Act2-32


【アスナ】


「刹那さんっ! このか、治癒を……!!」

「う、うん……っ!」

「いや……気で咄嗟に防御したようだ。しかし……気絶してしまったようだな」

 偽者の刹那さんに隙を突かれてこちらに吹き飛ばされてきた刹那さんに駆け寄ると、龍宮さんが刹那さんの傷の具合を見てくれた。
 傷はそれほど深い訳ではないらしく安心したが、刹那さんがあれほどに取り乱すのも珍しい。
 気絶したままの刹那さんをこのかに任せると、私はアーティファクトのハリセンを構えて、歪な笑みを浮かべて立っていた偽者の刹那さんを睨みつける。

「おろ……もう時間か。今日はこれでお終いやけど……次こそはこのちゃんを殺して、ウチのモンにしてあげるからな――――」

「この……っ! 待ちなさ……きゃぁっ?!」

「……下がってな」

 昨夜の七夜って奴みたいに、闇に消えようとする刹那さんの偽者に向かって走り出そうとしたところで、肩を掴まれて後ろに引っ張られる。
 私を下がらせた龍宮さんは、ライフルを構えて偽者の刹那さんに照準を合わせると、連続で銃弾を撃ち込んでいった。
 しかし、龍宮さんの放った銃弾は、消え始めた偽者の刹那さんの体を擦り抜けていってしまう。
 撃っても無駄だと判断したのか、龍宮さんは舌打ちをしながら銃口を下ろす。

「ふふっ……こない強い力持っとるのに使わんとくなんて勿体無いわ。……ウチが本物殺して、この力を有効に使ったる」

「その前に私が殺してやるよ。お前がこっちの刹那と入れ替わるなんてことは絶対にさせない」

「あは……銃で神鳴流は倒せんてわかっとるやろ、龍宮。そして……ウチに勝てないってこともよくわかっとるんちゃう? ほな、そろそろ消えるとしよか……」

 殺気の篭もった目で龍宮さんに睨まれても、偽者の刹那さんは動じる事無く嘲笑を浮かべて夜の闇へと消えていった。
 ……昨夜の七夜という男といい、今夜の偽者の刹那さんといい、この町を覆っているという魔力はまるで刹那さんを苦しめるためにあるんじゃないかとすら思えてしまう。
――――なんて、酷過ぎる悪夢。


 でも、何よりも酷いのは――――そんな刹那さんに何もしてあげられなかった私だと思わずにはいられなかった……。




〜朧月〜




【さつき】


「……メイプル・ネイプル・アラモード! ものみな焼き尽くす浄化の炎 破壊の主にして再生の徴よ……紅き焔!!」

 エヴァンジェリンさんの偽者と対峙していると、気絶していたと思っていた愛衣さんが立ち上がっていた。
 愛衣さんが箒を片手に何か唱えると、突き出した左手から激しい勢いをもった焔を偽者のエヴァンジェリンさんに向けて放つ。
 対するエヴァンジェリンさんは横目で愛衣さんの姿を一瞥すると、無造作に片手を上げて面倒臭そうに一言呟いた。

「……ふん」

 エヴァンジェリンさんがたった一言呟いただけで巨大な氷塊が空中に出現して、愛衣さん目がけて落とされた。
 あれだけ勢いをもっていた焔は、出現した巨大な氷塊の表面を少し溶かしただけで押し戻されていく。
 このままじゃ愛衣さんがあの氷塊に潰されてしまう……!
 そう思った途端に、私の体は勝手に動いていた。

「てえええぇぇぇいっっっ!!!」

「わっ……きゃ、きゃあっ?!」

 氷塊が愛衣さんを押し潰そうとする直前に何とか間に合い、戸惑う愛衣さんを抱きかかえると方向も定めずに跳ぶ。
 その背後から、圧倒的な質量を持った氷塊が地面を抉り、その余波が私達に襲いかかってきた。
 更に、隣に立っていたビルの壁が崩れ、コンクリートの塊が私達に降り注いでくる。

「愛衣、さん……しばらく動かないで。コンクリートの破片が――――あ、ぐぅっ?!!」

「……! さつきさんっ?!!」

 愛衣さんを庇っていた私の背中に、一際大きいコンクリートが落ちてきたのだ。
 そのコンクリートを片手で払い除けると、今の衝撃が合図であったかのように、体の内側から爆発するかのような感覚に襲われる。
 それと同時に、喉の渇きが限界まで達して、その渇きを潤すために激しい吸血衝動に駆られてしまう。
 目の前が白く明滅し、意識が朦朧としてくる。

「さつきさんっ、さつきさんっっっ!!」

「あ――――う……は、早く私から離れて……逃げてっっっ!!!」

「きゃ――――?!」

 ふと視界に入った愛衣さんの首筋に目が行っていることに気付き、自分が血を欲していることに気付いた。
 愛衣さんの血を吸う訳にもいかず、彼女をシオン達がいた方へと突き飛ばすと、何とか立ち上がってエヴァンジェリンさんと対峙する。
 エヴァンジェリンさんは私の豹変に気付いたらしく、先程とは比べ物にならないほどの魔力を両手に込めて私に向けて突き出した。
 その表情には焦りのようなものがあって、魔法を片手で放ってすぐに、もう片方の手で次の魔法を練っている。
 迫ってくる大きな氷塊が鏡となり、私は初めて自分が歪んだ笑みを浮かべていることに気付いた。
 吸血鬼としての自分に飲み込まれる直前に、辛うじてシオン達の姿が既になくなっていることを視界の端で確認して安堵すると共に、私の内側で暴れるその力を解放した。


 私の持つ、対魔術師、対魔法使いの戦いにおける最大の切り札となる固有結界――――『枯渇庭園』。
 展開された結界内に存在する、魔力の大源となるマナを全て吸収する能力。
 勿論、魔術師、魔法使い達が体内に持っている魔力も例外なく吸収し尽くしてしまう。


「ふふっ……ははっ、あははははははははははははっ……はははははははははははは――――――――!!!!!」

 緑に包まれた美しき楽園が一瞬にして荒廃し、全てが枯渇していく。
 その荒廃した光景を最後に、『私』の意識は闇へと沈んで行った――――


 しばらくして意識が戻ってくると、エヴァンジェリンさんと茶々丸さんの姿は無く、代わりにシオンの怒った顔があったのだった……。





□今日の遠野家■


「ひぃぃぃ〜……」

 遠野家地下帝国、琥珀の研究室。
 その部屋から漏れ出す悲鳴。
 悲鳴は部屋の主たる琥珀のものであったが、緊迫感は無く、どこか抜けた悲鳴である。
 部屋の中を見てみれば、パソコンとメカ翡翠の間を忙しなく行ったり来たりする琥珀の姿。

「姉さん、夜食です」


『シャゲェェェェェ……!』


「……これは拷問ですか、秋葉様ぁ〜……へぶっ!!」

 研究室に入ってきた翡翠の持つお盆に乗っている、翡翠曰く『夜食なるモノ』は、奇声をあげながら蠢いていた。
 翡翠の手元を見た琥珀は、絶望に天を仰ぎながら自分の雇い主への怨嗟の声をあげるが、鉄面皮を不快そうに歪めた翡翠によるフライパンの片手フルスイングによって沈黙させられる。


「……姉さんを、完食です」


――――翌朝、琥珀が病院へ搬送されたのは言うまでも無い。


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