Act1-20

 

【さつき】


「はっ!!」

タカミチさんの放った衝撃波が、黒い犬に直撃して吹き飛ばす。
ポケットに手を突っ込んだまま戦えるなんて、凄いなぁ…。

「さつき、彼がポケットに手を突っ込んでいるのは、それが彼の戦闘スタイルだからですよ」

「へー、そーなんだ…。って…わわっ、また来た!」

シオンが説明をしながら、地面を這って近づいてきた黒い蛇に銃を放ち、私は突進してきた黒い鹿の顔面に拳を叩き込む。
鹿は衝撃波を伴った私の拳を受けて、顔面を水風船のように破裂させ、黒い泥となって地面に溶けていった。
ネロとかいう吸血鬼のコートの中からは、まるで湯水のように無限に黒い動物達が湧き出してきている。
本体であるネロには、攻撃を加えるどころか、近づくことすら出来ていない。

「ど、どどどーすんの、シオン?! こんな人、倒しようが無いよ!」

「くっ…さすが『混沌』…。志貴は、こんな化け物を殺したというのですか…」

「こんな化け物を殺せる人がいるということの方が、僕にとっては驚きなんだけどね…」

苦笑しながら、タカミチさんがネロに向かって走り出す。
しかし、タカミチさんが攻撃を繰り出す前に、ネロのコートの中から出現した巨大な鉤爪を持った手が振り下ろされる。
咄嗟にガードしたようだが、それでも衝撃だけで私達の方へと飛ばされてきた。

「…私に、一つ案があります。…すみませんが、さつき、タカミチ、しばらく時間を稼いでください」

「…わかった、君の案に乗ろう」

「わかった!」

シオンが信頼して、私達に任せたんだ。
なら、シオンが何とかしてくれるまでの間、絶対にここから先へは行かせない!


〜朧月〜


【アスナ】


「っく…てぇぇいっっ!!」

「くそ…マズイぜ、姐さん! このままじゃジリ貧だ!」

もう軽く二十分近く戦っていたが、千草が呼び出した鬼達は一向に減る気配を見せない。
まるで修学旅行の一件のようだが、今回は刹那さんがいない。
あの時は、刹那さんや、助けに来てくれたくーふぇ達がいてくれたから何とかなったが、私だけで倒し切れるかどうか…。
気付けば、いつの間にか学園の方まで追いやられていたらしく、私は学園前の階段を背に逃げ場を失ってしまっていた。
階段の上からも下からも、鬼が姿を現して私を取り囲んでいく。

「おやおや…まさか、こんな極上の舞台を用意してくれているとはね…。舞台が用意してあるってことは…『殺せ』ってことだよなぁ?」

声がしたのと同時に、階段の上にいた鬼達が倒れ、どこかの制服を着たさっきの男の人が立っていた。
しかし彼は眼鏡をしておらず、さっきとはどこか違う雰囲気を纏いながら、私を取り囲む鬼達を見て、さも嬉しそうに顔を歪ませる。
そして階段を最上段から一足で跳び越え、私の前に音も無く華麗に着地した。

「…何者や、アンタ。…只者とちゃいますな」

「ん…何だ、いたのか。…あぁ、そうだ…いいことを教えてやるよ」

「…何や?」

まるで今気付いたと言わんばかりに、胡乱気な視線で不機嫌そうな千草の方を一瞥する。
制服姿の男の人がポケットから十センチほどの長方形の塊を取り出して横に振るうと、パチンという音と共にナイフの刃が飛び出した。
そのナイフの刃の輝きに、鬼達が警戒の色を示す。

「死にたくなければ――――召喚し続けろ、呪符使い…!」

その言葉と共に、彼の姿は消えた。
そして、彼が次に姿を現したと同時に、十数体もの鬼達が膝を着き、その姿を消していった。

「ウソ…」

「な…何者だ、コイツ?!」

その早業に私とカモが驚いている間にも、鬼達が次々に姿を消していった。
倒れていく鬼達をよく見てみると、人体の急所に当たる首や心臓等といった部分が穿たれている。
彼の使う暗殺者のような技に、先程の蒼い瞳とは別の寒気を感じた。

「魑魅魍魎どもを思う存分殺し尽くせるなんて、いい舞台(よる)だ。退魔たる『七夜』の技、とくと御観覧あれ…」

「な…う、ウソや…。な…な、な、なな…っ、『七夜』は滅びたはず――――!!!」

千草の召喚した鬼達をほぼ殺し尽くした『七夜』と名乗った男は、顔を真っ青にして叫ぶ千草へ、ゆっくりと歩を進めていく。
男性と千草との間に、烏族が刀を振り上げて割って入り、彼に向かって勢いよく振り下ろした。
だが、振り下ろした刀は空を斬り、その烏族の背後に彼はいた。
そしてその烏族は刀を振り下ろした体勢のまま、ゆっくりと地面に倒れていく。

「どうなっとるんや…?!! 七夜の人間が生きとるなんてありえへん!!」

咄嗟に後ろに飛び退き、懐から取り出した呪符で新たに鬼や烏族を呼び出しながら、千草は焦ったように叫ぶ。
しかし、召喚した鬼達は彼の手によって次から次へと屍と化して消えていく。
彼が真正面から体勢を低くして突進したかと思えば、突然姿を消して敵の頭上からの急襲。
同じように突進してきたので頭上からの攻撃を警戒していると、正面から勢いのついた強力な切り払い。
鬼達は最期まで彼の使う技に翻弄され続け、すべからく消滅していった。

「これが…七夜…」

「やれやれ…もう手詰まりか? もう少し遊べると思ったんだがな…」

召喚する呪符が尽きたのか、千草が顔を青褪めさせながら呆然と呟くと同時に、最後の鬼が素手で首をへし折られて消えていく。
彼は消え逝く最後の鬼を見送りながら胡乱気に呟くと、ゆっくりとした動作で千草へと近づいていく。
そしてほぼ密着しているような距離で、千草は目の前に迫る死の恐怖に全身を震わせていた。

「…言ったよな? 死にたくなければ召喚し続けろ、ってさ――――」

歯の根が合わぬほどガクガクと震える千草の頬に、彼は優しく微笑みながらそっと手を添え、死を告げる。
それはまるで、恋人に愛を囁くように甘く、そして――――冷たい。
死を告げるには相応しくないその優しい微笑みに、千草の体の震えは止まり、頬を赤く染めてしばらく惚けていた。
しかし彼の言葉が甘い愛の言葉どころか、冷酷な『死』の宣告だと気付き、再び顔を青褪めさせる。

「ひ…! ひっ…! しっ、死ねぇぇぇっっっ!!!」

「――――捌く」

恐慌をきたした千草が懐から呪符を引き抜くよりも早く、彼の左手が下方から獲物の首を狙って食い千切らんとする蛇の如く、千草の首元へと
襲いかかる。
呪符を引き抜いた時点で、彼の左手に首を掴まれた千草の体は軽く宙に浮き、なす術も無く延髄から地面に叩き落とされてしまった。
容赦の無い一撃で仰向けに気絶した千草の首元から手を放すと、いつの間にか右手に持っていた短刀を左手へ戻して手の上で弄びながら、
聞き逃すことの出来ない一言を嬉しそうに宣言する。


「運が良かったな。大凶に当たるなんて、選ばれた人間の証だよ。――――さて、地獄の閻魔がアンタを呼ぶ前に、思う存分解体(バラ)させて
もらうとしようか」





□今日のNG■


「くくくくく…運がいいぞ、貴様ら。今日の私は気分がいい…見せてやろう、最高の混沌を!!」

ネロは周囲にいた全ての混沌達を自らの体に戻して、コートを開いて何かを出そうとしている。
全身がまるで泥の中で何かが蠢いているような動きをした後、ネロの手の中に何かが形をかたどり始めた。

「わわわわ…っっ?! し、シオン、どうしよう!」

「…どうしようもありません。下手に攻撃したところで、こちらが被害を被るだけでしょう」

何か凄いものが出てきそうな予感がして、足が竦んでしまいそうになる。
シオンは何が出てくるのかわからないが、とにかくエーテライトでいつでも迎撃できるように身構えていた。
タカミチさんも同様らしく、身構えたままネロに鋭い視線を送っている。
そしてネロの手の中から姿を現したのは――――

「ふはははははっっっ!!! 見よ、これこそが不二家のプリン・ア・ラモード…「えーい♪」ぶべらっっっ!!!」

手の中から見えたものが何かわかった瞬間に即殺。
シオンはストップウォッチを手にして、親指を立てて笑っている。
勿論、私もシオンに親指を立てて笑顔で返す。


ネロはプリンと同じように、ぐちゃぐちゃに潰れて吹っ飛んでいた――――。

 Act1-19  / Act1-21


【書架へ戻る】