Act1-28

 

【エヴァ】


「部屋まで用意してもらっちゃって…本当にありがとう。それじゃあ、先に休ませてもらうよ。…おやすみ」

「ハイ、おやすみなさい」

「あぁ…」

二階にある和室に布団を敷いて、志貴の寝室として使わせることにした。
私は志貴に曖昧な返事を返し、ついさっきまで志貴が話していたことを思い返しながら、物思いに耽る。



「…マスター、そろそろお休みになられた方が…」

「ん…? 何だ、もうこんな時間になっていたのか」

茶々丸に声をかけられて、既に夜中になっていたことに気付く。
夜は吸血鬼の活動時間であるとは言え、学校があるのだから寝なければならない。

「フン…どうやら、私は思わぬ拾い物をしたようだな…」

口元に笑みが浮かんでくるのが、自分でもわかる。
それもそうだろう。


真祖の姫君ですら殺し得る力を持った男が私のモノになれば、サウザンドマスターとて敵ではないのだから…。




〜朧月〜




【エヴァ】


「そうだな…まず、三咲町で起きた吸血鬼事件は知っているかな?」

「過去のデータを検索中……ありました。『三咲町で血液を大量に抜き取られた死体が発見され、未解決のままとされている事件。連続猟奇殺人事件として捜査されていましたが、ある時期を境に事件は起きなくなって現在に至る。』とのことです」

茶々丸の事件の説明から、それがすぐに吸血鬼による事件で、既に解決しているのだとわかる。
吸血鬼が関わるような事件は、警察ごときに解決できるはずが無い。
しかし、事件が起きなくなったということは、何者かによって犯人である吸血鬼が処断され消え去ったということだ。
志貴は茶々丸の説明に軽く頷くと、その事件に巻き込まれることになった経緯を話し始めた。

「結論から先に言うよ。…その事件の犯人は、無限転生者『アカシャの蛇』ミハイル・ロア・バルダムヨォン。厳密に言えば、本物の遠野の長男の中に潜んでいたロアだった」

――――無限転生者。

真祖の姫君を騙して自らの血を吸わせ、姫君の暴走の原因を作り出した元教会の司祭だった男。
殺しても、その名の示す通り無限に転生を繰り返す吸血鬼。
殺された後、ロアは自らの魂を自らが選抜した赤子へと転生させることによって、自らの望む『永遠』を手に入れたという。

「…つまり、真祖の姫君とは、お前の中にいるロアを殺しに来た時に会った、という訳か? 」

真祖の姫君の力の一部を奪ったロアが転生する度に、姫君はそのロアの転生先を探し出し処断し続けている。
志貴が死んでいないということは、まさか姫君を倒したとでも言うのか。
警戒のため、いつでも魔法を唱えられるように、志貴を睨みつけながら手に魔力を集める。
しかし、志貴は首を横に振って、沈痛な表情を浮かべる。

「いや、違う。…俺は、『七夜』という滅びた一族の生き残りで、養子として『遠野』に引き取られていたんだ。本物の遠野四季――――四つの季節と書くんだけど、彼は九年前に反転して、父親に処断された…はずだった」

…何となく理解できてきた。
その四季とやらがロアの転生先であり、反転した際にその父親に処断されたが、恐らく内に潜んでいたロアの力で生き返って、三咲町のどこかに潜んでいた。
そして、その四季の中にいるロアを殺しに、真祖の姫君が三咲町へ来て、その際に出会った…ということなのだろう。
推測に過ぎなかったが、志貴に確認してみるとやはり当たっていたらしく、驚きながらも私のことを褒めていた。

茶々丸の入れてくれた紅茶を一口飲み、次に埋葬機関の知り合いについて話すよう促す。
埋葬機関に所属する者は、須らく桁外れの力を持っていると聞く。
しかし、混血の一族の屋敷に住んでいるという志貴との接点がわからない。
更に茶々丸の説明で『七夜』という一族が退魔に属するということはわかったが、日本の退魔組織と埋葬機関はお世辞にも仲がいいとは言えない。
そんな埋葬機関の代行者と、どうやって知り合い、黒鍵の扱い方を教えてもらえるだけの仲になったのか。
言い難そうにしている志貴を一睨みすると、言葉を選びながらではあったが、話し始めた。

「…埋葬機関に所属する知り合いは…ある理由から、アルクェイドと同じくロアを殺すために三咲町に来ていた。彼女は俺の遠野の姓からロアの転生先だと思い、高校に暗示をかけて先輩として潜り込んでいたんだ」

「ふむ…そしてその真偽を探るために、お前に接触してきた訳か。…しかし、代行者とそれで知り合ったのはとりあえず納得したが、真祖の姫君と知り合った経緯がわからん。…何せ、アレは関係ないものには一切興味を持ったりしないからな」

処刑者の名に相応しく、その顔に感情は無く、必要の無い者と言葉を交わしたり交流したりはしない。
そんな真祖の姫と、どうやって知り合ったのか純粋に興味があった。
知り合った経緯を話すように睨みを利かせるが、それでも志貴は言い難そうに躊躇している。

「…話せ。貴様から話すと言ったのだからな」

殺気を滲ませながら、志貴を睨む。
それでもしばらく言い難そうにしていたが、やがて大きなため息を一つ吐き、口を開いた。


「…初めてアイツにあった時、俺の中にある『退魔衝動』が過剰反応したんだ。訳もわからないままアイツの後を尾けて行って、隙を突いて――――殺した」


「――――な、に?」

志貴の言葉が理解できない。
いや、理解できるはずが無い。
真祖の姫君は世界からの供給を受けており、傷つけられたとしてもすぐに傷は塞がってしまう。
志貴の持つ何の魔力も付与されていないナイフでは、傷つけることすらかなわないはずだ。
そんな真祖の姫君を殺したなどと言われて、誰が信じられようか。

「…悪いけど、殺した力については、俺にとっての『切り札』だから話せない。迂闊に話すな、とも言われているからね」

「ぐ…。ま、まぁいいだろう。だが、いずれ必ずお前自身の口から聞き出してやるからな」

どうやって殺したのか聞き出そうと思ったが、先手を打たれてしまう。
余程顔に出ていたのだろう。
志貴の表情を見れば、そのことに関しては話さないという意志が強固だということはすぐにわかる。
ここで駄々をこねて聞き出そうとするのもガキっぽくて情けないので、今回は大人しく引き下がることにした。

しかし…志貴に対する興味は尽きない。
真祖の姫君を殺したというこの男の力は、恐らく先程のヘルマンとの戦いの際に感じた『死』に関するものだろう。
『不死』であるはずの私ですら、恐怖を感じるほどの『死』。


久々に興味を持った男を私が放っておくはずも無く、問答無用で志貴を私の家に囲うことに決めたのだった。





□今日の裏話■


「ん…オークションか。どれ、場所は――――麻帆良?」

咥え煙草の女性は、作業の傍らパソコンでネットをしていた。
事務所らしきその場には、その咥え煙草の女性と、志貴が少し大人びた感じの黒縁眼鏡の男性が座って作業をしている。
深夜になって大方の作業が終わったのか、黒縁眼鏡の男性は大きく体を伸ばした後、デスクの上にため息と共に突っ伏した。

「局長…仮眠してきますー…」

「ん? ああ…お疲れ様、黒桐君。…そうそう、明日だけど…朝から出かけてくるわ」

「…またオークションで何か買い込んでくる気ですか? そーゆーのは給料まともに払ってからにしてください、局長」

黒縁眼鏡の男性――――黒桐幹也は、半ば諦め気味なため息をついてのろのろと立ち上がると、仮眠室へと向かった。
そして仮眠室に入る直前、足を止めた幹也は局長と呼ばれる女性に顔を向ける。

「あ、そうだ、局長。行き先はどこです?」

「麻帆良よ。ほら、少し前に大きな文化祭のあった学園都市」

幹也はそれを聞いて納得すると、仮眠室のベッドにダイブして眠りに落ちていったのだった。
頬杖をついてパソコンのモニターを眺めていた女性――――蒼崎橙子は、椅子の背もたれに背中を預けると、何かを思い出すように目を
閉じて、小さく笑みを浮かべる。
そして眼鏡を外すと、窓から夜空に浮かんだ月を見上げて更に笑みを深めた。


「麻帆良か…久しぶりだが、あのチビっこい吸血鬼はどうしてるのやら…」

 

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