Act2-38


【■■■■】


「……まったく、俺が生き返ることになるとはね…」

 紺色の着物に白髪の男は先程自動販売機で買った缶コーヒーを飲み干し、後ろにあるゴミ箱へと放り投げた。
 ビルの屋上から『タタリ』の結界が消えて夜の騒がしさを取り戻した町を見下ろしながら、男は何かに呆れたように呟く。

「マズ……やっぱりコーヒーってのは苦い――――ん?」

 男は足元に十本近くは置かれている缶コーヒーに手を伸ばし、プルトップを開けて飲もうとしたところで何かの視線を感じ取った。
 視線の元を辿ると、茶色い髪を二つに分けた少女と目が合う。
 その見覚えのある少女の名を思い出して、男は偶然の再会に笑みを漏らした。
 男は苦笑しながらも口に一本咥えたまま、足元に転がった缶コーヒーを掻き集めて屋上から姿を消す。


「しっかし、姿見ねぇと思ってたら、生き返ってたのか……。乙女の執念、百まで……だったか? 何にしても罪作りな男だねぇ、アイツも」

 想いを寄せている男性がいるものの、内気な性格が災いしていつも遠くから見ているだけに留まっていた、弓塚さつきという名の少女。
 男に血を吸われたがために死んでしまった彼女は、幸か不幸か実は吸血鬼として優れた体質だったらしく、半日足らずで吸血種として蘇生し、自らの意思で活動することができた。
 そして人を殺し血を吸う吸血鬼と成った彼女は、その想い人によって殺されることとなる。
 男は死後にさつきと出会ったのだが、いつからかその姿を見なくなっていたのだ。

「兄貴らしく、アイツに影ながら協力してやるってのも悪くねぇか。ま、この四季様が味方してやるんだ。大船に乗った気分でいな、志貴――――!」


 男――――遠野四季は顔に満面の笑みを浮かべながら、空になった最後の缶コーヒーを握り潰して夜の闇へと消えていったのだった……。




〜朧月〜




【さつき】


「あぅー……ホテルまだ〜? もう疲れたぁ……」

 エヴァンジェリンさんの偽者との戦いで固有結界を使った私は、ヨレヨレになりながら夜の麻帆良の町を歩いている。
 気を抜けばその場にへたり込んでしまいそうなくらい疲れているけれど、ホテルに帰ればふかふかのベッドが私を待っているのだ、と自らを励ましながら何とか歩いていた。
 隣で私に歩調を合わせながら歩いてくれていたシオンは、私の言葉に呆れたような顔で口を開く。

「それはそうでしょう。固有結界は世界に干渉するということ……すなわち、世界が元に戻そうとする力と戦わねばなりません。それは並大抵の力では成し得ませんから、かなりの魔力を消費する訳です」

「講釈はまた今度にして〜……今は一刻も早くホテルに戻って寝たいよぅ」

 シオンの長ったらしい説明を遮って、フラフラとホテルに向けて歩き出す。
 フラフラの私を見た愛衣さんがホテルまで肩を貸すと申し出てくれたのだが、それを断ってしまった自分自身が恨めしい。
 ちなみにタカミチさんは夜の町の見回りへと向かい、高音さん達は寮へと戻っていった。
 深夜でも町は明るく、昼ほどではないが人の姿も多い。
 ふと疲れから項垂れていた頭を上げて、周囲へと視線を向けてみる。
 酔っているのか部下らしき青年にクダを巻く中年のおじさん、ゲームセンターから楽しげに話しながら出てくる私と同じくらいの青年達、恋人らしき男性と腕を組んで歩いている女性、そして――――

「な――――に、アレ……?」


 ドクン…!


 夜の闇の中、建物の上に見えた人影を見たその時、私の体に震えが走った。
 その人影は和服を着て白い髪をした青年風の風体をしており、町を見下ろしているように見える。
 青年の方も私の視線に気が付いたらしく、こちらに顔を向けて人の悪い笑みを浮かべていた。
 アレは――――


「さつき、どうかしたのですか?」

「え……? あ……あの建物の屋上に――――あれ?」

 声をかけられてふと隣を見ると、シオンが訝しげな表情でこちらを見ていた。
 先程まで青年の立っていた建物の屋上を指差して見せるが、既にそこには誰の姿も見えない。

「……何も見えませんが、何かいたのですか?」

「あ……ううん、多分見間違いだと思う。あはは……疲れ過ぎて幻覚でも見たのかも」

「……早めにホテルに戻って休んだ方が良さそうですね。……私も少々疲れがあるようだ」

 シオンは私が指差した先をしばらく目を細めて見ていたが、やがて小さくため息をついて疲れたような表情を見せる。
 一刻も早くベッドで寝たかったのもあって、シオンと共に泊まっている遠野グループホテルへと急いだのだった。



「うー……疲れた……。眠い……」

 部屋に辿り着いてすぐにベッドへとダイブし、呻くように呟く。
 シオンは少し用事があるとかで、今は部屋にいない。
 目を閉じて、先程ビルの屋上に立っていた着物を着た白髪の青年の姿を思い出す。

「……アレって……私を吸血鬼にした――――」

 去年の吸血鬼事件の時、夜の三咲町で遠野君に似た男の人を見かけて、私はその人の後を尾けた。
 その人物こそが、あの着物を着た白髪の青年――――ミハイル・ロア・バルダムヨォンの転生先にされた、遠野四季。

「戦うことになったら、容赦しない……んだか、ら……」


 吸血鬼にされた時のことを思い出して憤慨しながらも、睡魔には勝てず私はそのまま眠りに落ちていったのだった……。





□今日のNG■


 ビルの屋上から逃げた先で、男は猫に出会う――――――――


「猫にゃ」


 今宵、更なる犠牲者が――――

「ほー、今日びの猫ってのは話せるのか。こりゃ驚きだねぇ」

「にゃにゃにゃ、話せるだけで驚いてちゃいけねぇぜ、シスコン兄貴。今日びの猫ってのは、ジェットで大気圏強行突破したり、目からビームを出したりするのが当然なんだ、ぜ?」

 ……地下牢で過ごしてたせいか、そこら辺の知識が欠落しているらしい四季はこの不条理生物が常識なのだと受け入れてしまっていた。
 四季は缶コーヒー片手に猫アルクの前にどっかりと腰を下ろし、猫アルクの話すことを頷きながら聞いている。

「おう、そーだ、シスコン兄貴。汝のナイチチ妹の、涙ぐましい努力の結晶なんてモノを見たくないかにゃ?」

「秋葉の努力の結晶とくりゃ、兄貴として見ない訳にはいかねぇだろ!」

「にゃっにゃっにゃ! それではご開帳〜♪」

 どこから取り出したのか、四季の前に無数の豊胸パッドの数々や、豊胸剤(琥珀印)の空ビン等が並べ立てられる。

「うおおおおお!! すげぇ、すげぇな猫! 秋葉ーーーーー、お兄ちゃんは今とっても感激しているぞぉぉぉぉぉ!!!!!」

 四季、豊胸パッドの入ったブラジャーを被って夜の闇に向かって吼える。

変態の 猛る血潮が 夢の跡――――(五 七 五)


【遠野家】

「……今、何だか凄い悪寒が……」

 同時刻、寝付けずに遠野家の居間で紅茶を飲んでいた秋葉は、急に全身を襲った悪寒に体を震わせる。

「秋葉様、風邪ですか? ……すみませんが、姉さんが動けそうに無いので薬は……」

「いえ、いいわ。風邪って訳でも無さそうだし。……でも、何だか嫌な予感がするわ……」


――――秋葉が豊胸グッズが無くなっていることに気付くのは、次の日の朝のことだったという……。


――――ちなみに、琥珀が翡翠の料理で死に掛けていることに気付いたのも次の日の朝であった……。


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