Act1-14

 

【刹那】


「とりあえず、私とお嬢様、ネギ先生とアスナさんの二組で見回りします。何も無ければ、一時間後に寮の前で合流しましょう」

大勢で見回りしても、敵が警戒してしまうかもしれないので、私は二人ずつ二手に分かれることを提案する。
少々危険が増すが、ピンチになったら一人が携帯で連絡を取ることも出来ると考えたのだ。

「はい、わかりました。刹那さんもこのかさんも、気をつけてくださいね」

「ネギ君とアスナも気をつけてなー」

ネギ先生とアスナさんの二人と寮の前の道で別れ、私とお嬢様は学校の方へと向かう。
修学旅行の時以来、私はお嬢様やネギ先生、アスナさん達と一緒に行動している。
それは、私にとっての幸せな時間。
誰一人として、絶対に死なせたりしない。
知らず、手が懐に入っている短刀を握り締めていた。
…志貴ちゃん、どうか私に皆を守る力を…。

「せっちゃん、どうしたん?」

「…え? あ、コレです。…さっき話していた、志貴ちゃんのくれた短刀です」

懐から短刀を取り出し、お嬢様に手渡す。
お嬢様はまるで宝物を扱うかのように持ち、微笑みながら目を閉じる。

「これが、さっき言ってた短刀かー…。何だか、凄く温かい…」

「…何度も私を『死』から守ってくれた、私にとっての守り神のような存在です」

大げさかと思われるかもしれないが、窮地に立たされた時にこの短刀で起死回生の一撃を喰らわせたり、敵からの心臓への一撃をその刃が受け止めてくれたりと、この短刀がきっかけで何度も命を救われている。
お嬢様にせがまれて、その話をしながら歩いているうちに、いつの間にか学園に着いていた。
学園の中から、何者かが近づいてくる気配を感じ、お嬢様を後ろに庇い夕凪の柄に手をかけて身構える。

「…! 何か、います…!」

「にゃんにゃにゃ〜ん! ネコ、地獄にまっしぐら! キャットフードは当然上物、焼き加減はウェルダ〜ンでお願いするにゃ」

…。
現れたのは、二頭身くらいの、猫耳の着いたぬいぐるみのような生物(なまもの)。
しかも、動いたり喋ったりしている…。

「…えーっと…妖怪か何かの類か?」

「アチキはグレートキャットガーデンの主、猫アルク様よ! こんな美人つかまえて、妖怪とは何事か!!!」

何だか、脱力するような空間が展開されている。
夕凪を抜き放つつもりだった右手が、寂しく宙を泳いでいた…。


〜朧月〜


【志貴】


「避けてぇーーーっっっ!!!」

少女の叫び声と同時に、悪魔の歯車のような口の奥から迸った光は広範囲に及び、避けることなど不可能。
――――七夜の脚力でなければ、今頃俺も光に飲み込まれていたことだろう。

「…くっ…! 危ないところだっ…た…?」

「ほぅ…素晴らしい跳躍力だ。中々に興味深い。が…避け切れなかったようだな」

老紳士の姿に戻った悪魔の言葉どおり、どうやら避け損なったらしい。
咄嗟に横に大きく飛び退いた時に、足先辺りに当たったかのように感じたが、矢張り気のせいではなかったようだ。
俺の脚が、爪先から徐々に石となっていく。

「そこで大人しく石像となって果てるといい。…さぁ、始めようか、ネギ君」


「くそっ…こんな無様な死に方できるか…っ!」

膝まで侵蝕を始めた石化に、眼鏡を外して七つ夜を構える。
途端に世界中が罅割れ、点と線で埋め尽くされる。
毒が体を侵蝕していくように、石化にも同じようなものがあるはずだ。
線と点だらけの己の体に眼を凝らし、侵蝕しつつある石化現象の『死』を視る。
太腿まで石化し始めた時、侵蝕するのと同じ速度で移動する黒い点が視えた。

「ここか…っ!!」

振り下ろされた七つ夜が、石化の『死』の点へ音も無く突き刺さる。
点を突いた事で、石となっていた脚は徐々に元の、黒のジーンズへと戻っていった。
石化していた脚は――――石化していた時間が短かったためか、問題なく動く。

「ハハハハハハッッ! その程度か、ネギ君!! 私を失望させるな、と言ったはずだが!?」

「くっ…!」

「このぉっ! てぇぇぇいっっ!!」

「兄貴、姐さん、マズイぜ! コイツ、以前とはまったく違う!!」

豪快にハリセンを振り回すツインテールの少女と、さっきの高音さんみたいに光の矢みたいなのを飛ばす少年…と、喋るオコジョ?
どちらも並外れた動きをしてはいるが、随所に石化の光を放ってくる老紳士に、明らかに二人の方が劣勢となってきている。
石化の光抜きにしても、老紳士の攻撃の一つ一つが強力な威力を秘めていて、俺だったらその一撃を喰らった時点でお終いだろう。
――――けど、例え強力な一撃であったとしても、当たらなければ意味は無い。

「…待てよ。アンタの相手は俺だろ?」

立ち上がり、七つ夜を構える。
俺の声に、姉弟らしき二人と、老紳士が動きを止めてこちらを見ている。

「む…っ?!! ふむ…どうやって私の石化を解いたのか、是非教えて頂きたいものなのだが」

老紳士の方は、石化していない俺の足を見て一瞬驚愕の表情を見せたが、すぐに冷静な表情に戻る。
だが、教えてやる必要などない。


――――どうせ、奴は俺に殺されるのだから。


「…冥土の土産話には、少々長過ぎるんでね…っ!!」

カチリ、という俺にしか聞こえない音と共に、脳のスイッチが日常から非日常へと切り替わる。
低くした体勢から、一気に老紳士へと向けて疾り出す。
老紳士はボクサーの構えから、こちらに向けて勢いのあるパンチを放ってきた。

「悪魔パンチ!!」

「――――遅い」

老紳士の右腕から放たれた、大砲のような光の一撃を見切り、体を少しずらすことで避けて一気に加速する。
交差した刹那、解放したままの眼で、突き出されたままの老紳士の右腕に走る『線』をなぞる。
頬に軽度の火傷をしたようなチリチリとした感覚があるが、支障とはなり得ない。

「え…っ?!!!」

切断した右腕が宙を舞い、老紳士の背後に落ちる。
それに少し遅れるようにして、腕の切断面から鮮血が迸った。

「ぐぅぉ…っ?!! く…私の右腕を切り落とす、か…。…しかも元から腕が無かったように、再生を受け付けん。まったく…無粋な客かと思えば、とんでもない化け物だったとはな」

「…一般人の俺からすれば、石化させたりするアンタの方がよっぽど化け物じみてると思うがな」

「む…? クッ…クックック…ハハハハハハハハ!! …いやいや、私からしてみれば君の力の方が余程化け物だと思うがね!」

右腕の切断面を左手で押さえながら、老紳士は俺の言葉に豪快に笑う。
やがてその笑い声も止み、真剣な顔で俺を見定め始めた老紳士は、その姿を変えていく。
全身を変貌させた老紳士は、背に黒い蝙蝠のような羽を生やし、まさに『悪魔』と呼ぶに相応しい姿と化す。
俺も七つ夜を持ち、体勢を低くして身構えた。

「…その力、脅威となり得るな。未来ある少年を消すのは、非常に惜しいが…消えてもらうぞ!」

「ああ、気にするな。…どうせ、未来が無いのはお互い様なんだからな」

禍々しい形をした黒い翼を羽ばたかせながら空中に飛び上がると、俺に向かって急降下してきた。
『閃走・六兎』での迎撃も考えたが、直感に従って横に疾る。
飛び退いた直後、そこにさっきの光が降り注ぎ、草木を石化させていく。

「ハッハッハッハ、どうやら君には飛ぶ手段が無いようだね。大人しく石となりたまえ!」

「チッ…」

「…っ、乗ってください!!」

石化の光線に追い立てられながら何とか逃げていると、突然男の子が長い杖のようなものに跨って、高速でこちらに飛んできた。
好機とばかりに咄嗟に杖の後ろに跳び乗ると、彼の杖は上空にいる悪魔と同じ高さまで浮かぶ。

「ほぅ、共同戦線かね? くく…っ、良かろう。来たまえ、ネギ君、少年」

僅かな好機であっても、逃す訳にはいかない。
だが、奴に勝つためにはどうすればいい?
空中戦は向こうに利があるから不可…なら、あの羽を吹き飛ばして奴を地に叩き落としてしまえばいい。
幸い投擲する武器は持っているが、奴を叩き落とすならば、身を隠しながら狙撃できる場所を…。

――――その時、俺の視界が夜風に揺らぐ郊外の森を捉えた。

「…ネギ君、でいいのかな? 悪いけど、あの森まで奴を引き付けてくれないか」

「え…森、ですか? …わかりました!」

俺の表情から勝機があると踏んだのか、ネギ君は力強く頷いて郊外にある森へ向けて杖を飛ばした。
ネギ君は悪魔と化した老紳士が、ハリセンを振り回していた女の子に標的を変えないように、光の矢を飛ばしながらこちらを追ってくるように誘導している。
上手くいく可能性はかなり低いが、ここまでしてくれる彼の信頼には応えなければなるまい。

「まったく…厄介事の神様ってのは、よっぽど俺のことが気に入っているらしい…」

ぼやくように呟いた言葉は、風と共に流れ、夜の闇へと消え去っていった…。





□今日の裏話■


夜の麻帆良学園の庭で、土を掘っているような音がしている。
音は大きくなっていき、花壇のど真ん中辺りの土を盛り上げて、何者かが出現する。

「ぷっはー! うむ、地中フルマラソン終了。コレってギネス登録モノじゃね? にゃっはっは、猫に不可能など無い!」

落書きにネコミミをつけたようなナマモノが、腰に手をあてて高笑いしている。
遠野志貴にとっての(ある意味での)悪夢――――が、姿を現したのだ。

「んー、ピピピ電波を感じて来たのだが…なーんも無いってどゆことよ? こんなことならインドでカレー食い漁るチエルの写真でも撮ってくるんだったにゃー」

体についた土を払いながら、夜の学園を歩き回るナマモノ…もとい、猫アルク。
麻帆良の街に降り立った不条理生物の目的とは一体…?!

「わざわざエジプトから砂を掘り、深海を泳ぎ、地中ダンゴ屋で一服して来たというのに何も無いとは…なーんか、扱い酷くね? …おお? 街だけど第一猫人(ねこびと)はっけーん!」

庭から学園の玄関辺りを歩いていると、刹那とこのかの二人組に出くわした。
ああ、刹那とこのかの運命やいかに…?!


「ウホッ、いいネコミミ属性…。着 け な い か」

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