Act2-30


【愛衣】


「あ…う…っ、だ、大丈夫、愛衣…?」

「は、い…何とか…。でも、一体何が…?」

 タタリが模したというエヴァンジェリンさんが掲げた右手を振り下ろした直後から、記憶が無くなっている。
 しかし、何か強力な魔法を行使したことだけはわかる。
 そうでなければ、この周辺一体が爆弾でも落ちたかのような状況になっている説明がつかない。


「ククク…これで終わりなんてことは無いよなぁ? さぁ、もう少し足掻いて私を満足させてみせろ」


 そのエヴァンジェリンさんの冷酷な声に、背筋が凍りつくような感覚を覚え、途端に体中が震え出す。
 未だかつてこんな恐怖に遭遇したことの無かった私は、足が竦み腰が抜けてしまっていた。
 自分で自分の体を抱き、恐怖を抑え込んで立ち上がろうと試みるが、一向に体は動かない。

「く…痛っ…。…シオン、タカミチさん。愛衣さんと高音さんを連れて逃げて」

「さつき、何を…まさか、昨日のアレを使う気ですか?! 無茶だ、アレは今のさつきにとって意図的に使えるモノではない!!」

「無理だ、さつき君! 殺されてしまうぞ!!」

 砂埃の向こう側にさつきさん達や高畑先生が、エヴァンジェリンさんを前にして立っている姿が見えた。
 立っているだけでも凄いというのに、さつきさんは立ち向かおうとしている。
 なのに、私は震えていることしか出来ないだなんて、情けなくなってきた。
 瓦礫の下敷きになっていた私の箒を手に取って見ると、ボロボロになっていて尚更情けなくなる。

「これくらいのこと、遠野君なら…例えどれだけ傷ついたってやってのける。なら、私だって…!!」

 睨まれただけで心臓が止まってしまいそうなくらい怖いのに、さつきさんはエヴァンジェリンさんを真正面から睨み返している。
 でも、立ち上がったさつきさんの膝は震えていて、私と同じくらいさつきさんも彼女が怖いのだとわかった。
 なのに…彼女は立ち上がって戦おうとしている。

「じゃあ、私は…?」

 私は…震えて、大人しく殺されるのを待っているだけ?
 そんなの…そんなの、納得できない…!!
 気付けば体の震えはほぼ止まっていて、まだ震える膝を叱咤しながら、箒を手に取りゆっくりと立ち上がる。
 そして一つ大きく深呼吸をして精神を集中させると、箒を構えてエヴァンジェリンさんに向けて左手を突き出した。

「愛衣…?!!」

「…メイプル・ネイプル・アラモード! ものみな焼き尽くす浄化の炎 破壊の主にして再生の徴よ――――!!」


 こうなったら…私の魔力が続く限り、使える魔法を全て唱え切ってやる――――!!




〜朧月〜




【刹那】


「そら、どうしたんや? 太刀筋が鈍くて当たる気がしまへんなあ!!」

「くっ…黙れ!」

 偽者の私が放ってきた斬空掌・散を弾き、それに続くように迫ってきた太刀を夕凪で受け止める。
 戦い方はほぼ私と同じだったので対処できるが、私の戦い方を相手が知っているが故に攻めあぐねていた。
 裏を返せば相手も私の攻め方を知っていて、それを返す術も熟知している。
 相手もそれはわかっていると思うが、それに臆する事無く次から次へと攻撃を繰り出してきていた。

「いきますえ! …おっと!」

 神鳴流の技を放つ瞬間を狙って、一発の銃弾が偽者の私に向けて撃ち込まれる。
 銃弾は刀で弾かれてたが、攻めるのは危険だとわかっているのか、偽者の私は後ろへ下がる。
 同じように後ろへ跳んで偽者の私から距離をとり、視線だけで後ろを確認してみると、やはりアスナさん達の後ろに龍宮が立っていた。
 こちらの視線に気付いた龍宮がライフルの銃口を下ろして笑い、小さく頷いてみせる。
 私も同じように小さく頷くと、龍宮を警戒しているらしい偽者の私に向けて突進する。

「…二対一では分が悪いどすなぁ。今日のところは退きましょか」

「逃がさん! お前はここで――――消えろ!!」

 龍宮が銃で後方から相手の動きを封じ、私が神鳴流の技を叩き込んでいく。
 しかし、やはり龍宮との連携攻撃のことも知っているのか、銃弾を刀で弾きながら下がり、私の技の射程から逃れている。
 こう着状態が続き一旦攻撃の手を止めると、突然偽者がクスクスと笑い出した。
 怪訝に思いながらも夕凪を構えて、神鳴流の技を放つために刀身に気を集中させていく。

「ククク…ところで、お嬢様達に受け入れられたいうのに、何でウチが存在できるんやろなぁ? …そう思わんか、本物はん?」

「…っ、黙れっっっ!!!」

 偽者の私が浮かべた笑みが、その理由を知っていると物語っていた。
 それを聞きたくなくて『秘剣・百花繚乱』を放ったが、揺らいだ心で放たれた技にスピードは無く、容易く避わされてしまう。
 私は龍宮との連携も忘れ、ただ目の前にいる偽者の私に向けて我武者羅に夕凪を振るっていた。

「昨夜、志貴ちゃんに会うたんやてなぁ…。どうやった、久しぶりに会うた感想は?」

「黙れ!!! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇっっっ!!!!!」

 聞きたくない。
 その一心で、次々に神鳴流の技を繰り出していく。
 偽者の私は私であるが故に、私の心を砕く言葉も知っている。
 だからその言葉を聞いてしまう前に、偽者を殺して口を封じてしまえばいい。

 けれど――――そんなことは初めから不可能だった。
 偽者の私は、私の技をまるで曲芸のように全て避け、荒い息を吐く私に蔑むような視線を向けながら、嘲笑と共に口を開いた。

「…アンタはなぁ、怖がっとるんや。…志貴ちゃんの退魔衝動が自分の中にある烏族の血に反応してたことで、やっぱり自分が人とは違うってことを嫌ってほど思い知らされた…」

「や…やめ――――!」


「そして――――この血まみれのウチの姿こそが本当の姿やて知られて、また一人になるんを恐れとるんや!!!」


「あ――――――――」

 偽者の私の放った言葉が、心に突き刺さった。
 血まみれになって笑みを浮かべる私――――。
 覚えてはいない――――覚えていないのだが、脳裏には血まみれの姿で狂笑を浮かべた幼い私の姿があった。
 私自身覚えていないくらい幼い頃、ある事件をきっかけに私は我を失い、烏族の力を解放して多くの命を奪ったらしい。
 故に私は里の人達から恐れられ、友達になってくれた数少ない優しい人も恐れ蔑むような視線を私に向けて離れていった。


「…せっちゃん…?」


 突然かけられたお嬢様の声に動揺してしまい、思わずアスナさんやお嬢様の方に振り向いて、敵に決定的な隙を見せてしまう。
 その隙を狙った敵の技をまともに喰らってしまい、お嬢様達の所まで吹き飛ばされ、そのまま私の意識は暗い闇へと落ちていった…。


「おろ…もう時間か。今日はこれでお終いやけど…次こそはこのちゃんを殺して、永遠にウチのモンにしてあげるからな――――」





□今日のNG■


「ククク…これで終わりなんてことは無いよなぁ? さぁ、もう少し足掻いて私を満足させてみせろ」


 聞こえたエヴァンジェリンさんの冷酷な声に、背筋が凍りつくような感覚を覚え、途端に体中が震え出す。
 未だかつてこんな恐怖に遭遇したことの無かった私は、足が竦み腰が抜けてしまっていた。
 自分で自分の体を抱き、恐怖を抑え込んで立ち上がろうと試みるが、一向に体は動かない。

「く…痛っ…。…シオン、タカミチさん。愛衣さんと高音さんを連れて逃げて」

「無理だ、さつき君! 殺されてしまうぞ!!」

 砂埃の向こう側にさつきさん達や高畑先生が、エヴァンジェリンさんを前にして立っている姿が見えた。
 圧倒的な力を前に立ち向かおうとするさつきさんの顔には笑みが浮かび、勝てるという絶対の自信が垣間見える。
 さつきさんの吸血鬼としての能力は詳しく知らないけれど、エヴァンジェリンさんにすら勝てる能力を持っているのだろうか?


「ふふふ…私にはコレがあるもの!!!」


 さつきさんが懐から取り出したのは――――数枚の写真。
 …が、次の瞬間、エヴァンジェリンさんが放った燃え盛る炎によって写真は全て灰と化していた。


「い…嫌ぁぁぁーーーーーっっっ?!! 遠野君の隠し撮り写真、高かったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


 ――――志貴さん、ここに変質者がいます。


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