Act3-12


【アスナ】


 私の意識は窓の外へ――――書き置きしてどこかへ行ってしまった、刹那さんのことを考えていた。
 あの七夜という男は、刹那さんにとって余程大切な人だというのはわかったけれど、その当人は刹那さんに対して酷い言葉を投げつけて去っていったのだ。
 烏族とのハーフだという、刹那さんにとって拭い去れない苦痛。

「……刹那さんにとっての、不安や恐怖……」

 昨夜の白い少女や偽者の刹那さんが言っていたが、刹那さんはあの烏族の姿の何に不安や恐怖を抱いているのだろう?
 刹那さんが抱く不安や恐怖は思った以上に根が深いらしく、偽者に何か言われて隙を見せてしまうほどに動揺していた。
 確か――――

「あの……アスナさん。アスナさーん?」

 ネギの声が、雑音のように耳に流れ込んでくる。
 もう少しであの偽者が何を言っていたのか思い出せそうなのに、ネギの声が邪魔で思い出せない。

「アスナさ……」

「うるさーいっっっ!! 思い出せないじゃないのよ!」

 言って、ふと気づく。
 立ち上がって大声を出した私に、周りから皆の視線が集中していた。
 今は英語……ネギの授業中だったことを思い出す。

「じゅ……授業中なんですから、今は授業に集中してください!」

 私に怒鳴られてびっくりしたような顔をしていたネギが、急に怒ったように注意してきた。
 苛ついていたので言い返したかったけれど、今のは明らかに自分に非があるのだから仕方が無い。

「……ゴメン」

「あ、はい……その、僕も強く言い過ぎました、すいません……」

 私が素直に謝ると、途端にネギもバツが悪そうな表情で謝ってきた。
 ……周りにニヤニヤとした笑みやら何やらが見えたが、気にしないでおこう。




〜朧月〜




【エヴァ】


 まるで別人のようになった志貴は、私の放った魔法を悉く消滅させながら真っ直ぐ疾ってくる。
 足止めに放ったはずの『凍る大地』の氷柱すらもバラバラに崩され、志貴はこちらへ向かって来ていた。
 さながら放たれた矢の如く向かってくる志貴に、いや、その蒼い双眸に戦慄が走る。
 唱えていた呪文を早口で唱え上げ、向かってくる志貴に右手を向けた。

「くっ、闇を従え 吹雪け 常夜の氷雪!! 闇の――――ッ?!!」

(キィンッ……!)

 迫ってきていた志貴は、突然持っていたナイフを地面に投げつけた。
 その奇妙な行動に何か意味があるのだと判断し、志貴の動きを警戒する。
 ナイフは地面に叩きつけられた反動で宙に浮かび、つい目がナイフの軌道を追ってしまう。
 同時に、自分の首に喰らい付かんと迫る蛇のような殺気を感じた。

「――――――――っ……!」

 直感に従って『闇の吹雪』の魔力を棄て、首を狙って迫る志貴の腕を右腕で受け流し軌道を逸らす。
 血だらけで、その出血量からすればいつ死んでもおかしくない状況だというのに、志貴の腕は信じられない力を持っていた。

――――だからこそ、その力を利用するのは容易かった。


「が――――はっ……!!」


 直前まで余裕が無かったせいか、手加減できずに志貴を背中から地面に勢いよく叩きつけた。
 志貴は肺から無理矢理息を吐き出したかのような声を出した後、気を失ったらしく全身から力が抜けていく。
 私も荒い息を吐きながら、志貴の上に横になる。

「ケケケ、手ェ抜キ過ギダゼ、ゴ主人」

 ……その上に、更に志貴に蹴り飛ばされたチャチャゼロが降ってきた。
 ふと裂けたYシャツの隙間から、志貴の胸に大きな傷が見える。
 気にはなったが、それよりも先に気を失った志貴を何とかしなければ。
 このままでは死んでしまいかねない。

「……茶々丸、動けるか?」

「……すみません、マスター。手足の機能が起動しないので、動けそうにありません……」

「自業自得ッテコッタナ。ケケケケケケ」

 茶々丸の手足が動かないということは、私が動くしかないということだ。
 面倒臭いが、私がやったことなのだからチャチャゼロの言うとおり自業自得、ということになるのだろう。


 一つ大きなため息をつくと、私は志貴の上から退き、塔の中へと急いだのだった……。





□今日の裏話■


――――『閃鞘・一風』。

 右腕が標的の首へと疾り、右手で首を掴み持ち上げ、地面へと叩きつける。
 そして左腕にある、もう一本のナイフで首の線を掻き切る――――はずだった。

「――――――――っ……!」

 標的が咄嗟に出した右腕によって、標的の首を狙った右腕の軌道が逸らされてしまう。
 直後、それが当然といった風に投げられ、背中から地面へと落ちていく。
 左腕のナイフを取り出して『線』、を――――……



「が――――はっ……!!」

 背中を地面に激しく叩きつけられ、肺の空気が全て押し出され息が詰まる。
 血を流し過ぎたのも災いしたらしく、自分の意識が急速に遠退いていくのがわかった。


 けれど……エヴァちゃんの『線』をなぞるのを止められて、良かっ……た――――――――


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