Act3-10


【ネギ】


「アスナさん。……アスナさーん?」

 遅れて朝のHRを始めたのだが、出席確認でアスナさんの名前を呼んでも返事が無い。
 出席簿から顔を上げると、確かにアスナさんは席にいるのだが、頬杖をついてぼうっと窓の外を見ていた。

「……え? ……あぁ、何、ネギ?」

「あら……いつにも増してボケてますわね、アスナさん?」

 いいんちょさんがアスナさんに呆れたような視線を向けるが、アスナさんは反応せずにまた窓の外へ視線を向けている。
 何だかアスナさんの目は悲しそうで、何度もため息をついていた。
 でも、いつもならすぐに『誰がボケてるのよ!』って……。


「――――誰がボケてるってのよ、このショタんちょ!!」

「「「反応遅ッッッ?!!」」」

 思わず皆で突っ込んでしまったけど、いつものアスナさんらしくないのは確かだ。
 もしかしたら、刹那さんが休んでいることに関係しているのかもしれない。
 昨夜は気絶してしまったせいで、アスナさん達とは別行動になってしまったから、その時に何かあったのだろう。
 気付けば、美空さんやマスター、茶々丸さんの姿も見えない。

「ネギ先生、体は大丈夫ですか?」

「あ、はい。ゆっくり休んだので、もう大丈夫です」

 ざっと見回して出席を確認していると、いつの間にか教卓前まで来ていた夕映さんとのどかさんが心配そうな表情で聞いてきた。
 昨夜は魔法を使い過ぎてフラフラになっただけなので、一晩ゆっくりと眠れば問題は無い。
 とはいえ……今の問題は、目の前で繰り広げられている、アスナさんといいんちょさんの乱闘騒ぎだ。
 どう治めれば良いのやら……。


――――その後、新田先生が怒鳴り込んできたお陰で静かになったけど、僕も説教を受けたのだった……。うぅ……。




〜朧月〜




【志貴】


「が……っ!! くっ……ぅ、あ……」

 いくつもの刃物を持った人形を『閃走・六兎』で蹴り飛ばした後の着地の瞬間を狙われ、エヴァちゃんの放った鋭い氷の弾が全身に突き刺さる。
 そのまま衝撃で吹き飛ばされ、受身も取れないまま柱に背中を打ち付けて、そのまま柱に背を預ける形で地面に崩れ落ちた。
 背中を強打したせいで息が詰まり、何度もせきを繰り返してようやく呼吸を再開する。
 あちこちから血が噴き出して真っ赤に染まった自分の体から視線を上げると、腕組みをして見下す笑みを浮かべたエヴァちゃんが立っていた。

「ふん……チャチャゼロと張り合うとは、中々やるようだが……まだ実力を隠しているな? 私が女だからとか、そんなくだらん理由で本気を出さないつもりなら、こちらにも考えがある」

「……充分……本気、の、つもり……なん……だけど、な……」

 俺から距離をとった彼女の手の中に強い魔力を感じて、血だらけの両脚に渾身の力を込めて立ち上がる。
 滴り落ちていく血の量は半端ではなく、力を抜いてしまえばすぐにでも意識を失ってしまいそうだ。
 まったく……本当に、ツいてない……。
 エヴァちゃんは立ち上がった俺に満足そうな笑みを浮かべると、距離を取って宙に浮かぶ。

「そら……終わりにしてやる。死にたくなければ、本気を出して見せろ」

 まるで死刑宣告のようにエヴァちゃんの声が冷酷に告げられ、振り下ろされた手から巨大な氷塊が俺を押し潰さんと迫ってくる。
 咄嗟に背後にあった柱の『線』をなぞり、向かってくる巨大な氷塊に向けて蹴り倒す。
 倒れた柱と氷塊がぶつかり合って壊れた余波を喰らいながら、エヴァちゃんのいた場所に視線を向ける。
 辺りには氷塊の破片でダイヤモンドダストが発生し、柱の破片で砂埃も巻き上がっていて彼女の姿は見えなかった。
 柱の線をなぞって解体した柱の一部を右へ放り投げると、それとは逆の方向へ向けて疾り始める。


「ふん――――……浅はかだな、志貴。今更、そんな安い手に乗るとでも思ったか?」


「が――――は……っ!!」

 気配を消していたはずなのに、エヴァちゃんの静かな声が聞こえると同時に近くで爆発が起き、凍気と爆風によって吹き飛ばされ再び柱に叩きつけられる。
 声の方向から大体の場所は特定できたが、柱に叩きつけられた時に折れたのか、左腕から力が抜けて使い物にならず、更に意識も朦朧としてきていて、まともに戦えるかどうかすら怪しかった。
 同時に、急速に体が冷えていき、それまで感じていた自分の体から流れ出す血の熱さが消え、俺の頭を激しい頭痛が襲う。

「く……っ?!」


――――コロセ。


 うるさい……。


――――コロセ……!


 黙れ……!


――――コロシテシマエ!!!


「が――――ああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!」

 朦朧とした意識では、内で暴れる退魔衝動を抑え切ることは出来なかった。
 凍気と爆風が晴れてきたと同時に見えてきた標的である金髪の少女に向かって、残った力を振り絞って全力で疾り出す。
 標的は突進してくる俺につまらないものでも見るかのような視線を向けてくると、人差し指一つで幾つもの氷の刃を放ってきた。
 数は二十。
 遠野志貴ふだんならば対応し切れないだろう。

――――だが、七夜志貴いまは違う。

「ハ――――笑わせる……」

 擦れ違い様に全てを殺し、更に加速。―――― 一秒。
 今更になって状況が悪化したことに気付いた標的は、更に強力な魔法を放ってくるつもりらしい。


「ちぃっ……凍る大地!」


 今度は鋭く尖った氷柱が俺目がけて襲ってきたが、勢いはそのままで自分の進むべき道を邪魔する氷柱のみを一瞬の内に計算し、
 その氷柱のみを殺して、標的へと迫る。――――コンマ五秒。


「な――――――――――――?!!」


 足止めのつもりだったらしく、標的は右手に次なる魔法に使うための魔力を収束させている最中だった。
 氷柱の一部を一瞬の内に殺して、あと数メートルという位置まで肉薄している俺の姿を見て、驚愕の表情のまま動きを止めている。


「くっ、闇を従え 吹雪け 常夜の氷雪!! 闇の――――ッ?!!」

(キィンッ……!)


 驚きながらも即座に呪文を唱え終えた標的に視線を向けたまま、地面に向けて七つ夜を叩きつける。
 武器を捨てるような行動に警戒したのか、一瞬、標的の意識が叩きつけられた反動で宙に浮かぶ七つ夜に向く。
 その一瞬の隙こそが狙い。


 蛇が獲物に喰らい付くかの如く、地面擦れ擦れから標的の首目がけて手を疾らせた――――――――





□今日の裏話■


「が――――ああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!」

 全身を朱に染めた志貴が吼える。
 直後、志貴は私に向かって突進してきた。
 その無策ぶりに呆れ返りながら、人差し指で魔法の射手を二十ほど放つ。
 だが……志貴は哂っていた。
 それはいつもの優しい微笑みとは違う、死神の見せるような冷たい微笑みで――――ゾクリ、と背筋が凍る。

 疾ってくる志貴に魔法の射手が直撃すると思った次の瞬間、二十にも及ぶ氷の刃が悉く霧散し、消え去った。

「ちぃっ……凍る大地!」

 足止めに『凍る大地』を放ち、『闇の吹雪』の詠唱を始める。
 氷柱が大地から突き出し、志貴の行く手を阻む。
 どうやら、私が思った以上に状況は悪化してしまっているようだ。
 最悪の場合、志貴を殺すことも止むを得な――――

「な――――――――――――?!!」

 足止めに放ったはずの『凍る大地』の氷柱が脆くも崩れ去り、冷たく輝く氷の砂を纏った志貴が先程からは想像も出来ない速度で私の下へと肉薄する。
 ここに至って、状況は最悪なものとなっていた。
 手加減していたとは言え、『気』や『魔法』による強化も無い、高々一般人に毛が生えた程度の人間にここまで追い詰められるなど、誰が想像できるであろう。

「くっ、闇を従え 吹雪け 常夜の氷雪!! 闇の――――ッ?!!」


(キィンッ……!)


 即座に『闇の吹雪』の詠唱を唱えあげ、志貴に向けて右手を突き出――――そうとして、突然響いた金属音に気が逸れる。
 それと同時に、自分の首目がけて迫る殺気を感じ、咄嗟に練り上げた『闇の吹雪』の魔力を棄てた。


――――このままでは殺される。そう直感したが故の行動だった。


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