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【さつき】
「わきゃあぁあぁあぁあっっっ？！！」
「やっぱり機械とは相性悪いんですよ私達ーっっっ！！」
こちらが強力な一撃を加えた後、茶々丸さんは接近戦は危険だと思ったのか、目からビームを放ってきた。
ビームは立て続けに襲いかかってきており、私は愛衣さん達と一緒に紙一重で避け続けている。
何度かビームにかすってしまい、服が所々焼け焦げてボロボロになってきていた。
「愛衣、さつきさんっ！ 早くこちらへ！」
慌てて転んでしまった愛衣さんを抱きかかえて、高音さんの巨大人形の黒衣の中に飛び込む。
私達に迫っていたビームの束は、巨大人形の纏った黒衣が防いでくれた。
高音さんが反撃に巨大人形の鞭のようなもので攻撃していくが、茶々丸さんに避けられてしまう。
そのままお互い決定打になるような攻撃は無く、膠着状態となってしまっていた。
「…そこまでだな。退け、茶々丸」
それまで静観していたエヴァンジェリンさんが、突然立ち上がり茶々丸さんを退かせた。
彼女の挙動の一つ一つを警戒しながら、シオンは銃を構え、タカミチさんはポケットに手を入れたまま、それぞれエヴァンジェリンさんに対して鋭い殺気を放つ。
茶々丸さんがエヴァンジェリンさんの隣に控えると、エヴァンジェリンさんは茶々丸さんのへこんだ右腕に手をやり、私の方へ視線を向けて笑みを浮かべた。
「ふふ…中々面白い奴がいるな。弓塚さつき…なるほど、『アカシャの蛇』に噛まれて吸血鬼と成ったか。しかし…噛まれてすぐに成れるとは、余程霊的想念の素質に恵まれていたと見える」
「…っ？！ な、何でそんなこと…」
「さつき、彼女はタタリによって作られた存在…恐らく三咲町での事件についての情報もあるのでしょう」
シオンはエヴァンジェリンさんから視線を外さずに、簡潔にそう答えてくれた。
エヴァンジェリンさんは楽しそうに笑い、右手を高く掲げて強大な魔力を右手の手の平に収束させていく。
「さあ…今度は私が相手をしてやろう。――――簡単に死んでくれるなよ？」
〜朧月〜
【志貴】
「ふむ…では、まずは軽く行ってみようか。キャスト！」
ワラキアがマントを翻すと、低く構えた人影が出現し、ナイフで切り払いながらこちらに向かって疾り込んできた。
それは自身も知っている七夜の技の一つであり、軽く跳躍してその切り払いを避わす。
俺が跳んで避けるのを見越していたのか、ワラキアも影とほぼ同時に硬質化したマントで跳躍した俺を狙って攻撃してくる。
刃のように鋭さを増したマントを七つ夜の腹で受け止め、横に薙いで更なる攻撃にけん制をかけて地面に着地した。
「なるほど、中々にいい動きだ。では…これならどうかね？ キャスト！」
「…っ、『混沌』の影か！」
ワラキアは再びマントを翻すと、今度はコートを着た長身の男――――『混沌』、ネロ・カオスの影が姿を現した。
ネロの影はコートの中から鋭い爪を持った巨大な腕を振り上げ、俺に向けて振り下ろしてくる。
「ここで死にたまえ！」
「しまった…！」
後ろに跳んでネロの攻撃を避けたのとほぼ同時に、ネロの背後からワラキアの声が聞こえてきた。
気付いた時には既に遅く、ネロの影が掻き消えた直後に黒い爪の軌跡が襲いかかってくる。
胸に大きな衝撃を喰らって吹き飛ばされたところへ、更にワラキアのマントが地面から形を変えて襲いかかってきた。
俺の体はなす術無く宙に浮かび、奴にとって格好の的となってしまう。
「ぐぁ…っ！ くそっ、まだ…っ？！」
「名優なれど三流の演技とは…この茶番劇にも、些か飽きた！」
ワラキアが空間の渦へと姿を変え、空中で身動きの取れない状態の俺を吹き飛ばしていく。
更に宙高く弾き飛ばされ、受身も取れずに背中から地面に落ちてしまい、息が詰まる。
全身を走る痛みを堪えながら何とか立ち上がり、口の端を歪めて笑うワラキアを見据えて七つ夜を構えた。
「もう終わりかね？ これでも気を使ったつもりなのだが」
「…黙ってさっさと攻撃したらどうだ？ このまま何もしない心算なら、次に瞬きをする間に――――殺す」
「ククク…つまらぬ茶番劇よりも、生の感情を楽しめる筋書きの無い殺戮（ドラマ）の方が余程良い。存分に足掻いてくれたまえ」
ワラキアがゆっくりと左手を掲げ、それまでずっと閉じられていた瞼を開き、鮮血のような赤で埋め尽くされた目を露にした。
それを見たのか、後ろで謎のシスターの短い悲鳴が聞こえたが、今はそれを気にしている暇は無い。
全身の神経を集中させ、ワラキアの繰り出してくるであろう攻撃を見切ることに専念する。
「カット…カットカットカットカットカットカットカットカットカットォォォ！！！！！」
ワラキアの挙動に警戒していると、吸血鬼の牙を露にして狂気の笑みを見せるワラキアの足下から、黒いつむじ風のようなものが起こり始め、それが徐々に大きくなっていく。
まるで黒い台風のようになったソレは、俺に向けて進んできた。
俺はそれに動じる事無く、体勢を低くして疾り出し、解放したままの直死の瞳でワラキアの『線』を視る。
「――――寝てな」
迫り来る黒い台風に当たる直前で姿を消し、ワラキアの頭上へと姿を現す。
――――七夜の技の一つ、『閃鞘・八穿』。
ワラキアの頭上で横回転する勢いのまま、掲げられていたワラキアの左手に走る『線』をなぞり、そのままワラキアの背後に着地する。
線を断たれ切り飛ばされた左腕は宙を飛び、シスター達の目の前にボトリと落ちていった。
七つ夜を構えて次なる攻撃に備えるが、ワラキアは背を向けたまま立っている。
怪訝に思いながらも警戒していると、ワラキアは突然奇声を上げながら笑い始めた。
「キ―――キキ、キキキキキキキキキ……！！ 蛮脳ハ改革シ衆生コレニ賛同スルコト一千年、学ビ食シ生カシ殺シ称エル事サラニ一千！ 麗シキカナ、毒素ツイニ四肢ヲ浸シ汝ラヲ畜生へ進化進化進化セシメン……！！！！！」
「な…ぐああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっ！！！」
狂乱したかのように叫び出したワラキアの姿が突如消え去り、直後に無数の爪の軌跡があらゆる方向から俺に襲いかかってきたのだ。
俺は姿を消したワラキアに反応出来ず、その攻撃をまともに喰らってしまい、気付けば地面に倒れていた。
上半身を起こして自らの体を見ると、まるで抉られたかのような傷が出来ていて出血もおびただしい。
「ヒ、ヒヒヒ…ヒヒヒヒヒヒヒヒ！！！ 平伏ス土下座ル末路ワヌ！ 切開無惨ニモ失敗シ無能名声栄光罪状コレ弐オイテ騎士ノ勲章ヲ我ニ我ニ我ニ与エタマエ…！！！！！」
ワラキアは再び姿を現し、狂ったように笑いながら叫び続けている。
ポタリ、ポタリと滴り落ちて俺の体から失われていく血の温かさに自らの『死』を感じ取りながら、何故か俺の口元には笑みが浮かんでいた。
――――戦えないということは無いが、血を失い過ぎたのか、時折視界が霞んで狙いを定めることが難しい。
「まったく…どうかして――――おわぁっ？！！」
力を振り絞って立ち上がろうとしたところで、突然謎のシスターに首根っこを掴まれて、俺はどこかへ連れ去られたのだった…。
☆
□白レンのお部屋■
「あら…いらっしゃい。ふふっ、随分と強運な人もいたものね」
「いいわ。今日は…そうね、私の元となっている『ワラキアの夜』という存在について教えてあげようかしら」
○ワラキアの夜/タタリ
死徒二十七祖の十三位。『ワラキアの夜』というのは俗称で、誰も見たことは無いが存在するとされている死徒のこと。
ズェピア・エルトナム・オベローンという存在が組み上げた『タタリ』という式によって引き起こされる現象であり、環境による永遠を目指したモノ。
第六法に敗れて霧散したズェピアの霊子を、社会の噂で指向性を付与するタタリという方程式でまとめたもの…とも言えるわね。
その存在自体が一種の固有結界であり、効果は『そのカタチを他人の心のカタチにする』というもの。
つまり、あるコミュニティのなかで噂が真実味を帯びたときに具現化し、その噂に従って殺戮を行うのよ。
具現化したその一晩だけ、そのコミュニティがタタリの固有結界になるという意味。
依代となる噂がどんな内容であったとしても、最終的に「自分に血を吸われて死ぬ」ように曲解して実行することになっているわ。
『ワラキアの夜』という俗称は、最初に現れた場所がルーマニアのワラキア地方ということに由来しているわ。
『吸血鬼』と恐れられた旧領主、ヴラド・ツェペシュ・ドゥラクルを祟り、村一つの生物内のものを含めたあらゆる水分を飲み尽くしたのよ。
その直後に到着した教会の騎士団があまりにもひどい有様を見て、その後このように呼称されるようになったというワケ。
『ワラキアの夜』が人の噂を纏って具現化したものを、『タタリ』というの。
固有結界であるために完全に具現化できるのは一晩限りだけれど、依代となる噂がいまだ決定していないときに倒しても効果は無いわ。
でも決定したカタチを崩すことはでき、その場合は現象のまま殺戮を行うことになる。
また、一度駆動式が成立すればタタリは一夜中続くけど、噂の元となる人間を殺し尽くせば依代が無くなってタタリは終わる。
ただごく稀にタタリと波長の合う者がいると、その者に取り憑くこともあるわ。
その場合、取り憑かれた者はタタリが力を持っているときに限り、タタリの恩恵を一身に受け（本人の可能性の延長ではあるが）、思い通りに物事が進めることができる。
ただし、吸血鬼としては半端で力は弱く、また発生している時期もきわめて短いために子をつくっても強制力は弱い。
タタリが発生する条件は四つ。
１、噂となるものは個体、できれば人間の延長でなければならない。これは絶対条件ではなく、もとが人間であるワラキアの夜が知性を働かせるため。
２、伝説が広まる区域は、社会的に孤立していなければならない。
３、噂が広まる区域の中には、一名もしくは数名の受け取り手がいなくてはならない。
４、噂が広まる区域は、あらかじめタタリが定めた場所でなければならない。
「…納得いかない、って顔をしているわね」
「確かに私は、タタリは一夜限りしか続かない…そう言ったわ。でも、私には繰り返しタタリを起こすことが可能なのよ」
「無様な舞台しか用意出来ない主催者に代わって、私が素敵な舞台を用意してあげたの」
「ふふっ…さ、貴方も虚言の夜を楽しんでいらっしゃい。悪夢が形となって貴方を歓迎してくれることでしょうね――――」 |