Act2-37


【愛衣】


「……さつきさんって、凄い能力持ってるんですね」

「あんなぼんやりした人が、固有結界を使えるなんて……とても信じられないわ……」

 遠野グループホテルにさつきさんとシオンさんを送ってから、私とお姉様は二人で寮への道を歩いていた。
 高畑先生は指導員の仕事でこれから夜の町を一回りするらしいので、ホテルの前で別れて今に至る。
 偽者のエヴァンジェリンさんと対峙したさつきさんは、この世界に自分の心象世界を具現化させる固有結界を展開して追い払ってくれた。
 どんなものなのか聞いてみたら、魔法の源であるマナを吸い尽くし、更にその結界内にいる人の魔力まで吸い尽くすという、私達魔法使いにとってはかなり恐ろしいものらしい。
 自然とさつきさんの能力の話になったのだけれど、お姉様は未だに納得できないのかブツブツと呟いていた。

「吸血鬼だって言ってたけど、吸血鬼らしくなくて……。私達のこと、身を挺して守ってくれたり……」

「……そうね。けれど……彼女は吸血衝動を持つ、吸血鬼であることに変わりは無いわ」

 身を挺して助けてくれたさつきさんのことを思い出していると、お姉様に厳しい口調でたしなめられる。
 でも、さつきさんとシオンさんは吸血鬼になるのを拒みながらも、吸血鬼の力を使って私達を助けてくれた。
 彼女達の体が吸血鬼であっても、心は人のままなのだ。

「でも……さつきさんは、あなたの血を吸わなかった。私は――――いえ、私も彼女を信じてもいいと思うわ、愛衣」

 厳しい表情ではなく、優しい微笑みを浮かべたお姉様の言葉で、大きなコンクリートの破片が落ちてきた後のさつきさんの瞳が、普段の茶色から紅い吸血鬼の眼になっていたことに今更ながらに気が付く。
 不注意にも近づいた私は血を吸われていてもおかしくなかったというのに、さつきさんは吸血衝動を必死に堪えて、高畑先生達のいる方へと私を突き飛ばしてくれたのだ。
 もし彼女達が吸血鬼でなければ――――そんなことを考えたとしても、それは意味の無いイフの話。

「……それじゃあ、おやすみなさい、愛衣」

「はい……おやすみなさい、お姉様」

 寮の前でお姉様と別れ、自分の部屋へと向かう。
 シオンさんは自らの体のこともあって、吸血鬼化の治療を研究しているらしい。


――――いつか、その研究が実を結ぶことを祈りながら、私は眠りに就いたのだった……。




〜朧月〜




【エヴァ】


「――――で、何があったのか話してくれるわね、美空、ココネ?」

「……じ、実は夜の町に出たら、マントをした中世の貴族風の男に襲われて……」


 教会近くの公園に到着すると、血溜まりの中で志貴が倒れている側で教会のシスター三人が何か話していた。
 志貴の体に傷がほとんど見えないところを見ると、シャークティが治癒魔法を施したらしい。
 しかし、辺りに散乱した血の量を見るとかなり出血したらしく、志貴の顔色はあまり良くなかった。

「シャークティ、そいつをこちらに渡してもらおうか」

「――――エヴァンジェリン……。……何の関係も無い一般人を、あなたに渡すとでも?」

 シャークティは手に十字架を構え、まるで挑むようにこちらを睨んでいる。
 手持ちの魔法薬はさっきの『混沌』との戦いで使い果たしてしまっていたが、ふとあることに気付いて構えを解いた。
 しかし、何の関係も無い一般人か……。
 いつの間にか私は笑っていたらしく、シャークティは怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
 そんな彼女に苦笑を返しながら、志貴の手元を顎でしゃくって示す。

「いや、なに……一般人ならそんなナイフを持っている訳無いんじゃないかと思ってな」

「……疑わしい点があるのなら、学園長から指示を仰ぎます。とにかく、彼は教会で預かりますから、あなた達は去りなさい」

「こちらに身元を引き受ける存在がいるのに、か?」

 志貴を教会に連れて行こうとするシャークティに、ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言うと、彼女は疑わしそうな表情で私達の方に視線を向ける。
 しかし、こちらには私と茶々丸しかいない。
 身元引受人は、今私達の側にいないだけであって、確かにこの場にいるのだ。

「身元引受人らしき人物なんてどこにも――――ッ?!」


(ボフン!!!)


 急に空中に姿を現した巨大なケーキが、シャークティ達の頭上に落ちてきたのだ。
 見れば、黒いコートを着て大きなリボンをした少女が、シャークティ達が動けない隙に、私くらいの小さな体で一生懸命志貴の大きな体を引っ張っている姿が見える。
 私は茶々丸に指示を出して、志貴とその少女を連れてこさせた。
 巨大なケーキから頭だけを出したシャークティが、クリームまみれの顔のまま、無言でこちらを睨みつけてくる。

「プッ……ハハハハハッ!! お察しのとおり、この子が志貴の身元引受人だ。じゃあな、シャークティ」


 その後、家に戻って志貴の体のあちこちに残っていた傷口を治療した後、茶々丸に輸血するよう命じて寝室に入る。
 気付けば時刻は既に深夜となっており、そのままベッドに横になって眠りに就いたのだった……。





□今日の裏話■


 高音と愛衣が寮に差し掛かったその時――――!!


「にゃーっにゃっにゃっにゃ!! 待たれい、そこな脱がされ少女ズ!」


「誰が脱がされ少女ですか!!!」

 頭上から聞こえた奇妙な声に、高音がコンマ一秒で怒鳴り返す。
 高音と愛衣はそれぞれ身構えながら声の聞こえた方を仰ぎ見ると、寮の屋上に月に照らされたネコミミをつけた奇妙なぬいぐるみらしき姿のシルエットが見えた。
 ソレは屋上からジャンプして格好良く着地するつもりだったようだが、顔面から着地するというベタなお約束をかましている。

「SOS信号を受信してきてみれば、何やら脱がされキャラが定着してお困りのご様子……。キャットフード特盛りでノロケ話でも聞いてあげようかと思ったのだが、どうよ?」

「「結構です!!!」」

「なぅー、ならツユダク追加でネコミミ属性追加とか検討してやるけど、どうかにゃー?」

 思わずハモって怒鳴り返す二人。
 ネコミミをつけた奇妙なぬいぐるみ――――猫アルクは二人の剣幕もどこ吹く風であちこちウロチョロと動き回っている。

「いりません! そもそも何なんですか、あなたは?!!」

「にゃっにゃっにゃっ! 聞かれたならば、答えてあげるが知得留の務め! つー訳で、アチキことにくきゅーぷにぷにの猫アルク様が名乗る訳にはいかないのですよ、コレが」

 暖簾に腕押し、糠に釘。
 成り立たない会話に高音と愛衣はこれまでに無い疲労感を感じつつも、この奇妙なナマモノの放置は(色々な意味で)危険だと判断し、それぞれの杖を身構える。
 しかし――――

「にゃにゃにゃ? ……にゃるほど、汝らさっちんと一緒にいたな? あの薄幸オーラの影響でSOS信号を発信していた訳だにゃー。暗号の文面は『虎虎タイガー』、意味は『俺ではお前に勝てん!』ってトコかにゃー」

「も……もうダメ……。ついていけない……」

「おっ、おにぇーさまー?!!!!」

「おおっと、更なるSOS信号のヨ・カ・ン。さらばなのにゃ、脱衣少女ズ! 猫缶用意しとけばいずれ遭えたり遭えなかったりするかもにゃー」

 猫アルクの意味不明な会話に精神的疲労感がピークに達したのか、高音が目を回してぶっ倒れる。
 愛衣が慌てて倒れた高音に駆け寄っているどたばたの内に、猫アルクはスカートらしきモノからジェット噴射でどこかへ飛んでいく。


――――こうして、今宵も不条理生物による犠牲者が出たのであった……。


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