Act1-6

 

【志貴(過去)】


「――――斬る」

『がっ…?! ごふっ…』

(ドガッ!!)

木々の間を飛ぶ烏族の一人と交差した瞬間、喉を斬りつけて直線上にあった木の幹に叩きつける。
驚いた烏族達の動きが止まり、格好の的へと変わる。
それはさながら、蜘蛛の巣にかかった獲物のように。
蜘蛛の巣に獲物がかかったのならば、獲物は蜘蛛に食われるのを待つのみ。

「…不用意に動きを止めるアンタらが悪いんだよ」

木を足場に森を縦横無尽に駆け抜ける志貴の動きは、烏族を翻弄し、彼らを森へと縫い付ける。
ある者は気付かぬ内に懐に潜り込まれて、心の臓を貫かれていた。
またある者は背に獲り付かれ、振り向く首の勢いを利用され、首を捻じ切られて絶命した。
向かってくる志貴を真正面から迎え撃った者は、疾り込んできた残像を斬らされた刀を足場にされ、腕が霞む程の速度を誇る無数の斬撃を近距離で喰らい、上半身をズタズタにされて死んだ。

一人、また一人と、年端もいかない子供ごときに絶命させられていく仲間の姿に恐怖を覚え、目標を志貴から刹那へと変えてその場から離れようとする。


――――が、それは既に叶わぬことであった。


「吾は面影、糸を巣と張る蜘蛛…。『七夜』を相手に森で戦うなど…愚か」

『な…『七夜』だと…?! お、おのれ…ただの人間の餓鬼ごときに…! 舐めるなぁぁぁっっっ!!!』

幼い志貴の背よりも更に丈のある刀を振り上げ、全速力で志貴へと迫る。
志貴は身を低く屈めると、烏族へと向かって真正面から疾る。
眼前まで来た志貴に勢いよく刀を振り下ろした烏族の男は、細い枝を斬った以外に何の手応えも無く、空中でたたらを踏む。
残像だと気付いた時には既に遅く、背後へ逆さに降ってきた志貴に穴を穿つほどの握力で首を掴まれ、子供とは思えぬ腕力で視界を後ろに270度回転させられて地面へと落下していく。

――――その烏族が最期に見たのは、地面に埋められた円卓を思わせる、広く大きな石だった。

「ふぅ…さて、せっちゃんは…と」


この後、自らのした行為のせいで、赤い顔のまま惚けて動かない刹那を、自分の家までおぶって帰ることになったのである。


〜朧月〜


【志貴】


『…ワラキアが? くっ…ある程度、可能性としては予想していましたが…』

電話越しに、シオンの悔しそうな声が聞こえてくる。
彼女は今、遠野家に逗留しながら、吸血鬼化の治療の研究を続けている。
ワラキアが消えた後、吸血衝動にある程度抗うことはできるようになったが、未だ半吸血鬼としての部分は残っていた。

「可能性ってどういうことだよ、シオン? アイツは確かに俺が…」

『ええ、確かに志貴の協力によってワラキアは倒しました。が…仮にも二十七祖の一角です。その能力については、不明な点が多々存在しています。可能性として、いくつか予測はできていましたが…』

「ふーん…シオンにもわからないことってあるんだな」

学者肌のシオンは博識で、何でも知っているようなイメージを持っていたので、無意識のうちに言葉が漏れ出していた。
…が、それはシオンに対して言ってはいけない言葉の一つであった。

『黙 り な さ い!! そもそも情報不足であるというのに連絡してきた志貴に問題があるんです! いいですか、ワラキアに直接遭遇したとかその姿をはっきり見たとか、もっと確実性のある出来事ならばまだしも、そんな有り得ない季節に雪が降って、ワラキアっぽい人を見たからなんてあやふや過ぎです!! 大体貴方は直感に頼り過ぎです! 貴方の選択するもの全てが、奇妙・奇天烈・摩訶不思議なんです!! あぁっ、もう、何て効率の悪いことをする人なんでしょう! 貴方自身が私にとっての不確定要素(イレギュラー)です!! …まぁその貴方のお陰で私も変われた訳ですが…。(ボソボソ)…とにかく!!! まだワラキアだと確定した訳ではないのですから、勝手に動いたりしないでって人の話をちゃんと聞いていやがるんですか貴方は!!?』

「あー、わかったわかった。わかったから、もっと俺にもわかるように簡潔に話してくれよ」

ガーッといった感じに、一息に早口で捲くし立てられても(途中何かボソボソ言ってたが)、理解の仕様が無い。つーか、無理っす。
正直、シオンがキレた時の一方的なマシンガントークは聞き流すに限る。

『はぁ…わかりました。とにかく、まだ情報が少な過ぎます。私も秋葉に頼んで、そちらへ向かおうと思いますので、どちらに泊まっているのか、逗留先を教えてください』

「え゛…い、いや、わざわざ来てもらわなくても…」

『貴方は無理・無茶・無謀に無知を付け加えた四要素を兼ね備える要注意人物ですから、電話などで話すよりも現地で語り合った方が良いのです。愛についてとか特に(ボソッ)』

…最後に何か聞こえた気もするが、とにかくシオンはこちらへ来るつもりらしい。
それはマズイ。て言うか、シオンが来たら他の怪獣達も漏れなく付いてくるに違いない。
貰える物は貰う主義だけど、さすがに怪獣達が付いてくるのだけは勘弁な。

「あー…その、何だ。…あ! も、もう電話が切れそうなんだ。それじゃ、ゴメンなシオン!!」

断る理由を挙げても論破されるのが目に見えていたので、通話時間切れを装い、思い切って受話器を置く。
本日何度目になるかわからない深いため息をつき、出てきたテレホンカードを懐にしまう。
きっとシオンはこの街に来るだろう。…そして怪獣達も。
ここの大学を見てさっさと逃げ出したかったが、この街の住人達の危機を知って逃げる訳にはいかない。
朱く染まり始めた夕刻の空を見上げながら、望まなくとも寄ってくる厄介事に苦笑を漏らした。


【遠野家】


「…琥珀、逆探知は?」

「あはー、バッチシですよー。クスクス…志貴さんたら、不用意にこちらに電話なんかしちゃダメですよー」

『割烹着の悪魔』こと、琥珀が袖で口元を隠しながらクスクスと笑う。
そう、この遠野の屋敷の電話には逆探知機が標準装備となっていた。
主に志貴の居場所を探るために、である。

「ふむ…場所は麻帆良、ですか…。確かここは…」

「あー、女子校とかがいっぱい建っている所ですねー」

シオンが何か言いかけたが、琥珀の一言に場の空気が一瞬止まる。

「…少々急いだ方が良さそうですね。琥珀、秋葉にも伝えておいてください。志貴は一度、徹底的に懲りるべきです」

「あはー」

…悲しいかな、こと女性関係に関しては、砂粒ほども信頼されていない志貴なのであった。





□今日の裏話■


「それでは私は出発の準備をしてきます。琥珀は秋葉に連絡をお願いします」

「はいはい〜、わかりましたよ、シオンさん」

電話の前で別れた後、シオンは自分の部屋へ向かい、琥珀はそれを見送る。
シオンの足音が遠ざかった後、琥珀は居間に飾られている絵画を横からポン、と叩いた。
すると、絵画が横へずれ、その裏に人一人が通れるくらいの穴が姿を現す。

「ふふっ…まったく、志貴さんたらどこへ行っても事件に巻き込まれるんですから…」

琥珀は苦笑しながら、その壁に開いた穴へと飛び込んだのだった。


ウォータースライダーのように滑っていった先には、機械のパーツやらスパナ、ネジなどが散乱している部屋があった。
琥珀はデスクの上に置かれた、自分の妹、翡翠のスクリーンセーバーが流れているパソコンへと指を走らせる。
すると、青いビニールシートをかぶった何かが、床の下からせり上がってきた。

「うふふふふ…あはははは! こんなこともあろうかと! 密かに造っていた、メカ翡翠ちゃん遠征Ver2.01!!」

琥珀がビニールシートを引き剥がすと、愉快型都市制圧兵器・メカ翡翠が姿を現す。
従来のメカ翡翠と異なり、リュックのようなバックパックが装備されている。

「あ、ぽちっとな♪」

『…メカ翡翠遠征Ver2.01、起動シマシタ。ドクター、ゴ命令ヲ』

いつの間にか怪しいフードを纏った琥珀が、メカ翡翠の起動スイッチを押す。
機械の起動音らしきものが聞こえ、メカ翡翠の目が開いた。

「さぁ…麻帆良に一足先に向かって、志貴さんをお助けするんですよ。あ、定期的にデータを送ってね」

『命令復唱、シキサマヲオ助ケスル。了解、メカ翡翠遠征Ver2.01、出発イタシマス』

機械的に命令を復唱すると、メカ翡翠は自分から歩き出し、カタパルトらしき場所へ向かう。
パソコンに向かった琥珀がキーボードに指を走らせると、閉ざされていたシャッターが開いていく。

「メカ翡翠ちゃん、テイクオフ!! れっつごー♪」

琥珀の号令と共にカタパルトで射出されたメカ翡翠は、バックパックから姿を現した魔法ビンからジェットを噴射させながら、麻帆良へと飛び立ったのだった…。

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