Act3-11


【愛衣】


「あ、高畑先生……どうかされたんですか?」

 美空さん達と何か話していた高畑先生が、急に深刻な表情をして学園長室から出て行ってしまった。
 私の声は聞こえていなかったのか、一瞥もせずに部屋の外へ出て行く。
 お姉様と一緒に後を追って学園長室の外に出ると、高畑先生は壁に背を預けて煙草を吸いながら、手に持った紙を睨みつけるように見ていた。

「……高畑先生、どうかされたのですか?」

「……ん、あ、ああ……すまない。…この絵の男なんだが、実は見覚えがあってね……」

 高畑先生が見せてくれた絵には、金髪に中世の貴族風の服装をした男性の姿が描かれていた。
 確か、ガンドルフィーニ先生を倒したという男の特徴も、同じように金髪の貴族風の男だったはず。
 お姉様は高畑先生の手からその絵を受け取り、絵の男に鋭い視線を走らせている。
 私もその絵の男を細かいところまで見てみたが、やはり見たことの無い顔だ。

「この男……人ではありませんね?」

「……だろうね。彼女らに確認してみれば、何者なのかわかるかもしれないな……。放課後、君達も彼女らの所へ行ってみるかい?」

「是非っ!! ……あ」

 高畑先生と一緒に仕事が出来ることが嬉しくて即答してしまったが、お姉様の呆れたような視線がちくちく突き刺さる。
 恥ずかしくなって笑って誤魔化すと、高畑先生は苦笑しながら放課後に駐車場で落ち合うことを約束して去っていった。


 ……その後、お姉様から本日二度目の説教を受けたのは言うまでも無いことなので割愛させていただきます……。




〜朧月〜




【刹那】


「はぁぁぁっっっ!!」

『グキェェェェェ……!!!』

 気合の声と共に振り下ろした夕凪に真っ二つにされた、名も知らぬ魔物が断末魔の声をあげながら消滅していく。
 遠野シキという男を捜している最中にその姿を見かけたので追ってみれば、十匹近くもの魔物がたむろしていたのだ。
 一昨日の夜からこの町を覆っている奇妙な魔力に勘付いて寄って来ているのか、普段よりも『魔』の数は多いように感じる。


(ちりん)


「っ!! ……お前は……昨日の昼の、黒猫……?」

 突然聞こえた鈴の音色に反応して夕凪を構えながら振り向くと、そこには行儀良く座った黒猫がいた。
 白いボンボンの付いた黒く大きなリボンを首にしているところから、昨日の昼、庭で会った使い魔の黒猫だと気付く。
 訝しげな視線を向けながら問いかけると、黒猫は素直に首肯してこちらに視線を向けてきた。
 その視線からは敵意は感じられず、逆に私に何か伝えたいことがあるように見える。

「……私に何か用でもあるのか?」

「……」

「……? ……っ!! しまっ……た……これ、は――――」

 問いかけてみたが、黒猫は何も言わずに視線を向けてくるだけ。
 だが次の瞬間、突然眩暈にも似た感覚に襲われて膝を着き、私はそのまま意識を失ってしまったのだった……。



「……ん……ここ、は……?」

 目を覚まして辺りを見回せば、私は懐かしい感じのする和室にいた。
 辺りは木々に囲まれているせいもあるのだろうが、暗く深い闇に閉ざされている。
 夢のようにも思えたが、私が今しがたまで寝ていたらしき畳からは、しっかりとした造りの感触と藺草のほのかな匂いもしていた。
 背後から視線を感じて咄嗟に振り向くと、そこには黒く大きなリボンに、黒いコートを着た少女の姿があった。

「あなたは……もしかして、さっきの黒猫?」

「……」

 単なる直感だったが、少女は私の問いかけに無言で頷いた。
 唐突に頭の中で『レン』という言葉が響き、それが目の前の少女の名なのだと理解する。
 敵かとも思ったが、レンという名の少女にそれらしき素振りは無く、敵意も感じられなかった。
 少し悲しそうな表情をした後、レンは黙って私の背後を指差す。

「あれ、は――――志貴、ちゃん?」

 レンの指し示す方向へ振り向くと、背中を向けて森の中へ歩いていく幼い頃の姿のままの志貴ちゃんの姿があった。
 私もすぐに彼の後を追って森の中へ入っていったのだが、その途中、何かが燃えるパチパチという音と焦げ臭いにおい、そして黒い煙が立ち上っていることに気付く。
 火事――――そう思った時には既に体は動いており、追いついて志貴ちゃんの小さな体を抱き上げて逃げようとする。
 しかし、私の手は志貴ちゃんの体をすり抜け、幼い志貴ちゃんはそのまま紅く燃える森へと入って行ってしまった。

「これは……精神体!? 何で……さっきまでは確かに――――?」

 すり抜けた手の平と、森の奥へと向かう志貴ちゃんを交互に見やり、混乱してしまう。
 そんな混乱した私の頭の中へ、先程と同じように少女の声で言葉が響いた。

(これは、実際に起きたことを見せてるだけ。……見るだけで、変えることは出来ない)

「実際に起きたこと……?! まさか――――ここは……七夜の森……っ!?」

 私が幼い頃、三日間だけ過ごした七夜の森。
 そして今私が見ているのは、恐らく――――七夜滅亡の日の光景。
 暗く冷たく、けれど温かな闇に覆われていた七夜の森は、今や全てを灰燼に帰す紅蓮に染め上げられていた。

「……はっ! 志貴ちゃん――――っっっ!!!」

 自分の置かれている状況に放心してしまっていたが、すぐに彼のことを思い出し、彼の後を追う。
 森の中の、少し広くなっていた場所。
 私を殺すために追ってきた烏族達に取り囲まれたあの場所に、志貴ちゃんは立っていた。
 広場は、紅く染まっていた。
 ……焔と、人の血によって。


 そして――――彼の目の前には、圧倒的な力を持った灼熱の鬼神の姿。


 その姿を一目見ただけで、私は恐怖に足が竦み、全身が痙攣するように震えてしまっている。

「あ……あ、あ……。し……っ、志貴、ちゃ……」

『志貴――――!!』

 呆けたように立ち尽くす志貴ちゃんに、全てを破壊する魔腕が襲いかかる。
 彼を守るようにその魔腕の前に身を晒した志貴ちゃんのお母さんは、いとも容易く破壊され、その血が彼の顔へと降り注ぐ。
 凄惨過ぎる光景に言葉は出ず、私に頬を伝う涙を止める術は無かった。
 彼に今すぐにでも駆け寄りたかったが、突然私の意識は急速に遠退いていき、そして急速に覚醒していく。


 目が覚める直前、さっきの黒猫が白猫と対峙している姿が見えた――――





□今日の裏話■


 レンは夢魔の力を使って、刹那に志貴の過去を見せている。
 幼い頃刹那に付いた志貴の匂いは、年月が経って薄まれども、レンには確かなものとして嗅ぎ取ることが出来た。
 それは、刹那と志貴が密接な関係にあったということを示している。
 けれど遠野志貴の記憶の中に刹那の姿は無かった。
 ということは、遠野志貴ではなく――――七夜志貴であった頃に親しかったということ。

「……」

 レンの予想通り、刹那は幼い頃の志貴を知っていた。
 七夜の森襲撃の過去――――志貴にとって越えがたい『死』のイメージとなった、あの夜。
 凄惨過ぎるその光景に、刹那は涙を流す。
 幼い志貴が遠野槙久に養子として引き取られるところに差し掛かったその時、レンは自らの力の歪みに気付いた。


「――――やめなさい。楽しいことになりそうなんだから、邪魔をすることは許さないわ」


「……」

 姿を現した白いもう一人の自分に、夢の力を歪められる。
 刹那に見せていた夢が消え、夢の世界が崩れていく。
 レンは無邪気な笑みを浮かべる白いレンを、怒ったような表情で見つめた。

「何をする気、ね……。ふふっ……さっき言ったでしょう、楽しい事になりそうなの。だから――――邪魔をしないで」


 白いレンは無邪気な笑みから一転、レンを鋭い眼光で睨みつけながら消えていった……。


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