Act2-36


【さつき】


「……そもそもですね、さつき!! 偶然出来たから良かったようなものの、私の計算では固有結界の展開はほぼ不可能に近かったって聞いてやがるんですかあなたは?!!」

 路地裏のど真ん中で正座させられ、延々とシオンの説教を喰らって半ばグロッキー状態の私。
 軽く一時間経っているんじゃないかってくらい説教されているが、もう耳の中にシオンが一杯居着いているような感じだ。
 耳の中でシオンの説教無限ループ。
 ……わお、地獄逝く。
 軽く想像して眩暈を感じていると、シオンは軽くため息をついてから小さく微笑んだ。

「はぁ……ま、計算しても勝てる見込みはほぼゼロに近かったですから、一応さつきには感謝しなければなりませんね」

「そ、そうなの? シオンのあの銃とか、タカミチさんの攻撃とか……」

 シオンの銃……ブラックバレルと呼ばれる概念武装のレプリカだが、その威力はかなりのものだ。
 それに昨日見たタカミチさんの攻撃も、結構凄かったのだから二人でも充分戦えたのではないだろうか?
 寧ろ私のアレは必要無かったんじゃないだろうか……。

「……はぁ……。さつき、私やタカミチではエヴァンジェリンを倒すことは不可能に近い。彼女が本気になれば、この一帯を凍りつかせることも可能なのですから」

「……私、そんな凄い人と戦ってたの?! へ、下手したら死んでたかも……」

「いえ、さつきの固有結界の中ならば、彼女が魔法を使うことはほぼ不可能。しかも、魔力を大幅に失ったはずです」

 結界を展開した後に、エヴァンジェリンさんが顔を苦痛に歪めて蹲っていた光景が朧気に記憶にあるけれど、そういうことだったのか。
 高音さんと愛衣さんは擦り傷を負ったくらいで、特に大きな怪我をしている様子は無い。
 高音さん達はタカミチさんと一緒に苦笑しながら遠巻きに私達を見ていたが、シオンの説教が終わったらしいのを見て愛衣さんが近づいてきた。

「えと……助けてくれてありがとうございました。背中、大丈夫ですか?」

「え? あ、あー……大丈夫みたい。ほら、私って吸血鬼だから」

 何だか照れくさくて、まだちょっと痛いのだが立ち上がって笑って見せる。
 それまで大嫌いだった吸血鬼の力を使ってお礼を言われるなんて、何だか少し嬉しかった……。




〜朧月〜




【美空】


「――――――――殺す」


 十字架を構えてワラキアと対峙していた美空の横を、一陣の風が吹き抜ける。
 その正体を見た美空は、まるで凍らされたように固まってしまっていた。



――――夜闇に流れる、蒼い、死神の瞳。



 今まで生きてきた中で、一度も感じたことの無い恐怖に、美空の体は動くことを拒否していた。
 動物的本能が、一ミリでも動けば殺されると判断したのである。
 息すらも止めていた美空は、志貴がワラキアを解体して倒れる音がしてから、盛大に息を吐き出した。
 それに遅れて、全身から噴き出すかのように冷や汗が流れ出す。

「な……何なんだよ、あの人……。何だかわかんないけど、すっごくヤバイよ……って、ココネ?」

 まるで全力で長距離を走り続けた後のように、荒い息を吐く美空の横をココネが走っていく。
 ココネは倒れたままの志貴に駆け寄ると、うつ伏せになっていた体を仰向けにして顔色を確認していた。
 そして前よりも更に酷くなった傷口を見て、美空に不安そうな視線を向けてくる。

「……あー、もー……わかったよ! 私が応急処置しとくから、ココネはシスター・シャークティを呼んできて!」

「わかった」

 まだ心配そうな顔をしていたが、ココネは頷いて教会に向かって走り出した。
 美空は近くに転がっていた、どこかの子供が置いていったらしい小さなバケツを拾い上げ、水を汲んで志貴の元へと急ぐ。
 バケツの水を手で掬って傷口に振りかけると、傷口に染みるのか志貴が小さく呻いた。
 美空はシスター服の腕の部分を躊躇い無く剥ぎ取ると、傷口に巻いていく。

「美空、怪我人はどこ?」

「あ……助かったー。シスター・シャークティ、こちらです」

 ほぼノースリーブと化したシスター服の美空は、ココネの呼んできたシスター・シャークティの声に安堵の息を吐く。
 姿を見せたシスター・シャークティは、無惨な姿の志貴を見て、眉を顰める。
 そして何も言わずにツカツカと歩み寄って志貴の横に跪くと、傷口に癒しの魔法をかけていった。


「――――さて……何があったのか話してくれるわね、美空、ココネ?」

 一通り傷口に治癒魔法をかけた後、シスター・シャークティは携帯で救急車を呼んでから美空とココネに視線を向ける。
 本来ならば寮の中で待機しているはずの二人がこんな所にいるということは、寮から抜け出して来たに違いなかった。
 美空は気まずそうな顔でしばらく口篭もっていたが、沈黙を許さないシスター・シャークティの態度に口を開く。

「……じ、実は夜の町に出たら、マントをした中世の貴族風の男に襲われて……」

「マントをした貴族風の男……特徴は?」

「へ? 特徴も何も、死体がそこに転がって――――な、い……?」


 つい先程志貴が殺したワラキアの死体は既に無く、そこには志貴の血痕だけが残っていた――――





□今日のNG■


 ココネが去った後――――

「……シスター服の予備ってあったかなー……。ま、いーか。この人に後で弁償してもらおうっと」

 美空はワラキアの攻撃によって悪化した傷口を水で洗って、ふと包帯の代わりになるものが見当たらないことに気付き、シスター服の腕の部分を破いて包帯の代わりに傷口に巻いていく。
 志貴の傷は多く、美空のシスター服の両袖を破ったところで、全ての傷に巻き付けることは出来なかった。

「もう破ける所無いな……さすがに下着姿で歩き回る訳にはいかないし、頭巾無くしちゃったら素性がバレちゃうし」

「……もう……バレバレなんじゃ……ないかな、美空ちゃん……?」

「あははー、美空ってどこの美少女っすかー? えいっ♪」

 空々しく笑いながら、美空は意識を取り戻しかけた志貴の腹部にパンチをお見舞いして、その意識を刈り取ったのだった……。


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