Act2-15


【エヴァ】


 私は家で制服から私服に着替えた後、茶々丸と共にトーコの向かうオークション会場へと向かう。
 しかし、行われるはずだったオークションは、あるアクシデントのせいで商品の到着が遅れており、まだ開場していなかった。
 途端に不機嫌そうな顔になったトーコは、煙草を咥えて会場の出口へと歩いていく。

「まったく……ツいてない。おい、エヴァンジェリン。ちょっと外を歩いてくる」

「ふん……まぁ、いいだろう」

 トーコが会場から出ていくのを見届けた後、茶々丸と共に既に会場内に並べられていたオークションの品を見て回る。
 出品されているものはどれもくだらない贋作ばかりで、本物はほとんど見当たらない。
 偽者ばかりで会場を回るのもうんざりしてきていたが、最後に見た綺麗な蒼い刀身を持った短刀から目が離せなくなった。
 その不思議な短刀のショーケースに張り付いて見ていると、後ろからこのオークション関係者らしき男が話しかけてきた。

「綺麗な短刀でしょう? ……ですが実はこれ、持ち主を選ぶ短刀でしてね。噂が噂を呼んで誰も値をつけようとしないので、数年間ウチの倉庫で眠っていたシロモノなんですよ」

「ほぅ……持ち主を選ぶ、か。なら、選ばれなかった持ち主はどうなるんだ?」

 私の問いに男は無言で目を閉じて、親指を立て自分の首を横に掻っ切る仕種をして見せた。
 そしてその男は軽くため息をつくと、短刀の入れられたショーケースを開けて、私の前にその短刀を持ち出してきた。

「……何のつもりだ、魔法使い?」

「さすが、『闇の福音』様。私が魔法使いだと気付いておられましたか。何、話は簡単です。……この短刀をお買いになりませんか?」

「ハッ……確かに私は『不死』だからな。……ふん、いいだろう。だが、一応は学生の身分である私に、売れない物を売り付けるんだ。それなりに安くしろよ」

 学生と、売れない物の部分を強調しながら値切ると、男は苦笑しながら私の目の前に六桁の数字が表示された電卓を見せてきた。
 私はその値段に満足して頷くと、男の手から短刀を受け取り、後のことは茶々丸に任せてその場を後にする。
 別れ際に男が、そろそろオークションが始まると言っていたので、散歩に出たトーコを捜しに会場の外に出ることにした。
 遅れて出てきた茶々丸と共にトーコの魔力を手繰っていくと、近くの草原に辿り着いた。


 そこには――――――――




〜朧月〜




【志貴】


「……単刀直入に聞こう。その眼鏡……どこで、誰から手に入れた」

 隣に腰を下ろし、眼鏡を外した橙子さんの口調は高圧的で、答えなければ殺されるのではないかという殺気も伴っている。
 アルクェイドや先輩が言ってたけど、姉妹である先生と橙子さんの仲は本当に険悪なようだ。
 そういえば、幼い頃に先生がこの眼鏡……魔眼殺しをくれた時に、何か物騒なことを言っていたことを今更ながらに思い出す。

「言っておくが、その魔眼殺しは元は私の物だ。渾身の一品だったんだが、どこぞの馬鹿に奪われてしまってね。……しかし、それほどの魔眼殺しが必要になる魔眼、か。どれ、見せてみろ」

「くっ……やめてください……橙子、さん」

 橙子さんは俺の魔眼殺しに手をかけて、ゆっくりと外していく。
外された途端に、世界に黒い線が走り、同時に吐き気を催すような激しい頭痛をもたらす。
 勿論抵抗しようとしたが、いつの間にか俺の体は鉛のように重くなって自由に身動きできないようになっていた。
 昨日のエヴァちゃんのように糸でも使っているのかと周りを見ると、近くに転がっている不思議な文字の描かれた石が、青白い光を放っていることに気付いた。

「『束縛』のルーンだ。……遠野志貴、といったな。この眼、元からか?」

「……いえ、十年前に一度死んでからです。その時に先生に出会い、魔眼殺しを貰いました」

「先生……? ふん、アイツが先生、ねぇ……。しかし、姉妹揃って『直死』に関わることになるとはな……」

 橙子さんは顔を近づけて俺の眼を覗き込みながら、ブツブツと何か言っている。
 動くことができない状態で、ふと何か違和感を感じて空を見上げてみると、空間の『死』の線の中に何か動くものの線が見えた。
 何だろうと思い、集中してその何かを見てみると、うっすらと女の子の姿が浮かび上がってきた。

『は〜……』

「何……『淨眼』、だと?」

 橙子さんの背後の空間で、麻帆良学園の昔の制服らしきものを着た、足の無い典型的な幽霊の女の子が浮かんで、こちらをぼうっと見ていた。
 俺の眼を見ていた橙子さんは、目を丸くして驚いたような表情をしている。
 女の子の幽霊はどこかおっとりした感じをしており、こちらに害意は無いようなので、とりあえず挨拶をしてみた。

「えっと……こんにちは」

『……はぇっ?! わ、わわ私が見えるんですか?!』

 挨拶をされた女の子は、慌てて周囲を見回してから自分だと気付いて驚きの声をあげている。
 ……ああ、そういえば今年の夏のある夢の中で、アイツに言われたっけ。
 俺のこの『直死の眼』は、七夜の持つ見えざるものを視るという『淨眼』が進化したものかもしれないと。
 なるほど、この女の子はどうやら普通では見ることはできないらしい。
 その証拠に、橙子さんはその女の子がいる場所よりも遠くに視線を向けている。

「あ……うん、一応。俺は遠野志貴。君は?」

『はわわ……え、えっと、私、相坂さよです。幽霊やってますー』

「さよちゃんっていうのか。うん、可愛いね」

 触ることは出来なかったが、頭の辺りで軽く撫でる動作をしてみた。
 さよちゃんは恥ずかしがっているのか、赤くなった顔を手で隠しながら照れている。
 しかし、彼女にもまた『線』が走っていて、視るだけで激しい頭痛が襲ってきていた。
 『淨眼』だけ使えれば、こういう時に便利なのだが……。

 そんなことを考えながら、ふとさよちゃんから橙子さんに視線を戻すと、なぜか呆れたような顔で見られていた。
 橙子さんは一つため息をついた後、立ち上がって近くに転がっていた青白い光を放つ石を一つ蹴飛ばす。
 すると、今まで鉛のように重かった体が軽くなり、動くことができるようになった。
 無言で差し出された俺の魔眼殺しを受け取ってかけると、淨眼も抑え込まれたらしく、さよちゃんの姿は見えなくなってしまった。

「しかし……まさか、七夜の生き残りがいるとは思わなかった。君のその眼は、元から持っていた『淨眼』が死を体験したことで進化したもののようだ。ウチの式とは違って、回線も開きっ放しで脳への負担が大きい。……故に私の魔眼殺し、という訳か」

「俺は……この魔眼殺しのお陰で今まで生きてこれました。橙子さんの物なのだから返すべきだというのはわかります……けど、俺はこれが無いと生きていけない。だから――――」

「……わかってる。その魔眼殺しは君にくれてやる。まったく……君を見ていると、ウチで働いているお人好しを思い出してしまう」

 小さく苦笑を浮かべた橙子さんは、短くなった煙草を捨てて新しい煙草に火を点ける。
 その後、幼い頃先生と話したように、橙子さんと草むらに座って、なんでもない話だけをした。
 やがて言葉は尽きて、何を話すでもなく草むらを揺らす風に身を任せていると、背後から覚えのある殺気を感じて後ろを見やる。

「トーコ、そろそろオークションが始まるそうだ。……さっさと行くぞ」

「くくく……わかったよ、エヴァンジェリン。ああ……志貴、君も来るといい。滞在先のホテルで、その魔眼殺しに手を加えてやる」

 後ろに立っていたのは、私服姿のエヴァちゃんと茶々丸さんだった。
 立ち上がった橙子さんは何がおかしいのか、俺とエヴァちゃんを見てくつくつと笑っている。
 エヴァちゃんは何を怒っているのか、顔を赤くさせたまま腕組みをして仁王立ちしながら、橙子さんを不機嫌そうに睨みつけていた。





□今日のNG■


「……何で、こんなモノがオークションに出品されてるんだ……?」

「特に魔力らしきものは感じられませんが……怨念らしきものは多大に感じられますね」

 目の前には――――ネコミミとメガネとセーラー服を着た、エヴァンジェリン似の人形が立っていた。

「何だか見てて腹が立つ。……燃やせ、茶々丸」

「ハァ……勿体無いような気がしますが……」

「いーから燃やせ、このボケロボット!!」


 ――――その後、オークションで目玉だった商品が焼失したということで、多くの客が肩を落としたという……。


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