Act2-13


【志貴】


 待ち合わせ相手だったハルナちゃん達と合流したアキラちゃんと別れ、再びエヴァちゃんの家へ歩き始める。
 その途中、ふと目を向けた先に、見渡す限りの草原を見た気がした。
 そこはまるで蜃気楼のようで、近いようにも、遠いようにも見える。
 懐かしい気持ちと共に足はそちらへ向き、気付けばフラフラと歩き出していた。

「――――――――」

 どれだけ歩いたのだろうか?
 周りには誰もいない。
 人の声も、獣の息遣いも、虫の鳴き声もない。
 風は吹かず、草の揺らめきの音すら聞こえない。
 そんな限りなく静かな草原で、俺は草をベッドに横になった。
 普通ならば、こんな場所などあるはずも無い。

 そう、普通ならば。

「君。そんな所で倒れていると危ないわよ」

 そんな、不機嫌そうな声が聞こえた。
 ――――なるほど。
 懐かしく感じる訳だ。

「……気をつけなさい、危うく蹴り飛ばされるところだったんだから」

「――――蹴り飛ばされるって、誰にですか」

「ここにいるのは君と私だけ。私以外に誰がいるのかしら?」

 懐かしい、とても懐かしいやり取り。
 幼い頃、『死』に晒され恐怖に脅えていた俺に、生き方を示してくれた人。
 ゆっくりと身を起こし、懐かしいあの人の姿を思い出しながら背後を見やる。


 ――――が、そこにいたのは、眼鏡をかけた青い髪のショートカットの女性。
 優しい言葉使いに反して、視線は冷たく、圧迫感を伴いながらこちらを見下ろしてくる。
 けれど、それでも懐かしいあの人にどこか似ていて、偉そうなところなどまったく同じだ。

「誰かと勘違いしてた、って顔ね。……ちょっと、話を聞かせてもらえるかしら」

「……ええ、いいですよ。あ、俺は遠野志貴です」

「――――そう。私は、蒼崎橙子よ」

 橙子さんは名乗った俺に一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに元の表情に戻り俺の隣に座る。
 この町に来てから、知り合う人達全てがあちら側の人間ばかりだったが、さすがに先生と同じ名字……『蒼崎』を名乗る人がくるとは思わなかった。
 少し不安はあったが、俺はそれよりも橙子さんがどんな人なのかが気になっていた。




〜朧月〜




【アスナ】


「さて、と……。刹那さん、ちょっと相手してもらえる?」

「え、あ……はい、いいですよ」

 昨夜商店街近くで出会った黒縁眼鏡の男性のことを話すと、刹那さんは無言で考え込んでいた。
 そんな刹那さんに剣道の練習をお願いしたのだが、突然の申し出に戸惑ったような表情をしている。
 元気の無い刹那さんに、少しでも元気が戻るように何か無いかと考えたけど、結局体を動かすことぐらいしか思いつかなかったのだ。
 食後の運動に軽く体を動かすのもいいだろうと思ったが、何だか自分が体力バカっぽく思えてきて軽く自己嫌悪に陥る。
 ……こんなんじゃ、いつまで経ってもバカレンジャーから抜け出られそうに無いなぁ……。

「食後ですからね。少し打ち合う程度にしておきましょう」

「うん、それじゃあ……」

「アスナーッ! ゴメン、ちょっといい?」

 私と刹那さんでそれぞれ得物を手にとって身構えて始めようとした時、朝倉が私を呼びながらこちらへ走ってくる。
 何だか慌てて走ってきたらしく、私の前で止まってしばらく息を整えている。
 最後に一つ深呼吸すると、朝倉は懐から手帳を取り出して話し始めた。

「実はアスナが朝に言ってた黒縁眼鏡の男性に、さよちゃんがついさっき会ったらしいの」

「へえ……でも、そんなに慌てるほどのことじゃないでしょ?」

 朝倉にはさよちゃんが見えているらしく、最近は学校周辺のあちこちへ飛んでいっているらしい。
 魔法使いであるネギ達ですら、その存在になかなか気付けないというさよちゃんは、朝倉の情報収集に一役買っていて、最近は魔法使いの情報もいくつか手に入れているらしい。
 しかし、確かに黒縁眼鏡の男性は、昨夜の男性に関係があると考えてはいたが、慌てて教えに来るほどのことではないと思う。

「チッチッ……甘いわね、アスナ。何とその人、さよちゃんのことがハッキリと見えていたらしいのよ」

「へ? ちょ、ちょっと、さよちゃんは大丈……ひいぃっ?!」

『こんにちは〜』

 昨夜の眼鏡をしていない方の男性は、バカ猿女の召喚した鬼達を悉く殺してしまうほどの強さを誇っている。
 それに眼鏡をしている方も、眼鏡を外した時のあの蒼く冷たい輝きを宿した瞳は、幽霊のさよちゃんすらも殺してしまうのではないかと不安になったのだ。
 しかしその心配は杞憂だったらしく、突然さよちゃんが朝倉の隣に姿を現した。
 ……相変わらず、出てくる時の姿は怖かったけど。

『あの人、志貴さんっていうみたいなんですけど……魔法使いみたいな女性とお話してました』

「そんでもって、ここからが気になるトコなんだけど……何とその場にエヴァちゃんまでいたらしいのよ! そしてその志貴さん達と一緒に近くのホテルに入って行ったんだって! ……なーんか、気になんない?」

 何を期待しているのか、朝倉がニヤニヤとした笑みを浮かべて聞いてくるが、その前に気になる一言があった。

「……ちょっと待って。さよちゃん、今、その男の人の名前…志貴さん、って言わなかった?」

『あ、はい。ちょっとお話したんですけど、何だかほんわかした優しい人でしたよ。えへへー、可愛いねって言われちゃいました』

「まあ、ほとんどの人には見えないから、言ってくれるような男性はいないだろうけどねぇ……」

 頬を赤らめて照れているさよちゃんに、苦笑しながら呆れたように言う朝倉。
 しかし、こちらはそれどころではなかった。
 この情報が本当なら、志貴さんがこの町に二人いるかもしれないということになる。

 一人は今聞いた、さよちゃんに『志貴』と名乗った昨夜商店街で出会った黒縁眼鏡の温和な男性。
 もう一人は、昨夜学園前で戦った、まるで殺人を楽しんでいるかのような『七夜』と名乗る男性。


 一体、何がどうなっているの――――?





□今日のNG■


 どれだけ歩いたのだろうか?
 周りには誰もいない。
 人の声も、獣の息遣いも、虫の鳴き声も――――


「よく来たにゃ、少年! ここはグレートキャッツビレッジ……猫の、猫による、猫のための楽園――――ぶにゃあっっっ?!!」


 懐かしい気分でここまでやってきたってのに、色々と台無しだ。
 何か白い物体が見えたので、込み上げてきた怒りと共にそれを拳で殴りつける。

「な、何をするだー!?」

「簡単なことだ……オメェはオラを怒らせた!!」

 とりあえず、何故か持っていた歯磨き粉(ハッカ味)を鼻に塗りつけてやった。

「ぎにゃー?! 鼻が……鼻がぁぁぁっっっ!!!」


 ふっ……勝利の後はいつも空しい……。


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