Act3-14


【さつき】


「――――はい……ええ、こちらで構いません。はい、では昼過ぎに」

 フロントからシオン宛てにかかってきた電話を受け取り、しばらく話していたシオンが受話器を置く。
 シオンはいつもどおりの紫色の軍服っぽい服にミニスカという出で立ちだけれど、三つ編みを解いてゆったりと紅茶を飲んでいた。
 どうやら、タカミチさんや高音さん達を信頼したのか、少し警戒を解いているように見える。

「……さつき、何か相談事があるらしく、昼過ぎにタカミチ達が来ます」

「うん、何となく聞こえてたからわかる」

 吸血鬼になったせいで聴覚も良くなっているのか、私は少し離れて話していた電話の受話器越しの声も聞き取れていた。
 ……吸血鬼ってのも結構便利なのかもー。

「でも相談事ってなんだろうね?」

「……現時点で予測できるのは、上層部がタタリ関連で話を直に聞きたい……といったことぐらいでしょうね。まあ……タカミチの声音からすると、何かわかったこともあったようですが……」

 少し難しい顔をしたシオンは考え込むような仕草をして他にもいくつか予測を並べた後、紅茶の入ったカップに口をつける。
 私も紅茶……ではなく、輸血パックに手を伸ばして喉を潤す。

 吸血鬼は流水を越えられないというが、私もシオンもある程度まで克服することができており、紅茶やお茶を飲むことも可能だ。
 でもまあ、矢張り肉体保持のためには人の血が必要な訳で、こうして秋葉さんの用意してくれた輸血パックを飲んでいる。

 私は紅茶やお茶を飲める他に、多少ならば海を泳ぐことも可能であり、夏に遠野君が海に行くというのでこっそりと後を尾けようと思ったのだけれど、完全に陽光を克服できていない私では夏の強過ぎる日光に当たっただけで、まるで全身の骨が無くなってしまったかのように脱力してしまい、数日間ダンボールハウスに引き篭もっていたという記憶がある。
 早く陽光の克服がしたいなぁ……。

「うー……固有結界使えるのに、何でお日様は克服できないかなー……。アルクェイドさんは平然とブラブラ歩いてるのに……」

「……さつき、比べる対象が違い過ぎると思いませんか?」

 ううっ……シオンにアホな子を見るような顔をされてしまった……。




〜朧月〜




【志貴】


「ぅ……ん……? ……えっと……何を、してるのかな、エヴァちゃん?」

 どこかに寝かされていたらしい俺は、何かが体を這うような感覚を感じて目を覚ます。
 目を開けてすぐに視界に入ってきたのは、夕陽に照らされて赤く染まった部屋の天井だった。
 次いで体を這う何かに視線を向けると、そこには傷口から流れ出した血を、猫のように舌でペロペロと舐め取っているエヴァちゃんの姿があった。
 エヴァちゃんは俺の声に反応してちらり、とこちらに上目遣いの視線を向けてきたけれど、何も言わずに視線を戻して血を舐め取るのを再開する。

「う……ちょ、ちょっと…エヴァちゃん……」

「……看護してやってるんだ。大人しくしてろ」

 看護って……まあ確かに血をそのままにしておくよりはいいだろうけど……。
 エヴァちゃんは俺の戸惑いなどよそに、氷の刃によって切り刻まれた傷口の辺りへ重点的に舌を這わせていく。
 ちゃんと輸血はされているのだが、傷口をそのままにしていたら意味は無いんじゃないかなーとか思いつつも、エヴァちゃんの舌の感触を楽しんでしまっていたりする。
 ちょっとくすぐったかったりするのだが、気持ちいいのも確かなので満更でもなかった。
 とはいえ……。

「あの……エヴァちゃん、そっちはちょっと……」

「私に全て任せておけばいい。お前は大人しく寝てろ」

「ちょっ……まっ、待てー!!!」

 先程の戦闘でボロボロになった服は既に脱がされていたが、さすがにズボンを脱がされるのは不味い。
 ベルトを外すカチャカチャという音に慌てた俺は、咄嗟に腕でエヴァちゃんの手を押さえる。
 しかし腕に力が入らないため抵抗もままならず、俺の頭の中では既に『ロリコン』という文字がちらつき始めていた。
 そこへ――――


『マスター、湯浴みの準備が出来ましたが』


 どこからか姿を現したメイド服の女の子が声をかけてきた。
 エヴァちゃんをマスターと呼んでいることから、恐らく茶々丸さんと同じ従者なのだろう。
 パッと見では普通の女の子としか見えないが、よくよく見てみればロボットらしきところが見える。
 とりあえず難を逃れたと思い、ホッと安堵の息を吐いたのも束の間――――

「……タイミングの悪い……ん、いや待てよ……? ……よし、応急処置が終わったら志貴もそこへ運べ」

『ハッ』

 エヴァちゃんは動きを止めて不満げな顔をしていたが、何か考えるような仕草を見せた後、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべてメイド服の女の子に指示を出す。
 メイド服の女の子が手に持った鈴を鳴らすと、どこからかもう一人のメイド服の女の子が現れ、二人で迅速な応急処置を施してくれた。

 しかしその後、俺はそのメイド服の女の子二人の手によって、浴場へと運ばれて風呂の縁に寝かされる。
 風呂に入れるつもりなのかと思ったのも束の間、風呂には先客――――エヴァちゃんが一糸纏わぬ姿で立っていた。
 咄嗟に顔を背けたのだが、何故か背筋に悪寒が走り、嫌な予感と共に再びゆっくりとエヴァちゃんの方へ顔を向けてみると……

「ククッ、どうした志貴。一緒に入りたいのか? それとも……」

「あ……ぅ、え……? エヴァ、ちゃん……?」

「ああ、そうだ。幻術だが――――感触は本物だぞ?」

 手を伸ばせば届く距離に、先程までの幼い容姿の少女ではなく、零れ出すような豊満な肉体で妖艶な笑みを浮かべる美女の姿があった。
 思わず魅入られてしまっていると、その美女――――エヴァちゃんは得意げに笑って俺との距離を更に詰めてくる。
 自分が彼女に魅入られてしまっていたことに気付いてすぐに顔を背けると、彼女が顔を近づけてきたのか、自分の耳に熱い吐息が軽く吹きかけられたのを感じて、ゾクリと体が震えた。

「――――――――っっっっっ!!!」

「ククッ、さっきの戦いで余計お前に興味が湧いたよ。一緒に風呂に入れてやってもいいが……まあ、その体だからな…」

 妖艶な笑みをそのままに、耳元から顔を離した大人の姿のエヴァちゃんは、俺をここまで運んできたメイド服の彼女達に指示を出す。
 確かに体は血と汗で気持ち悪いのだが、今の状態でお湯に浸かるのはまずい。
 ……という訳で、俺はエヴァちゃんの指示に従ってお湯で濡らしたタオルを手にしたメイド服の女の子二人に、為す術無く全身を拭かれていくのであった……。





□今日のNG■


「……幻術だが――――感触は本物だぞ?」


 妖艶で蟲惑的な笑みを浮かべた大人の女に姿を変えたエヴァちゃんは、とんでもなく扇情的で、知らず自分の体が熱くなっていく。
 『感触』という単語に様々な想像(妄想)が頭に浮かび、頭から離れなくなっていく。
 ああ……興奮すると、血が――――………

『マスター、出血量が跳ね上がっていますが……』

「ふふん、私があまりにも魅惑的で興奮してしまったのだろうさ」

 得意げなエヴァちゃんの声が聞こえたが、既に視界がぼやけてその姿は見えなくなっていく。
 俺が物言わぬ屍になりかけていることに気付いたらしいが、慌てたエヴァちゃんの声を最後に俺の意識は途切れたのだった……。


――――……意識がトぶ前に、自分の鼻の辺りから血が噴水の如く迸っていたのは気のせいではないと思う。


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