Act2-39


【刹那】


――――どうやら、私は夢を見ているらしい。


『せっちゃん! これを……!』


――――これは……七夜の里に預けられてから三日目の……詠春様が迎えに来た日……?


『志貴ちゃん、これ……』


――――別れ際、志貴ちゃんが駆け寄ってきて愛用していた短刀をくれたんだっけ……。


『うん、僕が練習で愛用していた短刀。……せっちゃんが気に入りそうな物が無いか探したんだけど、やっぱり無くて……。
だから、せめて離れていてもせっちゃんを守れるように、と思ってさ』



「でも……」



『ありがと……志貴ちゃん……。ウチ、嬉しい……』



――――……でも、何?



 誰かの声が聞こえた直後、それまで見ていた光景が消えて、何も無い真っ暗な空間へと変わった。




〜朧月〜




「何か、あった……はず」


――――何か……何があったの?

 何も見えない暗闇の中で、私は見えない誰かと話していた。
 相手の姿も見えず、誰なのかもわからないのに、まるで知っている相手のように話しかける。
 姿の見えない相手も、まるで私を知っているかのように話しかけてきていた。


「わからない……。でも……確かに何かがあった」


――――……『何か』じゃわからない。


「でも……本当に、この後何かがあった。私達はそれを忘れてる」


――――……この後、私は詠春様と一緒に京都へ戻ったはず。その間、何も無かっ……。


ズキン


ズキン!


ズキン!!


――――頭が痛い……。何故? 思い出してはいけないことなの?

 突然襲ってきた頭痛に頭を押さえようとした瞬間、突然視界が開けて暗闇が光に浸食されていく。
 開けた視界に戻ってきたのは、先程と同じ七夜の森の光景。



『大丈夫……だった、せっちゃん……?』



 目の前には、辛そうな笑顔をした志貴ちゃんの姿。
 そして、その背中越しに見える――――――――

 そこで私の意識は閉ざされてしまい、気付けば再び暗闇の中へと戻ってきていた。


――――今の……志貴ちゃんがあんな辛そうな顔をしていたのを見た記憶なんて……。


「思い出して……。思い出さない限り、あなたは自身を模したアレに勝つことはできない……」


 薄れていく意識の中、どこかで聞いたような声だけが響いていた……。





□今日の……修羅場■


「パル……何だかとても眠いんだ……」

「晶、寝たらダメよ! ホラ、栄養ドリンクがあるじゃない! コーヒーもまだまだあるわ!!」

 机に突っ伏して寝る体勢に入った晶を、ハルナが揺さぶり起こす。
 ただいまの時刻、午前二時。
 彼女達は一週間後に迫る、締め切りという名の魔物と戦っていた。
 周りでは夕映とのどかも、晶同様机に突っ伏してぐったりしている。

 夕映とのどかは、帰ってきてすぐにハルナの手によって強制連行され、手伝いをさせられていた。
 ……のどかはハルナの描いているマンガの内容を見て、すぐに顔を真っ赤にさせて気絶して今に至っている。

「うぅ……せめてもう二週間、二週間あればぁ〜……」

「無いものねだりはしないが得! ホラ、起きた起きた!」

「パル……お願いですから、締め切りギリギリにならないように作品を作るです……。というか、この内容は……」

――――その時、突っ伏していた晶が凄い勢いで起き上がる。

「うぉ?! どうした、晶?」

「え? …あ、あぁ、何でもない。ちょっと行ってくるね」

 突然のことに驚いたハルナに断って、トイレへと向かった。
 中に入って鍵を閉めると、晶は今しがた『視た』光景について考え始める。
 『未来視』を持つ晶は、自分の意思に関係なく突然未来を視ることがあった。
 そして今回、晶が視た未来というのは――――


「……どうして会場に志貴さんが来るのー!? な、何とかして来ないように工作しないと……」

 今ハルナが描いている同人誌には、志貴をモチーフにした男性が出てくるのだ。
 しかも俗に言う『やをい本』とあっては、志貴に想いを寄せる晶としてはそんなものを見せる訳にはいかなかった。
 志貴が会場に来ないよう妨害工作に頭を捻り始めたのだが――――

「晶ー!!! 無駄な抵抗は止めて、さっさと出てきなさーい! つーか、強行突入するわよー!!!」

 ……そんなことをしている暇は無さそうだった……。


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