Act2-17


【小太郎】


「なーんか、今日のネギの様子……変やったな。……そや、変といえば、集会の時の刹那も……おろ?」

 昼休み。
 昼御飯を頬張りながら町中の雑踏を歩く十歳程の少年――――犬上小太郎は、朝のことを思い出しながら呟く。
 朝、学園長室に集まった時に声をかけようとしたのだが、ネギは何か考え込んでいるのか、話しかけても聞こえていないようだった。
 持っていた昼御飯を食べ終えて学園に戻ろうとした時、人込みの向かい側から見覚えのある竹刀袋を見つける。

「……噂をすれば、か。何やマジな顔してるけど、どこ行くんやろ」

 刹那は人込みをすり抜けるように歩きながら、どこかへと向かっていく。
 その表情から即座に只事ではないと見抜いた小太郎は、距離を置いて刹那の後を尾け始めた。
 しかし、尾け始めてすぐに周囲が異常な魔力に覆われ、刹那と小太郎を残して人影が全て消えてしまった。

「……オイ、刹那。これ、どーゆーことや?」

「小太郎さん? ……私にもよくわかりません。が、昨夜の魔力と同じ感じがします」

 戦いの予感に、小太郎の顔に笑みが浮かぶ。
 ――――が、その場に現れたのは、予想以上の敵だった。

「チッ……展開するのが遅かったか……。まあ、この偽りの体を使い慣らすには丁度いい……」

 近くの路地裏から姿を現したのは、目と鼻、口以外の体全体を包帯で覆った長身の男だった。
 男はズボンのポケットからナイフを取り出して刃を出したが、そのまま構えも取らずにそのまま突っ立っている。
 口の端に笑みを貼り付けたまま、刹那と小太郎を見据えている。

「来ないんやったら、こっちから――――行くでっ!!」

「百烈――――桜華斬!!」

 小太郎と刹那の攻撃は、寸分違わずに包帯の男へと直撃した。
 刹那の神鳴流の技による斬撃と、小太郎の強烈な一撃で、男の腹部には穴が開き、上半身は斬り落とされてしまっている。
 呆気なく勝負が付き、終わったかと思った時、倒れたはずの包帯の男の体に異変が起こった。
 本来なら即死する傷を負って倒れたはずの男が起き上がり、体を復元し始めたのである。

「ふむ……復元呪詛は働くようだな……。それでは、今度はこちらから行こうか――――」

「復元呪詛……? ……吸血鬼か!!」


 刹那のその言葉と共に、ナイフを構えた包帯の男がその『眼』を開いた。




〜朧月〜




【刹那】


「くっ……貴様、何者だ?」

 ナイフを夕凪で受け止めながら、包帯の男を睨みつける。
 こちらの問いには答えず、男は不気味な笑みを浮かべたままナイフを振るってきた。
 小太郎さんも攻撃しているのだが、先程とは違ってネギ先生達魔法使い同様に障壁でも張ってあるのか、攻撃が効いている様子は無い。
 しばらく攻防が続いた後、包帯の男は後方に跳躍して距離をとった。

「く――――くくくっ、面白い。この町では退屈しそうに無いな」

「何が面白いのか知らないが、この町に害をなす存在ならば容赦はしない……!」

 先程から神鳴流の技をいくつか叩き込んでいるのだが、この男は斬られても平然と復元してしまう。
 それに、先程男が呟いた言葉……『復元呪詛』。
 エヴァンジェリンさんがネギ先生に講釈しているのを聞いただけだが、吸血鬼が持っている能力らしく、傷を負った場合に傷を治療するのではなく、破損した箇所を元通りにするために時間を逆行させているのだという。
 それが本当ならば、この男を倒すには肉体を消滅させるしかない。
 しかし、それ以上に厄介なのは――――

「くく……どうした? 攻撃を捌いてばかりでは、俺に勝つことなどできないぞ?」

「くっ……」

 男のナイフは奇妙な場所ばかり狙ってきて、急所等を狙ってくる訳ではない。
 しかし、私の直感がこの男の攻撃だけは喰らってはならないと警告しているのだ。
 小太郎さんも同じらしく、男の振るうナイフを前に攻めあぐねている。
 何とか攻撃を捌いて反撃しようとするのだが、切り返しは野太刀である夕凪よりも小回りの利くナイフの方が圧倒的に速い。

「む……そろそろ時間か……。仕方ない、今回は退くとしよう」

「どこ行くんや、おっさん。勝負は付いてへんで!」

「勝負……? ふん、わからん餓鬼だ――――」

 攻撃の手を止めて周りを見渡した包帯の男は、ナイフを仕舞って私達に背を向ける。
 小太郎さんは戦闘中に敵に背を向けられたことが癪に障ったのか、狗神を従えて男に向かって疾り出した。
 男は仕舞ったナイフを取り出して、襲いかかってきた狗神達を次々に突き刺していく。
 不思議なことに、狗神達は男にナイフで一度刺されただけで地面に力なく倒れ伏して姿を消していった。

「く……なら、これでどうや!!」

「……不愉快だ。身の程を弁えぬ愚か者は消え去るがいい」

 今度は影分身で攻めるが、男は微動だにせずに何かを呟き始める。
 それが何かの詠唱だと気付いた時には、男の周りで生じた爆発に小太郎さんが吹き飛ばされていた。
 この男はナイフでの厄介な攻撃に加えて、高い威力を持つ魔法まで使えるらしい。
 夕凪を構えて動かない小太郎さんを庇うと、男は興味を無くしたようにナイフを仕舞い、再び私達に背を向けて去っていく。
 途中、足を止めてこちらに振り返ると、歪んだ笑みを浮かべて口を開いた。


「……ああ、俺の名が知りたいんだったな。俺の名は――――ミハイル・ロア・バルダムヨォン。……『アカシャの蛇』と呼ばれる、死徒二十七祖の一人だ」


「死徒二十七祖……!」

 ――――死徒二十七祖。
 私はそれほど詳しい訳ではないが、死徒二十七祖といえば忌避すべき存在だということくらいは知っている。
 男が去ってすぐに周囲に相応の賑いが戻ってきたが、時刻は既に夕刻となっていた。
 一旦寮に引き返して、吹き飛ばされて気絶したままの小太郎さんを、既に帰宅していた千鶴さん達に任せた。


 その後、無駄だとはわかっていたが、遠野シキという男がいるらしいホテルへと向かった。
 ホテルに問い合わせてみると、そのような男が泊まっているような記録は無かった上、エヴァンジェリンさんらしき少女が来たという情報も無かったのである。
 ……昨夜から、この町は狂い始めている気がしてならない。
 急にお嬢様のことが不安になり、寮に戻ったが部屋には誰もおらず、私は再び町中へと走り出したのだった――――。





□今日の裏話■


 刹那の後を尾けていたレンは、どこかで見た覚えのある男の姿を見つける。
 黒い長髪でどこかの制服を着崩したような格好をしたその男は、レンの視線に気付いたのか、ゆっくりとした動作で振り返った。

(――――――――!!!)


「……あの白猫の基、か。……ここでお前を殺せば、白猫も消え去るかもしれないな……。そうなれば、タタリの残滓は私を選ぶはず……」


 振り返ったその男は、目と鼻と口を除いた全身を包帯で覆っていた。
 包帯の男はレンの姿を見つけて歪んだ笑みを浮かべると、ズボンのポケットからナイフを取り出す。
 志貴の記憶からその男の姿を知っていたレンは、咄嗟にその場から逃げ出した。


「逃がさん……。タタリの結界に引きずり込んで――――な、にぃっっっ?!」


 背後から爆発音と、男が何かに驚愕する声が聞こえたが、レンは気にせず一目散に逃げ出す。
 逃げるレンのすぐ後ろで結界が発動したらしく、大きな魔力を感じた。
 何とか逃げ切ったレンは安堵の息を吐いたが、とにかく何があるかわからないので、その場から更に逃げ出したのだった……。


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