Act1-27

 

【ネギ】


「…あの、もう寮に戻りましょう。どうやら、町を覆っていた魔力は消えたみたいですから…」

「あ…はい、そうですね」

男の人の言葉を聞いて落ち込んでいた刹那さんは、僕の言葉に反応して無理矢理笑顔を作る。
けれど、その笑顔には影が差していて、いつもの刹那さんの笑顔ではなかった。

「まったく…アイツ、今度会ったらとっ捕まえてやるんだから!」

アスナさんは、落ち込んだ刹那さんを見て、あの男の人に対する怒りで憤慨している。
その怒りはもっともだけれど、僕はその男の人に対する疑問で頭がいっぱいになっていた。
ヘルマンさんを倒した眼鏡をかけた人と、今アスナさんと戦った人が違う人だというのは、ほぼ間違いないと思う。
けれど、京都で戦った白い髪の少年のようなこともあるから、油断は出来ない。
男の人は『魔法』も『気』も使っていなかったけれど、もしかしたら何らかの魔法具で魔力を感知できないようにしていて、あの森から学園まで転移魔法(ゲート)で来たのかもしれないのだから。

「せっちゃん…大丈夫?」

「大丈夫です、お嬢様。そんなに心配なさらないでください」

このかさんは、悲しげな笑顔の刹那さんを心配している。
あの男の人と刹那さんの間には、何らかの関係があるはず…。
なら、あの眼鏡をかけている方の男の人も、何か関係があると考えていいだろう。
あれだけ瓜二つだというのに、関係が無いという方がおかしい。
幸いなことに、眼鏡をかけている方の男の人は、楓さんが介抱してくれているはずだ。
ならば、明日、本人に眼鏡をかけていない方の人についてとか、色々聞いてみよう。



「…あれ? おサルのお姉さんは?」

いつの間にか、あの男の人の足元で倒れていたおサルのお姉さんの姿まで消えていた。
あの男の人みたいに、消えてしまったのかな…?




〜朧月〜




【さつき】


「ふわー…何だか途端ににぎやかになっちゃった」

覆われていた雪と冬の如き寒さが消え去り、麻帆良駅前での戦いが終わると同時に、周囲に夜の活気が戻ってきた。
灯りも喧騒も無く、シンと静まり返っていた先程よりも、よほど安堵感がある。
私が受けた傷はすぐに塞がり、血に染まった服もシオンが持ってきてくれたジャンパーで何とか隠せた。
この学園都市の広域指導員をしているらしいタカミチさんの案内で、うるさい程にぎやかな街中を歩いていく。

「ところで、再びあの夜が始まったら連絡を取りたいのだが…君達はどこに泊まっているんだい?」

「遠野ホテルグループ、麻帆良支店です」

私が答えるよりも先に、シオンがスラスラと答えてしまった。
秋葉さんが、滞在先として遠野グループのホテルを用意してくれているのだ。
タカミチさんはシオンの言ったホテルの名を聞いて、少し驚いたような表情をしている。

「…随分と高い所に泊まるものだね。…君達は、どこかのお嬢様なのかな?」

そういえば、遠野グループのホテルってどれも高級な所ばかりなんだっけ。
…普段私が住んでるダンボールハウスに比べたら、雲泥の差なんだろうなぁ…。
って、比べるものが違い過ぎるのか。

「えっと、遠野グループの会長さんから頼まれたもので…」

「えぇ…遠野グループ会長・遠野秋葉からの依頼で、ここに来ている彼女の兄を探しに来ています」

秋葉さんの名前を出すと、タカミチさんは眉間に皺を寄せて、訝しげな表情を浮かべる。
確か、遠野の一族は遠い昔に鬼と交わったという混血の一族だったはずだから、タカミチさんが警戒するのも無理は無い。
とは言っても、私達も吸血鬼だから、タカミチさんから警戒されてもおかしくないはずなんだけどな…?

「…混血の一族の兄、か…。その彼は…安全なのかい? 混血の一族は先祖還りを起こすというからね」

「…その質問は少々不愉快ですが、答えましょう。志貴と秋葉は義理の兄妹の関係にあり、志貴に関しては遠野の血を引いていないので反転の心配は一切無用です」

シオンがぴしゃりと言い放つと、タカミチさんは頭を掻きながら苦笑を浮かべている。
私がシオンの顔を盗み見ると、その質問は不愉快だと表情にありありと表れている。
秋葉さんとシオンは友達だって言ってたけど、二人は互いに信頼し合っているんだとわかった。

「ハハ…すまない。それじゃあ、その彼の写真か何か無いかい? こちらでも最大限、手を尽くそう」

「それなら…」

「あ、私、写真持ってる!」

咄嗟に胸ポケットから遠野君の写真を取り出して、タカミチさんに渡す。
それを見たタカミチさんは、引きつった顔で苦笑している。
シオンもタカミチさんに渡した写真を覗き込み、そしてシオンの方は微妙な表情になった。

「え…アレ? どうしたの、二人とも?」

「…これはどう見ても盗撮ですね」

…。
説明しよう!
私の胸ポケットは二重になっていて、奥の方の胸ポケットには遠野君の特別写真が隠されているのだ!
特別写真とは、吸血鬼としての能力をフルに使って撮った盗撮写真、遠野家裏ルートから手に入れた極秘写真etcetc…。

「きゃああぁああぁあっっっ?!?! 返して返してーっ! こっちですこっちっ!」

「ボッシュート。…コレは私が預かっておきます」

慌てて手前の方の胸ポケットから、秋葉さんから渡された遠野君の写真を手渡す。
しかし、タカミチさんの手から取り上げた遠野君の特別写真は、シオンに取り上げられてしまった。
その後、タカミチさんの案内で遠野グループホテルに着いた私達は、携帯番号の交換をして別れた。


…その直後、ホテルの前でシオンと特別写真の取り合いになって、ホテルの人達に迷惑をかけたのは別のお話。





□今日のNG■


「着いたよ、ここが遠野グループホテルだ。それじゃあ、また明日」

「はい、ありがとうございました」

案内されて遠野グループホテルに到着した後、タカミチさんは去っていった。
しばらくその背中を見送って見えなくなった頃、横目でシオンを盗み見る。
ほぼ同時にシオンも横目で私を見ていて、視線が合ってしまった。

「…ねぇ、遠野君の秘密写真返してよ、シオン」

「まったく…昼間時々いないと思ったら、盗撮しに行っていたとは…」

懐から秘密写真を取り出すと、シオンは呆れたような目で私を見てきた。
シオンが手に持った秘密写真を取ろうとすると、ひょいと避けられてしまう。
何度取ろうとしても寸前で避わされてしまい、フェイントをかけたりして写真を奪取しようと必死になる。
ジト目をシオンに向けると、シオンは視線を逸らして余裕の表情で口笛なんて吹き始めやがりました。

「…シオンも欲しいんでしょ、それ」

「…ええ、まあ。このアングルは貴重ですからね。これは私が頂き…もとい預からせてもらいます」

「ちょ…それ遠野家裏ルートで入手して、高かったんだからー!!」

その後私とシオンは、ホテルの前で数ミリの世界の勝負を繰り広げることとなる。
通りすがる人々の視線も気にせずに、一つの写真を巡って取り合いとなった。


「…あのぅ…ホテルをご利用なされるお客様がご迷惑しているので…」


遠慮がちというか、あまり関わりたくないといった感じに、ホテルの人から声をかけられた。
気付けば、トランクを持った宿泊客らしき人達が、困ったような表情でこちらを見ている。
私とシオンは愛想笑いを浮かべて頭を下げると、何事も無かったように装いながらホテルに入ったのだった…。

 

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