Act2-22


【志貴】


「ふぅ……あの女の子、大丈夫だったかな……?」

 橙子さんの泊まっているホテルから出てエヴァちゃんの家に向かっている途中、淡い色の髪をした女の子がナイフを持った男に脅されている現場に遭遇した。
 通りすがる瞬間に鳩尾に掌底を叩き込み、屈んだ瞬間を狙って手刀を男の首筋に打ち込んで気絶させたのだが、周りの人達が騒ぎ始めたので女の子の無事を確認せずに立ち去ったのだ。
 少々不安ではあったが、今はとりあえず――――目の前のことに集中しなければならないだろう。


「夢は第二の人生と申します……。さすれば、人生などというものは夢の前座……しかも退屈極まりない前座芝居なのかもしれません……。はたまた……人生とは、『死』という熟睡に入るまでに見る、夢そのものなのでしょうか――――?」


「へぇ……中々詩人なんだな、レン」

「ふふっ……こんばんは。そして私のいられる鏡の国へようこそ、志貴。“ゆめかげん”はいかがかしら?」

 目の前に現れたのは、昨夜の白いレン。
 いつの間にか雪が降り始め、辺りは雪原と化していた。
 白いレンはスカートの裾を摘んでちょこんと頭を下げると、妖艶な笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。

「……ああ、最悪極まりないよ。まったく……どうかしてる」

「そう……良い返事が聞けて嬉しいわ。レンがあなたと契約を結んでいるから、あなたの経験した恐怖や不安の記憶を基に悪夢を作り出すことが出来た。悪夢を存分に楽しんだら、あなたは私と共に眠るの……素敵でしょう?」

 後ろで手を組んだ白いレンは夢物語を謳うように話していたが、聞き逃すことの出来ない言葉が聞こえた。
 ……俺の経験した恐怖や不安の記憶ということは、最悪の場合――――

「まさか……この町で、三咲町で起きた吸血鬼事件を再現するつもりか……!?」

 白レンはそれに答えず妖しく微笑むと、まるで踊るようなステップを踏みながら近くに来て、俺の頬に軽くキスをして嬉しそうに笑う。
 そして、突然吹いた一陣の風に俺が視界を奪われている間に、白レンの姿は夜の闇へと消え去っていたのだった――――。




〜朧月〜




【エヴァ】


「――――始まったか。おい、茶々丸、私達も出るぞ」

「ハイ、マスター。……それでは、失礼致します」

 町は既に昨日と同じ魔力に覆われ、雪が降り始めている。
 トーコの泊まっている部屋の外から先程まで聞こえていた人の声も物音も、全て消えて無音となっていた。
 志貴から聞いたところによると、この結界は二十七祖の『タタリ』によるものらしい。
 あまり相手にしたくない奴が来たものだが、だからといって志貴を放っておく訳にもいかない。

「まったく……私まで巻き込んでくれた訳か。狂った元アトラス院長の亡霊が、こうもはた迷惑なやつだったとはね…」

「人の不安を糧にして自らを形成するんだ……余程捻じ曲がった性格だったんだろうさ」

 呆れたように呟くトーコに背を向けたままそう答えると、そのまま部屋の外へ出る。
 タタリの結界に弾かれた人々の姿は消え、ホテルには不気味な静寂のみが漂っていた……。



「さて、どうやって捜す……っと、そういえば茶々丸が志貴に発信機を持たせたんだったな」

 ホテルから出て志貴を捜そうと思った矢先、朝に茶々丸が連絡用として志貴に手渡した携帯に、発信機が着いていたことを思い出す。
 茶々丸に発信機の場所を割り出させていると、向かいの茂みから黒猫が姿を現した。

「ふん……使い魔か。中々の力を持っているようだが……む?」

 大きな黒いリボンを首に結んだ黒猫からは高い魔力が感じられ、普通の猫ではない事はすぐにわかったが、相手に敵意らしきものはない。
 それどころか、無防備にトコトコとこちらに近づいてきて、私の目の前でちょこんと座ったまま、じっとこちらに視線を向けてきた。
 特に気にしていなかったのだが、ふと黒猫から覚えのある魔力を感じて、黒猫を良く見てみる。

「……お前、もしかして志貴の使い魔か?」

「……」

 黒猫は私の問いにコクン、と一つ頷くと、更にこちらへ近づいてくる。
 足元まで来て顔を上げて私に視線を合わせると、頭の中に物静かな少女の声で『レン』という言葉が伝わってきた。
 名前だということはすぐに気付いたが、レンという名前をどこかで聞いたような覚えがある。
 はて……どこだったか……。

「マスター、どうかしましたか?」

「ん、ああ……茶々丸、『レン』という名前に聞き覚えはあるか?」

「『レン』……ですか? 確か……昨夜の白い少女が、そのように名乗っていたと記憶していますが……」

 ……思い出した。
 茶々丸の言うとおり、昨夜の白い服を着た少女が確かにレンと名乗っていた。
 そして、確か……『使われない力と言葉が具現化した姿だ』ということも言っていた。
 だとすれば、この黒猫があの白い少女の基ということなのだろう。

「……茶々丸、志貴の場所はわかったのか?」

「ハイ、桜ヶ丘近くにいますが……昨夜の白い少女の魔力を感知しました」

「チッ……急ぐぞ、茶々丸! ……お前も志貴と合流するのなら、ついて来い」

 志貴は『魔法』も『気』も使えない、限りなく一般人に近い存在だ。
 もし戦闘にでもなったりすれば、最悪の場合、一撃で死んでしまう可能性だってあり得る。
 黒猫……レンに声をかけて、桜ヶ丘へ向けて茶々丸と共に走り出す。


 歩幅に差のあるレンは当然私達より遅れてしまい、結局茶々丸が抱き上げて連れて行くことになったのだった。





□今日の裏話■


 包帯の男から逃げ出したレンは、昼に訪れた大きな建物――――麻帆良学園へ来ていた。
 到着してしばらく体を休めていると、昼に中庭で会った少年が玄関から姿を現す。
 随分と昔に出会った青年に似たその少年に、レンは少し考えるような仕種を見せた後、夢魔としての能力を行使する。

「え……あ、あれ――――?」

「な……ネギ先生?! だ、大丈夫ですか!!」

 突然気を失い倒れそうになる少年を、女の子二人が必死になって支える。
 その娘達は意識の戻らない少年に肩を貸し、保健室のベッドへと寝かせていた。
 レンはその保健室の窓から中へ入り、自らの力を使って少年に夢を見せる。
 内容は――――ふとレンの脳裏に浮かんだ、自分の現在の主…志貴の過去を見せることにした。



「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――っっっ!!!!!!」


 しばらくして校舎中に響き渡ったネギの悲鳴を後に、レンは先程見つけた志貴の匂いを辿り始めた。
 匂いは先程“あの男”に襲われた場所の近くに続いており、辺りを警戒しながらその建物へと近づく。
 すると、その建物の出入口近くから、覚えのある声が聞こえてくる。
 そこにいたのは――――


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