Act3-13


【ネギ】


 一時間目から僕の授業だったのだけれど、アスナさんは窓の外を見てぼうっとしていた。
 普段ならわからなくてもわからないなりに理解しようと、難しい顔をしてノートと向き合っているのだけれど、今日のアスナさんは意識が他に向いている。
 何か心配そうな表情を浮かべて、授業中何度もため息をついていた。

「あの……アスナさん。アスナさーん?」

 呼びかけてみるが、アスナさんは今度は難しい顔をして考え込み始めた。
 唸りながら考え込んでいるアスナさんの周りからは、クスクスと忍び笑いが聞こえてくる。

「アスナさ……」

「うるさーいっっっ!! 思い出せないじゃないのよ!」

 更に呼びかけようとしたところで、アスナさんが突然立ち上がって怒ってきた。
 僕が授業をしているのに聞かないでいるアスナさんがいけないはずなのに、怒られるいわれは無い。
 驚かされたことに腹が立っていたのか、僕は即座にアスナさんに言い返していた。

「じゅ……授業中なんですから、今は授業に集中してください!」

「……ゴメン」

 アスナさんは言い返そうとして口を開いていたけれど、すぐに自分が悪いと気付いたみたいで素直に謝ってきた。
 それと、周りから視線が集中していたことに気付いたらしく、アスナさんはバツが悪そうに椅子に座り直す。
 何だか僕もバツが悪くなって、俯いたままのアスナさんに謝る。

「あ、はい……その、僕も強く言い過ぎました、すいません……」

 その後、授業はつつがなく終わったけれど、アスナさんだけじゃなくこのかさんも心配そうな顔をしていた。
 やはり欠席している刹那さんに関係があるのだろう。
 幸い、今日は土曜日。
 授業が全て終わったら、アスナさん達に何があったのか聞いてみよう。




〜朧月〜




【千草】


 その日、千草は身を潜めるためにOL姿で街中を歩き回っていた。
 麻帆良の町は千草の思っていた以上に広く、町の構造を把握するだけでも随分と時間がかかっている。
 『世界樹』という愛称で呼ばれている大きな樹の下にある広場に辿り着いた頃には疲れ果て、持っていた地図を放り投げて座れそうな場所に腰を下ろす。

「あーあ……ほんっと、難儀な町やなぁ……。例え上手くお嬢様攫うことが出来たとしても、京都に戻ってスクナを召喚するまでがまた難儀やし……。『闇の福音』にはまたしても邪魔されてまうし……まったく、気に喰わん町や……!」

 千草は京都に修学旅行で来ていたこのかを攫い、その膨大な魔力を利用してリョウメンスクナノカミを召喚するまでに至っている。
 しかし、途中でこのかを奪還されて完全に召喚することが出来なかったスクナは、エヴァンジェリンの魔法の前に脆くも敗れ去っていた。
 更に言えば、昨夜志貴の後を尾けさせていた式神は、またもやエヴァンジェリンの手によって握り潰されてしまっている。
 敗北した時のことを思い出したのか、不機嫌そうな顔をした千草は懐から一枚の写真を取り出して目を落とす。
 写真に写っているのは――――幼い頃の千草と、両親らしき男女の姿。

「……手段なんて選ぶ気あらへん。西洋魔術師どもに……東の奴らに復讐する。それがウチの悲願なんやから……」

 年端もいかない……それも平穏の中にある娘を利用する罪悪感を振り切るように決意を口にし、自分の頭上を仰ぎ見る。
 頭上に広がる世界樹からは魔力を感じるが、それを利用するようなことは不可能だ。
 ふと視線をずらすと、無数に伸びる太い枝の中に一つの人影を見つけ、目を凝らしてみる。


「――――面白そうな話だな。その話、聞かせてもらおうか」


 目と鼻、口を除いた全身を包帯で覆ったその男は、樹の枝から飛び降りて千草の隣に着地すると、笑みを浮かべながら口を開く。
 その異様な風体と、男の纏う計り知れない雰囲気から、千草はこの男が直感的に一般人でないことを察知していた。
 千草は男を胡散臭そうな視線で眺めながら、頭の中で男を仲間に引き入れた場合の損得勘定を始める。

――――どうやら男は千草の呟いた言葉を聞いて興味を持ったらしいが、恐らくは何らかの目的を持って接触してきたのだろう。
 男は不敵な笑みを浮かべながら、千草の値踏みするような視線を受け止めている。

「……さっき、『スクナ』とか言ってたな。京都で起こったとかいう事件で『リョウメンスクナノカミ』の姿が確認されたらしいが……アレはお前が関わっていたのだろう?」

「せや。ウチがお嬢様の魔力使うて召喚したんや。……まぁそんなことはどうでもええ。アンタは何が目的なんや?」

 京都での一件を思い出したのか、千草は苦い顔をしながら男の目的を問う。
 先程まで不敵な笑みを浮かべていた男は、途端に冷静な顔に変わり、千草に冷たい視線を向けてくる。
 千草はその視線に背筋が粟立つのを感じたが、口を真一文字に結び男を真正面から睨み返す。

「……俺の目的は、ある男を殺すこと。お前に協力すればことを有利に運ぶことができ、その男を殺す機会が得られると判断しただけの話だ。お前の邪魔はするつもりは無い」

 包帯の男は淡々と目的を告げると、千草に背を向け並外れた跳躍で世界樹の幹に着地する。
 警戒するような視線を向けてくる彼女を見て再び笑みを浮かべた男は、見下すような態度で口を開いた。

「……俺の力を借りたければ、この場に再び訪れるといい。賢明そうなアンタなら来ると思うが……まあ、判断は任せる」

 黙り込んだまま警戒を解かない千草に判断を任せ、包帯の男は無数に広がる世界樹の枝に溶け込むように姿を消した。
 男の気配が消えたのを感じて、それまで鉄面皮を保っていた千草の背中にどっと冷や汗が流れる。
 それでも辺りへの警戒を怠らずに広場から立ち去ろうとしたその時、辺りから包帯の男の声が聞こえてきた。


『……ああ、一応言っておくが――――中途半端な偽善の心なんざ、復讐においては邪魔になるだけだぞ』


 聞こえたのは自ら否定しようとしていたことで、その言葉は千草の心に深く突き刺さったのだった……。





□今日のNG■


「――――人払い、か。チッ、見つかって…?」

 町を歩き疲れた千草が『世界樹』という愛称で呼ばれている大きな樹の下にある広場に辿り着くと、そこには何故か人払いの結界が張られていた。
 麻帆良の町に住まう魔法使いによるものだと判断して警戒していると、広場の真ん中で一人の男の姿が見える。
 黒のロンゲにどこかの制服を着ている男が、背を向けて立っていた。


「――――見たな!?」


「………はあ?」

「見たな!? 見たんだな!?」

 広場の真ん中にいた男は千草に気付いたのか、かなりのオーバーアクションで振り返った。
 これ以上ないほどに妖しいヴィジュアル系の男は、呆ける千草置いてけぼりでヒートアップして迫ってくる。


「おのれおのれおのれおのれ! よくもオレの朝のエヴァンジェリン様生声ラジオ体操を盗み見やがって! アイツといい、オマエといい!!
嗚呼もう、勝手にオレのエヴァンジェリン様の囀りを聞くんじゃねぇぇぇ!!」


――――朝の世界樹広場に、妖しいヴィジュアル系の男の雄叫びが響き渡ったのだった……。



 終わっとけ


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