Act2-14


【愛衣】


「それじゃあ、高音君、愛衣君。昨日彼と会った時のことを話してくれ」

「いえ、それには及びません。高音、少々失礼します」

「え……な、何を……?!」

 高畑先生に言われて、私とお姉様が昨夜志貴さんと出会った時のことを話し始めようとすると、なぜかシオンさんがそれを手で制し、両腕に着けた黄色のブレスレットへと手を伸ばす。
 そしてブレスレットから見えない糸のような物を引っ張り出して、戸惑うお姉様の方へと投げた。
 突然のことで反応できなかったが、お姉様を見る限り特に害があるようには見えない。

「……シオン君、高音君に何を?」

「失礼ですが、彼女の昨夜の記憶を読み取らせていただきました。しかし……高音、貴女は何をしているのです?」

「な……か、勝手に他人の記憶を読み取るなんて、失礼ですわ!!」

 昨夜の志貴さんとの出来事を知り、呆れたような表情を浮かべるシオンさんに、お姉様が憤慨しながら立ち上がる。
 私はさっき腕輪から出したものだと気付き警戒して身構えたが、シオンさんはお姉様に対して首を横に振って呆れたようなため息をつくと、どこか見当違いなことを話し始めた。

「高音……確かに志貴は子犬的な魅力を持っていますが、あんな風に迫っては意味が無いでしょう。ふふ……私ならばこのエーテライトを使って、志貴を隷属させることができる」

「な――――。……そ、そのエーテライトというものがどんなものなのか、私にご教授願えませんこと?」

 ……あれ?
 何かお姉様まで見当違いな方向に……。

「このエーテライトは思考を読み取るだけでなく、傷の縫合、捕縛などに使用することが可能です。また、麻酔の効果もあり、敵を無力化させることも可能なのです」

「す……素晴らしい機能ですわ……。……シオンさん、是非とも私とお友達になりませんこと!?」

「ええ、私もわかり合える友が増えることはとても嬉しい。高音、貴女とはいい友人になれそうだ」

 私の目の前では目を輝かせたお姉様の手と、嫌な笑みを浮かべたシオンさんの手が握られている。
 先程まであれほどいがみ合っていたお姉様とシオンさんが談笑していることはいいと思うけれど、志貴さんのことを考えると何とも可哀想な気がしてならない。
 私とさつきさん、そして高畑先生は、その後も何とも言えずに黙ってその光景を見ながら紅茶を飲み続けていたのだった……。




〜朧月〜




【刹那】


『あの人、志貴さんっていうみたいなんですけど……眼鏡をした魔法使いみたいな女性とお話してました』


「やはり、シキか……」

 昼食後、アスナさんとの訓練を始めようとしていると、朝倉さんが駆け寄ってきてアスナさんと話し始めた。
 その話の最中に姿を現した相坂さんの話によると、昨夜アスナさんとネギ先生が商店街近くで出会ったという、黒縁眼鏡をした男性は、私の予想通りシキという名らしい。
 朝の楓との会話でアスナさんはその彼が眼鏡を外すと、昨夜の志貴ちゃんに瓜二つだと言っていたが、写真で見た限りでは確かに志貴ちゃんにそっくりだった。


「そんでもって、ここからが気になるトコなんだけど……何とその場にエヴァちゃんまでいたらしいのよ! そしてその志貴さん達と一緒に近くのホテルに入って行ったんだって!」


「遠野グループホテル……。なるほど、奴らの拠点の一つという訳か。失念していたな……」

 朝倉さんの話によると、エヴァンジェリンさんと茶々丸さん、魔法使いのような女性、そしてシキと名乗った黒縁眼鏡の男性の四人は、近くにある遠野グループホテルへと入っていったらしい。
 世界に冠する遠野グループだが、その権力の背後でどれだけの人々が死んでいったのかと思うと、怒りが込み上げてくる。

 昔から、私のことを『せっちゃん』と呼ぶのはお嬢様か志貴ちゃんくらいのものだから、昨夜アスナさんと戦った彼が志貴ちゃんだというのは、ほぼ間違い無い。
 ならば、後は相坂さんの言うシキという男の字(あざな)が、『遠野』であることを確認するのみ……。

「相坂さん、その男の人……遠野シキ、と名乗っていませんでしたか?」

『へ? あ、はい。遠野志貴さんですよ』

 ――――確証は得られた。
 七夜の一族を皆殺しにしただけで飽き足らず、志貴ちゃんの容姿を真似た外道。
 『遠野』の血筋は大抵何らかの力を有しているというが、容姿が志貴ちゃんに似ているというのも、恐らくその男の持つ混血としての能力によるものなのだろう。
 この町で何をする気かは知らないが、そのような外道がお嬢様に近づいたということだけでも万死に値する……!

「……お嬢様、アスナさん、どうも体の調子が優れないようなので、今日は早退させていただきます。アスナさん、お嬢様の護衛をお願いします。あと……すみませんが、ネギ先生に私が早退することを伝えてもらってもよろしいでしょうか?」

「あ……うん。……あんまり無理しちゃダメよ、刹那さん」

「ん。わかったえ、せっちゃん。……帰り道、気ぃつけてなー」

 嘘をつくのは心苦しかったが、アスナさんにお嬢様の護衛と、ネギ先生への伝言を頼む。
 教室へ戻って手早く荷物を纏めると、遠野シキが向かったという遠野グループホテルへ急いだ。


 ――――待っていろ……この私の手で、貴様ら一族の犯した罪を償わせてやる……!!





□今日の裏話■


 ――――ここではない、どこか。


「――――へぇ……中々面白い娘がいるものね。幼い頃に志貴と出会って心を救われた、か……」

 どこかへ向かう刹那の後ろ姿を見ながら、白い少女は笑みを浮かべる。
 しかしその笑みは、愛らしいその姿からは想像も出来ないほど歪んだものだった。

「なら、その救われた心を、救ってくれた人から完璧に崩されたら……? クスクス……どうなるのか、見ものね」


 残酷なことを無邪気な笑顔で楽しそうに呟くと、白き少女はその視界を閉じたのであった……。


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