Act3-5


【美空】


「だーかーらー! ホントなんですってば、シスター・シャークティ!!」

「はいはい……その貴族風の男性はいいから、昨夜のあの倒れていた男性は誰なのか教えてくれる?」

 麻帆良学園の教会から、美空の声が響き渡る。
 美空は必死に昨夜の貴族風の男に襲われたことを訴えるが、要領を得ない上に証拠も無いのでは判断のしようが無かった。
 ガンドルフィーニが襲われた男も貴族風の格好をしていたと聞いているが、それだけで判断するのは少々早計であると感じたシスター・シャークティは、今度は昨夜の血まみれになって倒れていた男性のことを美空に訊ねる。

「あー……確か遠野志貴って名前だったと思います。その貴族風の男にばーっ! て近づいて、ずばーっ!! って切り裂いて、どしゃーっ!!! って倒れて……」

「はぁ……わかったわ、もういい。もういいから、早く学園に行きなさい」

 更に要領を得ない美空の擬音付きの説明に、シスター・シャークティは、一つ深いため息をついて頭を抱えた。
 美空はシスター・シャークティに背を向けると、小さく舌を出して笑みを浮かべる。
 わかり辛い説明は、美空の演技だったのだ。
 遠野志貴の力は危険な力だと直感的にわかったが、その力のお陰で自分達が生きているので、何とか演技して誤魔化したのである。
 意気揚々と教会から出ようとしたところで、教会の扉が開いてある人物が入ってきた。

「んげ……た、高畑先生……」

「ん……やあ、おはよう、美空君。今日も集会があるから、先に学園長室に行っててくれ」

「……はぁーい」

 美空はタカミチに気の無い返事を返しながら、教会から学園へと走って向かう。
 シスター・シャークティはいつもの調子で何とか誤魔化せたようだ。
 しかし、タカミチは切れ者であるため、美空は遠野志貴の存在を誤魔化し切れるか不安だった。
 学園前まで来て何かに気付いたのか、美空はふと立ち止まって考え込むような仕種をする。


「……ん? ……そーいえば昨日、どっかであの人の写真を見たような……あれ、名前もどっかで…?」




〜朧月〜




【エヴァ】


「えーっと……ここ、は……?」

「さっきのミニチュアの中だよ。ようこそ私の別荘へ、志貴」

 戸惑う志貴に、笑みを浮かべて塔へと向かう。
 志貴はキョロキョロと辺りを見回しながら、茶々丸と私の後についてきていた。
 志貴の使い魔であるレンは、外に出かけて行ったようで、今ここにはいない。
 坊やと実戦訓練を行っている広場へ到着すると、志貴に向き直る。

「さて……まあ突然のことで戸惑っているだろうし、ここがどんな所なのか簡単に教えてやる。浦島太郎って昔話を知っているだろう。ここはその話に出てくる竜宮城の逆で、ここでの一日は、外での一時間に相当している」

「へぇ……さすが魔法使い。ところで……何で俺をここに?」

「ふん、お前自身わかっているんじゃないか……志貴? ……行け、茶々丸」

 場所が場所なだけに直感的にわかっていたのか、志貴は私の指示で飛び出した茶々丸の攻撃を後ろに跳んで避ける。
 追撃する茶々丸の攻撃を、何も使わずに直前で見切って避ける動きは中々良かったが、志貴は得物であるナイフを手にしていなかった。
 茶々丸の攻撃を避けるか、受けた衝撃を流すばかりで、一向に茶々丸を攻撃しようとはしない。
 しかし、何の強化も無しに茶々丸の攻撃を避け続けられる訳も無く、やがて腹部に直撃を喰らって吹き飛んだ。

「げほっ……こっちは戦うつもりは無いんだから、止めてくれないか?」

「私はワラキアを殺したという、お前の『力』が見たいんだ。いつまでも出し惜しみしていると――――……死ぬぞ」

 私の言葉と共に、茶々丸が先程よりもスピードを上げて志貴に攻撃を加えていく。
 志貴もそれを察して少しは力を出しているのだろうが、一向に『力』を解放する気配を見せない。
 余程その『力』を見せたくないようだが…生憎と、私は焦らされるという行為はあまり好きではない。


「……もういい、茶々丸。――――殺せ」


「――――……ハイ、わかりました、マスター」

 一瞬躊躇った後、茶々丸は本気で志貴に攻撃を加えていく。
 志貴の動きのスピードも更に上がったが、魔法で強化された茶々丸のそれには遠く及ばない。
 しかし、それでも攻撃のほとんどはギリギリの所で避わしており、先程よりも攻撃を受けることが少なくなっていた。
 『力』だけでなくとも、それなりに渡り合えるだけの動きを持っていることはわかったが、そんなものがわかったところで意味は無い。
 私が知りたいのは、志貴の持っている『力』。
 『不死』たる私に、『死』を感じさせるほどの『力』だ。

「が……っ!! ごふっ……ゴホッ、ゴホッ……」

「……とどめを刺させていただきます」

 疲れてきたのか、動きが鈍ったところに茶々丸の肘が鳩尾に決まり、志貴の体が吹き飛ぶ。
 背中から柱に叩きつけられた志貴に、茶々丸がとどめとばかりに拳を叩き込む。
 しかし、そこに志貴の姿は無く、いつの間にか広場から別荘の出入り口に向かって疾っていた。
 私は茶々丸を止め、ゆっくりと志貴の後を追っていく。


「――――志貴、一日経ってからでないと、ここからは出られんぞ」

「……そんなのってアリかよ……」

「まあ……私に一撃加えることが出来れば、攻撃を止めてやらなくも無い」

 私はそう言って笑みを浮かべると、先程の広場へと戻る。
 その言葉で観念したのか、出入り口で一つ大きなため息を吐いた後、不機嫌そうな顔をした志貴は広場へと戻ってきた。
 眼鏡を外してYシャツのポケットに仕舞うと、ポケットから短刀を出して身構える。
 坊やのような型のある構えではなく、ほぼ自然体のような構えだ。
 茶々丸が私の視線を受けて動き出す前に、志貴が静かに口を開く。

「……茶々丸さん、君は腕や足が壊れても大丈夫なのかな?」

「……? ええ、まあ……。代わりのパーツがあるので大丈夫ですが……」


「そうか。なら――――問題無い」





□今日の裏話■


「……もういい、茶々丸。――――殺せ」


「――――……ハイ、わかりました、マスター」

 いつまで経っても『力』を見せない志貴にじれったくなり、茶々丸に本気を出すように命じる。
 とはいえ、殺してしまっては話にならないので、念話で殺す一歩手前で止めるように茶々丸に伝えてあるので大丈夫だろう。
 殺される一歩手前ともなれば、さすがの志貴も『力』を出さざるを得まい。
 火事場の馬鹿力、というヤツだ。

「……チッ……何で眼鏡を外さないんだよ、アイツは……!」

 茶々丸に追い詰められながらも、志貴は一向に魔眼殺しを外す気配が無い。
 段々、志貴の頑固さに苛つき始めていたその時、志貴が別荘の入り口へと逃げ出す。
 余程戦いが嫌いなのか、力を見せたくないのか……どちらにしても、志貴はここで力を見せざるを得ない。


「さあ……見せてみろよ。不死たる私すら震えさせるその力……『剣』を持って生きてきた貴様の生き様を見せてみろ」


 志貴はロアと戦ったと言っていたが、それはつまり、その配下である吸血鬼達との戦いを潜り抜けてきた訳だ。
 だが、志貴は現実として私の目の前にいる。
 それは、志貴の持つ『眼』だけでは成し得ないことだ。
 『眼』以外に、生き抜くために戦う力――――すなわち『剣』を持っているはず。


 さあ――――『剣』を抜くがいい、志貴。
 その本領、私に見せてみろ……!!


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