Act1-7

 

【????】


志貴が麻帆良へ向かう前日の夜――――。


「ふう…脱出するのしんどかったわ。さて…肝心要のお嬢様は麻帆良に戻ってしもたか…」

夜の京都の町。
肩を大きく露出した着物を着た眼鏡の女性――――天ヶ崎千草が、人込みに紛れるようにして
歩いていた。
周りを歩く人々は、美人の部類に入るであろう千草の姿が見えていないかのように、彼女の横を通り過ぎていく。
彼女の手にある、『身隠し』と書かれた呪符の効果によるものだ。

「…しゃあない、今度はこっちから出向こか。関東魔法協会の本陣と言えど、中に入ってしまえばどうってことないはず…」

千草は京都駅の改札を無断で通過して、麻帆良へと向かう新幹線へと乗り込む。
席に座ってすぐに発車のベルが鳴り、新幹線は一路東京へと向けて出発した。
車内へ入った千草は、手近に空いていた席に腰を下ろすと、頬杖をつきながら物憂げに窓の外の景色へと目を向ける。

「スクナさえ…スクナさえ動かせれば、ウチの勝ちは揺るがへん。そのためにも、木乃香お嬢様を手に入れな…」

窓の外を猛スピードで流れていく景色を見ながら、まるで自分自身に言い聞かせるように呟く。
物憂げだった千草の表情は、西洋の魔法使いや魔術師達への恨みで、憎しみの表情へと
変貌していた。
前回召喚したリョウメンスクナノカミは、動かす前に刹那によって魔力の元である木乃香を奪われたため、何もせず無抵抗のままにエヴァンジェリンの魔法の前に敗北している。

「しかし、あの『闇の福音』には気をつけなあかんな…。他にも五月蝿いのがおるし…厄介極まりないわ」

あの巨大なリョウメンスクナノカミを氷漬けにして破壊した金髪の少女を思い出し、千草は忌々しげに顔を歪ませた。
今回の計画においても障害となるであろう彼女らのいる3−Aの名簿に目を通しながら、木乃香略奪のための計画を練り始めた。
しかし、この時の千草はまだ知らなかった。


麻帆良に、何を置いても忌避すべき『死神』が訪れるということを――――――――


〜朧月〜


【刹那(過去)】


「ん…っ、志貴ちゃん…」

「ふふっ、とっても柔らかいね…。気持ちいい?」

志貴ちゃんが、私の弱いところを手で直接触れてくる。
敏感で弱いそこを撫でられる度に快楽の電流が疾り、体がピクン、と反応してしまう。

「う、ん…何だか、凄く気持ちいい…」

「そう…それじゃあ、ここは?」

「ひゃあぁんっ?! あっ…ちょ…そこ、は…っ! あっ…はあぁん…」

更に敏感な所を探り当てられ、私はあられもない声を上げてしまう。
志貴ちゃんは私の反応に気を良くしたのか、重点的にそこを責め立ててくる。
弄られる度に、私は体をくねらせながら身悶える。

「ふふっ…せっちゃん可愛い。でもこの羽ふかふかで、僕も気持ちいいー」

私の背中に生えた白い羽に顔を埋めた志貴ちゃんが、実に気持ち良さそうに呟く。
私も気持ち良くて、羽がパタパタと小さく羽ばたく。

「ハハハハッ、すっかりじゃれ合っちまってるな」

酔っているのか、顔を赤くさせた黄理様が気分良さそうに笑いながら、お猪口で酒を飲んでいる。
大きな卓の上では、今日、黄理様が仕留めた熊の肉と、大根や白菜、椎茸など里で取れた野菜が、ぐつぐつと美味しそうな匂いをさせている。
熊鍋は初めて食べたが、食材全てに味が染み込んでいて、とても美味しかった。
けれど、家族の一員として私が優しく迎え入れられていることが、この鍋の味を更に美味しくしてくれていたと思った。

「んー、こんなに気持ちいいとは思わなかったなぁ…。里のみんなももふもふすればいいのに…」

「あ、あはははは…それはさすがに…」

里の人達に、志貴ちゃんと同じことをされている光景が頭に浮かび、苦笑せざるを得なかった。
こんな光景がずっと続けばいいのに…そんなことを考えもしたが、ここの里の人達に迷惑をかける訳にはいかない。

七夜の一族とは、本来一代限りとされていた超能力を、近親交配を繰り返すことによって色濃く遺伝させることに成功した一族で、その超能力と極限まで鍛え上げた暗殺術によって、混血専門の退魔において最強の一族となり得ていた。
しかし、超能力と共に、人の持つ『退魔意思』までも色濃く受け継ぎ、結果として人に非ざるものや『魔』に対しての激しい殺害衝動――――『退魔衝動』を抱くようになった。
里の人達は、私に対する『退魔衝動』が明らかに反応していた。
確かにそれで嫌悪を持っている人達もいたが、それを抑えるために皆、わざと私を遠ざけていた、と後で黄理様が教えてくれたのだ。
それを聞いて、この里の人達は本当は優しいのだと知った。

…けれど、私がここにいて迷惑をかけていい訳がない。

「おう、そうだ…刹那にプレゼントをやろう」

酔って気分が良くなっていたのか、黄理様は私を手招きした。
私はあの鬼神とまで呼ばれた黄理様が、何をくれるのかわくわくしながらその横に座る。
お猪口に残っていたお酒を飲み干した黄理様の顔は真剣なものへと変わり、驚くべきことを口にした。

「…その瞳と髪の色じゃあ、表の世界で生きていくのも辛いだろう。裏の者達からすれば、いい標的だろうしな。…今、この里に夜の闇を操るという、知り合いの術者が来ている。…もし、お前さえ良ければ、その瞳と髪の毛を黒くしてやることもできるが…」

「え…」

以前の私なら願っても無かったが、今ではこの白い姿も別に気になってはいなかった。
大嫌いだったこの白い羽も、志貴ちゃんの前ではまったく気にならない。
けれど…私はこの里から出ていかなければならない。

「…お願い、します。…ゴメンね、志貴ちゃん」

「うぅん、せっちゃんが望んだんだ。…それに、言ったでしょ? どんな姿になっても、せっちゃんのこと好きだよ」

やはり、この言葉の直球だけは慣れることができない。
しかも意表を衝いてくるので、対応することなど不可能に近い。
顔を真っ赤にして俯いた私を、黄理様が豪快に笑い、志貴ちゃんは何がおかしいのかわからずにきょとんとしていた。


そして次の日の朝。私の白かった髪と紅い瞳は、夜を操るというその方の術によって艶やかな黒へと染まっていた。
染料で染めるのと違い、私の髪に定着した夜闇の黒は、水で洗っても落ちることは無く、ごく自然な髪の毛の色となっている。
瞳も色を取り戻し、黒を基調とした目になっていた。
昼頃になって、詠春様が私を迎えに来たが、私の変わり様には目を見開いて驚いていた。

「せっちゃん! これを…!」

そして別れ際に、息を切らせながら走ってきた志貴ちゃんが渡してきた物…それは――――





□今日のNG■


「…さん、お客さん…!」

「んぁ…? 何やー…?」

どうやら、寝てしまっていたらしい。
窓の外を見ると、夜闇に浮かぶ家々の灯りが、流れるように走り去っていく。
千草は、寝惚けながら声のする方に視線をやると、駅員の制服を着た男性が立ってこちらを見ている。

「…お客さん、切符を拝見したいんですけど?」

「…はれ? ウチ、『身隠し』の呪符持って…」

手に持っていたはずの『身隠し』の呪符が無くなっていることに気付き、千草は目の前の駅員に警戒の視線を送る。
しかし、目の前の駅員からはほとんど魔力を感じない。
ふと視線を落とすと、足元に白い紙切れが転がっていることに気付く。
裏返してみれば、『身隠し』の文字。

「…あ゛」

「特急券、持ってないんですか? でしたら、どちらまで行かれます?」

「…麻帆良まで」

 Act1-6  / Act1-8


【書架へ戻る】