Act2-16


【学園長室】


(ジリリリリリン!)

「む……ワシじゃが。……おぉ、詠春か。どうした?」

『すみません、こちらで問題が起こりまして……』

 学園長室に鳴り響いた電話の相手は、京都にいる木乃香の父親、近衛詠春からであった。
 その声音から、即座に切迫した事態であることを見抜いた近右衛門……学園長の顔が真顔に変わる。

「ふむ……ふむ、なるほど。京都への修学旅行の際に、木乃香誘拐を企てた張本人が脱走し、こちらへ向かっているかも知れぬ、という訳じゃな?」

『はい、そちらへ向かった形跡を残していました。しかし……前回といい、今回といい、誠に申し訳ありません、お義父さん』

 電話の向こう側からは、悔やむような声が聞こえてくる。
 部下達のほとんどが各地へと散らばっていた隙を狙われたため、脱走者――――天ヶ崎千草の捜索が遅れてしまったらしい。
 その上、まだ部下が戻ってきていないため、追跡者を送ることも出来ないという。
 自分の娘の危機に、協力することも出来ない悔しさを滲ませる詠春に、学園長は諭すように話しかける。

「ホッホッホ……何、聞けば中々の呪術の使い手とか。長たる者が如何に優れていようと、全てを見通せる訳ではあるまい」

『……はい。それでは――――東の長、近衛近右衛門殿。脱走者の捕縛をお願いいたします』

「うむ、こちらに任せられよ。木乃香については、刹那君達がついておるからの。安心しても――――」

 学園長は、ふと朝の集まりの時の刹那の様子を思い出して言葉を止める。
 木乃香の護衛である彼女が、何かに落ち込んだかのような表情を浮かべていたことを思い出したのだ。
 電話の向こう側にいる詠春にも、刹那に何かがあったということがわかったのか、電話越しに訊ねてくる。

「何か悩み事でもあるのか、悲しそうな顔をしておっての……。何も問題が無ければ良いのじゃが……」

『そうですか……。……彼女にも色々とありますから、もし何かあったら助けになってあげて下さい」

「勿論じゃよ。それに……今の彼女には助け合える友人がおるようじゃしな。まあ、心配はいらんじゃろうて」

 学園長はそう言って嬉しそうに笑い、電話を切る。
 そして再び受話器を取ると、関西呪術協会からの脱走者が麻帆良に侵入した可能性があることを魔法先生達に伝えたのであった。




〜朧月〜




【遠野家】


「……で、何の用ですか、ナイチチ……おっと、秋葉さん。私、あまり暇ではないんですが」

「ええ……私も本来ならカレー先輩なぞに、この屋敷の敷居を跨がせたくなかったのですけれど」

 遠野家の客間のソファーに、遠野家当主である遠野秋葉と、埋葬機関第七位のシエルがいた。
 互いに言葉の端々に軽い嫌味を込めながら、火花が散るほどに睨み合っている。

「わ゛……私は無視ですかー……?」

「姉さんうるさい」

 客間にフライパンの音が響くが、それを無視するように秋葉とシエルはティーカップを口に運ぶ。
 翡翠が逆さ吊りにされているボロボロの琥珀の顔面を、フライパンで思い切りぶっ叩き、振り抜いたのだ。
 ちなみに琥珀を吊るしているものは、鮮血のように赤く染まった秋葉の髪の毛である。
 秋葉の髪は『混血』としての力を行使すると赤く染まり、視認したものに不可視の髪を伸ばして熱を奪うという能力を持っている。
 また、赤い不可視の髪は熱を奪うという能力を行使せずに、今琥珀にしているように縛り付けるということだけも可能なのだ。

「……実は、兄さんが旅先で事件に巻き込まれました。先にシオンとさつきさんを向かわせたのですけれど、非常に不本意ながら、あなた方の力もお借りしようと思いまして」

「あなた方と言われましても……あのあーぱーなら、まだ千年城で寝ていると思いますよ」

「ええ、わかってますわ。……あの忌々しいあーぱー猫は、あまり期待していませんでしたので構いません」

 忌々しそうな表情を浮かべた秋葉は、ぬるくなってしまった紅茶を一口飲み、ソファーに背を預ける。
 向かいに座ったシエルは難しい表情を浮かべながら、目の前に置かれた紙を見ている。
 紙の一番上には報告書と書かれており、志貴がどこから電話してきたのかなどが書かれていたが、シエルが見ていたのは『場所:麻帆良』と書かれた項目のみだった。

「麻帆良、ですか……。正直、気が進みませんね」

「……魔法協会との関係、でしょう。ならば、私からの依頼としてお願いできませんか?」

 先程までとは違い、当主の威厳を漂わせた秋葉は、真摯な態度でシエルに問う。
 しばらく無言の睨み合いが続いたが、やがてシエルは一つため息をつくと、眼鏡を外してソファーから立ち上がる。
 客間の出口へと足を向けるシエルを、秋葉は何も言わずにただ一つ、深く落胆のため息をついた。

「私は一応、埋葬機関の人間なので、他の方からの依頼は受けません」

「……そうですか」

 客間の扉の前で立ち止まり、背を向けたまま冷たく言い放つシエルに、秋葉は呆れたように答える。
 しかし、一言嫌味でも言おうと客間の扉に顔を向けると、シエルは眼鏡をした笑顔で振り返って口を開いた。


「――――が、貴女にとっての頼りになる先輩として、なら引き受けますよ」



【麻帆良・郊外】


 麻帆良郊外にある森の中。
 迷彩カバーによって森に溶け込むように身を潜めていたメカ翡翠に、どこかから連絡が入る。

『ピピ……ドクターヨリ入電。

用件:新武装

Sランク武装ノ開発ニ着手。
ツイテハ、アップデートノタメ、三咲町ニ戻ラレタシ……。

……リョウカイ。メカ翡翠・遠征Ver2.01、コレヨリ三咲町ヘ帰還イタイシマス』

 それまで音一つさせず動かなかったメカ翡翠が、全身から起動音の唸りを響かせながら立ち上がる。
 しかし、立ち上がった拍子に舞い落ちた迷彩カバーを無言で拾うと、丁寧に折り畳み背中のバックパックに詰め込む。
 ……ここら辺はやはり、元が翡翠だからなのだろう。

『ニトロ・オン。……ジェット魔法瓶、起動』

 メカ翡翠の言葉と共に、背負っていたバックパックから魔法瓶型のジェットが姿を現す。
 そして、魔法瓶の底からもの凄い勢いの炎を噴き出させながら、メカ翡翠は三咲町へと舞い戻ったのであった……。





□今日の裏話■


『ニトロ・オン。……ジェット魔法瓶、起動』

(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!)


「ママー、今何か飛んでったー」

「あら……本当ね。麻帆良大学の工学部の作品かしら。それとも、ロケット研かしらね」

 メイド服を着た奇妙な飛行物体を目にした子供はそれを手を振って見送り、母親はその子供の姿を微笑ましく見ていたのだった。


 ――――メイド服を着た愉快型都市制圧兵器が麻帆良を闊歩する日は、そう遠くないのかもしれない……。


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