Act2-31


【七夜】


「ったく……どうなってんだ? 夜になって突然誰もいなくなったと思ったら、いきなり化け物に襲われるし……」

「朝といい、夜といい、ホントついてねぇな俺達……」

 静まり返り雪で白く染まっていく夜の町を走る、一台の車があった。
 朝、登校途中の春日美空を誘拐しようとしていた男達である。
 男達は偶然にもこの虚言の夜に巻き込まれてしまい、訳もわからずに化け物達から逃げ続けていた。

「何のホラー映画だよ、コレ? くそっ、夢ならさっさと覚めやがれってんだ!」

「お、おい……道路の真ん中に誰か突っ立ってるぜ?」

「ああ?! 構わねぇ、轢いちまえ! んな所で突っ立ってる奴が悪いんだ!!」

 男達の車はスピードを緩めずに、道路の真ん中に立っているどこかの制服を着た男へと突っ込んでいく。
 その男は胡乱気に車の方に視線を向け、口の端を歪めて笑ったかと思った瞬間、常人では考えられないほど高く跳躍したのだ。
 そして走っている彼らの車のボンネットに、寸分違わず着地したのである。
 運転していた男は驚いて急ブレーキを踏んだが、男は変わらず歪な笑みを浮かべてボンネットの上に立っていた。

「な、何なんだテメ――――」

「ひ……ひ、ひぃぃぃっっっ?!!!!」

 助手席に座っていた男が外に出て怒鳴ろうとした瞬間、首から血を噴出させながら仰向けに倒れていく。
 気付けばボンネットに立った男の手には、いつの間にか短刀が握られていた。
 柄に『七つ夜』と彫られた短刀を手の中でクルクルと回しながら、今しがた死んだ男につまらなそうな視線を向ける。


「……話にならんな。来世からやり直せよ、お前ら」


 車内にいた男達は狂乱の声をあげ、車から我先にと逃げ出す。
 制服姿の殺人鬼――――七夜志貴は、男達を一人、また一人と冷淡な一撃で絶命させていく。
 そして、解体し終えた残骸達に一瞥くれた後、夜の闇に姿を消していったのだった……。




〜朧月〜




【美空】


「ったくもー……!! 何で私がこんな目に遭わなきゃいけないんだよーっ!!」

 誰もいなくなった夜の街に、少女の愚痴が響き渡る。
 シスター服を着た少女――――春日美空は夜の闇の中を、アーティファクトであるスニーカーで爆走していた。
 小さな黒人シスター――――ココネを肩車しながら、体中に深い傷を負って血だらけになった遠野志貴を抱きかかえていたが、走るスピードは落ちるどころか凄まじく速い。

 師であるシスター・シャークティのいる教会に向かって走っていたのだが、途中で志貴の出血が激しいことに気付き、応急処置のために公園のベンチに志貴の体を横たえる。
 血に染まった服を脱がしてみると、思った以上に深い傷を負っていた志貴に、美空は一つ呆れたようなため息を吐く。
 そしてポケットから、もしもの時のために持ち歩いていた携帯用の救急セットを取り出して応急処置を始めた。

「……ありがとう、助かるよ。……俺のせいでこんなことになって、ごめんね」

「……何で謝るのさ? アンタが何かしたから、こうなったって訳じゃないでしょーが」

「いや……多分俺のせいだよ。俺さえ来なければ、この町はこんなことにはならなかったんだと思う」

 志貴はゆっくりと上半身を起こすと、苦笑しながら美空に謝罪する。
 特異な力は特異な力を呼び寄せる――――幼い頃に人生の師から教えてもらった言葉から、志貴はこの町がこんなことになったのも自分が原因だと考えていた。
 美空はそれに答えず、黙々と傷口に薬をかけていくが傷は多く、やがて携帯用の薬が切れてしまった。
 どうしようかと考え込んでいると、スカートの裾が軽く引っ張られていることに気付く。

「……ミソラ、これ」

「ん、サンキュ。……ところでココネ、何でんなトコに座ってんの? 応急処置の邪魔なんだけど……」

 顔を向けると、志貴の膝の上にちょこんと座ったココネが、同じく持ち歩いていた携帯用救急セットを差し出していた。
 差し出された救急セットから薬の瓶を取り出して傷口にかけながら、ココネに呆れた視線を向ける。
 ココネは元々物静かで何を考えているのかわかり難い性格だったが、この行動自体が美空にとっては不思議だった。

「……お気に入り」

「……あ、そ」

 しばらく志貴の顔を見つめた後に、顔に小さな笑みを浮かべながらココネがボソリと呟く。
 どうやらココネは志貴が気に入ったらしい。
 当の志貴はよくわかっていないらしく、ココネに笑顔を返しながら頭を撫でてあげていた。
 そんな二人に美空は呆れたようにため息をつくと、薬をかけ終えた箇所に包帯を巻いていく。

「ありゃ、包帯も足りない……。ココネ、包帯持ってる?」

「……無い。……巻く所、どこ?」

「左腕だけど……どーすんのよ?」

 美空は携帯用救急セットに入っている物の他にも包帯を持ち合わせていたが、傷の大きい箇所を優先的に巻いていった結果、左腕の傷を残して包帯を切らしてしまった。
 ココネの言葉を疑問に思ったが、他に巻くものがあるのだろうと思い、包帯の巻かれていない左腕の傷を教える。
 すると、ココネは頭巾を外して志貴の左腕に巻き、白いフードを下ろして中に収まっていた髪の毛を出して、志貴に微笑みかけた。

「応急処置に過ぎないから、病院で輸血してもらった方がいいと思うよ。ハイ、これ」

「ん……ありがとう、二人とも。ココネちゃん、コレは後で洗って返すから――――」

 応急処置を終えて、美空から渡された血に染まったパーカーを羽織った志貴はココネに微笑み返しながら頭を撫でてあげていたが、何かに気付いたのか、すぐに表情が厳しいものへと変わる。
 その視線の先には、左腕を失い狂気の笑みを浮かべたワラキアの姿があった。


「……美空ちゃん、でいいのかな? ココネちゃんを連れて、早く逃げてくれ。アイツは――――俺が食い止める」





□今日のNG■


「……ところでココネ、何でんなトコに座ってんの? 応急処置の邪魔なんだけど…」

 ベンチの背もたれに深く座った志貴の膝上には、ココネが鎮座していた。
 美空の問いにしばらく志貴の顔を見つめた後、顔を伏せたココネが口を開く。


「――――――――犬」


 ボソリ、とココネが呟いた言葉に、空間が凍った。
 顔を伏せているために表情は見えなかったが、ココネの口許に歪な笑みが浮かんでいる。

「……あ……あはは。ココネったら気に入っちゃったのかな〜」


「――――――――首輪とかあると、尚良し」


 再度、空間が凍る。
 志貴の応急手当していた美空の手は完璧に止まり、あんぐりと口を開けてココネを見ていた。


 当の志貴はといえば――――何故か遠い目をして、乾いた笑みを浮かべていたのだった……。


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