っているんじゃないかって。それが、時折曖昧になるの。

 探していたものが見つかったのかどうかも、定かじゃない。
 そもそも、何を探していたのかが曖昧で、見つけられないんだからしょうがない。
 けど、探していたものはとても大事なもので、離してしまったら、二度と手に収めることも出来ないものだと解っていたから。
 夢でも良かった。現でも構わない。どちらでも良かった。
 ただ、もう一度会えることだけが私の望み。
 何に代えても叶えたかった願い。
 万能を実現した世界の、叶えられない願い。万能となってなお、覆してはならぬ決まりごとがあるのだと知った世界の夢。

 それは遠い過去なのか。遥か未来なのか。
 同じ名前の、違う人なのか。違い人だけど、同じ名前とあり方なのか。
 それすら曖昧で、もう、遠く霧霞に隠れてしまって、それも見えないけれど。
 でも、もう一度会えたらいいなと、そう願った。
 それが叶えられたかどうかは知らない。だって、これだって夢だもの。
 覚めれば消えてなくなってしまう。目覚めてしまえば、もうそこには何もないんだもの。
 けど、胸が温かい。その夢の続きをまた見る事が出来るという強い確信がある。

 見届けてくれた人たちに、もう一度お礼が言いたい。


 ありがとうと言いたい。
 地平線までかけた女の子達の物語の続きを、見てくれた事に。


 突貫魔法少女 ホライゾン
 Extra Chapter ―夢現―


「アーニャ様?」
「ふにゅ……? んん……なぁに……ネミネさん……」

 もぞもぞと体を起こす。すっかり眠ってしまっていたみたい。
 飛行機で眠るなんて初めてだったけど、意外と心地よかった。
 まぁ、私の熱操作とレッケルの体温調整が相まって、丁度良い寝心地最高の温度を保ってたんだけどね。
 体を起こして、窓の外を見遣る。
 イギリス、ヒースロー空港から成田まで約十二時間のフライトで、何ともお尻が痛い。
 始めの六時間ぐらいは、横の黒髪超美人のお姉さん、嶺峰湖華さんとのお話に花咲かせたけれど、その後はめっきり熟睡だったわ。気疲れもあったかもしれないけどね。
 で、時計を眺めてみる。んん? 何だか日付がおかしいような。
 ああ、それで気付く。時差ってヤツね、これ。何しろ十二時間も空の旅なんだもの。そりゃ日付の一つや二つ、おかしくなるわよね。
 けど、窓の外は明るい。向こうにはお昼ごろに着くよう飛行機に乗ったものね。

「もう直ぐ到着のようですわ。さ、シートベルトを」
「あ、ありがと。でも大丈夫よ、一人で出来るから」

 普段は子ども扱いされるとムカプンなんだけど、この人に子ども扱いされてそうやっちゃうと、ほんとに子供そのものみたいな気がするから敢えて淑女の対応。
 華麗に片手で差し出された嶺峰さんの手を横へ優しく払う。その後ににっこりスマイルだけど。
 う、負けた。その笑顔には負ける。
 真紅の眼差しに、真っ黒い黒髪。
 腰より長い髪の毛はコシがあって、乱れ毛になったりはしない。まっすぐ、すとーんって直下に落ちる黒髪だ。
 全体的に線は細くて、まさに美人の条件を取り揃えたかのような、日本的造詣美人。この肌の白さにはちょっと敵わないなぁ。

 シートベルトをかちっと締めて、ちょっとそわそわしてきた。
 何だか、初めてウェールズの魔法学校からロンドンの修行へ向かった日の時みたいだわ。
 ちょっとドキドキして、ちょっとそわそわして、けど、何よりもこれから大事な、未来の決まる修行だと思うとそれ以上に身が引き締まる感じに近いかな。
 けど、今回はそれよりも気が楽かもしんない。
 だって、横には美人さん。向かう先は日本で、しかも麻帆良学園と言うまでバッチリ符合の不思議な人。
 偶さか声をかけた人と、まさか最初から最後まで一緒に旅路になるなんて、驚きだわね。

「嶺峰さんは着いたらどうするの?」
「学園に戻りますわ。アーニャ様とは、暫くご一緒できますわね」

 そこで必殺の嶺峰スマイル。これは拙い。顔真っ赤になっちゃうじゃないの。
 これ、絶対健全な男子が見たら卒倒するわよ。ホント。女の私が言うんだもん。間違えないって。
 女が女を褒める時は九割がた本心なのよ。特に口に出さないで、こうやって眼ぇそむけてる時は、殊更に。

 恥ずかし乙女と言うか、恥ずかしネミネさんね。
 こんなに美人さんなんだからイケメン彼氏の一人ぐらいいるもんかと思いきや、何と一人身だってお話だもん。驚きだわ。
 けど、納得もしてる。だってあれでしょ。こんな美人さんにつりあう男なんてそうそういないわよ。
 魔法界探してもこんなに美人の女の人いないもん。

 ちょっと腕組、考えてみる。ネミネさんに釣り合う野郎ねぇ。
 ネギ……まるっきりダメね。あーあ、アホっぽい顔しちゃって。ホント、私が居ないとダメなんだから。
 高畑さんはどうかしら。あー歳が拙いか。ネミネさんがあと十歳年上ならバッチリなんだけど。
 アルビレオさんはどうかしら。あ、これはいけるかも。ううん、やっぱダメ。あの人変態だもん。ネミネさんにコスプレとかさせて楽しむに決まってるわ。
 ……あちゃー、私の周辺、いい男いないわね。

「? 如何しましたか?」
「ううん。こっちのお話。ところでネミネさん。どうして私に敬語なの? ネミネさん、年上じゃないの」

 うん、と怪訝な顔で小首を傾げてみる。私はネギの一歳年上、つまりは十歳なのよね。
 で、ネミネさんは聞いたお話じゃ十八歳。バリバリの高校生だもの。歳の差は言うまでも無いじゃないの。
 けど、ネミネさんは会ってからずっと私にも、そしてレッケルに話しかける時も敬語なのよね。
 まぁ、レッケルは人語を話す事は出来ないけど、解してはいるからいいけど。
 ネミネさんはにっこりと微笑むと、私の手に両手を重ねてくる。
 二人並ぶと座っていても、姉妹と言うよりはお母さんと娘の感じなのは、ちょびっと嬉しい。
 こんなお姉さんでもいいかなとか思うんだけどね。優しいし、美人だし、鼻高々じゃないの。

「それはアーニャ様の事が大好きだからですわ。好きな人にはこうなってしまいますの」

 ……あー。視線を外す、私。たはは、とか細い声で笑って、ネミネさんの真っ直ぐな視線から目を逸らす。
 恥ずかしい。恥ずかしすぎるわ。私が。
 ネミネさんの言葉にはまるっきり恥じらいも無ければ、戸惑いも無い。
 まるっきり本心でそう思っているのは確実。だからこそ、私が恥ずいのよ。片手で頬をコリコリ掻く。うぅ、むず痒い。

 多分、けどネミネさんは基本こうなんじゃないかしら。
 誰にでも笑顔で優しく、敬語で丁寧。絵に書いたような美人で、品行良性、清廉潔白、眉目秀麗なんて反則クラスの美人モンスターだわ、この人。
 そんな人と一緒の私は、ちょっぴり惨めなのでした。まる。

 しくしくと人目とネミネさんから隠れて咽び泣いていると、機内放送がかかる。
 定番の労いのお言葉に続いて、紡がれるのは着陸態勢の言葉。
 さて、この時ばかりは何でか体が強張ってしまう。
 むき出しの体で箒に跨り、飛んだりするのは平気なのに、遥かに頑丈そうなこんな鉄の箱に乗って着陸する時は体がこわばるのは何でかしらね。
 ともかく、ピンと背中を伸ばし胸を張り、すぅっと息を吸って。で、きゅっと手を握られて、って、へ?

「あ、アーニャ様っ、し、しっかり握っていてくださいませね?」

 うるうると潤んだ瞳で、ネミネさんは私以上に緊張している。
 さっきまでの優雅だった振る舞いはどこへやら。そこには、完全に怖がりヘッピリ腰のお姉さんがいるだけだ。
 これだから、ネミネさんは可愛らしいし、ずるいのよね。ここまで完璧なんて、羨ましすぎるじゃないの、まったく。

「はいはい。怖がりお姉さん」
「し、しっかり握っていてくださいませねっ」

 声まで涙声だもの。見捨てていけるはずも無い。
 こう言う時は、ちょっぴりお姉さんみたいで気分いいかしらね。
 さぁ、もう直ぐ日本の、極東の地に足を踏み入れる。帰ってくる帰ってくると繰り返していた幼馴染。
 けどあんまりにも帰ってこないもんだから、一発ぶん殴るぐらいの気概で来たわけだけど、また別の楽しみも増えちゃったわね。


 ――――――――――――――――――――――成田空港


 ひょこひょこ歩く三角帽子が床に映る。
 その横を、見惚れてしまいそうなほどの美人さんが、しずしずと着いて歩く姿は中々にシュールだ。
 尤も、さすがニホンね。こういう格好をしている人間が多いと言われている国の事だけはあるわ。
 誰も私を気にしない。ってか、私じゃなくて殆ど皆さんネミネさんに目を奪われていらっしゃるんですけどー。ムカプン。

「全く……あいつってば来る来るって全然こないんだから」

 八つ当たり気味に、ネギのアホ顔を思い出す。
 もうすぐ会えると思うと、懐かしいやら嬉しい――――嬉しいは、ない。うん、ないわ。
 落ち着いてアーニャ。あれはアホネギなのよ。ガキで、ドジで、やる事なすこと無茶ばっかりのアホネギなの。
 嬉しいって言うよりは、またあの手間隙がかかるのねー、トホホみたいな感じなのよ。本当よ。
 あ、ますますムカプンしてきた。大体ね、女子校の先生ってどーゆー事よ。
 どうせアレでしょ。女の人に囲まれて毎日毎日アホっぽく笑ってるんでしょ、ムキー。
 あのねネギ、アンタそんなんじゃ『立派な魔法使い』なんて夢のまた夢よ。だから、ちゃんと私がリードしてやるんだから。

「アーニャ様?」
「うわぁびっくり!?」

 行き成りひょこっと覗き込んでくるもんだから吃驚仰天だわよ。
 しかも美人スマイルで。うぅ、負けた。ネミネさんには負けちゃうわよ。
 コホンと咳払い。テレ顔もなんとか潜めて、真正面、見上げるネミネさんに向かう。
 お姉さんは私に微笑を向けて、静かに言葉を待ってる。
 多分、私が居なかったら空港でもお構いなしでナンパナンパの嵐じゃないかしら。
 擦れ違う男の人、九割は振り返ってるし。勿論、私は眼中に無いわけだし。ううぅ。いいもん。私、将来がまだあるもん。

「で、私とネミネさんはこれから麻帆良学園に向かうわけだけど」
「はい。けれど此処から麻帆良までは」
「えーと、確か今私達の居る『ナリタ空港』が『チバ』にあって、麻帆良は『サイタマ』に在るのよね。確かお隣の県だっけ?」
「左様ですわ。お見事です、アーニャ様。地理も詳しいのですね」

 にこっこり笑ってパチパチ小さく手を叩くネミネさんへ、へへっとちょっと胸を張ってみる。
 私だって何にもしてこなかったワケじゃないわ。知らない事は、キチンと知らなきゃいけないわけで。ニホンの事だって、ある程度調べてきたんだから。
 とは言っても、流石に日本語は魔法でちょちょいっとしちゃったけどね。

「じゃあ今日中には着けるわね」
「? アーニャ様は、何か今日中にしなければいけないご予定が?」

 今日中にってワケじゃないし、急いでいるわけじゃないけどね。
 けど、やっぱり気になって帰ってきたからには、なるべく早く会いたいと思っている。
 でも、ちょっとだけネミネさんの顔を、三角帽子のつば越しに見遣ってみる。
 悲しそうな顔じゃないけど、少し、名残惜しそうかもしれない。
 そりゃ、そうよね。飛行機の中や、ううん、それ以前にもいっぱいお話したもの。
 ネミネさんの事、たくさん聞いちゃった。今時アレだけ隠し事しないで、ハキハキしゃべれる人も珍しいけど、でもそれが逆に好感度が高かったし、嬉しかった。
 子ども扱いも、大人扱いも無く、一人の『アーニャ』として話しかけてくれる事は、とても嬉しかったもの。

 ぽりぽり、頬を掻く。
 そりゃ、早く会いたいわよ。気にもなるし、今何やってるかとか、ちゃんとご飯食べてるのとか。修行の進み具合はどうとかね。
 けど、でもやっぱり、こういう出会いは大事よね。うん。
 顔を上げて、ネミネさんを見遣って。

「……今日は疲れちゃったから、ネミネさん。お泊り出来る場所、知ってる?」

 そう告げると、彼女は両手を合わせてぱっと顔を明るくする。
 うわぁ、可愛い。これも負けちゃうなぁ。
 ホントいい人だわ、この人。騙されちゃったりしないのかな。そういうのは勘が鋭かったりもするのかしら。

「ええ。お布団が空いていますの。是非」

 ……お布団?

「あ、あのネミネさん?」
「はいっ。是非私の寮へ。高等部の寮ですけれど、アーニャ様なら大丈夫ですわ。
 女の方ですもの。お友達なら、お泊りも問題ありませんわっ。さっ、参りましょう!」
「あ、ああっ。もぅっ!」

 手を引かれて、ネミネさんが走り出す。本当に嬉しそうに。思わず、私まで笑顔になっちゃう。
 ホントに嬉しそうなんだもの。私は手を引かれて走っていく。こんな風に、誰かに手を引かれて走っていくなんて、初めてじゃないかな。
 そう、何時も私は手を引いている側だったから。アイツのお姉さんで、アイツの行く先に、先に行っててあげなくっちゃ、いけなかったから。
 でも、こうやって手を引かれるのも悪くないかな、なんても思っちゃってる。
 だって、顔を上げてみた、目の前の人の笑顔が、あんまりにも眩しかったから、ね。


 ――――――――――――――――――――――――――七月二十七日 七時五十分


「さぁって、ネギ探しね」
「お手伝いしますわ」
『みゅぅ』

 頭の上には白蛇一匹。傍らには、ロングスカートの制服姿のネミネさん。そして、マントを翻す私。
 何とも奇異な光景だと、言わずとも私自身がいっちばんよく解っているので突っ込まないように。
 頭は痛くないけど、精神的に何かおかしい気がするのよねー。
 何かしら。腕組してのガイナ立ちとか? ガイナってなに。
 昨日一晩は、ネミネさんのお宅、と言うか寮でお世話になってしまった。
 お布団で二人並んでネミネさんおアルバム見たり、ホント、久々に『あー、私、女の子やってるなー』と思えたっけ。
 魔法の修行ばっかりで、そんなのとはてんで縁がなかったけど結構楽しかったのが、嬉しかったかな。
 それも、一先ず今日まで。ネギを探さなくっちゃいけないわけなんだけど。
 さてはて。右を見て、人。左を見て、人。
 上。気球やら飛行機やら、ココ、ほんとに学校? って思えるほどに、人が多くて変なものが多いんですけど。

「この学園って、何時もこんな感じなの?」
「普段はもっと人で溢れていますわ。今は夏休みですので、帰省や学園外活動などで出払っていらっしゃる方も多いですから」
「これで?」

 行きかう人の数は、昨日の空港と殆ど同じ。人ごみってあんまり好きじゃないんだけどね。
 道幅が広いからあんまり気にはならないかな。それだけ、この学園がバカでっかいってわけなんだけどね。
 ……に、しても。こうやって行く先も決めないで探していて、見つかるのかなぁ。
 見つからないわよね。誰かに聞ければいいんだけど。

「ネミネさんは、ネギの事を知らないのよね」
「噂程度でお話は聞かされた事はありますのですけれど……ご拝顔までは叶っていませんわ。
 ただ、皆々様、良い先生だと仰られています」

 にこりと微笑むネミネさん。ふむと、私は顎に指を添える。
 ホントかしら。どーにも怪しいもんだわ。大体、女子校の先生よ、女子校の先生!
 子供が女子校の先生なんて以下略。この学校の教育方針とか疑うわね、私なら。
 にしても、困った。そうなると闇雲に歩き廻っていたんじゃ、とてもじゃないけどネギは見つけられそうに無い。
 そもそも、この学園に居るって言う情報だけ出来たのが拙かったかも。どこの、何クラスで、何をやっているのかとか。何クラス?

「アーニャ様?」
「……そっか。ネミネさん。ネギって、何処の担当だったかわかる?」
「聞いたお話ですと、麻帆良学園附属女子中等部でしたわ。確か三年生のAクラスだったかと……」

 ビンゴ。指をぱちんと鳴らす。なぁんだ、はじめっからこうやって聞けばよかったんじゃないの。
 いやー、私もそうとうボケが侵攻しているのかしらね。魔法使いって、ほら、思慮深いから知性は隠せないよ。
 今痴性とかいったヤツ、殴ってあげるから出て来い。

「よーっし、それじゃあ出発しんこー」
「お供いたしますわね」
『みゅ〜ん』

 何とも不気味な一行だ。蛇に美人に魔法使い。
 ここに剣士とか、幽霊とか参加すると、不気味からクラスチェンジして不可思議になるんだけどね。
 ……やめよう。こういうことを言うと、何だか実際に起こっちゃいそうな気がするから。


 ――――――――――――――――――――――女子中等部3-A教室八時二十四分


「しまったぁ……そういえば今夏休みだってネミネさん言ってくれたじゃないのよ」

 orz。しくじったにも程が在る。
 教室はもぬけの殻で、人っ子一人いやしない。
 出迎えてくれたのは、黒板に書かれている夏休み前に書いたであろう、このクラスの人たちの言葉だ。
 何だか能天気そうな一団にも思えるけど。
 いけないいけない。ぶるぶると頭を振って、気持ちを落ち着かせる。
 こんな事でへばってどうするのよ、アーニャ。次なる手段を考えて、何とかネギを発見しなくちゃいけないじゃないの。
 けどどうしたもんかなと、ネミネさんに再び助言を請おうとして。

 そのネミネさんは、最前列、窓際一番端の席の横の席を、優しく指でなでていた。
 その姿は、一枚の絵にも相当する荘厳さ。指先から、憂いを秘めた真紅の眼差し、日光を弾く黒髪。
 すべてが、彼女を彼女として際立たせる、絶対の要素として、輝きを放っている。
 それに目を取られること、二十秒。ハッとして、ネミネさんまで駆けて行く。
 気付かれなくて良かった。私、絶対アホ面してたわね。

「どうしたの?」
「少し、懐かしんでいました。わたくし、このクラスのこの席で三年間を過ごしましたの」
「へぇ……そうなんだ。どう? 楽しかった?」
「少し難しいかもしれませんわね……当時は引っ込み思案で、どうも他の方とは相容れなくて……
 わたくしの隣の席の方も、結局わたくしが在籍している間は、一度もいらっしゃられませんでしたから」

 窓際、一番端の席を見遣る。日当たり良好、お昼休みのお昼寝はココ。と言わんばかりの最良好位置の席。
 そこの人が、一度登校しなかった。つまり、ネミネさんは三年間。端っこのこの席で隣の人も無く、ずっと独りぼっちだった、って、事なのかしら。

「……寂しかった?」
「そうですわね……少し、さびしゅうございましたわ」

 指で、彼女は静かに終ぞ見る事の叶わなかった同級生の机を撫でる。
 果たしてどんな人だったんだろう。ネミネさんが仲良くなれるような人だったのかしら。
 私には関係ないかもしれないけど、やっぱり、そう考えると何だかちょっぴり切なくて。

「……誰かいるぞ、さよ」

 声は、私達が入ってきた教室入り口から。
 男性の声。低い、重い、けど貫禄と言うか、どこか遠い昔から来た人のような、そんな時代がかった言葉にも聞こえた。
 振り返った先には、人影二人。一人は、こんな真夏だってのに真っ黒いコートに身を包んだ、肩から郵便印の鞄を下ろした長身、黒髪、白肌の男性で。
 その傍らしには、その男性の白肌よりも、もっと白い。ちょっと白すぎて、半透明にも見えそうなぐらいの、女の子。私よりは年上だけど、どこか幼さも感じさせるかな。

「あっ、本当ですね。どちら様……あぁっ!! ネミネさんです〜」
「えっ? えっ?」

 半透明の真っ白女の子は、真っ直ぐネミネさんへと飛ぶようにかけて来て、その手をぎゅっと両手で包み込む。
 僅かに朱の差す、白い顔。むっ、近場で見ると中々の美人さん。
 ネミネさんと比べちゃったら、そりゃ誰でも霞んじゃうけどね。けど、中々に上玉だ。

「知り合いか、さよ」
『みゅぅ!』
「うわぁ!! び、びっくりさせないでよ」
「すまん」

 頭の上の白蛇も一緒に、思わず飛び退く。だって行き成り背後から声だもん。
 そりゃ驚くわよ。背後に音も無く忍び寄っていたのは、郵便局員さんA氏。無論仮名。名前がわからないので、呼び方なんてそれぐらいしか思いつかない。
 女の子と同伴していたと言うことは、年代から見てお父さんか叔父さんだと思うけど。
 さよ。この女の子の名前、と思わしき名も呼んでたし。

「はいっ! 四年前まで同級生だったんです〜わぁ〜本当に懐かしいですよぅ〜」
「あ、あのっ。失礼ですけれど……その、どちら様で……」
「はぅ。うぅ、そうですよね。私、ずっと見えていませんでしたものね……キリウさん、お願いします〜」
「いいのか? 解った」

 で、男の人は二、三度女の子の頭を撫でる。この女の子とこの男の人、どういう関係かしらね。
 やっぱり叔父さんとか、そういう関係なのかしら。ハッ、まさか援……
 首を振る。まさか今時、けど今時だからこそ。でも、そんな関係だって言うのは見えないし。女の子はふわって浮いてる、し?

「へ?」
「まぁ」
「ぐっすん」

 アホ面の私。両手を口に、呆気に取られた様子のネミネさん。
 そして、私達の目の前に、天女が居る。実際は天女じゃないけど、それと見間違ってもおかしくない光景なのよ。
 だって、真っ白い女の子が宙に浮いているんだもん。セーラー服と、真っ白い髪の毛を靡かせて。半透明の体で、宙に浮かんで。

「私、幽霊なんです……」

 しょぼんと、女の子はあっさり言ってのける。
 私は相変わらずアホ面。ネミネさんも、これには流石に驚愕を隠しきれないのか、口元を両手で覆い。
 男の人は、静かに女の子の横に立ち、目を閉じて事の成り行きを待っている感じで。

「な、なんですってぇええええええ〜〜〜!?」

 校舎に、盛大な私の声が響いた。

 ――――――――――――――――――――女子中等部校舎 外 八時三十分

「えーっと、つまり貴女は幽霊で六十余年もの間、あの席に地縛霊として生活していた、と」
「はいっ。けど、こちらのキリウさんと出会って、こうして実体化する事が出来ているんです〜」

 ポン、と両手を合わせて笑顔の幽霊さん。何とも明るい幽霊さんだこと。
 まぁ、日中の青空の下で脚あり幽霊と話しているってこと自体、信じられないような光景なんだけどね。
 けど、さっきこの子が幽霊だって言うのはじっくり確認しちゃったし。
 ポルターガイスト現象に、透過とかね。血文字なんて始めて見たわよ。
 にしても、幽霊を実体化させられるって一体どういう体質の人間なのよこのおっさん。
 ちなみに、おっさんは見た感じじゃ20代後半よね。まぁ、私から見れば十分おっさんだけど。
 なるほど。一緒に居たのは、そういう事ですか。

「さよ、そろそろ時間だ。自分は配達に戻るが、さよはどうする」
「私はアーニャさんと一緒にネギ先生をお探ししようと思います。
 今日はお手伝いできなくて、ごめんなさい、キリウさんっ」
「気にするな。友人は大切にするべきだからな。では、嬢ちゃん達、しばらくこの子を頼む」

 それだけ告げて、男の人はコートを靡かせつつ遠くへと歩いていく。
 あの人、見かけよりも優しいかも。人は見かけによらないってホントなのね。
 でも、日本人にしてはやけに時代がかった感じだったけれど。紀元前からの空気がプンプンだわ。って、何言ってるのかしら、私。
 で、ふわっと浮かび上がる幽霊さん。それでもまだ見えているのは、あの男の人―――キリウさんにちょちょいと何か、おまじないみたいなのをかけられたからだ。
 とは言っても、頭を撫でられただけなんだけどね。それだけ影響力が強いって事なんだけど、ホント、どういう体質なのかしら。

「それでは改めて始めましてですわ、さよ様」
『さ、様付けでなんて呼ばないで下さいぃ。
 その……普通に、さよって呼んでくれるだけでも嬉しいですからっ』
「いえっ、わたくしこそ三年間もお気付けになられませんでした事、猛省するばかりですわ……
 今からでも、お友達になって下さいますか?」
『も、勿論ですっ!! 私こそ、お願いしちゃいますー!』

 で、スカスカと握手を交えるダブル美人。
 そう。美人なのだ、幽霊さんは。
 そりゃ、ネミネさんと比べれば霞んでしまうかもしれないけど、それでも白い肌、白い髪、赤い瞳は十分すぎるぐらいの魅力を秘めている。
 女の子としては、充分過ぎるほどのプロポーションだし。控えめの胸や、体格は深窓の令嬢、と言う言葉を髣髴させるに余りあるわね。
 ……私は別にねー、いいのよ。ウン。美人さんたちに囲まれてうらやましいでしょー。へっへっへ。しょぼん。
 いいわよ、別に。私は中身の女になるんだから。外見なんて、まだまだこれから。
 今は中身を十分に育てておくべきなのよ。やるわよっ、アーニャ。

「で、親睦を深めるのも程ほどにしてね。ネギの場所、幽霊さん解るかしら?
 ってか、ネギってば何やってるの? 職員室にはいないし。先生なのに、何ふらふらしてんのよ」
『はぁー、ネギ先生は最近英国文化研究倶楽部の顧問になられたんですよ。ですから、今はクラブ活動中かと……』
「顧問ねぇ……真面目にやってるの?」
『はぁい! とっても!』

 元気良く、幽霊さんは中空で応じる。うーん、何とも怪しいわ。
 幽霊さんの事、疑うわけじゃないけどやっぱりこの目で確認するまでは、どうにも納得いかないわね。
 それにしても英国文化研究倶楽部って、限定しすぎじゃないの。もうちょっと面白みのある国にすればいいのに。何でかな。

「で、どこに居るか解るの」
『はぅ!』

 ぴきーんと、笑顔のまま中空で凍る幽霊さん。笑顔のまま凍っているのが、何ともシュールだわね。
 ダラダラ汗も垂らしてるし。この子、ほんとに幽霊さんなのかしら。
 実は幻影とかで、本体は別のどこかに安置されてまーすとかじゃぁないわよね。何か怪しくなってきた。

『き』
「「き?」」

 ネミネさんと二人、並んで小首を傾げる。幽霊さんは中空で人差し指を立てたままダラダラ汗を垂らしてる。
 この後の発言はあんまり期待できそうもないけど、まぁ、それでもネギのクラスの生徒さんだものね。
 知らないにしても、勘で案外当りを引いてくれるかもと、期待で。

『き、きっと怪しいところにいらっしゃいますよー!! あ、何だかこっちの方の気がします〜。れっつごー』

 ……信用ゼロ。何とも怪しいもんだ。
 ネミネさんはやや苦笑だけど、幽霊さんに並び歩いていく。
 誘う二人。まったく、お人好しなのもなんとも困りものかしらね。けど、まだまだ今日も長いんだし、悪くないかしら。
 私もまた、彼女達についていく。それにしても、幽霊さんの登場には驚愕ね。
 予言が半分当たっちゃったけど、これって私の占いスキルの所為なのかしら。
 次は何が来るかしら。ゴスロリ少女とかきそう。乙女の直感よ。


 ―――――――――――――――――――――――空き地の洋館 八時四十五分


 で、文字通り怪しいところに着いてしまった。幽霊さんの導いた先は、林の奥のあぜ道沿いの大きな洋館。
 周辺には林が生い茂っていて、其処だけ凹になっている感じだわね。にしても、かなり大きめで、しかも豪勢な造りの洋館。
 ロンドンで修行中に見た洋館よりも、下手すると大きいかもしれないけど。
 うぅん、ここは期待して、いいのかな。

「幽霊さん、此処、どこ?」

 幽霊さんを見上げる私とネミネさん。が、肝心の幽霊さんは、右往左往を見遣っていて、何とも挙動不審だ。
 で、私とネミネさんが見遣っているに気付くと、テヘッと頬を赤く、頭を軽く掻いて、恥ずかしげに。

『……何処でしょうか?』

 ……まぁ、うん。予測はしていたわよ。こんなんになるんじゃないかなって。
 解っていた。解っていて、言わなかったのよ。
 でもしょうがないじゃないの。あんなに楽しそうに話しながら歩いていたんじゃ、迂闊に口も挟めないし。
 ふぅっと溜息一つして、周囲を見渡す。
 にしても、変なところだわね。足元は、田圃のあぜ道みたいだし、でもその先に佇む洋館は比較的新しそうにも、人の出入りがあるようにも見えるし。
 まさに怪しいと言うか、疑わしいを形状化したような場所ね。

「どういたしましょうか、アーニャ様」
「そうねぇ……一先ず、あの洋館にでも行ってみましょっか。
 せっかくの幽霊さんの案内だもの。何が見れるか、楽しそうじゃない?」
『はうぅ。ごめんなさぁ〜い』
「まっ、気にしない気にしない。偶にはいいもんよ」

 しょぼんと肩を落す幽霊さんを慰めつつ、洋館へと向かっていく。
 一人なら警戒心ばりばりで近付かないけど、三人も居れば心強いってもんよ。
 っと、四人だったわね。頭の上、そこでみゅーみゅー鳴く白蛇を撫でる。
 けど、どうしたんだろ。今日はやけに大人しかったり、やけに騒いだりするけど。
 洋館に何かいるのかしらね。怪獣、妖怪。幽霊が居るんだから、そんぐらいは居てもおかしくないわよね。
 中庭を通る。季節外れも甚だしい、季節感のズレた花々の数々。
 こんな場所、よくもまぁ見つけて洋館なんて立てたもんね。
 入り口から、凡そ百五十歩。辿り付いた洋館の入り口は、三段程の階段を上って、石柱二本で支えられた屋根の下へ。

『? 何か書いてありますね』
「“ouvert”? 何コレ」
「フランス語ですわ。Ouvert……openと言う意味ですわね」

 改めて傍らのネミネさんのすごさを痛感だわ。フランス語なんて、私習ってもいなかったから、良くわかんないけど。
 確かに、ネミネさんは留学でヨーロッパ中を廻っていたって言うけど、大半は英語で何とか出来てしまう世の中ネミネさんってフランス語にイタリア語、ドイツ語まで喋れるってんだから驚きよね。
 ……魔法じゃなくて、努力で得たもの。やっぱり、そういう力は自然に発揮されるのよね。
 に、してもオープン。ってことは、この洋館って、お店か何かなのかしら。
 とは言っても、看板みたいなのもかかってないし、お店だって言うのならもっと人通りの多いところに建てられるもんだけど。
 はてさて、一体何が売られているんだか。ちょっと、気になるかもね。

『お店なんですかー?』
「の、ようですわ、さよ様」
「入ってみる?」

 私の提案に、二人とも賛成のようだった。まぁ、ここまで来て百八十度ターンでお帰りくださいって言うのもなんだしね。
 どんな縁かは解らないけれど、折角こうして、ネギを迎えに来たのに出会ってしまった一同だ。こ
 うなったら、どこまでパーティが増えるのか試してみるのも一興ね。コンチクショー。

「失礼しまー……」
「アリスちゃぁん! これどこに置いたら良いのぉ!?」
「サマーチャイルド。淑女と言うものはもっと落ち着いて行動するものよ」

 開けた先はカオス。
 赤毛の女の人がなにやら本を山積みに持っていてあっちへふらふら、こっちへふらふら。
 眼はぐるぐるあたふたで、脚は千鳥足。何ともあぶなっかしい。
 で、そんな赤毛の女の人を流し目で見遣っている人を見つけて――――あちゃあと、自分の発言に今度からもっと責任持たなくちゃ、と猛省したわけでして。

 脚立の上。とは言っても、ステンレスの脚立じゃなくて、時代錯誤もいいところな木製の脚立の上に。
 ヘッドドレスで装飾されたドレスキャップ。ベルトで固定されている、厚底の革靴。
 全体的に、黒のイメージが強いけれど、一際目立つのが、四方八方へ散っている金髪かしら。
 もうちょっと纏めればいいのに。でも、螺旋を巻いている細めのツインテールだけは、やけに手入れしてあるようにも見えるけど。
 つまりはゴスロリっ子が居たわけだ。私の発言どおり。
 こ、この美人の園め。幽霊さんはご令嬢。ネミネさんは深窓の令嬢と来て、あのゴスロリっ子は脅威のプリンセスだわ。
 どこぞの国のお姫様宜しく、脚を組んで、あくまでも余裕の姿勢を崩さない。まさに姫様、と呼ぶに相応しい態度で。

「あーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 どんがらがっしゃーん。赤毛の女の人が、盛大にずっこける。
 勿論、お姫様は助けたりもせず、涼しい顔でカップを啜ってたり。
 あそこまで綺麗だと、何やっても絵になるわよね。うらやましい。
 さてはて、いい加減、半開きの扉前に皆で集っているのもアレだし、お店なら、入ってもいいわよね。

「しっつれいしまーす……」
「あら? お客様とは珍しいわね。
 サマーチャイルド、起きなさい。プリンセス達のお出ましよ、出迎えて差し上げて」
「うぅ……その前に助けてよぅ……」

 ふわっと、ドレスを舞い上げ、脚立の上から女の子は降り立つ。何とも不思議な雰囲気な子ね。
 私とさほど身長も変わらないけど、もっと年上にも見えるし。
 けど、どこか余裕のある態度はどこか不安を煽る様な感じかもしれない。油断大敵、かしらね。
 とは言いつつも、女の子は本に埋もれてた赤毛の娘を助けに行く。
 面倒見がいいんだか、それともあの女の人が特別なのか何とも微妙かも。
 ところで、ここってお店の割には何にもないんですけど。周囲を見渡しても、天井のシャンデリアがぎしぎし揺れているだけだし。
 何か薄暗いし。と言うか、左右から二階に伸びている階段の下、何だかガラクタが積み上げられているんですけど。

「い、いらっしゃいませ〜〜」
「服装をただしなさいな、サマーチャイルド。お客様に失礼のないようにね」

 偉ぶった態度が鼻に掛かる、何て事がないのがすごいかもしれない。アレがあの子のデフォルトって感じ。
 お姫様だからしょうがないねーみたいな。それを意図せず印象付けるんだから、たいしたもんだわ。
 で、そのたいしたもんな女の子が、どーしてこんな辺鄙なところでお店なんてやってんの?
 ふらふらぐるぐる眼の女の人は、何とも頼りない。でも、私はなんとなく好きよ。こういう人。
 なんてったって、胸が無い! ネミネさんは、アレよ、年上だから仕方ないものね。高校三年生だって言うし、あのプロポーションは納得。
 幽霊さんも、細身で、けどそれが逆に儚さと言うか、そんな雰囲気を際立たせているから良し。
 やっぱり人間、標準が一番好かれるかもねー。

「あれ? さよちゃんだ、こんにちはー」
『あ、はい村上さん。こんにちはですー』

 ヨロ、とでも言うかのように掌を合わせあう二人。
 にしても、宙に浮かんでいる幽霊さんにもフツーに話しかけられるとは。
 普通の外見以上に、普通じゃないことには慣れているってことかしらね。って、お互いに名前を知ってるって事は。

「幽霊さんって、この人と知り合いなの?」
「あれ? さよちゃん、この人達、知り合いー?」
『え? あの、えっと』

 ぱにくる幽霊さん。さて、どっちから応えてくれるのかそれを待つのも面白いわね。
 幽霊さんって、いじめがいがありそうなんだもん。純粋そうだから、結構騙されやすいタイプにも見えるし。
 こういう人って、私好きだな。ニヤリ。

「アーニャ様っ、意地悪はいけませんわ。
 村上様申し訳ありません。わたくし、聖ウルスラ三年生の嶺峰湖華と申し上げます。それでこちらは」
「ん? 私? えーっと、アーニャ。アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ。始めまして」

 ネミネさんらしいというか。この人からすれば、どんな人にもこんなんだろうから、しょうがないとは思うけどね。
 何しろ一見さんへ自己紹介って言うのも、唐突というか何と言うか。と、村上さんと名乗る普通人さんは、ん? と何かを考えるようで。

「アーニャちゃん……あーそっか、ネギ君がこの間言ってた幼馴染の女の子とおんなじ名前だー」

 吃驚して、目を丸くする。で、直ぐにむーっと渋った顔。
 あいつめ、私のこと話してるなんて。まぁ、知られて悪い事は無いけどね。
 けどアイツ、まさか魔法使いの事とか、クラスの女の人たちに知られていたりしないわよね。
 何だか不安。アイツ、。隙だらけだからそーゆーところ、どんくさいのよね。

「始めまして、私村上夏美。ネギ君のクラスのー」
「目立たない子よ」
「アリスちゃんひっどーい!!」
「作者の手でエピソードに絡む機会を失い続けるのは、在る意味稀有な存在ともいえるわ」
「orz」

 四つんばいにへたりこむ村上夏美さん。
 あー、でもうん、何か納得するわ。ネミネさんに幽霊さんが慰めるけど、残念だけどあの夏美さん、どう見たってそっちの方向のキャラクターだもん。
 絡むに絡めない。絡もうとすると、上位の人が絡んでステージから落とされる。夏美さんはなにわれですか? 哀れです。
 ま、それはどうでもいいとしてだ。ネギのクラスの人って事は、ネギの行き先とか知っているのかしらね。
 尤も、幽霊さんの件もあるからあんまり期待は出来ないんだけどね。それでも、何にも聞かないって言うのもアレだし。

「ねぇねぇ、今日ネギがどこへ言ったのか知ってるかしら」
「しくしく……うん? ネギ君? あーそういえば確か学外でなんか集中合宿だとか言ってたっけ。
 アスナが言ってたし。そういえばいいんちょも今朝なんかゴタゴタしてたけどなぁ」

 色々わかんない人名も含まれていたけど、でも英国文化研究倶楽部なのに学外合宿ってどう言う事よ。
 大体、倶楽部名からして文科系なのに、合宿ってのが変じゃないの。
 この学園なら、文科系のクラブ活動なんて苦労しなさそうな気がするし。
 だって、ネミネさんに聞いたもの。世界最大級の図書館だとか、機械工学にも秀でた才能を発揮しているだとか。それなら、学園内で十分じゃないの。

 何か怪しい。顎に手をやり、考える。
 此処に来て、ネギの最近の行動に怪しさが増す。
 帰ってくると言って、すぐに帰ってこなかったり。送られてきた写真は、やけに親しげな女の人たちと一緒だし。
 ってか、あの子、男の子のお友達とかいないわけ? 私でさえ、ロンドンでは結構同世代の友達作ったのに。
 男女関係なく。今だって、ネミネさんとお友達なワケだし。
 アイツ、そういうのっているのかしら。忠告とかしてくれるような、気兼ねなしの、色んな友達。

「夏美さん。ネギ達、何処へ行ったのか解る?」
「う〜ん、海に行くとか何とか……でもどこの海に行ったのか解んないんだよ、ゴメンね」
「はぁ……ううん、ありがとう。じゃあ知っている人を探さなくちゃいけないわね……」

 結局振り出しに戻るわけね。ま、そう簡単に見つかると、ちょっとは思ってたけどね。
 ネギったら、毎日こんな感じでふらふらしてるのかしら。ってか、英国文化研究クラブで海ぃ?
 職権乱用、活動名目で遊びに行っている訳じゃないでしょうね。

「夏美さん、ネギ達の行方解る人とか知ってるかな」
「うーん、高畑先生なら解るかもしんないね。アリスちゃん、ちょっと席外してもいい?」
「別に構わないわ。どうせすぐ会うことになるわ」

 不思議な人だわね。変な人が多いともいえるけど、この学園。
 あの郵便局員さんといい、このゴスロリっ子といい、何か変なものが憑いているようにしか思えない。
 触らぬ神に祟りなし、なのかしら。むやみに関係は持たない方がいいわね。
 そういうわけで、幽霊に美人さん、そして平凡っ子を仲間に加え、私達四人パーティはネギの行方を知る人探しに向かうわけだけど。
 にしても、バランスの悪いパーティだ。
 一人は普通の人。一人は幽霊。一人はお嬢様で、一人は魔法使い。
 戦士系が誰も居ない。ましてや、一般人と幽霊は戦闘に参加できないときたもんだ。スライム相手でも全滅するわよ、このパーティ。

「お待ちなさい、黒髪のレディ」
「? わたくし……でしょうか」
「鴉濡羽色の髪のレディは貴女だけでしょう? こちらへいらっしゃいな」

 確かに、黒髪なのはネミネさんだけだ。純和風ともいえるけど。
 彼女を、アリスなる少女が呼び寄せる。並ぶ二人は、私とネミネさんが並んだ時と同じぐらいの身長差があるんだけど、アリスと言う少女は威風堂々。怖気づくもなく、ネミネさんに向かっている。
 と、アリスちゃんは背伸びをすると、ネミネさんの首に何かをかけた。
 で、ネミネさんはそれを聞こうとするんだけど、アリスちゃんはお戻りなさいのしぐさをするだけ。
 何か良く解んない子ね。生意気、とは違うけど、よく解んない子かも。戻ってきたネミネさんは不思議そうな顔で。

「何か貰ったの?」
「あの、こんなものを……」

 ちゃらっと、首からかけられたネックレス……って言うか、細めのチェーンの先端に、四角錘がぶら下がっている、何か良く解らないネックレスを見せてくれた。
 なにか、どこかで見た事の在るデザインのような気も、しないでもない。

「アリスちゃーん、何コレ?」
「コアドリルよ」
「へ? 天元突破するの??」
「似たようなものってところよ」

 クスクス笑うアリスちゃん。夏美さんは、何とも怪訝な顔だ。
 で、天元突破って何ですか。天元、ああ囲碁の真ん中の点のこと。
 囲碁って何ですか。ああ、白黒の石を並べて陣地を広げる場所取りゲームの事ですか。
 で、何でそれとドリルが関係あるのよ。
 ともかく、貰ったものは大切にすべき、と言うのが私の自論なので、ネミネさんには大切にするように告げておく。
 勿論、ネミネさん自身もそれは承知のようで、制服の中に静かにそれをしまう。別に出していてもいいようなデザインだけどね。
 こうして洋館を後にする私達。姦しいパーティは、果てさて、どうなるんだか。

 ―――――――――――――――――――――――世界樹広場前 十時十七分


「疲れたよぅ」
『ですぅ』
「見つからないわねぇ」
「高畑先生はお忙しいですからね……致し方ありません」

 世界樹と呼ばれている巨木の下。私達はオープンカフェで飲み物で喉を潤している。
 にしても、この学園で気付いた事がある。でかい。何もかも。
 樹もでかければ、校舎も一つ一つが大きすぎる。敷地面積も大きいし、ましてや、そこにいる人間の数は大きいと言うよりは、多いのだ。とんでもなく。
 これじゃあ、見つける前に私達がへばってしまうのも無理は無い。
 事実、夏美さんと幽霊さんはぐろっきー。テーブルに突っ伏して、完全に体力不足を露呈している。
 私? 私はこう見えても体力はあるのよ。むかしっから。格闘系も得意だしね。
 で、ネミネさんは、あの細身の何処にそんな体力があるのかと。とにかく、涼しい顔で、夏美さんと幽霊さんを労っている。

「人が行く先行く先で多すぎるのよ。どうなってんの?」
「うーん、今は夏休みだから……部活動で、結構色んなところ活動中なんだよね」
『でもこれでも学園内の人はまだ少ない方ですよねー。学園祭前とかは、すごいですもんね』
「ええ。少々見ている私達の方が気恥ずかしいいでたちの方も、いらっしゃられますものね」

 どんな学園なのよ、ここ。ネミネさんからある程度は聞いていたけど、まさかここまでそんな度外視な場所なんてネギも言ってなかったわよ?
 溜息一度で、空を見上げる。まったく、何でこんなにネギの場所探すだけで振り回されなくっちゃいけないわけなのよ。

『あっ。村上さん村上さん、ショーコさんですー』
「あ、ホントだー。おーい、ショーコさん」

 幽霊さんと夏美さんの声に、顔を戻す。と、向こうから、女の人が駆けて来た。
 駆けて来たんだけど、近寄ってくると女の人に思えないから不思議だ。
 先ず、髪。真っ白いというか、銀色。日光を浴びて輝く銀髪は、それこそ足元に届くほど。
 だのに、ノースリーブのシャツに、下はスラックスのだぼだぼズボンなのよね。
 男の子の格好って言うのかな。にしては、体は細身だし。何だか、幽霊さんのご親戚みたいね。目も赤いし。

「どしたの? さよさんにナツミン。今日は先生達やアリスさん、キリウさんと一緒じゃないんだ」

 声は、透明感のある声。と言うか、男でも、女でもない。まさに透明。どちらでもない声だけど、何故か良く通る、綺麗な声だった。
 私達へと一礼加え、私達もそれに軽い会釈で返す。
 礼儀とかは弁えているみたいね。好感度アップ。

「うー、何時でも一緒、とはいかないからねー」
『そうなんですー、お友達づきあいの日なんですよー。ショーコさんは、綾瀬さんとは?』
「今日はゆえゆえの代理、かな。ホラ、あの子最近英国文化研究クラブってのに入部したんだって。
 だから児童文学研究会と哲学研究会の方が手が足りなくなっちゃってさ。
 そんで、こうやってるの。まさに代理、だね」

 にへへと笑う、ショーコさん。これまた男性なんだか女性なんだか解らない、快活な笑顔だ。
 口調もそうよね。男性でも、こういう人って偶に居るし。女性でも、こういうしゃべり方の人って稀に居るもの。
 まぁ、ショーコさんの詮索はここまでとして。
 この人の言う「ゆえゆえ」なる人物も英国文化研究クラブの一員と。
 新情報ね。にしても、元々居た部活動から切り替えてそっちに注目するほどなのかしら。
 どう考えても、児童文学研究会の方が有意義だと思うんだけどな。
 それに、哲学研究会ですって。そんなのに入っている人間が、行き成り英国文化研究クラブ。
 怪しい。何か、おかしい。

『ショーコさん、ネギ先生の居場所を知りませんかー?』
「? ネギ先生探してるの? ゆえゆえは海に行くとか言ってたけど、それの同伴じゃないかな。引率。
 でも、うーん、ちょっと解らんね。詳しくは聞かなかったから。
 ホラ、こっちはこっちで、ゆえゆえの代理、やらなくちゃいけなかったからさ」
「あーそっか。あ、それじゃあ、高畑先生の場所とか知ってるかな」
「高畑先生? さっき工学部のほうに歩いてるの見たよ」

 おっと、ここで有力情報をゲット。ちなみに、私は高畑先生、と言う人物が誰かを知っている。
 高畑先生、だけなら解らなかったけど、さっき『高畑・T・タカミチ』であると知らされて、すぐに顔は頭の中に浮かんだ。
 魔法界有数の、魔法を使えない、魔法使い級能力者。それが高畑・T・タカミチって人。
 最強クラスの一人で、普段は非常勤講師っても聞いてた。でも、まさか此処の教師だったなんてね。

「有力情報ゲットね。行きましょ」

 で、いざ立ち上がって行動開始と行きましょうかと奮い立った直後に。
 どーんと、遠くで黒い煙が上がるのを見た。
 普通なら、此処で騒ぎになったりもするでしょう。けど、そうじゃないのよね。皆、やけに落ち着いているって言うか。

「工学部の方だねー」
「また実験機でも暴走したんじゃないかな。あそこ、ほぼ毎日だし」

 ……毎日ですか。そうですか。
 なるほど、この人たちの落ち着きようも納得がいったわ。
 けど、私はそんなに余裕を持っている場合でもない。事件、事故で被害が最小限に広がるのを抑えるのも、魔法使いのお仕事だもの。

「ちょっと行って来るわ! 皆はここで待っていて!!」

 走り出す私。目印は、あの黒い煙だ。魔法でちょちょいと脚力強化をかければ、ものの数分でたどり着くでしょう。
 ダンと踏み込み、一気に走りぬける。
 背後では、ショーコさんなる銀髪の人が、髪の靡かせて私を見送り続けていた―――――


 ―――――――――――――工学部エリア 十時二十四分


 エリア内に踏み込んだ瞬間、違和感を感じる。
 それは魔力の波動だ。誰かは知らないけど、どうやら魔法で結界を張り、進入禁止エリアを構築しているみたい。認識阻害の魔法は基本中の基本。私だって、記憶操作の魔法は使えるもの。
 で、ざしゅっと参上するとだ。そこではちょっとした怪獣映画並みの光景が繰り広げられていたわけで。
 空中には、黒衣を纏った女の人が、人形のような物に乗っていて、方や、傍らには白いスーツ姿の男性。
 言うまでもなく、かの高畑・T・タカミチさん。魔法界最強の拳闘士。で、その二人が向かっている相手は。

「何アレ」

 ロボットって言うのは、何度か見た事はある。テレビや雑誌でね。
 つまりは、そういうものなんだけど。これが、むき出しの恐竜の外見なんだ。
 皮膚の無い恐竜。内面が全て機械で造り出された、恐竜型のロボットね。
 あんなものを造り出せるなんて、この学園、どういう技術レベルなのよ。
 っと、そんな事考えている余裕もない。恐竜型のロボットは、順調にずしんずしんと前へ進んでいく。
 いか侵入阻害の魔法を使っているとは言えど、基本、出入りは自由なのよね。
 認識を阻害しているだけで、直接的な阻害は出来ないわけだし。

「援護するわ!!」
「!? 貴女、魔法使いですか!?」
「そうよ! 自己紹介はあと! 私は何すれば良いの!?」

 黒い影を操る女の人がこちらへ眼を向ける。私はマントを翻し、両拳に炎を纏う。
 私の戦闘スタイルよ。この燃える拳で、ネギをぶっ飛ばしたりしたもんだけど、修行の結果、強力な攻撃力を秘めた一撃をひねり出せるものとなった。
 さぁって、どうしてやろうかしら。キランと眼を輝かせて、舌なめずりした所で。

「!? アーニャ君かい!? 一体何故此処に……
 いや、今は僕たちの事はいい!! 君は後ろの皆を退避させるんだ!!」
「……? 後ろの、みんな??」

 恐竜に見えざる攻撃を加えつつ、高畑さんはそう告げる。
 後ろって、誰の事を言ってるのかしら。頭の上にクエスチョンマークをたくさん浮かべて、振り返ってみると。

「うわー、工学部の人すごいなぁ。あんなの作っちゃうんだ」
『きょ、恐竜さんなんて、初めて見ました〜はぁ〜やっぱり生きてると、いいことあるんですねっ!!』
「まぁ……流石は工学部の皆さんですわね」
「んな。なんですとぉー!?」

 背後には、世界樹広場前に待機させてきたはずの夏美さん、幽霊さん、そしてネミネさんが関心の眼差しで恐竜を見上げていたりする。
 な、なんで認識阻害の魔法が利いていないのよ!? ってか、なんで着いて来てるのよ!!

「あ、あんた達ぃ!! 早くこっから離脱しなさいっ! 危ないでしょ!」
「あー。アーニャちゃんダメだよ、年上にそんな口の聞きかたしちゃ」

 何を落ち着いてるのよ、夏美さん!! ってか、普通こういう状況ってもっと慌てたりしないっけ!?

『学園祭の時の空気みたいですねっ、私、こういう空気大好きです〜』

 能天気幽霊ここに現る。ニホンの幽霊に対するイメージ、だだ崩れ。
 柳の下で『うらめしやー』は捏造だったと連絡しなければいけないわ。

「も、申し訳ありません、アーニャ様。さ、皆様。ここはアーニャ様らにお任せして、わたくし達は……」

 うぅ、ネミネさん。貴女だけよ、そうやって私の言い分をちゃんと実行してくれるのは。
 でも出来ればもうちょっと慌ててほしいと思うのが私の本心なのよね。
 ほんわかした空気で避難を促されても、あんまり効果がない気がするんですけど。

「!! アーニャ君!!」
「へ? あれ?」

 声に振り返る。って、こっちに接近してくる、ロボ恐竜。しまった、あんまり騒ぐもんだからこっちに照準が向いちゃったの!?

「みんな! 逃げてっ!!」

 とは叫ぶけど、夏美さんはあたふたあたふた。幽霊さんはひーんと泣いているし。
 ネミネさんは、そんな二人を庇うように手を広げて立つ。
 ど、どうすればいいのよっ!! 幾らなんでも、三人同時に助けるなんて無理じゃない。
 高畑先生は間に合わないだろうし、影使いの女の人も、間に合いそうに無いっ。
 ダメだ。私が、何とかしなくちゃ。私は三人の前に立って、一人拳を構える。
 来るなら来なさい。こんな事で、私は負けないからねっ!!
 直ぐ目の前まで迫る、ロボ恐竜。ぐっと踏み込み、けど、私の破壊力じゃ、一撃で止められるか。
 ぐっと、深く構える。両手に纏った炎の威力で、ホントに、止められるの!? そう、不安を感じた刹那、背後から。

「レディ、貴女は黒髪のレディを助けなさい」
「さよは自分が助ける。お前はお前の守るべきものを守れ」

 声は二人。一時だけだったけど、あんまりにも印象的過ぎた人たちの声。
 それを、今は信じるしかない。振り返り、瞬時に私はネミネさんの手をとると魔力を流し、その手を引いて飛び上がる。
 刹那、夏美さんと幽霊さんがわぎゃーって抱き締めあい、涙目になる光景が映って―――
 ―けど、二人の姿は私の視界から消え、私達の居た場所をロボ恐竜が通り過ぎていく。
 スタッと、近場の地面に着地する私と、ネミネさん。お互い、何が起きたのかって不思議そうな顔をしていると。

「さよ、無事か」
「き、ききききキリウさぁん……腰が抜けちゃいましたよぅ……」
「大丈夫? マイ・アリス」
「あ、アリスちゃん!? あ、相変わらず神出鬼没だねぇ……」

 私の傍らに、方や軽々と幽霊さんをお姫様抱っこで持ち上げている黒コートの郵便局員さんに、
 方や、軽々と、それでいて、風船のように夏美さんを僅か、両手の上で浮かべつつお姫様抱っこの体勢をとっている、ウェディングドレスのような真っ白いドレスに身を包んだゴスロリっ子が、降り立つ。

「キリウ君!? それにスティア君も来てくれたのかい!?」
「高畑教諭。ここは自分達だけで大丈夫でしょう」
「そう言う事。お二人は工学部でまだ暴れている小規模の方をお願いするわね」

 郵便局員さんは、どっから取り出したんだか、赤い刀身と蒼い刀身の剣を引っ張り出し、地面に突き刺し。
 ゴスロリっ子はスカートの端を抓み上げると、令嬢の嗜みであるかのように、空中の二人へと一礼を成す。
 ってか、この人達、魔法関係者なの!?

「……解った。ここは任せよう。高音君、僕達は工学部校舎内の鎮圧だ」
「よ、よろしいのですか!?」
「大丈夫。彼らなら、問題ない」

 僅かに微笑をこちらへ向け、高畑さんと影使いの魔法使いのお姉さんは、あっさり飛び去ってしまう。
 目の前には、とてもこの面子でどうにかなるような相手じゃない、巨大ロボ恐竜。
 キシャーと上げる雄たけびは、真に迫る脅威。まぁ、真の恐竜がこんな風に鳴くとは限らないんだけど。
 飛び去る二人の魔法使いを尻目に、私達は恐竜へ向かう。
 一歩踏み出るのは、ゴスロリっ子と、そして、幽霊さんを降ろした郵便局員さん。そして、郵便局員さんの横には、幽霊さんも踏み出していて。

「それでは、私が動きを止めましょう」
「ではさよ、自分達は」
『はいっ! キリウさん、お願いしますねっ!!』

 静かに掲げられる、郵便局員さんの左手。倣う様に、隣り合った幽霊さんはその右手を上げると、同時に振り下ろし。
 指先は恐竜へ。そして、二人の手は、しっかりと、まるで、絆の様に。
 まるで、遥か以前から、その行為をすることが当然であるかのよう指を絡ませて。

「ad」
『eat!!』

 契約の言葉を、紡いだ。驚愕するのは、私とネミネさんの二人だけだ。
 何故か一般人っぽかった夏美さんは落ち着いていて、ウェディングドレス姿のゴスロリっ子も、非常に落ち着いて、スカートの中、コツンコツンと革靴をコンクリの地面を蹴るようにしている。
 光が、幽霊さんと郵便局員さんを包み込む。紡がれた言葉は、紛れもなく『adeat』を示した者同士の、契約の言葉。
 魔法使いが、その従者と交えるものだけど。今の言葉は、間違えなく。
 しかも、今のはただの『Pactiō』じゃない。双方が同時に『adeat』を謳う、契約の中でも珍しいとされる。

「Duplicar Pactiō《重複契約》!? 互いに契約しあうPactiōじゃないの!!」

 Pactiōってのは、本来は魔法使いが従者と交える、一方通行が基本。
 そりゃそうよ。魔法使いの従者は魔法使いを守るもの。従者は魔法使いから魔力を供給してもらって、その肉体を強化。魔法使いを守るものなんだから。
 だと言うのに、幽霊さんと郵便局員さんは互いに契約しあっている身なんだ。
 つまり、幽霊さんは郵便局員さんから魔力供給してもらっていながら、郵便局員さん自身も、幽霊さんから魔力供給を受けていると言う、相互の関係。
 この契約は、魔法界でも特に珍しい。お互いに魔法使いである場合でも、滅多にこの契約が執り行われる事はない。互いに魔力を消費しあうなんて、ナンセンスだもの。

 けれどそれでもこの契約をやらない人が、完全にいないわけじゃない。
 この契約は、まさに一蓮托生の仲であるからこそ交えられる場合がある。
 だから、こう言われる事がある。本契約の中の本契約。相手を心底、並みの信頼以上に信頼している仲であるからこそ交えられる、究極の契約。
 それがこの『Duplicar Pactiō』なの。でも、どうして幽霊さんと郵便局員さんが?
 光が晴れる。その向こう現れた影は、二つ。一つは、ニホンの宗教の一派。神道が如く、白と紅の袴姿の郵便局員さんと、
 方やもう一つは、ボディラインがくっきり浮かび上がる、真っ白い着物姿の、幽霊さん。
 そして感じるのは、両者の服からあふれ出る魔力。アレ、服そのものがアーティファクトだ。

「さよ」
『はいっ! お借りしますね!』

 宙に浮かぶ幽霊さん駕、静かに郵便局員さんの首に両手を回す。
 郵便局員さんは、静かに目を閉じ。幽霊さんも、目を閉ざすと。

「『Nosotros a la vez Vida o de muerte Él agarros.《我ら、共に生死を抱かん》』」

 声は二種。二人の言の葉。解き放たれる名は、恐らくはアーティファクトの名前。
 聞いた事があるもの。Duplicar Pactiōでは契約者は全く同じ能力のアーティファクトを有すると言う。
 それは、お互いの絆の証。お互いの思いの証明。相手をより思っているからこその、アーティファクトの名前。
 ましてや、幽霊さんと郵便局員さんの解き放つ真名は『我ら、共に生死を抱かん』それがどれだけの絆のつながりを意味するのかなんて―――解らない、私じゃないわ!!

 光が二人を包みこみ、そして、解き放たれる。
 人影は、たった一つ。目の前に立つ、長身の――――白髪の、人。
 幽霊さんのような真っ白い、雪のような、透けるような白い髪。
 けれど、その身長は郵便局員さんそのものの、長身。
 両手に握られる、赤と蒼の剣。
 金色に縁取られた緋袴と、その下の肌まで透けてしまうような白袖に身を包んだのは。

「『それじゃあ、ちょっと頑張りますねっ』」

 女性の声。大人の女性の声で、目の前の人影が振り返る。
 頬に、何か不可思議な文字が淡いグリーンで浮かび上がっている女性。
 プロポーションは、言うまでもない。美人を通り越して、人間とは思えない優麗さ。
 それでいて、質実剛健さも感じさせるような、そんないでたち。

「ひょっとして、同化!? ウソ、ホントに!?」
「『うーん……良く解りませんけど、今キリウさんの体をお借りしているのは、間違えないですね』」

 にっこり笑う幽霊さん、いや、優麗さんと言うべきかしら。けど、驚くべきはその二人のそこまで出来る、繋がりの深さ。
 互いに相手を思っているからこそ、ここまでの繋がりが持てるんだと、感心する以前に驚愕しか生まれない。
 同化とは、相手の心も体も、何もかも譲渡することだ。
 それはまさに一蓮托生、一心同体。
 『相手が死ねば、自分も死ぬ』と言う、究極の関係に他ならない。

「私もサマーチャイルドとそんな関係になりたいものだわ。けど、サマーチャイルドはあまり乗り気じゃないの。悲しいわ」
「うー、私と一心同体になってもあんまりアリスちゃんに得があると思わないんだけど……」
「あら? 私が何時自分の得を願って? 私の得は、貴女の得。サマーチャイルドの幸が、私の幸なのよ?
 一心同体にはね、心の清らかさが出るわ。誰よりも一人を思う事。何よりも一人のために、命を賭けられる事。
 それが“清い”というものよ。潔しと言う言葉はね、『勇め清い』とも言うの。
 善悪なんて無いわ。信ずる誰かのために、己を捨てられる心意気。
 それこそが、一蓮托生になれる仲の、真意。
 私にはあるわよ、サマーチャイルド。私は、貴女の為に死ねる」
「うー。冗談でも笑えないよ。私は……そうだなぁ、アリスちゃんや、ショーコさんや夕映ちゃんの皆一緒で居られるのが一番かなぁ。皆の事も大好きってのは、ダメ?」
「それでこそ、サマーチャイルド。夏の子供よ。共に夏を駆けてく、あの懐かしの日々に思い馳せる子に相応しいわ。
 では、私の役目はその日々の隔たりを守護するもの。さぁ、おいでませ、モンスター。JANUSとΑθηναがお相手するわ」

 方や、ウェディングドレス姿で踏み出すゴスロリっ子。
 こっちはこっちで、複雑すぎる関係性を夏美さんと持っているみたいで、何とも意味がわからない。
 解るのは、彼女が、ゴスロリっ子が、異常なほどに夏美さんへ愛情を注いでいると言う事で。
 そして、夏美さんが、それを理解し、受け入れ、かつ、それでも構わないと、納得している事。
 に、してもヤヌスとアテネね。方や、未来と過去を司る双子の神。方や処女女神にして軍神。
 例えがうまいと言うか。って、双子神は、融合幽霊さんで解るけど、あのゴスロリっ子がアテネって言うのは、ちょっと違うような気もしないでもないけど。

「って、ちょっと待ちなさいよ!? このメンバーって、魔法使いの事、知ってるの?」
「『? はいー。私はちょっと前に学園で起きた事件の時に。キリウさんと一緒に』」
「んー。魔法って言うのは良く解らなかったけど、アリスちゃんと付き合ってると、魔法以上の異常事態に巻き込まれちゃうからねー。慣れちゃった」
「そういうフェニックスの片割れは、どうなのかしら?」
「ふぇ、ふぇにっくす??」

 幾ら火属性の魔法使いだからと言って、そんな風に喩えられたのは始めてかも。
 フェニックスって、不死鳥じゃないの。私はそんなに上等なもんじゃないと思うんだけどなぁ。
 でも、片割れって、どういうことかな。でも、直ぐに気付く。片割れ。そんなに、一人しか居ないじゃないの。
 眼を横へ向ける。そこに佇んでいるのは、驚いた様子――――でもなく、丁度、私を見遣っていたネミネさん。
 刹那、どこか、懐かしい記憶を思い出させる。
 懐かしいあの頃があったような気が。思い出せもしない、遥か以前の物語をなぞる様な。そんな、気持ち。

「さて、では止めはBrünnehildeに任せるとして。スノウホワイト、参りましょうか。動きは私が止められるわ」
「『あのー、止めはアーニャさんとして、動きを止めるのがアリスさん。それじゃあ私は何をすればいいんですかぁーうぅー』」
「情けないわね。その剣は切り裂くためだけのもの? 戦いは人が始めるもの。武器が始めるものではない。
 武器の使い道は、持ち主次第よ。さぁ、貴方の剣は、何を断つ剣かしら? 行きましょう」
「『キリウさぁん。どうしましょー。意味が解りませんよぅ。え? うぅ、解りました。頑張りますっ』」

 飛んでいく、ウェディングドレスのゴスロリっ子に、融合幽霊さん。
 で、始まるサーカスパレード。とは言っても、兎みたいにぴょんぴょん飛び跳ねるゴスロリっ子に、融合幽霊さんがそれのサポートをしているって具合だけどね。
 積極的な攻撃には移らず、その場に戒めているっていう感じだけど。でも、どうして。
 ネミネさんを、見遣る。言葉を思い出した。ブリュンヒルデって、ワルキューレの名前よね。
 でも、何で? ネミネさんが、私の運命の人だって言いたいの?
 まさか。彼女とは、初めて出会ったんだし、そりゃ、イギリスからずっと一緒だったけど、そんなにお互いの事を熟知しているわけでも。

「アーニャ様も、魔法使い、なのですか?」
「うっ……」

 今更だ。戸惑うべくも無い。何しろ、さんざん見られて、聴かれていたんだもの。
 僅かに、視線を外す。人影は、私とネミネさんだけ。
 頭の上で、みゅうみゅう鳴いている白蛇が居るぐらいだ。後は、私と彼女の二人だけ。

「……そんなもんよ」
「まぁ。素敵ですわ」

 ぷいっと、顔を赤らめてそっぽ向く私に、ぽんと両手を合わせて、ネミネさんが笑った。
 解っている。ゴスロリっ子が何を言いたいのかは、解っている。
 あの二人の戦力は、私でも十分解るほどだ。
 融合幽霊さんの持っている剣は、特別製のマジックアイテムで、魔剣と呼ばれる部類に属する武器だし。
 ウェディングドレスのゴスロリっ子だって、何も手を用意していないようには見えない。
 そんな、一個大隊にも匹敵するような戦闘能力を有しているだろう二人が、一挙に殲滅する気じゃないのは――――簡単に言えば、待っているから。
 誰をって? 決まってる。私と、そして、ネミネさんをだ。
 どうしてかは、解らない。けど待っている。
 私とネミネさん。
 つまり、私が契約した、嶺峰湖華、と言う女性を。私と仮契約した彼女を、あの人たちは、待っていると言うの。

「……アーニャ様。こんな状況ですけれど、言わせてもらってもよろしいでしょうか」

 言いたい事なんて解っている。そっぽを向いたまま、足元をがしがしして、聴く。

「わたくし、初めてアーニャ様に会った時、初めて、と言う気がしませんでしたの。
 何故か……とても昔に、会った気がしたので。だからこそ、駅ではご協力したのですわ。
 そうでなければ、ああも連携は取れませんでしょう?」

 私だって、解ってる。会って数秒の私達が、あそこまで息の合ったコンビネーションを発揮できるワケがない。
 歳も、外見も、何もかも違うはずの私達。
 外国人と外国人の筈なのに、呼吸も息も、意気すらあった。
 それが何かを示している意味を。理解できないはずが無い。
 きっと、これがネカネお姉ちゃんの言っていた、運命的な出会いってヤツなのかもしれない。そう思った。
 Pactiōする相手は、運命的な相手だって。
 だって、その後の人生さえも決定しかねない、大事な出会いだ。
 だから、この人と出会って、あまりの息の良さを感じた時、私は思ったの。この人と一緒なら、きっと、何でも出来るって。

「……あの、アーニャさ―――――」

 だから、ぐっと息を飲み。がしがし足元でやっていた足を止め。キッと正面を見遣る。
 そう。目の前には、言いかけのネミネさん。私は飛び跳ねる。
 飛び跳ねるようにして、ネミネさんを頭を両手でがっちりキープ。
 その唇に――――私の、唇を重ねた。

 淡い光が、私達を包み込む。優しい光。それ以前に、私の唇に残るのは、柔らかな感触。
 やば、顔真赤だわ、私。目の前にはきょとんと、唇に指先をやる、ネミネさん。
 もう、よく解らない。解らないけど、でも。私は真っ直ぐにネミネさんを見遣る。
 頬は真赤。火が出そうなぐらい、熱い。けど。けど、どうしてかこれが、当然だと思った。

「今度は、先に行かないでね」
「ええ、勿論ですわ」
『みゅぅ〜皆さん、いっしょですですっ!』

 意図しない声が響いた。手を取り合う。私は笑い、彼女は笑い、そして、頭の上の白蛇まで笑っているような気がした。
 行こう。今度は、皆一緒。それが何を意味するのかは、解らない。
 何処から来たのか、何処へ行くのか、どうするべきなのか。
 何をなすべきなのか。何に向かうべきなのか。
 これから、何が起きるのか。すべてはわからない。
 解らないけど――――今度は、この人と最後まで一緒で居たいと、願った。

「「『adaet!!』」」

 三者三様に謳う言葉は契約の印。輝く、私とネミネさんの体。光はゆっくり、私達の体から衣服を剥ぎ取っていく。
 けれど、剥ぎ取られた先から現れるのは、肌じゃない。何とも少女趣味な、白黒のメイド服っぽい服装。
 全体的に鋭利な印象が際立つ表地が黒く、裏地が白いスカート。
 大きく広がった提灯肩は肩口が裂け、二の腕が露になる。
 私の腰には、クリムゾンレッドの大きな大きなリボン。ネミネさんの腰には、シルバーの輝く大きなリボン。
 掲げた私とネミネさんが、何かを握る。それは、あの洋館でゴスロリっ子から貰ったあの、四角錐状のネックレス。
 それが一瞬で巨大化する。ドリルのような、上から見れば八角形の星型に見えるでしょう、ソレ。
 その基部に、多種多様な器機が合体して巨大なドリル兵器になる。
 けど悟る。これは楯。守りの楯であり、けれど攻めの槍。相手に突貫する、貫通の楯なんだ。
 光の中から、二人現れる。共に銀髪。長い長い髪の毛は銀色に染まっている。
 不思議と、恥ずかしげも無い。近場に夏美さんが見ているのに。
 恐竜を押し留めている、ゴスロリっ子と融合幽霊さんがいるのに。
 その視線も気にならない。

「行くわよっ! ネミネさん!」
「はいっ。参りましょう」
『みゅー!』

 ネミネさんは右手。私は左手を伸ばして、楯の基部を握り締める。指を絡め。二度とはなれないように。
 向かう先は、正面。ロボ恐竜。どうやったのかは知らないけど、ロボ恐竜は何か、重石を乗せられているかのように動かず、そして、両手に当たる位置は、切り裂かれて文字通り、手も足も出ないって具合だ。

「Folts・la・tius・lilis・lilios《フォルテス・ラ・ティウス・リリス・リリオス》!!
 Penetrar《貫け》!!」

 たった、一言の呪文。それで十分。
 突貫楯の八方からジェットエンジンが飛び出し、そのまま推進力となり、相手へと突っ込んでいく私と、嶺峰さん。そして、レッケルの魔法少女隊。
 貫けないものなんて無い。私達にできない事なんて、ないっ!

「「horizonte ráfaga《ホライゾン・バースト》!!」」

 突っ込む。魔法使いの威厳なんて、これっぽっちもありゃしないけど―――――私達には、これが一番。


 上等なのよ!!!


「と、言うわけでめでたく突貫魔法少女、と言うワケね」
「何ソレ、アリスちゃん」
「女の子らしくないと言ってしまえば、そこまでだがな」
『でも、かっこよかったです〜』

 正面に立つ四人組に褒められて、ちょっと頬を掻く。ネミネさんも恥ずかしそうに、両手の指を絡め、股の手前でもじもじしている。
 だって、嶺峰さん、まだ魔法少女ルックなんだもの。なんでもお気に入りになってしまったらしい。
 うーん、普段から露出の少ない人が急に露出過多の服装に着替えるとはまるって、何か聴いた事あるわね。アレ? アレなの?

「それにしても派手にやっちゃったねー、良かったのかな」
「酷いわサマーチャイルド。私の心配はしてくれないの?」
「わぁー! ご、ごめんごめん! 機嫌悪くしないでぇ!!」
『夏美さんも私とキリウさんみたいに相互契約したらいいですよぅ。一緒に戦えますもの』
「自分としては不本意だがな。さよに危険な真似はさせられん」
『くすん。キリウさん、本気ですかぁ?』
「さぁな。お前が一番良く解っているんじゃないか?」

 浮かぶ幽霊さんと手を取り合う、郵便局員さん。
 方や、ほろほろと泣き真似のゴスロリっ子に許しを請う、夏美さん。
 ははは。何だか私達みたいね。似たもの同士、なのかしらね。私なんて、恥ずかしさなんて吹っ飛んじゃった。

「ご苦労だったね、皆。キリウ君にスティア君も助かったよ」
「私としてはサマーチャイルドが無事なら言う事はないだけなのだけれど」
「高畑教諭こそご苦労さまです。自分達はソレ相応の力を持っていながら中々お手伝いできませんので」
「な、何故私を誰も労ってくれないのですか……」
「た、高音さんっ、ファイトっ」
『ですよ〜』

 大人組と子供組の差がハッキリしてるわねー。私とネミネさんは、どっちかしら。
 私は大人? それとも、子供? ネミネさんは大人? それとも、子供?
 お互いに、見遣る。不思議と笑えた。なんて言うか、ちょっと楽しそうに笑う彼女の笑顔が、嬉しかった。


 ――――――――――――――――――――――工学部校舎前広場 十一時九分


「ネギ君? そういえば……確か六里ヶ浜に行くといっていたっけな」
「ろくりがはま?」
「わたくしなら解りますわ、アーニャ様」
「じゃあ案内お願いねっ! 色々ありがとう、皆。じゃ、ネミネさん! 行きましょ!」
「ええ!」

 駆け出す私と、ネミネさん。流石にネミネさんはもう魔法少女ルックから制服姿に戻っている。

「あ、ネミネ先輩!!」
「?」

 声は、影使いの魔法使いさん。確か、高音さんだっけ。ネミネさんの制服と同じ制服。
 まぁ、ネミネさんはロングスカートだけどね。彼女に呼び止められて、ネミネさんは踵を返し。

「……いいえ。なんでもありませんでした。彼女と仲良くしてくださいね」
「ええ。ありがとう、高音様っ」

 何を言いたかったのかは解らない。けど、私へ微笑みかけるネミネさんは優しげだ。
 差し出される片手。それに、私も片手を乗せ、共に歩き出す。


 さぁ、待ってなさいよ! ネギっ!!


「……アリスちゃん、あの二人のこと知ってたの?」
「いいえ、けど、良く知っているわ」
『どっちですかー?』

 アリスティアは静かに微笑む。見遣る先には、二人の少女の背中。

「今度は風にも炎にも浚われないようにね」

 それは予言だったのだろうか。それとも、嘗てを謳ったのか。
 枯原キリウと相坂さよ。
 村上夏美とアリスティア。
 
 嶺峰湖華とアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ。
 彼女達の物語は、まだ、始まったばかりだ―――――

 

 

 

 

 

 

 Thank You Reading For YOU!

 Good Bye…………

Extra Chapter00


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