Act2-21


【愛衣】


「……そろそろ時間か。シオン君とさつき君はどうするんだい?」

 いつの間にか陽が暮れて窓の外が暗くなり始めた頃、高畑先生が部屋に戻ってきた。
 時間といわれて部屋にかけてある時計を見れば、既に昨日町がおかしくなり始めた時刻を示している。
 シオンさんの話を聞いてわかったが、昨日の田中さんズは高音お姉様の不安か恐怖が具現化したものなのだろう。

「そうですね……現状がわからないことには、話にならない。さつき、私達も出ましょう」

「うん、わかった。……でも出来るなら、昨日の混沌のおじさんとは会いたくないなぁ……」

 さつきさんがぼやくように言った混沌のおじさんとは、死徒二十七祖第十位、ネロ・カオス……『混沌』と呼ばれる吸血鬼のことだ。
 昨日の夜、高畑先生とシオンさん達が戦ったらしいが、聞いているだけで戦意が失せてしまいそうな話だった。
 シオンさんの詳しい話によると、『混沌』は六百六十六の生き物の因子を肉体として内包して、体の中に混沌を作り出しているらしい。
 ワラキアの夜を倒した前回の時にも悪夢として再現されたらしいが、本体にダメージを与えていけば倒せるとシオンさんは話していた。

「そういえば……シオンさん、志貴さんを捜す方法は無いんですか?」

「残念ながら有効な方法は浮かびません。……が、一度タタリの固有結界が展開されてしまえば、ほとんどの人がいなくなるので、逆に歩き回った方が案外見つけ易いかもしれません」

「ふむ、なるほど。巡回と同時に人捜しも兼ねるという訳だね」

 確かに、昨日町がタタリの魔力に覆われた後は、人影が全て消えてしまっていた。
 部屋の窓から外を見てみると、普段ならばまだ賑わっているはずの町中に、人影は見えなくなっている。
 どうやら、そのタタリの固有結界は既に展開されていると考えて良さそうだ。

「……もうロボットには関わりたくないわ……」

「う……同感、です」

 田中さんズと、昨日の奇妙なメイドロボには酷い目に遭わされているため、なるべく会いたくない。
 昨夜のことを思い出してお姉様と共に肩を落としていると、シオンさんが話しかけてきた。

「高音の記憶から見せてもらいましたが……あのメイドロボットは、恐らく私の知り合いが造ったモノです。しかし……まさか遠征型を造っていたとは……」


 ……あのメイドロボを造った人、麻帆良に遠征するつもりだったのだろうか……?




〜朧月〜




【アスナ】


 放課後になって、私達は他の人よりも一足早く寮に向かっていた。
 皆部活動を行っているのか、周りに私達と同じ制服はほとんど見当たらない。
 私もこのかも部活に入っているが、今日は朝のHRで先生の一人が何者かに大怪我を負わされたらしいので、急遽休みとなっていた。
 それでも運動部などは、少し早めに切り上げることを条件に、簡単な室内トレーニングなどを行っている。

「エヴァちゃんってほとんど十歳の体なのよね……。そんな体で仕事なんてして、大変じゃないのかな」

「せやなー……。でも、今は茶々丸さんがおるからな」

 今日の授業が全部終わった後、教室に来たネギから今日もエヴァちゃんとの修行が無いことを告げられ、私も刹那さんが体調を崩して早めに帰ってしまったので、訓練は無しにして早めに寮に帰ることにしたのだ。
 ネギが茶々丸さんから聞いた話では、エヴァちゃんは昨日、今日と仕事があるらしく、ネギの修行に付き合うことができないらしい。
 変な魔法で力のほとんどを封じられていて、普段は十歳の女の子の力しか持っていないのだ。
 大変だとは思ったが、確かにこのかの言うとおり、茶々丸さんと一緒にいて辛そうな顔を見た覚えは無い。

「……そうだ。このか、ちょっと刹那さんの様子見に行ってみようか」

「あ、ええな、それ。ウチ、何かおいしいもの作って持ってくわ」

 エヴァちゃんのことを気にしていたら、調子を崩した刹那さんのことも気になってきて、このかにお見舞いに行くことを提案する。
 一旦、このかと一緒に部屋に戻って鞄を置くと、このかは台所へ、私は一足先に刹那さんの部屋へ向かった。
 刹那さんの部屋の扉をノックするが、中からの返答は無い。
 二、三度ノックしてみたが、やはり刹那さんは出てこなかった。
 扉の前でどうしたのかと思っていると、通りすがりの清掃のおばちゃんがそんな私に気付いて近づいてきた。

「あー、刹那ちゃんかい? 刹那ちゃんなら昼頃に戻ってきて、すぐに出て行ったよ」

「え……おばちゃん、刹那さんどっちに向かったかわかる?」

「さてねぇ……凄く真剣な顔してたことくらいで、どこ行ったかまではわからないわ」

 おばちゃんに礼を言って急いで部屋に戻ると、鞄に入れたままだった携帯を取り出す。
 刹那さんの携帯に電話するが、電話越しに聞こえるのは電源が入っていないと無機質に対応する女性の声が響くばかり。
 慌てて戻ってきた私に気付いたのか、料理していたらしいこのかが台所から顔を出した。

「どしたん、アスナ? せっちゃん、かなり具合悪かったん?」

「……刹那さん、あの後戻ってきてからすぐに出て行ったらしいわ。多分、さよちゃんと朝倉の言ってたホテルに行ったんだと思う」

 急いで制服から私服に着替え、このかと一緒に朝倉の言っていた遠野グループホテルへ向かう。
 しかし、既に四時間近く経っている場所にとどまっているはずも無く、当然の如く刹那さんの姿は無かった。
 仕方なく、ホテルの周辺をこのかと一緒に捜してみるが、やはり見つからない。
 刹那さんを探し回っているうちに、昨夜の、町がおかしくなった時間が差し迫っていた。

「……このか、寮に戻りましょう。刹那さんも戻ってきているかもしれないわ」

「うん……。なぁ、アスナ。もしかしたら、せっちゃんは……その、志貴さんのこと……」

 このかが何か言いかけた時、私の胸ポケットの携帯が鳴る。
 携帯の画面を見ると、ネギの携帯番号が表示されていた。
 どうしたのかと思って通話ボタンを押してみると、受話器の向こう側からはネギではなく、慌てた夕映ちゃんの声が聞こえる。
 その背後から、同じく慌てた様子の本屋ちゃんの声が聞こえてきた。

『あ…アスナさんですか?! 今学園の保健室にいるですが、ネギ先生が急に倒れて……まだ意識を失っているです!』

「え、ネギが倒れた? ……わかった、今から行くわ。学園の保健室でいいのね?」

「ネギ君、倒れてしもたん?」

 このかが心配そうな顔をしていたが、ネギのことだから、ほぼ毎日のように修行をしてきた疲れが一気に出たのだろう。
 忠告を聞かないからこうなるのだ、と一言言ってやろうと思い足を踏み出した時、後ろから服を引っ張られる。
 何かと思って振り返れば、このかが後ろを見たまま、ある方向に指を向けていた。

「なあ、アスナ。あれ……せっちゃんとちゃうかな?」

「どれどれ……? あ、ホントだ。……よし、先に刹那さんと合流しよう」

 このかの指さした先には、長い黒髪を横に纏めた刹那さんの後ろ姿が見える。
 ネギのことも気になったが、もし戦闘になったりしたら私一人ではこのかを守り切れないかも知れないので、先に刹那さんと合流することに決めた。
 携帯で夕映ちゃん達に遅れて行くことを伝えてから、どこかへと歩いていく刹那さんの後を追い始める。
 ……けど、私はこの時、大事なことを忘れていた。


 携帯の時刻が、既に悪夢の夜が始まっていることを告げていたということに――――





□今日の遠野家■


「ね、ね、翡翠ちゃん。志貴さんが今どうしてるか、知りたくない?」

 台所で料理をしていた琥珀は、背後で監視していた翡翠に声をかける。
 いつもは鉄面皮の翡翠も、志貴のこととなるとさすがに動揺を見せていた。
 鉄面皮はほとんど変わっていないが、琥珀は翡翠が動揺している気配が手に取るようにわかった。

「実は先行してメカ翡翠ちゃんを麻帆良に送って……!?」


「前置きはいい。……要点だけを喋れ」


 琥珀の首の後ろに恐ろしいまでの圧迫感と共に、指の骨がゴキゴキと鳴る音がする。
 ――――翡翠は、いつでも琥珀を殺せる、と顕示しているのだ。

「え、えーっと、ね……実は地下帝国に、その麻帆良に送ったメカ翡翠ちゃんが戻ってきてると思うの。そのメカ翡翠ちゃんからデータを取り出せばわかる……と思うわ」

 背後の殺気は薄れたことに気付き、恐る恐る振り返ると、いつもどおりの翡翠がいた。
 ……いや、いつもどおりに見えただけだった。
 翡翠の目の渦が、いつもの十倍増しに渦巻いている。
 琥珀はよろけたように後ずさるが、キッチンに立っていたので翡翠から離れることは不可能。
 引きつった笑顔の琥珀の目の前に、翡翠の人差し指が突きつけられ、ぐるぐると円を描き始める。



「あなたを、犯人です」



 ――――その後、戻ってきていたメカ翡翠から麻帆良の情報を引き出したが志貴の情報は無く、琥珀は八つ当たりで翡翠にボコボコにされたのであった……。


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