Act1-11

 

【エヴァ】


「亜子、一緒に帰ろー」

「あ、丁度良かった。まき絵、買い物行くんやけど、行く?」

「行く行くー♪ お腹空いちゃったー!」


部活帰りの女生徒達の元気な声が、徐々に遠ざかっていく。
夕陽に照らされて赤く染まる、閑散とした校舎の屋上。
誰もいないはずのそこに、一つの人影があった。
長い金髪を風にたなびかせる少女――――エヴァンジェリンは腕組みをしながらそこに立ち、眼下に広がる町の様子を見ている。

「…昼頃に微弱な魔力の侵入。そして夕刻から町全体が不穏な魔力に覆われる…か」

「はい。昼頃の微弱な魔力に関しては確認しましたが、この町では見かけない男性でした」

その彼女の斜め後方に控えていた茶々丸が、町に起きた異変の調査結果を報告する。
そして念のためにと撮っておいた男の写真を、エヴァンジェリンへと渡す。
写真に写っているのは平々凡々とした男で、変わっているところといえば、今時珍しい黒縁眼鏡をしていることくらいだった。

「フン…この男に当たってみるか。何らかの魔法具によって、魔力を抑えているのかも知れんしな」

「了解しました」

しばらく写真の男を見た後、興味無さそうに茶々丸に返して屋上を後にする。
茶々丸も彼女の後に続き、屋上から人影は消えた。
――――今しがた目覚めた一人を除いて。

「…やれやれ、せっかく最低な亡者生活を満喫してたっていうのに、目が覚めればしがらみだらけの肉の檻、か…」


遠野志貴の悪夢――――七夜志貴が目を醒ます。


〜朧月〜


【志貴】


「ん…ぁ…? う、く…っ、眼鏡、は…」

闇の中に光が射し込み、やがて視界が開けていく。
けれど、途端に視界に入ったものすべてに黒い線と点が走り、脆過ぎる世界を俺に見せつける。
ズキリ、と眼球の奥に痛みが走る。
割れるような激しい頭痛に襲われ、咄嗟に眼を閉じる。
それでも痛みは治まらないし、線も消えてくれない。

九年前のあの日から、ずっと俺を苛み続ける『死』――――

「…はい」

無愛想な女性の声が聞こえ、眼を閉じたまま手探りで眼鏡を探す俺の手の平に、大切な眼鏡が置かれる。
急いで眼鏡をかけると、途端に線と点は消え、ほっと一つため息をつく。

「ありがとう、ひす…って、あれ? 君は…」

「…私は、高音・D・グッドマンと言います。…愛衣を助けてくださり、ありがとうございます」

どうやらここはどこかの保健室らしく、消毒液の匂いが充満している。
そして目の前には、どこか高圧的な雰囲気を持った女の子。
気を失う前の記憶を辿って、ようやく俺が蹴り上げて降ってきた黒マント仮面と衝突していた女の子だということを思い出した。
何だか、秋葉に似た印象を受ける。
…とりあえず、謝っておいた方がいいか。平伏平伏。

「あー…えっと、さっきはゴメン。まさか人がいるとは思わなかったもので…」

「…っ! …い、いえ、構いませんわ。…ちょっと失礼します」

高音さんはそれだけ言うと、ツカツカと早足で部屋から出て行った。
ちらっと見えたが、顔が赤かったところを見ると…やっぱ怒ってるよなぁ…。


『お姉様…あ、あの、どうしました?』

『あの不安そうな上目遣い…まるで縋ってくる子犬のような瞳…。あぁっ、首輪をつけて飼ってみたいわ!』


…部屋の外から扉越しに何か聞こえたが、俺は聞いていない。何も聞いちゃいない。
つーか、首輪は勘弁して。…秋葉で経験済みなので。
ふと、窓の外に目をやる。
陽は既に落ち、空はもう暗くなり始めていた。…遠い目をして、少し黄昏てみる。

「…逃げ切れるかな…」

以前、琥珀さんの悪戯で犬耳を着けられた時、狂ったように目を血走らせ、鼻血を拭くことも忘れて追いかけてきた秋葉の姿は、
未だにトラウマとなって俺の記憶に残っている。
…誰か、俺に穏やかな記憶をください。ぷりーずぎぶみー あ ぴーすふるめもりーず。


『首輪、首輪を買ってくるのよ、愛衣! 拘束のための首輪なんだから、無問題よ!!!』


「…問題大有りだって…。はぁ…悪いけど、失礼させてもらうよ」

枕元に置いてくれてあった七つ夜をポケットに入れ、ナップザックを背中に背負う。
俺が逃げたことに気付くのに、そう時間はかからないはずだ。
できれば、時間をかけずに問題を解決したいものだが。

「よっ、と…。…ま、よっぽどのことが無い限り、保健室が二階や三階にある訳無いからな…」

「…どこへ行かれるおつもりですか?」

…即行で気付かれました。
保健室の窓から外へ出たと同時に、背後から高音さんの冷静な声が聞こえた。
まぁ考えてみれば、いつでも逃げられるような場所だとわかっているのに、何もしていない訳が無いか。
とはいえ、こちらは何も悪いことはしていない。よし、そう言おう。

「首輪だの何だのと、何やら怖い会話が聞こえたので」

…。
おぅ、ごっど。
胸の奥にしまうべき言葉を、誤って出してしまうとわ!!
と、とりあえず訂正して、言うべきことは言わねば…。

「…じゃなくてですね、俺は何も悪いことはして…どぉわああぁっっ?!!」

咄嗟の判断で上半身を後ろに反らした俺の上を、先程と同じ光の矢が飛んでいく。
…わお、まとりっくす。
高音さんが放ったらしい光の矢は、直線上にあった庭の木に直撃した。
かなり太い幹を持っていたはずのその木は、土煙を撒き散らしながら大きな音と共に倒れていく。


『お、おにぇーしゃまー!! 殿中でござるー! 殿中でござるぅー!!』


保健室の中をこっそり見てみると、愛衣ちゃんとかいう子に後ろから羽交い絞めにされながら、顔を真っ赤にさせて猛り狂う高音さんの姿があった。
えーっと…この娘達、どっかの漫才コンビ?
…まぁとにかく、この混乱に乗じてさっさと逃げ出すとしよう。
きっと見つかるだろうけど、次に会った時に高音さんが首輪を持っていないことを祈ろう。

「これもワラキアの悪夢だったりして…って、んな訳無いか」


「いいえ…ワラキアではないけれど、夢ならとっくに始まっているわ。…今更踊らないなんて許さないわよ、志貴」





□今日のNG■


窓から逃げようとして、高音さんに見つかってしまった俺。
さて、どうしようか?

 弁解してみる
⇒逃げる

…俺では彼女には敵わない。
何故かはわからないが、本能的に勝てない気がする!
とにかく逃げることに専念するんだ、遠野志貴!

「あっ、お姉様、逃げました!」

「ふふっ…逃がさないわ! 魔法の射手・戒めの風矢!!」

逃げる俺の背後から風を切るような音と共に、矢が通り過ぎていく。
狙いを外したのかとホッとしたのも束の間、先へ行った矢がこちらへと進路を変えて向かってきた。
油断していた俺はなす術も無く、光の矢に縛り上げられてしまう。

「ふふふふ…私から逃げられると思ったのかしら、子犬ちゃん?」

高音さんは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
目の前に立った高音さんは、まるで魔眼のように目を爛々と光らせながら、ジュルリと涎を啜り、舌なめずりまでしている。
…ああ、今の俺には、保健所で殺される順番を待つ猫や犬の気持ちがよくわかる。


――――喰われる


「…いただきまーす(ボソ」

少し恥ずかしいのか、小声でボソリと食事の挨拶をするあたり、お嬢様なのかなー、なんて思いながら、遠野志貴は高音様に喰われたのでした、まる


――――ちなみに、愛衣ちゃんは高音様の背後で噴水のように鼻血を噴出させていましたとさ。

〜遠野志貴・犬エンド〜

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