Act1-12

 

【さつき】


「あぅー…お腹減ったよぅ…」

暗くなり始めた路地裏から、一人の少女の情けない声が聞こえる。
三咲高校の制服を着て、茶色の髪をツインテールにした少女だ。
名を、弓塚さつきという。

「うぅ…空腹はいつものことだけど、最近黒猫さんが遊びに来てくれない…寂しいよぅ」

情けない声に、情けない表情までも付け加えて、さつきはダンボールハウスの中でいじけていた。
彼女は、遠野志貴が巻き込まれた最初の事件において、事件の元凶たる吸血鬼に血を吸われ、自ら吸血鬼と成り果てていた。
そして、吸血鬼として狂ったさつきは、志貴の手によって殺されることとなる。

では、なぜ彼女は生きているのだろうか?

理由は定かではなく、『ワラキアの夜』事件の際に、何らかの偶然が重なり、現実としての肉体を手に入れたのである。肉体は吸血鬼のままだったが、以前とは違いしっかりとした人間の精神を持っており、人を殺すような真似はしていない。
しかし体が吸血鬼となってしまっている以上、吸血衝動は抑えることはできず、週に一回と決めて殺さない程度に血を吸っていたのだが、やはりお腹は空く。
死んだことになっている彼女が家に帰れるはずも無く、こうして路地裏で浮浪者じみた生活をしているのである。
そんなさつきがダンボールハウスの中でへばっていると、カツカツという足音がこちらに向かってくることに気付いた。

「…あ、やっぱりシオンだー」

薄紫色の髪を後ろで三つ編みにして束ね、同じく紫色の服にミニスカート。
頭には服と同じ紫色のベレー帽。
黒猫と同じく友人であるシオンの声に、ダンボールハウスから顔だけ出しながら首を傾げる。
半吸血鬼である彼女が、まだ昼を過ぎたばかりのこの時間に来ることは滅多に無いのだ。

「さつき、急な話ですが、仕事の依頼です。依頼人は、遠野秋葉」

「ふぇ? …依頼、って…。え、依頼人が秋葉さん?」

現れたと同時に、急に依頼内容を話し始めたシオンに、さつきはきょとんとした表情を浮かべる。
そして依頼人の名を聞いて、少し驚いていた。
秋葉とシオンが友人であることは聞いていたが、その彼女から自分に依頼がくるとは思ってもいなかったのだ。

「ええ、私のボディーガードとして、麻帆良まで同行していただきます。…これは先払いの一部、輸血パック五本です」

まるで餌のように宙にぶら下げられた輸血パックに目が釘付けとなり、腹を空かせた雛鳥のようにお腹が何度も空腹の音を鳴らす。
背に腹は替えられず、さつきは輸血パックを受け取り、その依頼を受けることになったのであった。


〜朧月〜


【ネギ】


「あれっ、携帯が…」

刹那さんの昔話を聞き終えて、もうすっかり窓の外が暗くなった頃、僕の携帯が鳴った。
携帯画面の表示名は…タカミチ?
こんな時間にどうしたんだろう…。

「どうしました、ネギ先生?」

「あ、いえ。…ちょっと失礼します」

「俺っちも行くぜ!」

学校のことでタカミチから電話がくることは滅多に無いから、恐らく魔法関連のことだろう。
カモ君を肩に乗せ、部屋を出て廊下に出ると、タカミチからの電話を受け取る。

「もしもし、タカミチ。急にどうしたの?」

『ネギ君か。…実は、ついさっき魔法先生の一人が、何者かに倒された』

「えぇっ? 魔法先生が?!」

「何ィッ?! オイオイオイ、一体どこの化け物だよ!」

僕の肩に乗って、一緒に聞いていたカモ君と同時に驚愕の声をあげる。
麻帆良祭の時に何人かの魔法先生を見たが、誰もが皆強そうだったのを覚えている。
それが倒されたとなると、相手はかなり強いと見ていいだろう。

『あぁ…だから、今夜は寮から誰も出ないように結界を張っておいてくれ。今夜、外に出るのは
不味い』

「うん、わかった。すぐに結界を張りに行くよ」

タカミチと携帯で話しながら、結界を張るために寮の外へと向かう。
杖を部屋に置いてきたため、武道会の際に師匠(マスター)から貰った、魔法発動体である指輪を確認する。

「兄貴、俺達も見回った方が良くねぇか?」

「…タカミチ、僕も見回りに出ようか? 人手は多い方がいいだろうし…」

『ダメだ!! …あ、すまない…。だが、今度の敵は…かなり手強いと見ていいだろう。…君は、寮の生徒達を頼む』

タカミチにしては珍しく、大きな声で止められる。
その様子からすれば、敵がどれだけ危険な存在なのかがわかる。
…だからといって、被害者を出すなんて許せない。

「…わかったよ、タカミチ。でも、無理はしないでね」

『あぁ…わかった』

携帯を切り、寮全体に結界を張り終えた後、杖を取りに部屋へと戻る。
刹那さんの話してくれた、志貴さんみたいな犠牲者を出さないためにも、戦わなければいけない。

「あ、お帰りー。誰からだったの?」

「え…あ、すみません。ちょっと用事が出来たので、出かけてきます」

ドアを開けて中に入ると、このかさんの作った料理をアスナさんが運んでいた。
ロフトに作った僕の部屋から、父さんから貰った杖を持ち、骨董魔法具のいくつかをポケットに捻じ込む。
そして急いで部屋から出ようとしたところで、ドアの前に刹那さんが立ち塞がった。

「…ネギ先生、お一人でどこへ行くつもりですか?」

「え、ぅ…。ですから、用事が出来たと…」

「一人で無茶するな、って言わなかったかしら。そ・れ・と・も、そんなことも忘れちゃうくらいボケちゃった?」

「諦めた方がいいな、兄貴。いやぁ〜、もてる男はつら…ぶぎゅるっ?!!」

前後を塞がれて逃げ場など無い。
特に後ろのアスナさんからは、凄まじい怒気すら感じる。
前の刹那さんが苦笑しているので、アスナさんは物凄い顔で怒っているのだろう。
ちなみにカモ君は何か言いかけて、顔を赤くして怒るアスナさんに握り潰されていた。

「ネギ先生、夜になって急におかしな魔力が満ち溢れだしたのは、私でもわかります。…何があったのか、話して頂けませんか?」

「そやえー。夕飯も出来たし、食べながら話せばええよ」

どうやら、アスナさん達は刹那さんから聞いて、今の異常な状況を知っていたらしい。
テーブルの上に並べられた夕食を食べながら、タカミチから聞いた事情を話す。
刹那さんも、魔法先生が倒されたと聞いて、表情を引き締めていた。

「…僕も、どこまでやれるかわからないけれど…でも、誰かが死んだらきっと悲しむ人がいる。
だから…」

「だからって、一人で突っ込むんじゃないの! まったく…仕方ない、私も行くわよ」

「で、でも…危険ですっ! アスナさん達を巻き込む訳には…っ!!」

「あーあー、こりゃ誰かが止めない限りダメだな」

敵は魔法先生が負けるほど強いというのに、アスナさん達を連れて行く訳にはいかない。
何とか止めようと思って説得するけれど、アスナさんは自分を止めるというのなら僕も止めると言って聞かない。
そうやって何度か堂々巡りを繰り返していると、刹那さんが僕とアスナさんの間に入ってきた。

「…ネギ先生、一人で戦うよりも協力して戦った方が勝率は上がります。敵が手強いと言うの
なら、尚更協力すべきだと思います」

「う…で、でもですね…」

「うんうん、ネギ君、ウチも協力するから頑張ろ!」

結局、僕が押し切られるという形で、アスナさん達と共に夜の町へと足を踏み出した。


既に悪夢の夜が始まっているとも知らずに――――。





□今日の裏話■


「…ねー、シオン。私とシオンって路地裏同盟なのに、なんでシオンだけ遠野家にいるのかな? かな?」

前払いとして受け取った輸血パックをちゅーちゅー吸いながら、立ったままのシオンを恨めしげに見ている。
下手に答えれば鉈が振り下ろされる…かもしれない。
しかし、シオンは余裕のある笑みでさつきの疑問に答えた。

「ふ…想定の範囲内の質問ですね、さつき。私と秋葉は友人であり、秋葉から滞在するよう言われている」

「…じゃあ、私が滞在するよう言ったら、ここに泊まってくの?」

ジト目でシオンを見上げながら問うが、その質問をすることすらわかっていたと言わんばかりに、シオンはすぐに答える。

「私は秋葉にエーテライトを教えて欲しいと頼まれている。エーテライトの扱いは難しいので、泊り込みで教えているのです。それに遠野家ならば、研究設備も整っていて、吸血鬼化抑制の研究も出来る」

「…その本音は?」

「勿論、志貴との甘い一時を過ご――――」

つい本音がポロリと出てしまい固まるシオンと、ダンボールハウスの中に戻って何かを漁るさつき。
取り出だしたるは、血に染まった鉈。
逃げるシオン、追うさつき。


…本当に人を殺していないのか、弓塚さつき?

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