Act1-9

 

【????】


「ぐ…っ、バカ、な…。ごふっ…」

「キキキキキキッ…脆いな。私と踊ろうというのなら、まず人を超えることをお勧めするよ」

――――世界樹前広場。

そこに血まみれとなった色黒の男性が、金髪の貴族風の男の足元で倒れ伏している。
周囲に戦った痕跡が見受けられたが、勝敗は既に決したらしい。
彼の武器らしき銃とナイフが地面に散らばり、辺りへ飛び散った血と共に敗北の証と化していた。

「クククク…開幕直後より鮮血乱舞。烏合迎合の果て名優の奮戦は荼毘に伏す…! さぁ…チェックメイトといこう」

「させん…っ!!」

タカミチの放った居合い拳の強烈な一撃が、男のいた場所を豪快に抉る。
倒れたままの色黒の男性――――ガンドルフィーニを後ろに庇いながら、注意深く貴族風の男のいた場所を睨む。
しかし、既にその場に男の姿は無く、そこから少し離れた場所に悠然と立っていた。

「おっと…危ない危ない。君、上映中はお静かに。無様な立ちい振る舞いは興を殺いでしまう。
…とはいえ、本日の遊興はこれくらいとさせて頂こうか。では…失礼」

「何…っ?!!」

金髪の貴族風の男はニヤリとした笑みを浮かべてパチンと指を鳴らすと、その姿が歪みながら暗くなり始めた空へと霧散していく。
タカミチはしばらく辺りを警戒していたが、男が攻撃してこないことを確認すると、気を失っているガンドルフィーニへと駆け寄った。
あちこちに重傷を負ったため出血は多かったが、命に別状は無い。
タカミチはホッと安堵の息をつき、携帯で仲間の魔法先生を呼んでガンドルフィーニを任せると、異様な魔力に包まれた夜の麻帆良の町へと足を向ける。

「一体…この町に何が起きているんだ…?」


――――悪夢の夜が、その上映を開始する。


〜朧月〜


【愛衣】


「魔法の射手 戒めの風矢!!」

「オイオイオイオイ! ちょ…待っ…!」

アーティファクトの箒を呼び出して、彼を捕えんとして戒めの風矢を無数に飛ばす。
彼は軽く右へ跳んで避けようと思ったらしいが、私はそれを読んで風矢の軌道を彼に向けて誘導する。

「誘導性付きか…! なら…っ!!」

足を止めて地面に胸が付くくらいまで体勢を低くした彼が、迫り来る風矢に向かって疾り出した。
捕縛できると確信した瞬間、彼の姿が消え、風矢はすべて何も無い所を飛んでいった。
その信じられない光景に慌てた私は、咄嗟に箒を身構えたが、どこにも姿は無く気配も感じない。

「くっ…どこに…」

「…悪いけど、動かないでくれるかな」

「っ?!!」

突然、背後からかけられた男の声に、私は息を呑んだ。
確かに彼の動きは速かったが、私も容易く背後をとられるほど反応が鈍いつもりはなかった。
なのに、今、私は彼に背後をとられ、首の動脈部分にナイフを突き付けられている。

「ここら辺だけ人通りが無い…ということは、人避けの結界か何かでも張ってあるのか…。やっぱり、どこへ行ってもこういう人達と出会う運命なのかなぁ…」

「…何者、ですか、貴方は…」

高音お姉様の言うとおり、私は油断していたらしい。
だが、まさかここまで強いとは思わなかった。
風矢を地面すれすれ状態で疾りながら避け、魔法で一般人よりも少しは身体能力が上がっている私の背後をとったその動きは、まさに暗殺者並といってもいい。
このような危険人物が麻帆良に入ってきたという噂など、一度も聞いたことが無い。

「俺は、遠野志貴。ここの大学を見に来た、ただの高校生さ」

遠野志貴と名乗った彼は、いつの間にか私の首からナイフを離して、軽く微笑んでいた。
彼はとても信じられないような動きを見せたが、どう見ても悪い人には見えない雰囲気がある。
どうしたものかと私が考え込んでいると、志貴さんは突然どこかへ歩き始めた。

「ど、どこへ行く気ですか…!」

「ん? あぁ、ちょっとナップザックを取りに…」

「魔法の射手 連弾 闇の二十矢!!」

志貴さんが私から離れた瞬間を狙っていたのか、私の後ろで気絶していたお姉様が突然起き上がり、魔法の射手を放つ。
スピードのある闇の矢が、志貴さんのいる方向へと飛んでいく。

「え…っ?! …あっ、危ないっ!!」

「え、きゃ…!?」

「あ…め、愛衣っ?! だ、ダメッ!避けてぇーーーっっっ!!」

志貴さんの直線上に私がいたため、魔法の射手の何本かが私に向かってきたのだ。
驚いたお姉様も必死で軌道を変えようとするが、如何せん距離が近過ぎる。軌道の変更は間に
合わない。
防御魔法を唱えるのも間に合わない。
『風楯』では防ぎ切れず、大怪我をすることを覚悟した方がいいだろう。

「くそっ、間に合えっ…!!」

突然疾り出した志貴さんは、直撃を覚悟して身を硬くする私と、迫り来る魔法の射手の間へ一秒と経たずに飛び出すと、ナイフの刃を出して逆手に構えた。
二十本もの魔法の射手相手に、そんな頼りないナイフ一本で何をするつもりなのか。
確かに物理的な衝撃を与えれば魔法の射手は消えるが、同時に向かってくる数が多過ぎる。

「消え去れ…っ!!」

しかし、志貴さんは迫り来る魔法の射手へ、腕が霞むほどの速度で無数の斬撃を繰り出し、信じられないことにそのほとんどをナイフの刃で叩き落としたり、方向をずらして私に向かわないようにしてくれていた。
だが、やはり全ては防ぎ切れず、魔法の射手が数本、志貴さんの体へと直接叩き込まれる。

「ぐぅっ…! く…」

「し、志貴さん! 大丈夫ですか?!」

魔法の射手の直撃を喰らったにもかかわらず、志貴さんの体は後ろにいる私へと吹き飛ばされてこない。
志貴さんは足を踏ん張らせて必死で魔法の射手の衝撃に耐えていたが、やがて力尽きたように地面に膝を着く。
射手に撃たれた箇所を押さえたまま、苦悶の表情を浮かべて蹲る志貴さんの下へ、高音お姉様と共に駆け寄る。

「愛衣、早く傷を癒してさしあげなさい!」

「は、はいお姉様!」

「ごめ、ん…。持病の、貧血…みたい、だ…」

志貴さんは呻くようにそれだけ言うと、まるで糸の切れた操り人形のように倒れ込んだのだった。

(むにょんっ)

「へ…?」


…お姉様の胸の中へと。





□白レンのお部屋■


「あら…いらっしゃい、眠れるお客様。相席でよろしければ、紅茶をご馳走するわ」

「私? 私は…白きレン。今開幕している、舞踏会の主催者よ」

「…何? 舞踏会の参加者を知りたい? …ええ、いいわよ。それじゃあ…そうね、まずは志貴から」

○遠野志貴
月姫、歌月十夜、メルブラ等における主人公的存在で、私の元であるレンのマスターでもあるわ。
性格は、どうしようもない善人だけれど、割とクールだったりするわね。
誰にも平等に接する優柔不断な優男だけど、自分が異端であることを理解していて、自分のためじゃなく周りのために一線を引いているの。
…まぁ、その優柔不断さが女運の悪さに起因しているのだけれど。

外見は古臭い黒縁眼鏡をしている以外は、ごく普通の高校生。
けれど、遠野家によって滅ぼされた退魔一族『七夜』の血を引いていて、その身体能力は常人よりも遥かに上ね。
遠野家に養子として引き取られた後、ある事件で一度死に、義理の妹である遠野秋葉に命を半分分け与えられたことで蘇生。
その際、この世に存在するモノが須らく内包する『死』を視る瞳、『直死の魔眼』を手に入れたの。
けれど、死を視ることができる代わりに、脳への負担は大きく、自分の命を縮めかねないわ。
故に魔眼を抑えるための眼鏡…魔眼殺しを常にかけているのよ。

あとは…そうね、慢性的な貧血持ちで、今回みたいに倒れることもざらじゃないわ。
刃物好きで、特にナイフの扱いは病的なまでに巧い。
メインの財布は古臭いがま口で、五百円以上入っていることは稀ね。
…チア三人娘が絶句するのも頷けるわ。

ああ、あと…恋愛にはかなり鈍感よ。周りの女性から朴念仁、野暮天、愚鈍なんて言われてるから、その鈍さの度合いもわかるわよね。
でもまぁ…大切な人達の中から、頭一つ抜きん出た女性がいると、脇目も振らずにその女性一人を一番にするわ。
あぁ…私も志貴の一番になりたい…。


ハッ! ゴホンゴホン…ごめんなさい、ちょっと考え事をしてたわ。

「あら…もうお帰りになるの? そう、それではごきげんよう。次はまどろみの後にお会いしましょう」

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