Act2-12


【刹那】


「まったく……ネギったら、また勝手に突っ走って……」

「どうやら楓に用があったようですね。……あ、そういえば……」

 ふと朝のHR前に、アスナさんと楓が話していたことを思い出す。
 昨夜、アスナさんは眼鏡をかけた男性に、商店街近くで会ったと言っていた。
 そして楓は、郊外の森で同じように眼鏡をした男性に出会ったと言っている。
 商店街に、郊外の森。
 どちらも、普通ならば学園の奥から現れることなど有り得ない。

「……あの、アスナさん。HR前に昨夜黒縁眼鏡の男性と、商店街で会ったと話していましたが……」

「ん? ……ああ、昨夜のこと? えっと、前に襲ってきたヘルマンって爺と戦ってたんだけど、その時に割って入ってきてね」

「あ、あの時のおじさん、また来たん?」

 ヘルマンといえば、以前不覚にも私が捕われてしまった時のことか。
 皆から聞いた話によると、アスナさんの力を利用されて魔法が弾かれてしまうため、ネギ先生達は苦戦したらしい。
 その正体はネギ先生の過去に出てきた上級悪魔だったという話だったのだが、昨夜現れたヘルマンは更に強力になっていて、以前よりも苦戦したという。

「あの……その男性はどこへ……?」

「……わかんない。ネギの杖に乗って森の方に飛んでいったけど……」

 アスナさんの話によると、悪魔の姿になり空を飛ぶヘルマンに攻撃できずにいたその男性を、ネギ先生が杖に乗せて助けたらしい。
 その男性の指示なのか、ネギ先生の杖は郊外の森へ向けて飛んで行き、その後のことはわからないという話だった。
 郊外の森…ということは、楓の言う眼鏡をした男性と同一人物だと考えられる。


 ――――どうやら、彼女らの言う黒縁眼鏡の男性は、今朝の写真の男……『遠野シキ』で間違いないようだ……。




〜朧月〜




【さつき】


「それじゃあ……まず、今回の敵について詳しい話を聞かせてもらえるかな。昨夜は二十七祖、と聞いただけだったからね」

 向かい側のソファーに座ったタカミチさんは、私達に真剣な表情で聞いてくる。
 私が説明するよりもシオンが説明した方がわかり易いと思い、隣のシオンに視線だけを向ける。
 シオンは私の視線に気付いたのか、同じく視線だけをこちらに向けると小さく頷いて前を向いた。

「……今回の事件の元凶は、恐らく死徒二十七祖十三位、『ワラキアの夜』、あるいは『タタリ』と呼ばれる吸血鬼だと思われます」

「待ってください。……恐らく、思われる、と仰っていますが、はっきりとわかっている訳ではないのですか?」

 二十七祖と聞いて表情を険しくさせた高音さんが、シオンの言葉に疑問を投げかけた。
 シオンは高音さんの指摘に対し、目を閉じて沈黙している。
 私はシオンとの付き合いは短いけれど、シオンが確実ではない情報を口にした記憶がほとんど無い。
 しかし、シオンは頭の中で説明する言葉を選んでいたらしく、はっきりとした言葉で要点を絞った説明を始めた。

「……実を言えば、再び『タタリ』が姿を現したとしても、大したモノではないと考えていました。今年の夏に、三咲町に滞在しているという真祖の姫君らの協力によって、『タタリ』は一度倒されましたから」

「真祖の姫君……?!」

「え……真祖の姫君って……あの……?!!」

 シオンの言った『真祖の姫君』という言葉に、高音さんと愛衣さんどころか、タカミチさんも驚いている。
 真祖の姫君……真祖の姫君……あ、アルクェイドさんのことか。
 でも、何であの人の名前を聞いただけで驚いているんだろう?
 今まで冷静だったタカミチさんですら、高音さん達ほどではないにしても、驚愕の表情を浮かべていた。

 個人的な私見からすると、あの人って遠野君にじゃれつく猫みたいなイメージがあるんだけどなぁ……。

「ええ、真祖の姫君、アルクェイド・ブリュンスタッドです。彼女の協力により、ワラキアの夜がある契約により得ていた『現象』たる力を失わせ、何とか倒すことができました」

 夏に起きたあの事件の顛末は、シオンから聞いている。
 シオンの簡単な説明によると、『ワラキアの夜』の元である死徒は、二十七祖の一人との契約によって、千年後の赤い月の時まで『現象』として存在できる力を得ていたらしい。
 そこでシオンは、アルクェイドさんの力を借りてその千年後の赤い月を創り出して契約を強制的に終了させ、『ワラキアの夜』をズェピアという元の死徒に戻して倒すという手段をとった。
 ちなみに、そのズェピアという死徒は、元はシオンの祖先でとても偉い人だったらしい。

「……よく、半分とはいえ、死徒である君が彼女の協力を得ることができたものだね」

「伊達に不可能を可能とする、アトラシアの名を名乗っていません。ですが……協力者がいてくれたからこそ、消滅させることができたのであって、私一人では不可能だったでしょう」

 シオンは誇らしげに言った後、薄く頬を染めながら小さく微笑んだ。
 その協力者というのは、間違いなく遠野君のことだろう。
 私は滅多に見せないシオンの表情に、改めて遠野君の凄さを痛感させられた。

「ま、待ってください。それじゃあ何故シオンさんは、倒したはずのその……『ワラキアの夜』が元凶だと……?」

「これは私の推測に過ぎないのですが……『ワラキアの夜』を倒す方法が強引だったせいで、そのワラキアの現象たる力の残滓が周辺に飛び散ってしまったのではないかと考えています。残滓だけの状態ならば大した力は持っていませんが、その残滓が集まって何者かの形を模してしまい、その『ワラキアの夜』としての力を行使し始めた……それが今回の事件の原因だと思われます」

 愛衣さんの質問に、シオンはスラスラと推測を並べ立てていく。
 推測に過ぎないけれど、シオンがその明晰な頭脳をもって考えたのだから、私は信じてもいいと思うが、問題はタカミチさん達がシオンを信じてくれるかどうかだ。
 タカミチさんは腕組みをして真剣な表情で考え込んでいるし、高音さんと愛衣さんはまだシオンを信用し切れない部分があるらしく、疑心と不安の入り混じったような表情でこちらを見ている。

「その説からすると、昨夜のあの『混沌』もそのワラキアの『現象』という力の残滓が作り出したモノという訳か……。……わかった、上の方に報告しておくよ」

「待ってください、高畑先生。……そんな簡単に彼女達を信用してよろしいのですか?」

「ありがたい、タカミチ。しかし、彼女らはまだ信用できていないようですね。……ならば、もっと簡潔な理由を述べましょう。私は先程も言ったとおり、今回の事件に関わる吸血鬼――――いえ……違いますね。……私は、虚言の夜を起こしている元凶たる吸血鬼、『ワラキアの夜』の娘に当たる存在です」

 驚くべきことに、シオンはまだ信用し切れていないらしい高音さんに、自身が『ワラキアの夜』の死徒であることを話したのだ。
 血を吸われて吸血鬼の死徒となった者は、血を吸った親たる吸血鬼を知覚することが出来る。
 しかし、同時に親たる吸血鬼の支配を受ける可能性もあるため、シオンは話さないつもりだと思っていた。
 そんな危険性を秘めた存在を滞在させること自体、反対されかねないからである。

 シオンの突然の言葉に反応できなかったのか、しばらく呆けていた高音さんだったが、すぐに我に返って懐から小さな指揮棒のような物を取り出して身構えると、敵を見るような視線でこちらを睨みつけてくる。愛衣さんは戸惑うように私達と高音さんへ交互に視線を彷徨わせ、タカミチさんは疲れたように軽くため息をついて静かに口を開いた。

「……高音君、とにかくその杖を仕舞いなさい。彼女達はこの町を元に戻すために来たんだ。我々と敵対するために来た訳じゃない」

「ですが、高畑先生。……彼女は敵になり得る可能性を秘めています。私は、彼女が信頼に足る人物だとは思えません」

 高音さんは学園の教師であるタカミチさんに、挑んでいくかのような態度で静かに反論する。
 不穏な空気を感じて私も軽く身構えようとするが、隣から肘で突付かれてシオンの方に視線だけを向けた。
 シオンは軽く首を横に振って、視線だけで身構えるなと伝えてくる。
 私が言われるままに浮きかけていた腰をソファーに戻すと、ソファーに背を預けて冷ややかな表情を浮かべたシオンは、身構える高音さんへ蔑むような視線を向けながら口を開いた。

「貴女が私の推測を信頼できないようですから、信頼できる『真実』を教えたまでです。それでこちらを信頼できないというのなら、こちらも別に構いません。……しかし、こちらから情報を聞き出すだけ聞き出しておいて、こちらの望む情報も教えずに排除しようとするとは思いませんでした。それとも魔法使いとは、このように卑怯な手段を是とする集団なのですか?」

 シオンの冷静な指摘に、高音さんはバツの悪そうな表情を浮かべ、指揮棒みたいな杖を懐に仕舞ってソファーへと腰を下ろした。
 もちろんこちらを警戒しながらではあったが、それでも落ち着いて話し合える状態になったので少しはマシである。
 ようやく落ち着いた高音さんを見て、安堵のため息をついたタカミチさんは、懐から煙草を取り出しながら辺りへと視線を巡らす。


 すぐに灰皿を探していると気付いた私が、近くにあった灰皿を差し出すと、タカミチさんは苦笑を浮かべながら灰皿を受け取り、タバコを吸いながら一つため息をつき、疲れたような表情を見せていた……。





□今日の裏話■

「……」

 学園の庭から去った黒猫は、近くの木の上からある人物を見つめていた。
 視線の先には、先程の少女達の姿がある。
 少女らよりも更に幼い魔法使いの男の子は、どこかへ行ってしまったらしく、その場に姿は無かった。
 黒猫は先程会った時に見た男の子の姿を思い出し、ふと思う。

(……昔会った、男の人に似てる)

 前のご主人様――――まだ殺戮機械のようだった真祖の姫君と、一度だけ共に戦った赤毛の男性。
 顔だちは幾分柔らかいが、あの少年はその彼によく似ていた。
 昔、自分の頭を撫でてくれた優しく温かい手を懐かしく思い出しながら、黒猫は意識を少女達に戻す。


「……あの、アスナさん。HR前に昨夜黒縁眼鏡の男性と、商店街で会ったと話して……」


 少女らが話しているのは、恐らく黒猫のご主人様である志貴のことだ。
 昨夜、志貴はあちこちへ駆けずり回っていたらしいので、少女らの内の誰かと会ったのだろう。
 しかし、先程学園の庭で少女らと会った時に気付いたことがあった。

(……あの子から……志貴の匂いがする)

 黒猫は黒髪を横で纏めた少女から、今の主である志貴の匂いを感じ取っていた。
 年月が経っているのか幾分薄らいではいるが、志貴の匂い、魔力は間違えようが無い。
 知り合いだというのなら、志貴に会わせてあげるのもいいかもしれない。


 そう思い、黒猫はどこかへ向かう少女の背を追いかけ始めたのだった……。


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