Act1-13

 

【志貴】


「え…今の…?」

今しがた白い少女と擦れ違ったと思ったのだが、振り返ってみても既に少女の姿は無かった。
白い少女の容姿は自分の使い魔であるレンと瓜二つであったが、レンは黒い少女の姿をしているはず…。

「しかし、『夢ならとっくに始まっている』…か。なら、この悪夢の元凶を止めなきゃな」

ポケットの中の七つ夜を確認し、静まり返った夜の町へと歩き出す。
三ヶ月前のあの夜では、雪が降るなんてことは無かったので、今回の犯人はワラキアの夜ではないのかもしれない。
しかし、殺人の演出を好むワラキアのことだ。
この雪もヤツの演出の一つだと考えれば、納得できなくはない。
そうだとすれば、何としてもこの雪が血で赤く染まることだけは避けなければ。

「ん、何だ…アレ?」

雪の降り積もった道を踏みしめながら十分ほど歩くと、商店街へ続く道で姉弟のようにも見える男女二人が、紳士風の姿をした男と対峙している。
何か話しているようだが、その間には良くない雰囲気を感じる。
あの紳士風の男も、あの兄妹らしき男女も前の夜にはいなかったが、矢張りワラキアの悪夢が作り出した存在なのだろうか?
だとすれば…どちらかにとっての悪夢ということか。

「…行ってみるしかないか」

ゆっくりと彼らに近づいて行ってみると、姉弟のように見えた二人が武器のようなものを構えているのがわかった。
対する紳士風の男は、手ぶらのまま悠然と構えている。
その様子からは、余裕すら窺えた。
…直感に従うなら、あの二人に加勢すべきだろう。

「…おい、何してるんだあんたら」

「ふむ…無粋な客のようだな。部外者は去りたまえ」

カイゼル髭とかいう髭を生やした老紳士が、こちらを一瞥しただけで視線を二人へと戻す。
…どうやら、この老紳士がワラキアの夜が創り出した悪夢の一つらしい。
その証拠に、先程から俺の中にある退魔衝動が過敏に反応し、今も脳内でこの男を殺せと叫び続けている。
俺にとっては関係なくても、ワラキアが生み出した悪夢だと言うのなら、結局は奴も敵であることに変わりは無い。

「…生み出された悪夢に、部外者も関係者も無いだろ。アンタがタタリの生み出した悪夢だというのなら…消すまでだ」

「ほぅ…私が生み出されし贋作だと知るか…。ならば、まず君から石となってもらおう…!!」

七つ夜を取り出して身構えた俺に顔を向けた男の顔は、既に先程の老紳士の顔ではなかった。
神話などに出てくる悪魔のような、捩じれた角に、歯車のような口。

「避けてぇーーーっっっ!!!」

少女の声が響くのと同時に、悪魔の歯車のような口が開き、俺に向けて光の束が放出される――――


〜朧月〜


【さつき】


秋葉さんの手配してくれたヘリで、麻帆良市近くのヘリポートに着いた後、すぐに麻帆良市へと向かう電車に乗り込む。
麻帆良駅を降りた時点で、既に時刻はPM8:30。
陽はとっくの昔に沈んでしまい、空は既に暗くなっている。

「この感じは…。まったく、どうして志貴の直感はこうも的中してしまうのですか!!」

駅を降りてすぐに、町の空気が異常だということに気付く。
寒くなり始めた時期だというのに、この町だけはまるで冬のような寒さを感じる。
けれど…。

「ねぇ…シオン、前とは違うみたいだよ…」

「どういうことです、さつき? …いえ、どうやらそのようですね。確かに、あの夜とは違っている…」

差し出した私の手の平に、前の時には無かった、白いものが舞い降りてくる。
辺りには既に雪が降り積もり、町は不気味な静けさを漂わせていた。
以前の『ワラキアの夜』は粘り付くような暑さがあったが、今回は体の芯から冷えてしまいそうな寒さと共に雪が降っている。
時期的に考えても、おかし過ぎる。

「はぁ…志貴が関わると、大抵ろくでもないことが起きる。今回は最たる例ですね」

シオンが軽くため息をつきながら、不機嫌そうに呟く。
辺りを見回してみれば、やはり人の気配がまったく感じられない。
どうやら今回は、私もこの悪夢の夜に招待されたらしい。

『キキキキキキキ…そうでもあるまい、娘よ。彼が関わることで、私が再び悪夢の夜となり替わる可能性を得ることができた。
あの白き夢魔の道化…私がふさわしき悪夢へと昇華させて見せようぞ…!』

「…あなたが出てきた時点で、出来の悪い三流劇だと言っているのです。消えなさい、タタリ…
いえ、ズェピア・エルトナム・オベローン!」

気配が無かったというのに、奇怪な笑い声をする男の人の声が聞こえてきた。
背後に突然姿を現した貴族風の男の人――――ワラキアに向けて、シオンが銃の引き金を連続して引く。
ワラキアは後ろに跳び上がって銃弾を避わすと、耳障りな笑い声を上げながら、こちらへと突っ込んできた。

「わ、わわっ…え、えぇいっっ!!」

地面を思い切り殴りつけて、周囲に地中からの反動による衝撃波を生じさせる。
シオンと私に向かって飛びかかってきていたワラキアが、その衝撃波に当たって吹っ飛ぶ。

「ぬぅっ?!」

「見事です、さつき。では私も…高速思考、展開」

銃弾をリロードしたシオンが、ワラキアに向けて数発撃ち込んだ後、右手に着けているブレスレットからエーテライトを取り出す。
このシオンの両腕にあるブレスレットから出す、エーテライトという細い糸のようなものは、相手の体に挿すことで思考を読み取ることができたり、鞭のように叩きつけて攻撃したりすることが出来るという物なのだ。

「そこです!」

「リテイク!」

シオンが放ったエーテライトは、ワラキアのマントによって弾かれる。
シオンの攻撃が防がれたのを見て、今度は私がワラキアに向かって突進する。

「せーのっ!!」

「カット。…力はあるが、まだまだ制御が甘いと見える…。キャスト!」

走りながら、勢いの増した私のパンチはシオンと同じく、いとも容易くワラキアのマントに防がれてしまう。
更に広げられたマントの中から、体勢を低く構えた黒い誰かの影が姿を現す。
その見知っている姿を見て、私は一瞬動きを止めてしまう。
隙は一瞬。けれど永遠。

「さつき、跳びなさいっ!!」

「え…きゃうぅっっ!!」

体勢を低くした影はそのまま疾り出し、私が反応する間も与えずに一撃を加えて駆け抜けて消えていった。
影が駆け抜けた直後、お腹の辺りに衝撃を感じた私は、無様に後方へと吹き飛ばされる。
まさか、遠野君の影が出てくるなんて…。

「さつき、アレは志貴などではありません。七夜という、志貴の悪夢の象徴。殺人衝動の塊です」

「うぅ…わかってたけど、どう見ても遠野君なんだもん…」

やっぱり吸血鬼になっても、遠野君を見ると条件反射で体が硬直してしまうのは治らないみたい。
ワラキアはマントを一振りすると、私達に背を向けて歩き出す。
その背中に向けて、シオンが銃を構える。

「ククク…タタリを継がせるにはまだまだだよ、シオン。まぁ…幸いなことに、今回の悪夢は一夜限りではない。私もことを急くつもりは無いのでね…本日はここらで退かせて頂こう」

「何…っ?! 一夜限りでは…ない? 待てっ、それはどういうことだタタリ!! 今回の悪夢の元凶は、貴方ではないと言うのか?!」

ワラキアはシオンの問いに答える事無く、耳障りな笑い声をあげながら夜の闇へと消えていく。
シオンは苦虫を潰したかのような表情をしながら、銃をポシェットに収めた。

「…どうやら情報が足りないようです。さつき、町の中へと向かいましょう」

「うん…」

積もり始めた冷たくない雪を踏みしめながら、町中へと向かおうと足を向けたその先に、一人の男性が立っていた。
見た目は三十〜四十くらいの、渋いおじさん風。
けど、その人からは何かの力を感じる。
身構える私とシオンに、その男性は穏和な声で話しかけてきた。

「待ってもらえるかな、君達」

「…有益な情報を頂けるというのであれば、聞きましょう。…魔法協会の、魔法使い」





□白レンの部屋■


「…あら、またいらっしゃったのね。ふーん…群れて逃げるばかりの羊なのに、運だけはいいみたいね」

「いいわ、気分がいいから教えてあげる。
この虚言の夜は、あなたや他の人の心にある不安や恐怖の対象が、姿形を持って現れるわ。
まあ…ある人物の記憶や可能性の中から創り出したものがメインだけれど、乱入してくる身の程知らずもいるのよね…」

「そうね…あなたの強運を試してみましょうか?
ふふっ、簡単よ。この夜が展開されているのは、現実における夜零時まで…。
最後まで生き延びられれば、召使いとして置いてあげてもいいわ。

…でも、素敵だと思わない?
かけられた魔法が解けるその瞬間まで、シンデレラを追い続ける王子様…。
志貴が私を捕まえるまで、この虚言の夜は何日も続くのよ」

「早く志貴を手に入れたいけれど…もう一人の私を取り込んでからの話ね。
ああ、でも体が弱い志貴のためにも、少しは加減してあげないと…。

…な、何よ。私は別に志貴のことなんか心配していないわ。…本当よ!」


ツンデレー

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